深掘り記事
「決算は景気の鏡」とはよく言いますが、今季はとくに鏡面仕上げです。Goldman Sachs、JPMorgan、Citigroup、Wells Fargoの米大手行がQ3の売上・利益でそろって予想超え。舞台裏はシンプルで、(1)マーケット活況によるトレーディング収益、(2)M&A・IPO・借入再開の手数料が主役。要するに、**“動けば儲かる”**のが金融の世界。CEOの「今なら戦略案件が動く」ムードが一気に風を送っています。
1|ディールの夏、ウォール街の秋
JPMorganのCFOジェレミー・バーナム氏いわく、「長らくでいちばん忙しい夏」。AIブームを背景に資金調達・買収・合併が再加速し、資本市場部門(投資銀行・トレーディング)がフル回転。Goldmanのデービッド・ソロモン氏は**「投資家の熱狂(exuberance)」に改めて警鐘を鳴らしつつも、足元のディール回帰は否定しません。企業が「攻めの再編」に舵を切るタイミングは、銀行にとって肥沃な稼ぎ時**です。
2|ただし“ゴキブリ理論”は健在
華やかさの裏で、リスクの影も確かに伸びています。JPMorganのジェイミー・ダイモン氏は、サブプライム・オート融資のTricolor Holdingsの破綻を“単発”と見るのは危ういと指摘。名言**「ゴキブリは1匹見えたら他にもいる(When you see one cockroach, there are probably more)」。長らく良好な与信環境だっただけに、非銀行系の新興レンダーで傷が広がる可能性を示唆します。景気が減速した瞬間、「見えなかった負債」**が一気に可視化されるのは、金融の“いつものお作法”です。
事実:大手行はQ3でそろって増収増益。
意見:信用サイクルのほつれは、まず周縁(ノンバンク/サブプライム)から滲み、やがて貸倒引当金に波及する。**「今は平穏」=「これからも平穏」**ではありません。
3|AI・メディアの新手:勝者は「分散✕連携」
Netflix × Spotifyが2026年初頭から動画ポッドキャストを連携配信へ。音声広告より成長が速い動画広告市場に、Spotifyが“増幅器”としてNetflixの分配網を活かす格好です。YouTubeが米週次ポッドキャスト利用の33%という“王者”の檻に、二大サブスク巨人の連合で切り込み。Netflix側はスタンドアップ・スポーツ・ライブへ広げており、「非フィクションの視聴時間」を奪う総力戦へ。
同じ頃、AMDがOracleから“来年5万枚のGPU”導入案件を獲得(その後も追加予定)。使われるのはInstinct MI450で、**新世代AIスーパー・クラスターの“最初の公開事例”**となる見込み。マーケットは即反応し、AMDは一時+4%(終値+0.8%)、**NVIDIA -4.4%、Broadcom -3.5%と「シェア争い」を織り込みます。
結論:コンテンツは分散で増幅、計算資源は多様化で抗争。独占ではなく“相補的連携と競争の同居”**が2025年の空気です。
4|消費&産業の体温:AIで買い物、EVで冷や汗、タンパク質でガチ勢
Walmart×OpenAIは、「タコスの平日献立を計画して」→自動カート→決済までを会話で完了させる新機能を予告。検索→比較→カゴ→決済という長い旅路を**“一声”に短縮する狙いです。買い物のUXが“サイト移動”から“会話の直行便”へ変わると、広告・棚取り・ブランド想起の戦場配置がひっくり返る可能性。
一方、GMはEVで16億ドルの減損を計上。製造能力の見直し(需要鈍化)が根っこにあります。勝者総取りに見えたEVでも、価格競争・補助金・充電網の三つ巴で、収益化の壁は想像以上に分厚い。
そして食品は“プロテイン無双”。Pop-Tarts Protein(10g/個・3味)や、Doritos/ボトルコーヒー/Muscle Milk再始動など、2023年$670億→2030年$1,000億市場へ向けて大手の筋トレが本格化。ヘルス志向/GLP-1ユーザー/満足感スナックの三重ドライブで、「おやつ=栄養機能」**が定着しつつあります。
まとめ
大手銀行は強かった。Q3は相場回復×ディール復活の教科書展開で、手数料とトレーディングが数字を押し上げました。“いま動けば決まる”という経営者心理の転換も追い風です。ただし非銀行×サブプライムで**罅(ひび)**が入った兆候も。ゴキブリ理論は決して文学的表現ではなく、信用サイクルの経験則そのものです。良いときほど、目立たぬところが腐りやすい。この不都合な真実は忘れた頃にやって来ます。
