関税ドーピングの現場――「国内回帰」は誰の追い風か

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米国の製造業で、“関税ドーピング”とも言える追い風が本格化しています。ホイールプール(Whirlpool)はオハイオ州の洗濯機工場に3億ドルを投じて増強、ステランティス(旧FCA)は米国生産を50%拡大し、5,000人超の雇用を増やす計画を発表しました。背景には、トランプ政権の追加関税をテコにした**オンショアリング(国内回帰)**の加速があります。

「関税で国内産業を再活性化する」というロジックは、教科書的には価格上昇=消費者負担増という副作用を伴います。現場の見立てでは、当面は**“雇用と票”を生む可視的な成果が先行し、家計の痛みはじわじわ表面化してくる――そんなプロレス的構造です。企業の投資発表は華やかですが、数字を分解すると、“本当に新規か、リパッケージか”という冷ややかな視点も必要。実際、イリノイ州ベルビディア工場の再稼働はUAW(全米自動車労組)との合意**で以前から織り込まれていたものです。

さらに、摩擦の火種も同時に増えています。ジープ・コンパスのカナダ・オンタリオ工場から米国への生産移管に対し、カナダ政府は提訴を示唆補助金や税優遇を材料にした投資誘致の「ひっぱり合い」は、北米サプライチェーンの再編を加速させる一方で、隣国間のルール論争を激化させます。サプライヤーから見れば、原材料・人件費・物流のコスト差だけでなく、貿易措置や原産地規則の“行間”が利益に直結する局面です。

UAWのショーン・フェイン会長は、ターゲットを絞った自動車関税が組合雇用を取り戻すと歓迎しました。ここで重要なのは、企業の投資意思決定が賃上げ・稼働率・インセンティブの三点セットで動くこと。設備増強=持続的生産とは限らず、モデルサイクルや電動化の進捗次第でカーブは大きく変わります。関税という外付けの壁は、為替や金利と違い政治の気分で高さが変わる“可変ダム”。このダムを前提に在庫・原価・価格設定を再設計できる企業が、荒波を「波」に変えられます。

もう一つの視点は、所得階層の分岐です。市場では「K字型」を口にするのは早いとしつつも、**LVMH(高級品)Dollar Tree(ディスカウント)**の同時反発が示すのは、上と下が別々の論理で強いという現実。関税=物価押し上げ圧力が広がる局面で、中間層の可処分所得が最も挟み撃ちに遭いやすい。製造業の現場では、プレミアム化で単価を守る戦略と、低価格帯でボリューム確保の二面作戦を、SKUの整理・部材共通化・販路別の価格政策で同時に打つ必要があります。

最後に、**“真水の投資”と“発表の化粧”**を見分けるチェックポイントを置いておきます。

  • CAPEXの時系列:同一プロジェクトの再告知かどうか。

  • ネット雇用増:配置転換ではなく純増か。

  • サプライチェーンの再設計現地調達率・物流ルート・在庫政策が変わるか。

  • 価格転嫁設計原価上昇のパススルー販促費のバランスが説明されているか。

“国内回帰”は現実です。ただし、誰の利益を、どのタイムスパンでもたらすのか――この設計図を持つか否かが、勝敗を分けます。関税という外部装置に頼り切るのではなく、製品性・コスト構造・販売金融を一体で組み直す。ここが、次の四半期に効いてきます。


まとめ

米国で製造の国内回帰が勢いづいています。Whirlpoolの3億ドル増強(オハイオ)Stellantisの米生産50%増と5,000人超採用――いずれも関税強化を追い風にした動きです。UAWは歓迎し、ジープ・コンパスの米国内移管は雇用増の象徴として注目される一方、カナダ政府が提訴示唆するなど、国境をまたぐ補助金・投資協定の綱引きは激化。華やかな投資発表の陰で、**“本当に新規か、過去合意の再掲か”**という冷静な見極めが要ります。

