トピック
1 big thing:トランプ流・関税半年で見えた現実
「リベレーション・デー」からちょうど半年。米国は歴史的な包括関税を発動し、世界の貿易秩序を揺らしました。株式市場は当初パニック、景気後退の予言が飛び交いましたが、ふたを開けるとGDPは年率ほぼ4%成長、失業率は低位、インフレは3%未満。しかも関税歳入は年間4,000億ドル規模に乗る見込みです。
…と聞くと「関税って効くじゃん?」となりがちですが、話はそう単純ではありません。
どこが“効いて”どこが“痛んだ”のか
-
歳入面:赤字削減に効く規模の税収を生む。財政的にはプラス。
-
価格面:KPMG調査で44%の大企業が過去6か月で値上げ、71%が今後半年で追加値上げ予定。実生活では食料品価格が3年ぶりの速さで上昇し、「1年前より食費が苦しい」という回答が約半数。
-
雇用面:38%が採用停止、44%がレイオフを実施。製造業回帰の「約束」は増えているが、工場はまだ土も掘っていない案件が多く、雇用創出は時間がかかる。
-
農業面:中国の米産大豆買い控えで打撃。**救済策(ベイルアウト)**が議論に。
そもそも誰が払っているの?
「関税は外国が払う」は政治的な決め台詞ですが、実務的には輸入業者→流通→消費者に転嫁されるのが現実。データでも負担のほぼ全てを米国内が負っていることが示されています。
最高裁という“もう一つのリスク”
今の包括関税の大部分は**IEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠にしています。最高裁が違法と判断すれば、課税の7割以上が無効になる可能性。政権は壊れにくい法的土台としてセクション232(安全保障由来の関税権限)やセクション301(不公正貿易是正)**に付け替えを進めていますが、威力はやや弱いのが実情です。返金となれば財務省のオペレーション負荷も相当なものに。
市場はなぜ強いまま?
半年前にリセッションを唱えた著名エコノミストも、今や「全体に過熱の気配」とトーンを変えました。背景は個人消費の強さとAI・データセンター関連投資。ただし後者は雇用創出が小さく、家庭の電力料金上昇を通じて体感景気を冷やす側面も。
まとめ
半年のスコアをつけるなら、関税は「短期の景気腰折れ」を起こさず、「財政の穴埋め」と「交渉カード」を同時に手に入れた、と評価できます。懸念された連鎖不況は今のところ起きていませんし、米企業の投資も底堅いまま。株式市場は“慣れ”が生まれ、政策ヘッドラインへの感度が鈍くなっています。
一方で、生活者の実感は別物です。KPMG調査や消費者アンケートが示すのは静かなコスト上昇と可処分所得の圧迫。関税は雪崩のようにではなく、**じわじわ浸みるインフレ(スローバーン)**を広げています。企業側も売価上げでマージンを守りつつ、採用抑制やレイオフでコスト調整。価格転嫁→需要鈍化→再値上げ、というやや疲れるサイクルに入ると、体感景気は悪化しやすい。
政治・法務の不確実性も無視できません。最高裁のIEEPA審理しだいで、今の関税アーキテクチャが変わる可能性があり、返金や再設計の混乱が起きれば、企業の価格戦略は再び迷子に。政権はセクション232/301に逃がす準備をしていますが、網羅性やスピードの点でIEEPAの“鈍器”には劣ります。
それでも「関税=常に悪」でもありません。外交カードとしての効用、国内投資の呼び水、交渉テーブルでの優位に働く場面もある。問題はコストとタイミングの設計です。国内回帰のコミット(工場新設・拡張)が実体投資として地面に降りてくるには1年超かかるのが普通。そこまでの橋渡し期間の痛みをどう和らげるか——ここに政策・企業・家計の知恵が問われます。
投資家視点では、価格転嫁が効くセクター(必需品・ブランド力の強い消費、サブスク型ソフト/サービス)や、為替・関税を価格に組み込みやすいニッチB2Bが相対的に強い。一方、原価に占める輸入比率が高く、価格競争が厳しい領域はマージン圧迫に注意。短期は決算のガイダンスに“関税・法務”の文言が増えるはずで、価格戦略の柔軟性が新しい評価軸になります。
結論として、今の関税体制は**「景気を壊さず、財布に小さな穴を開ける」構図。これを実体投資の増加**で回収できるかが勝負です。次の数か月、最高裁の判断と、工場着工のニュースフローが最大の注目点になります。
気になった記事
「中国との次の一手」:延命延長と本丸の空白
米中は包括合意に至らず、90日延長を繰り返す“時間稼ぎ”モード。中国経済は痛みを見せつつも致命傷ではなく、レアアース・農産物・TikTokなどで依然カードを握るまま。米政権は大豆農家向け支援を示唆しつつ、IEEPAが崩れたら232/301で埋める構えですが、半導体・ロボットなど新たな関税対象の可能性も。
ポイント
-
最高裁がIEEPAを違法とすれば、徴収済みの返金リスク。
-
232/301は耐久性は高いが、射程と威力は限定。
-
「関税で国内回帰」成功の鍵はサプライチェーン再設計と人材。時間との戦いです。
小ネタ2本
🧪 バフェット、最大級の化学ディール
バークシャー・ハサウェイが97億ドルでオキシデンタルの化学部門(OxyChem)を買収へ。2022年以来の大型案件で、“最後の大仕事”の可能性も囁かれます。エネルギー×化学のキャッシュ創出力に再評価の気配。
🤝 YouTube TVとNBCU、にらみ合いに終止符
配信の“停波”懸念でヒヤヒヤさせた長期配信契約が成立。スポーツの秋を前に、視聴者は胸をなで下ろす結果に。プラットフォームとコンテンツの綱引きは続きますが、今回はユーザーに優しい着地でした。
編集後記
数字だけ追うと景色は明るく見えます。成長率、失業率、インフレ率、株価。けれど、スーパーのレジでため息が出る感じや、企業が少しずつ値段を上げている現実は、別の温度を教えてくれます。関税の“じわじわ”は、そういう日々の厚みで伝わるのだと思います。
とはいえ、半年の振り返りで見えてきたのは、米経済の粘り強さでもあります。大胆な政策を受け止めて、何とか回してしまう大きなエンジン。問題は、その負担がどこに、どのくらいの期間、積もるのか。最高裁の判断や、実体投資の着工ニュースが、分かれ目になります。
私たちにできることは派手ではありません。家計の見直しを少しだけ前倒しにする、価格転嫁に強い企業の視点を学ぶ、長く持てる銘柄の条件を言語化しておく。そんな小さな選択の積み重ねが、やがて効いてきます。迷う日もあるし、立ち止まる日もあるでしょう。でも、そのときは深呼吸して、また一歩。灯りは小さくても、消さずにいられれば十分です。
コメント