深掘り記事
今週から米国の決算シーズンが本格化します。普段から重要ですが、今回はいつも以上に重みがあります。なぜなら、足元では政府統計(マクロ指標)の発表が滞るリスクがあり、投資家は「国のデータ」ではなく企業の決算とガイダンスに耳を澄ませるからです。言い換えれば、**“企業が語る景気”**が、当面の市場心理を左右するということです。
バンク・アズ・センサー:銀行は“景気の触診係”
JPMorgan、Citigroup、Goldman Sachs、Bank of America、American Expressなどのメガ金融が今週、続いてJohnson & Johnson、CSXなども控えます。銀行は消費者金融(家計)と商業銀行(企業)の両面を握っており、貸出需要、延滞率、預金の動きといった“生のシグナル”を最前線で観測しています。マクロ統計が出ない(/遅れる)局面では、銀行決算のフットノートにこそ景気の体温が宿るのです。
予想は珍しく“上方修正”で進行中
FactSetによると、S&P500のQ3利益成長率見込みは8.0%。6月末時点の7.3%から上振れしており、通常は四半期中に慎重化するのが通例(“ガイダンス下げてのちにビート”の儀式)なのに、今回は楽観が強まっているのが特徴です。
背景には、IPO・M&Aの再開気配に伴う投資銀行業務の回復があり、メガバンクのマーケッツ&アドバイザリーが収益のエンジンになっている点が挙げられます(もちろん投資判断は自己責任で!)。
「マグニフィセント7」は依然“主役”
今月後半にはMagnificent 7(米大型テック7社)のうち6社が決算を予定。Laffer Tengler Investmentsのナンシー・テングラー氏は「当面のEPS成長のドライバー」と位置づけます。Muriel Siebert & Co.のマーク・マレク氏も、年初から続く上方修正の一部は正当化されてきたとコメント。AI投資(推論・学習)の**“費用⇒利益化”**がどこまで進んだか、粗利率とCAPEXのバランスが見ものです。日本企業で言うなら、生成AIの現場実装(営業・カスタマーサクセス・保守)が売上とコストに“いつ・どこに”効いているかを読み解くフェーズ、という理解が近いでしょう。
「政府データの空白」を企業が埋める
今回の決算シーズンが重要なのは、単にEPSが予想を上回るかではありません。雇用、賃金、在庫、価格転嫁—本来なら政府統計で追うべき項目を、企業のコール(決算説明)で推測せざるを得ない点にあります。
-
小売・外食:客単価とトラフィックのミックス、低所得層の節約傾向
-
インダストリアル:受注残、在庫の健全性、価格と数量の寄与
-
IT/クラウド:AI関連の支出内訳(新規/置換)、単価改定の持続性
-
金融:カード延滞、リボ比率、貸倒引当の積み増し
決算は「過去」の集計に見えますが、ガイダンスと経営者コメントは「現在の足取り」と「ごく近い未来」を映します。統計が出ないなら、現場の呼吸を聞くしかない。これが今季の合言葉です。
まとめ
なぜ今季の決算が“いつも以上に”重要なのか?
第一に、情報の非対称性が拡大しているからです。政府統計の遅延(または一時停止)により、マーケットは公的な羅針盤を一部失います。その空白を埋めるのが企業の四半期決算と見通しです。投資家はプレスリリースだけでなく、決算コールのQ&A、セグメント別の注記、月次の需給コメントまで貪欲に読み込みます。企業側もこの状況を理解しており、「足元と翌四半期」に関する具体的な言及が増える公算が大きい。ここで具体性のある会社と抽象論しか語れない会社で、評価が分かれます。
第二に、コンセンサスの位置がいつもと違うこと。FactSetの通り、Q3の増益見込みは8.0%へ上振れ。通常は「下げて上回る」のがウォール街の作法ですが、今回は先に上がってしまった。つまり、“ハードルの再設定”が中途で起きています。したがって、今季はビートしても株価が上がらない(あるいはガイダンスで下がる)という“逆転現象”が起きやすい。評価はEPSサプライズよりも、ガイダンスの質(売上とマージンの持続可能性)とキャッシュ創出に寄るでしょう。
第三に、銀行の情報価値が増します。家計の延滞、企業の借換え、預金のスティッキーさ(=資金調達コストの粘着性)は、景気の初期シグナルです。ここが崩れなければ**「ソフトランディング物語」は延長戦へ。一方で、延滞や貸倒引当の増加がワイドに見えれば「スローダウン物語」が勢いを増す。投資家は「物語の主役交代」**を探しに行くのです。
