深掘り記事
第3四半期の米EV販売が過去最高を更新しました。コックス・オートモーティブの集計によると、EVの新車販売は前期比約41%増、前年同期比で約30%増。テスラは**シェア41%で依然トップですが、フォルクスワーゲン、GM、ホンダ、ヒョンデなどの伸びが目立ち、「テスラ一強」から「多極化」**へと相場観が変わる兆しです。背景には、**9月末で失効した税控除(タックスクレジット)**を巡る“駆け込み需要”があります。つまり、市場の自発的成長というより政策ドリブンの一気加速。この温度感の見誤りは、日本企業のPLと在庫に直撃します。
ここで要点を3つに分解します。
① 需要の前倒し:売れたのか、売れ“過ぎた”のか
税優遇の期限が明確だったため、販売現場は年末商戦並みの前倒しになりました。需要の時間的移動は数字を膨らませますが、持続性を保証しません。小売現場のKPIでいえば、受注—登録—納車のリードタイムが圧縮され、値引き・販促の効率は確かに改善したはず。一方で、10月以降の反動減は避けにくい。生産計画の平準化が効きにくい領域では、在庫回転の鈍化→販社のキャッシュ圧迫が起き得ます。
② コストの現実:バッテリーと“見えないインフラ”
電池コストは長期で低下傾向でも、リチウム・ニッケル・マンガンなどの原材料ボラは依然大きく、物流・充電網・系統増強といった“見えないインフラ”は運用費として効いてきます。さらに、米中対立や資源安全保障の強化で、希少材や磁石(Nd-Fe-B)などの供給リスクは常に背後にあります。EVはハードが命というより、サプライ網が命。購買・設計・品質保証の三位一体で素材置換性を高める体制が、数字の荒波を平滑化します。
③ 競争軸の変化:プロダクトから“体験+金融”へ
補助の切れ目が金融の出番です。金利高止まり懸念がある環境では、リース・サブスク・残価保証などが購入決定の最後の一押しになります。車両そのもののスペック競争から、保有総コスト(TCO)×充電体験×ディーラー運用のトータル設計へ。日本勢はアフターの現場力が強みですが、アプリUX/ロイヤルティ計画/家庭用充電ソリューションの細部で海外勢との差が開きがち。ここは金融API連携と会員施策で埋めやすい“差”です。
では、日本の実務に落とします。
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販売・在庫計画:9月末の駆け込みの“借り”を返す10–12月の反動を前提に、グレード別の滞留リスクを評価。色・装備のSKU整理で回転を上げる。
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調達・設計:磁石・負極材など代替材の技術審査を前倒し。性能劣化の閾値とコスト差を1枚に重ねた「採用判断マトリクス」を常設し、意思決定の速度を上げる。
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金融・販促:補助切れ後の利払い負担を相殺するため、残価・メンテ一体型のメニューを太く。電力会社・モビリティ事業者とのセット販促は、カスタマーライフタイムバリューを押し上げます。
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データ基盤:充電行動×来店履歴×故障兆候をつなぐデータモデルを“先に”作る。生成AIは便利ですが、裏のデータ標準化を飛ばすと定着しません。
今回の数字は華やかですが、政策の段差でつくられた局所的な追い風です。熱狂の影に、在庫とサプライ網の歪みがないか。そこを見切った企業が、次の四半期も笑います。
まとめ
第3四半期の米EV販売は前期比約41%増、前年比約30%増で過去最高。税控除の期限切れ前という特殊要因により、需要の前倒しが起きたのが最大のドライバーです。テスラはシェア41%で首位を維持する一方、フォルクスワーゲン、GM、ホンダ、ヒョンデなどが大きく伸び、多ブランド化が進展。見た目の数字以上に重要なのは、10月以降の反動と供給網リスクです。バッテリー原材料や磁石、輸送・充電インフラなど、**“見えないコスト”**が引き続き収益性に効きます。
