トピック
アメリカの“トイレ危機”に民間が参戦:スマート公衆トイレの現在地
米国は広いのに、公衆トイレは人口10万人あたりわずか8基。世界30位でボツワナと同率という、なかなか衝撃的な実態です(Public Toilet Index)。観光客も住民も「いざ」という時に困るのは当然で、結局カフェや図書館、博物館に駆け込むのが日常。とはいえ、店側の負担も小さくありません。そこで、民間のスマート公衆トイレが台頭しています。
何が新しい?
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アプリで解錠:利用者登録→入退室をデジタル管理。
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“評価”システム:汚して退室すると低評価→利用停止(“Uber的”なマナー抑止)。
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センサーで保全:混雑・紙切れ・清掃タイミングを可視化し、稼働率と清潔さを両立。
導入の拡大
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ロサンゼルス:30基契約で総額270万ドル。市が自前で設置するのと同等コストだが、一夜で設置できるスピードが好評。W杯2026・LA五輪2028に向けさらに44基追加予定。
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ミシガン州アナーバー:1年の実証で10基→8基を本採用。
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デトロイト:1カ月の実証で約3,000回利用、清潔度4.52/5を記録。
競合も続々
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Portland Loo:米国各地で累計250基以上を設置。
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市場には清掃・保守まで含めたゼロイチ運用を代行する事業者が増加中。
日本でも、駅ナカや商店街のトイレは自治体と企業の協業が進んでいますが、“誰でも・いつでも・安心して”使えるレベルに仕上げるには運用が肝。米国はその運用をテクノロジー×評価×民間スピードで解きに来ています。
要点
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米国は公衆トイレ不足が深刻。
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スマートトイレはアプリ解錠・センサー管理・マナー評価で清潔と秩序を担保。
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大型国際イベント前に導入が加速(LA)。
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公共×民間の境界を越える、**“トイレDX”**の実装が始まった。
まとめ
公衆トイレはインフラの“末端”に見えますが、実はまちのQOL(生活の質)と回遊性を直撃する装置です。観光都市ほどトイレの質が経済波及に効くのは、日本でも京都や東京で実感があるところでしょう。米国の課題は量の不足と運用の非効率。自治体の財政と人手だけでは清潔さと安全性を維持しきれず、結局「開いていても入りづらい」「壊れている」という悪循環に陥りがちでした。
そこに現れたのがThrone Labsのような民間プレイヤー。アプリで本人性を担保し、評価で行動をナッジし、センサーで清掃を最適化する。これにより“壊される・汚される・放置される”コストを抑え、「トイレ=公共の負債」から「都市のサービス資産」へと認識を切り替えつつあります。ロサンゼルスが国際イベント前に一気に増設する判断をしたのは象徴的で、「設置が一夜で終わる」スピードは行政の意思決定を後押ししました。
もちろん、プライバシー・データ管理・差別的なアクセス制限にならないか等の論点は残ります。アプリ型はデジタル弱者を排除する可能性があるため、現金・アナログ解錠のセーフティネットや、多言語・図像サインなどのユニバーサルデザインが不可欠です。
日本でも、駅や公園、商店街の「誰でもトイレ」をIoT清掃・混雑可視化で運用高度化する動きが出ていますが、肝は利用者体験の設計。安心感(照明・音・通報ボタン)と清潔さ(自動洗浄・抗菌素材)、そして**“入るまでの心理的ハードル”を下げる案内設計が重要です。さらに、飲食店・商業施設・交通事業者の個別トイレを“地域の公衆”として束ね、利用料を事業者にレベニューシェアするような「公民連携プラットフォーム」を構築できれば、地方の商店街でも持続可能な運用が見えてきます。
最後に、トイレは衛生×観光×福祉×防災の交点です。災害時は最初に逼迫するのがトイレ**。平時からスマート運用を整えておくことが、非常時のレジリエンスを高めます。“公共トイレはコストではなく投資”。この発想転換が、来訪者の滞在時間を伸ばし、街の売上と評判を底上げする近道です。日本の自治体・商店街にとっても、「トイレから始めるまちづくり」は、最小コストで最大の“ありがとう”を生む、実装しやすいDXなのです。
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アメリカで“温水洗浄便座革命”ふたたび?—TOTOが北米で攻勢
日本を訪れた米国人が驚くものトップクラスが**“ビデ”=温水洗浄便座**。日本の普及率は約8割の住戸に対し、米国は2.5%程度。長年、TOTOは北米で苦戦してきましたが、コロナ禍の紙不足を機に北米のウォシュレット販売が2019→2020で倍増。そして今年、TOTOは米国ショールームを2026年までに3倍の300拠点へ拡大、ジョージア州に2.24億ドルの新工場も稼働し、年30万台規模の高級トイレを現地生産へ。
ポイント:
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衛生・節水・節紙の価値提案が、ポストコロナで刺さる。
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リノベ市場では、4割超が“多機能トイレ”を選択との調査も。
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とはいえ住宅リフォームは来年伸び悩み予想。価格帯の最適化と設置工事の簡素化が普及のカギ。
日本の“当たり前”は海外ではイノベーション。**「トイレは最後に残ったブルーオーシャン」**かもしれません。
小ネタ1
トイレは“健康デバイス”へ:便器カメラと尿・便スキャンの世界
**Throne(Labsとは別会社)**が発表したのは、便器内カメラ+AI解析。水分量や腸内状態の推定、疾患の早期兆候を検知する狙いです。
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Withingsは“U-Scan”で尿中バイオマーカー(ケトン体・ビタミンCなど)を家庭検査。
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Toi Labsの“TrueLoo”は便座にイメージングを内蔵。米国NIHとTOTOの支援を受け高齢者施設50拠点に導入済、約350ドルから。
課題:データのプライバシーと二次利用。誰が見るの?どこに保存?保険や雇用に影響?――ここをクリアできれば、“毎日の排泄データ”が未開拓の予防医療資産になります。
“誰も見たくないデータ”ほど、健康には役立つパラドックス。
小ネタ2
「青い海のサイドハッスル」—ポータブルトイレ事業の採算感
イベント・工事・アウトドア需要で、米ポータブルトイレ市場は2024年に28億ドル。2030年に50億ドル超へ拡大予測。
初期費用の目安
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本体:1基700〜2,000ドル
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清掃剤等:月50〜200ドル
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保険:年〜5,000ドル
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保管場所:月500〜2,000ドル
リターン感:オーナー収入は年3万〜10万ドルがボリュームゾーン、成功例は7桁も。
需要は“人が集まる限り尽きない”。ローカル・ニッチの現金創出ビジネスとして、侮れません。
編集後記
「トイレの話を、ここまで真顔で語る日が来るとは…」というのが正直な感想です。でも、トイレは都市体験の最小単位。探すストレスが減るだけで、移動は軽やかになり、買い物も会話も増えます。今回、米国のスマート公衆トイレは“評価”と“センサー”で人の行動をやんわり正すという発想が面白かったです。日本はハードの完成度が高いぶん、運用と体験設計で学べるところが多い。たとえば、利用者の心理的ハードルを下げる明るさ・音・案内の工夫、多言語とピクトで**“迷わない”導線**、そして災害時の運用切替までを1枚のデザインで繋ぐ――そんな“仕立て”ができれば、世界がまた日本のトイレに恋をします。
個人的には、健康トイレの文脈もワクワクします。毎日見送っている情報に医療的価値が眠っているのなら、将来は「便器が最初の主治医」になるかもしれません。
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