第四に、AIの損益化が問い直される点。マグニフィセント7は、これまで期待の塊として評価されてきました。今季は期待の剥離が起きないか、AI関連売上の開示精度やCAPEXの回収年数がチェックポイント。“AIで増えた原価をAIで削る”(サポート自動化、営業エージェント化)という“内製の生産性革命”を、どれだけ数値で示せるかが分水嶺です。
最後に、投資行動の要点を3つ。
1)コールのトランスクリプト重視:数字以上に、価格戦略・在庫方針・人件費の具体性を見る。
2)ガイダンスの“幅”:幅が広い会社は外部不確実性(需要/規制/サプライ)を示唆。幅の狭さ=自信とは限らず、可視性の出所(受注残・サブスク構造)を確認。
3)現金>物語:調整後利益よりも営業CFとフリーCF。自己株買いの原資とネットデットの推移を主筋に。
結論:**“決算はイベント”ではなく“ナラティブの更新”**です。統計の空白を埋めるのは、現場の数字と経営者の言葉。投資判断は、そこにどれだけ“整合的な物語”を見い出せるかにかかっています。
気になった記事
PE(プライベート・エクイティ)案件のIPOが“2021年以来の当たり四半期”
新規株式公開(IPO)がQ3に39件、資金調達額は156億ドルと、前年比で件数+35.5%、資金+16.6%。36%が価格レンジ上振れ、10%が下振れで、初日平均+6%——ただし30日後平均はIPO価格比-4%と、短期は華やか・中期は地に足の結果です。
PEの“出口難”が続くなか、「IPOウィンドウが開いた」こと自体が明るい材料。ただし年初来(Q3末まで)73件は、2021年の304件には遠く及ばず、量・質ともに選別色が濃い。加えて、SECの審査が政府閉鎖で滞れば、せっかくの窓が再び狭まります。
— 実務メモ:日本の投資家が狙うなら、(1)売出比率の高さ(既存株主の出口色)、(2)ロックアップ条件、(3)成長率と粗利率の“相互矛盾”を要チェック。ロードショーのストーリーとS-1の注記が嚙み合っているかが肝です。
小ネタ2本
① 銀(Silver)が主役級に“きらり”
銀先物が前日比で約+7%と急伸。金同様に安全資産として買われるうえ、産業用途(金属としての実需)があるため、対中貿易摩擦や鉱物規制の渦に巻き込まれるとの思惑も追い風。政権の“重要鉱物”リストに銀が追加され、通商拡大条項(Section 232)の審査次第では輸入関税の可能性も。市場規模が金より小さく流動性が薄いため、値動きは誇張されやすい点に要注意。
② 「決算がすべて」月間の楽しみ方
アナリストの**“上方修正の途中”で迎える今季は、ビートして上がらない銘柄が増えるかも。そんな時はガイダンス・質疑応答・CF計算書をつまみに、株価の反応“なぜ?”ゲームをどうぞ。※答えはたいてい「期待の位置」**です。
編集後記
数字は正直ですが、人間はそうでもありません。四半期が始まると、私たちは夢を語り、終わりが近づくと言い訳を用意します。今回の決算は、その「人間味」をいつも以上に露呈させるでしょう。なぜなら政府の数字が少ないぶん、経営者の言葉が拡大解釈されるから。言い換えれば、語彙力が株価を動かすシーズンです。
私は性格がひねくれているので、決算のときはまずキャッシュフロー計算書から見ます。営業CFが増え、フリーCFが伸び、自己株買いの原資が潤っているなら、とりあえず**「お金は回っている」。これに勝る雄弁はありません。次に見るのは在庫**。増えるのは悪、とは限らない。値上げに耐える在庫なのか、値引きでしか出ない在庫なのか。ここで経営者の口数が急に多くなる会社は、たいていどこかに無理がある。
AIの話題も同じです。「AIで売上が伸びる」はたしかに響きがいい。でも、本当に聞きたいのは「AIでコストを何%削ったか」と「回収期間は何四半期か」です。“AIで生んだ赤字をAIで埋める”くらいの現実的な話が出てくる会社は強い。逆に、単語の羅列だけで粗利率の改善に触れない企業は、だいたい熱だけです。
銀が急騰しても、私の心は静かです。流動性が薄い市場は、光るときはまぶしく、落ちるときは情け容赦がない。安全資産という看板に甘えず、「なぜ今、銀なのか」の説明責任は自分に課したい。通商・鉱物・安全保障が絡む相場は、正論よりも実務が勝ちます。契約と関税、在庫と代替、そして時間。この三つが味方なら、多少の乱高下は受け止められます。
最後に、いつもの誓い。嘘や創作は足さない。事実は事実、意見は意見。推測は推測と明記する。読者の皆さんの判断とお金に直結するからこそ、私の役目は**“熱”を“温度”に変換すること**だと思っています。
コメント