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「もう少し緩めていい」──サンフランシスコ連銀総裁メアリー・デイリーの主張
アメリカの中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会)はいま、難しいバランスの上を歩いています。
景気は堅調なのに雇用が弱く、物価は高止まり。普通なら利上げを検討すべき局面ですが、
FRB内ではむしろ“利下げ”を議論する空気が漂い始めています。
そんななか、サンフランシスコ連銀のメアリー・デイリー総裁が、Axiosのインタビューでこう語りました。
「政策金利を少し緩めて、経済成長を抑えすぎない程度にしておくのが理想です。
労働市場を不要な痛みから守ることが大切です。」
デイリー氏は労働経済学の専門家。
彼女の懸念は、“景気の崖”ではなく、ゆっくりとした雇用の冷え込みです。
失業率はまだ低水準にありますが、採用ペースは鈍化し、求人件数も減っています。
この状況を放置すれば、ある時点で失業率が一気に跳ね上がる危険性があると彼女は指摘します。
雇用の警告サイン──ベヴァリッジ曲線の“曲がり角”
デイリー氏が注目するのは「ベヴァリッジ曲線」と呼ばれるグラフ。
これは失業率と求人率の関係を表すもので、
この曲線が“横ばいに近づく”と、雇用市場が急激に悪化する兆候とされます。
2025年8月の米国では、失業率と求人率がともに4.3%。
この数値はまさに曲線の“曲がり角”に位置しており、
少しでも企業の採用意欲が下がれば、
「急速な失業増」に転じかねないリスクゾーンにあるというのです。
だからこそ、デイリー氏は「今のうちに少し緩めておくべきだ」と主張しています。
FRBが景気過熱を恐れて金融を締めすぎれば、
“ゆるやかな成長”を保てたかもしれない経済が“急減速”してしまう。
つまり、失業率が上がってからでは遅いという判断です。
「成長」より「雇用安定」──FRBの本当の使命
デイリー氏の発言で印象的なのは、次の一言です。
「FRBの使命は“物価の安定”と“完全雇用”。“経済成長”はその中にはありません。」
アメリカの金融政策は、GDPよりも「人の暮らし」を守る設計になっています。
景気が好調でも、働く人の数が減れば意味がない。
これがデイリー氏の基本的な立場です。
その上で、いまFRBが慎重に舵を切る理由がもう一つあります。
それは“関税政策”による一時的なインフレ。
関税による物価上昇は、いわば「通り雨」だとデイリー氏は説明します。
「今回のインフレは一過性。サービス業者も値上げに走っていないし、
景気の減速で過剰な価格転嫁は起きにくい。」
つまり、今後のインフレは長期化しない──
だからこそ、焦って金利を高く保つ必要はないというわけです。
「引き締めすぎ」のリスクを恐れよ
FRBは2025年秋時点で、すでに数回の利下げを実施しています。
それでもデイリー氏は「まだ余地がある」と語ります。
「金利を緩めても、まだ『やや抑制的』な水準にとどめられる。
労働市場を傷つけずに済む余地は十分あります。」
市場関係者の中には「インフレ再燃を恐れるべきだ」とする声もあります。
しかしデイリー氏は、むしろ「失業率の急上昇」の方が深刻だと警告します。
「最初のミス(インフレを“暫定的”と誤解したこと)を恐れるあまり、
今度は引き締めすぎて雇用を壊す──そんな“第二のミス”を犯してはいけません。」
FRBが慎重な姿勢を見せる理由が、ここにあります。
バランス感覚の中で、“どこまで緩めるか”。
2026年のアメリカ経済を左右する最大の焦点となりそうです。
まとめ
メアリー・デイリー総裁の提言は、
「利下げ=景気刺激」という単純な構図を超えた、労働市場への防衛策としての意味を持ちます。
いまのアメリカ経済は、一見すると健全です。
GDP成長率は高く、企業の利益も堅調。