消費の側面では、LVMH(高級)とDollar Tree(ディスカウント)の同時反発が示すように、高所得と低所得の二極が強い構図が続きます。関税は国内生産にプラスでも、消費者価格には上振れ圧力。中間層は金利高止まり・物価上昇のはざまで消耗しやすく、プレミアムとローエンドの両端に顧客が逃げるリスクが高い。製造・流通企業は、SKUの統廃合・部材共通化・原価低減でコストを吸収しつつ、価格政策と販促費の再配分で“端と真ん中”を取りこぼさない設計が肝です。

実務的には、①投資発表のCAPEXと雇用の純増を精査、②原産地規則・関税ラインに合わせた生産・調達の再最適化、③価格転嫁のルール化(サプライヤー/販売店と前広に合意)、④在庫と販売金融(残価・リース)の連動で需要変動を吸収――の4点セットが有効。オンショアリングは「目的」ではなく「手段」製品競争力×コスト×需要を一体で磨く企業だけが、関税という外付け要因が外れても走り続けられます。


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「二つの反発」が語るもの――LVMHとDollar Tree

事実LVMHは米国顧客を軸に売上が市場予想超えで株価上昇。Dollar Tree既存店売上+3%3年でEPS最大+15%見通しを示し、株価が上昇しました。前者は関税・貿易摩擦の逆風に晒されつつも、ブランド力×価格決定力で跳ね返す構図。後者は不採算部門(Family Dollar)の切り離しで集中と選択を進め、物価上昇局面の来店頻度増を取り込みます。

示唆:関税が押し上げるモノの価格に対して、高価格帯は“値上げ受容”で耐える、低価格帯は**“買い場の移動”で量を取る**。真ん中の価格帯こそ戦術が問われます。日本企業は、**プレミアム(体験・限定・保証)バリュー(定番・大容量・簡素包装)**を明確に区分し、中間帯の“曖昧”を減らす商品設計が効果的です。


小ネタ2本

① 料理油で“ブンジー”ジャンプ?
トランプ大統領が中国からの食用油輸入停止に言及――この見出しだけでBunge Globalの株は**+13%**急騰。背景には、中国発の使用済み食用油(バイオ燃料向け)が米市場で競合していた事情。農産とエネルギーが油一滴でつながるのが、今日の市場の面白さです。

② オンショアリングの“現実”メモ
投資発表が踊る時期こそ、**「既発表の焼き直し」**を疑うのが定石。ネット雇用増、立ち上がり時期、現地サプライヤー開拓の進捗の3点セットを確認すると、化粧と真水の区別がつきます。IRの“形容詞”より、稼働率とキャッシュの動きに注目です。


編集後記

「関税は痛みを伴う治療」――理屈はそうでも、政治は効いた感を優先します。雇用が増え、テープカットが映え、労組のトップが笑顔で握手する。テレビ的には満点です。ただ、工場の中に入ると、部材の手当、治工具の調整、検査工程の詰まりといった地味で面倒な現実が待っています。関税で守られた国境は、現場の詰まりを解消してはくれません。むしろ、原産地規則の確認や通関手続きなど、新しい段取りが増える。華やかな「国内回帰」の裏側で、サプライチェーン担当者のToDoリストがしれっと2倍になっている――それが現実です。

一方で、LVMHとDollar Treeの同時反発は、景気の体感温度が**二極で“快適”**になっていることを示しました。高級品は“痛み”を優雅に受け流し、ディスカウントは“痛み”をお得に置き換える。真ん中のあなたはどうするか。私は、「真ん中の厚み」を守ろうとするより、端をはっきり取りにいくのが戦い方だと思います。中間は“どっちつかず”になりやすい。プレミアムの作法(限定・体験・保証)と、バリューの作法(定番・大容量・即納)を、別チームで運用するくらいの割り切りが必要です。

最後に、嘘はNGという大切な前提。今回のメルマガは、いただいた英語記事の事実ベースで構成し、創作や脚色はしていません。皮肉は交えましたが、事実と意見は明確に分けました。数字の熱狂に飲まれると、つい**“盛り”たくなります。でも、現場で意味があるのは段取りと配管**。テープカットの後、ラインが止まらずに動き続けること。そこに静かな希望があります。関税が下がっても、政権が変わっても、動き続ける設計。それこそが、企業の地力です。

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