AIとメディアは「連合」と「多様化」で前進。Netflix×Spotifyは、音声から動画へ、配信から体験へと収益の軸を広げる試み。広告主の視線は**“耳”より“目”へ移動中で、在庫(アドスペース)×ターゲティングの設計が塗り替わります。半導体ではAMDがOracleから大型導入を勝ち取り、NVIDIA独走に“二車線目”**が明確に。**クラウド各社の“調達の二刀流”**は、価格と供給安定性の両面で合理的です。
**消費は会話化、EVは現実化、食品は筋肉化。Walmart×OpenAIの“会話で完了”は、購買経路の短縮=広告とECの地殻変動を意味します。GMの減損は「量より利益」**への軌道修正の号砲。食品大手のプロテイン攻勢は、ヘルス×満足感×手軽さの交差点を射抜いています。
投資家・実務家への示唆は3つ。
1)信用の端を凝視:ノンバンクやサブプライムの延滞・償却に初動が出る。引当金の積み増しコメントは見逃さない。
2)計算資源の分散に賭ける:GPUは単一サプライのリスクが大。マルチベンダー調達やPPA(電力)まで含めた総所有コストで見る。
3)“会話”の奪い合いに備える:検索→比較の旧来導線は短縮される。音声・チャット起点の棚取りを“広告+CRM+在庫”で再設計する。
短期は銀行の強さ>信用の陰りで綱引き、中期はAIの収益化>投資過熱の見極め勝負。「熱狂」と「現金」を両眼視するのが、この秋の正解です。
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Netflix×Spotify、動画ポッドキャストで手を組む理由
2026年初頭、Spotify制作の人気番組(The Bill Simmons Podcast、The Rewatchables、Conspiracy Theories ほか)が米国のNetflixで視聴可能に。音声広告の伸びが動画に劣後するなか、Spotifyは分配網の拡張(視聴時間の前線へ)と新たな広告在庫を確保。Netflixは非フィクション/ライブ系の充実で視聴の“隙間時間”を刈り取る狙い。
現実問題として、ポッドキャスト動画の王者はYouTube(米週次聴取の33%)。そこへ二大サブスク連合がどう食い込むか——鍵はレコメンドの同化(Netflix内UIにどれだけ自然に溶け込めるか)と広告商品の磨き込みです。“ながら見”をどこまで動画で奪えるか、注目です。
小ネタ2本
① AMDがOracleに“5万枚”勝ち取る件
来年からInstinct MI450でAIスーパー・クラスターを構築。公開案件としては初の大台で、マーケットは**「NVIDIA一強に風穴」のシグナルとして反応。でも:NVIDIAは依然圧倒的首位**。**答えは“共存”**に収まる可能性が高いです。
② おやつも筋トレの一部です
Pop-Tarts Protein(10g/個)が11月デビュー。Doritosのタンパク強化版やMuscle Milk再始動など、**$1,000億市場(2030年)へ向けてスナックの「プロテイン化」が進行中。GLP-1時代、“満足感の科学”**は最強のマーケです。
編集後記
銀行決算を見ていると、毎回「人は景気を作る動物だな」と思います。ディールの空気が温まると、“いまなら通る”と感じた経営者が一斉に動く。理屈じゃなくて、雰囲気。市場って、案外そういうものでできています。
そして熱狂の裏では、いつも静かなきしみが始まっている。今回で言えば、非銀行系レンダーのクラック。好況というカーペットの下に、与信の砂はたまるんですよね。掃除は不況が来てから、というのがまた皮肉。
一方で、Netflix×Spotifyのような“仲良しこよし”は嫌いじゃないです。勝てないと見るや、組む。プライドより視聴時間、美学より広告在庫。この割り切りが、ビジネスを前に進めるんだと思います。
AIチップも同じで、AMDの一矢に市場がザワついたのは痛快。ただ、勝ち負けの作法はシビアです。**「安定供給」と「最適なTCO」**を勝ち取った者が、地味に、でも確実に世界を取る。派手なベンチマークより、調達と運用。夢がない? いえ、現実がいちばんロマンです。
最後に、食品のプロテイン化。おやつの罪悪感を栄養の合理に変える、このマーケの妙。カロリーじゃなくて満足感のデザインに価値が移っている気がします。AIが買い物の「導線」を短くし、ECが「比較」を飛ばし、私たちは**“選ぶ”より“任せる”を覚えた。そんな時代に、噛み応えや飲み応え**の“物理的な満足”が、逆に重要になっているのかもしれません。
というわけで、熱狂には温度計を、楽観には消火器を。
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