それでもデイリー氏が警戒するのは、“雇用の地盤沈下”が静かに進んでいること。
労働需要が減っても失業率がすぐに上がらないのは、“まだ誰もリストラしたくない”だけ。
しかし、求人が減り続ければ、その反動は一気に来る。
ベヴァリッジ曲線の“横ばいゾーン”は、
まるでゴムが限界まで伸びたような状態。
弾ければ一瞬で失業が増えるという構造です。
その意味で、デイリー氏の主張はリスク管理型の利下げ。
「成長を促すための緩和」ではなく、
「崩壊を防ぐための余裕づくり」なのです。
また、彼女の発言からは、FRBの“再定義”も見えてきます。
以前はインフレ対策=利上げ、というのが常識でしたが、
いまや「経済の多様性」「労働市場の柔軟性」を重視する方向にシフト。
価格だけでなく、人の働き方・生活の安定を支える姿勢がより鮮明になっています。
それでも難題は山積みです。
AI導入による雇用構造の変化、政治的な関税政策、企業の投資マインド。
これらが複雑に絡み合う中で、FRBが舵を誤れば、
景気は一気に冷え込むかもしれません。
「痛みを防ぐための利下げ」は、短期的には救いでも、
長期的には“薬の効きすぎ”になる可能性もあります。
経済とは結局、人間の感情で動くもの。
安心が広がれば投資も雇用も戻る。
いまFRBに求められているのは、“数値では測れない安心”を作る力なのかもしれません。
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デイリー総裁が楽観視する“関税インフレ”
関税による物価上昇は一時的──。
デイリー総裁は、最新のPCE(個人消費支出)データをもとにそう断言しています。
2022年に7.2%まで上がったインフレ率は、現在2.7%前後まで低下。
その背景には3つの理由があります。
-
価格転嫁の限界:企業が全てのコスト増を消費者に押し付けていない。
-
対象品目の限定:関税がかかる範囲が想定より狭まっている。
-
サービス価格の抑制:モノの値上がりが、サービス業に波及していない。
「インフレはすぐそこ」と過剰に警戒することこそリスクだ、とデイリー氏。
“恐れすぎるあまりに緊縮しすぎる”ことが、最大の失敗だと指摘します。
小ネタ①
🥦 食糧支援プログラム、土壇場で延命
米ホワイトハウスは、政府閉鎖の影響で一時停止が懸念されていた
低所得者向け食料支援プログラム「WIC」への資金確保を発表。
妊婦・授乳期の女性や子どもを支える制度で、対象は全米で数百万人規模。
「閉鎖でも食べ物は止めない」という政治的メッセージも感じられます。
小ネタ②
🏈 NFLのキッカー、60ヤード超え時代へ
今シーズン、60ヤード以上のフィールドゴールがすでに4本成功。
記録更新は時間の問題です。
選手たちは「試合で使うボールを練習でも使える新ルール」が功を奏したとコメント。
成功率も50ヤード以上で73%に到達。
もはやキッカーは“脚の職人”から“物理学者”の領域に入りつつあります。
編集後記
経済ニュースを追っていると、「人間って結局、心配性だな」と感じます。
金利を上げれば「やりすぎだ」と言われ、下げれば「緩めすぎだ」と叩かれる。
まるで、カーナビに「右です」と言われても結局まっすぐ行くドライバーみたいなものです。
それでも、メアリー・デイリー総裁の言葉にはどこか人間的な温度があります。
数字ではなく“働く人”を見ている感じ。
たとえば、彼女が言う「景気より雇用を守る」という姿勢は、
華やかな経済理論よりずっとリアルで、優しい考え方です。
インフレの数字も、失業率も、
結局は生活の中の「小さな痛み」を映したもの。
それをどうやって和らげるか──
中央銀行がそんな視点を持ち始めたこと自体、
少しだけ希望を感じます。
個人的には、NFLの60ヤード超えキックのほうが、
いまのFRBよりも“チャレンジング”に見えますが(笑)
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