一方、ワシントンでは政府閉鎖に絡む大量解雇を巡り、連邦地裁が一時差し止めを決定。政権の権限行使が司法の場で争われる構図になりました。政策の不確実性は、消費者心理・金利観測・補助政策の持続性に波紋を広げます。さらに、AI需要を背景としたデータセンター投資や、プライベート・ウェルス領域での大手運用会社の新戦略など、資金の流れは“AI×インフラ”へ向かっています。企業は「EVの売れ行き」と同時に、資金調達コストと与信、サプライチェーンの詰まり、**顧客の購入金融(リース・残価)**を総合で見る必要があります。
日本企業への実務提言は3点。①反動減を前提にSKU・色・装備の最適化と在庫回転の確保、②代替材・代替工程の技術審査と契約条項(価格スライド・納期責任)の平時更新、③TCOと体験(充電・アプリ・保証)を核にした金融一体型販促の強化。AI活用は裏側のデータ標準化が王道です。数字の表舞台より、段取りと配管に勝機があります。
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司法ブレーキ:政府閉鎖中の“大量解雇”に差し止め命令
事実:連邦地裁(スーザン・イルストン判事)が、政府閉鎖下で計画された大規模なRIF(人員削減)を一時的に差し止め。労組側は「閉鎖は解雇の法的根拠にならない」と主張。政権側は1万人超規模の解雇の可能性に言及していました。
ビジネス的含意:公的部門の停滞は、審査・認可・統計公表など**“見えない行政サービス”の遅延を通じて、上場・M&A・設備投資のタイムラインに影響します。日本企業にとっては、米国当局絡みの手続き(環境・貿易・安全基準)のリードタイム上振れ**を前提に、契約納期に余白を持たせるのが無難です。
小ネタ2本
① AIが運ぶ40Bドルの“箱”
ブラックロック、マイクロソフト、NVIDIAらがアラインド・データセンターを約400億ドルで取得へ(売り手はマッコーリー)。需要の主役はAI。学習・推論の“部屋代”は上がる一方。電力・冷却・ネット回線の三種の神器を確保できるプロバイダが新インフラ王です。日本企業は高効率冷却や配電の周辺装置で“部品の勝ち筋”があります。
② 退職年金にオルタの波
ブラックストーンがDC(確定拠出)向け商品に注力。分散と安定インカムの組み合わせが鍵。企業側はマッチング拠出×金融リテラシー教育をセットにすると、採用競争力にも利きます。とはいえ、オルタの流動性・評価は要注意。ルールと透明性が命です。
編集後記
EVの数字は派手です。グラフは右肩上がり、会場は盛況、メディアは「歴史的」と見出しを打ちます。でも、現場を歩くと、納車前の駐車場、航続距離の体感差、家庭用200Vの工事待ちといった、数字に映らない段差があちこちに転がっています。今回のブーストは税控除の段差でもありました。段差で加速した車は、下り切るとブレーキ跡を残します。だから、華やかな四半期の次こそ、在庫と金融と現場UXに汗をかく番です。
そして、政治。政府閉鎖に絡むRIF差し止めを眺めながら、「またプロレスか」と皮肉りたくもなります。けれど企業にとっては、認可の一週間遅れが売上の一ヶ月遅れになることがある。茶番と笑って済むのは、舞台の外だけ。舞台の上では、舞台転換の遅れが次の演目(製品計画)に響きます。だから私は、政治ニュースを“面白おかしく”読むのではなく、スケジュール表の赤字修正として読みます。つまらない? いいんです。段取りは地味ほど強い。
最後に、AI。データセンターの大型案件や、退職年金向けオルタ商品のニュースを見て、「また遠い世界の話」と感じたら、社内の業務フローを一枚スケッチしてみてください。**誰が、どの情報を、どの順で見て、どこで止まるか。**AIは魔法ではなく、詰まりの位置をひとつずつズラす工具です。工具箱は少し重い。でも、一度そろえてしまえば、段差のたびに借りに走らなくてすむ。そうやって、来期の反動も、想定の範囲内に入れていきましょう。数字の花火の向こうで、仕込みは静かに進めるのが勝ち筋です。
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