深掘りトピック
眠れる巨人・原子力が再び目を覚ます
かつて“過去の遺物”とまで言われた原子力が、静かに息を吹き返しています。
1980年代以降、安全性や建設コストの問題から冷遇され続けたこのエネルギーは、1996年には世界の電力の17%を占めていたものの、2024年にはわずか9%にまで低下しました(英Ember調べ)。
しかし今、世界の空気は一変しています。
脱炭素化、電力逼迫、そしてAIの爆発的普及。これらが重なり合い、各国が再び原子力に目を向け始めたのです。
アメリカの原発再稼働と新時代の動き
米国ではバイデン政権が原子力発電への補助金を導入し、続くトランプ政権は規制緩和に舵を切りました。
2050年までに原子力発電能力を4倍に拡大するという野心的な目標が掲げられています。
その象徴的存在が、あの「スリーマイル島原発」。1979年の事故で停止した同施設が、Microsoftとの電力供給契約を機に再稼働に向け動き始めました。
さらにミシガン州のパリセーズ原発も、米エネルギー省の15億ドル融資を受けて復活。AI時代における「新しい原子力」の幕が上がろうとしています。
世界で進む“原子力シフト”
中国は過去5年で世界の原子力新設容量の8割を占め、まもなく米国を追い越す見通し。
EUも原子力を「クリーンエネルギー」と認定し、フランスでは6基の新設計画が進行中です。
英国は発電比率を2050年までに25%へ拡大する方針を掲げ、ロシアはトルコやイランなどに19基の原発を輸出中。もはや“原子力の地政学”が再び熱を帯びています。
ゴールドマン・サックスの予測では、2030年までに世界で稼働する原子炉は500基に増加。2040年には世界電力の12%を原子力が担う見込みです。
静かに、しかし確実に、原子力は“戻ってきて”います。
まとめ
原子力の復活をめぐる議論は、単なる懐古ではありません。
AI時代を迎えた今、原子力は「未来を動かす電力」として再定義されつつあります。
AIが動くたびに、膨大な電力が消費されています。ChatGPTやSoraなどの生成AIを支えるサーバー群は、もはや都市一つ分の電力を使う規模に達しています。
GoogleやAmazon、Microsoftが原発との長期電力契約を結ぶのは、単なるコスト対策ではなく「自前の電力網を確保する」ための戦略です。
注目は「小型モジュール炉(SMR)」の技術。
従来型より安全・低コストで、ビル・ゲイツが出資するテラパワーやAmazon支援のX-energy、OpenAIのサム・アルトマンが投資するOkloなど、次世代企業が次々と名乗りを上げています。
AIが電力を必要とし、その電力をAI企業自身が生み出す——そんな構造が現実味を帯びてきました。
一方で、問題も山積です。
放射性廃棄物の処理、コストの透明性、そして「安全神話」を再び生まないための監視体制。
米国では規制当局(NRC)の人員不足が深刻化し、独立性の低下が懸念されています。
日本も福島の記憶を抱えたまま、再稼働への理解をどう得るかという壁に直面しています。
それでも、エネルギー危機と気候変動という“現実”の前で、完全な拒絶はもはや選択肢ではありません。
求められるのは、「恐れ」でも「無条件の推進」でもなく、技術と倫理のバランスをとる冷静な判断。
そして、次の世代に“持続可能な光”を手渡す責任です。
原子力の未来は、まさに人類の成熟度を問う試金石と言えるでしょう。
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ビル・ゲイツが賭ける「原子の再起動」
ビル・ゲイツが率いるテラパワー社は、米ワイオミング州で新型原子炉を建設中。2030年の稼働を目指し、27万世帯分の電力を賄う予定です。
同時に、サム・アルトマンが支援する「Helion Energy」は、核融合による“次世代の太陽”を目指しています。
AIが電力を生み、AIを動かす——そんな循環が始まりつつあります。
小ネタ①
『シンプソンズ』が生んだ“原子力嫌い”
米エネルギー省は公式に「シンプソンズが原子力の誤解を広めた」と認めています。
ホーマーのズボラな原発勤務、三つ目の魚、放射能ギャグ——。
その影響で「原子力=危険物」という固定観念が定着したとか。
同省の公式サイトには、今も「シンプソンズが間違えた7つのこと」という記事が残っています。
小ネタ②
フランス、電力の7割を原子力で供給
フランスは国内電力の約70%を原子力でまかない、欧州最大の電力輸出国。
マクロン大統領は6基の新設計画を進めつつ、再エネとの併用を強調しています。
意外にも、若い世代ほど「原子力を前向きにとらえる」傾向が強まっているそうです。
編集後記
原子力という言葉には、いまだに“ざらついた響き”があります。
事故の記憶、報道の印象、そして「見えない恐怖」。
それでも私たちは、今このタイミングで再び原子力を語らざるを得なくなっています。
AIやデータセンターが世界のエネルギー構造を変えようとしている中で、原子力は“避けて通れない現実”として戻ってきました。
過去の失敗を繰り返さないためには、透明性と誠実な対話が何よりも大切です。
テクノロジーの進歩は、しばしば人間の心の準備を追い越してしまう。
だからこそ、恐れではなく理解によって進む勇気が求められています。
原子力を支えるのは、巨大な科学や国家ではなく、人の判断です。
「安全に運用できる社会とは何か」「未来に何を残したいのか」——その問いを持ち続ける限り、希望は消えません。
私たちの日々の選択もまた、エネルギーの一部です。
節電の意識、投資の判断、あるいは“知ろうとする姿勢”。
小さな選択が未来を少しずつ変えていく。
エネルギーの時代は、どこか遠い話のようでいて、実はすぐ隣にある。
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