💸「信用不安は伝染する」──“コックローチ理論”が再び顔を出した米金融の現場から

深掘り記事：「1匹見つけたら100匹いる」──米金融界が怯える“ゴキブリの法則”

■ 「信用の穴」はいつも静かに始まる

アメリカの金融業界で、今もっとも嫌われている言葉が「コックローチ（ゴキブリ）」です。
今週、米地方銀行2行が発表した“あるニュース”は、世界の投資家たちの神経を一気に逆撫でしました。

・ユタ州のZions Bancorpが、投資ファンド「Cantor Fitzgerald」系の資金が約6,000万ドル（約90億円）の不正融資を受けたとして提訴
・アリゾナ州のWestern Alliance Bancorpも、同じ相手から**約1億ドル（約150億円）**の回収を目指して訴訟へ

訴えの内容は、**不良債権（distressed mortgage loans）**の買収資金を偽装して融資を引き出したというものです。被告側は「完全否認」していますが、市場の反応は冷ややかでした。

特にこのニュースが厄介だったのは、「第一報ではない」という点です。数日前には、自動車部品サプライヤー「First Brands」の融資不正が発覚したばかり。そして大手銀行JPMorganのCEO、ジェイミー・ダイモンはこう言いました：

この一言が、市場の恐怖心理に火をつけました。

■ 株式市場に広がる“感染”──1匹の不正が100億ドルを吹き飛ばす

ZionsとWestern Allianceの告発を受け、株式市場は一時パニック状態に。

• 米地方銀行株はTriumph Bankを除いてすべて下落

• 米主要銀行74社の時価総額が**合計1,000億ドル（約15兆円）**消失

• 欧州の主要銀行株指数は8月以来最大の下落、アジア市場にも波及

つまり「1件の訴訟」が、15兆円規模の市場価値を吹き飛ばしたのです。

ただ、金曜の取引ではやや落ち着きを取り戻しました。背景には「地銀の決算が予想より良好だった」ことがあります。実際、大手の多くは**貸倒引当金（provisions）**を増やしておらず、「全体が腐っているわけではない」というメッセージを発しています。

とはいえ、心理的な傷は残りました。**信用市場では“ perception（認識）が reality（現実）になる ”**という言葉があります。つまり、「もしかして危ないのでは？」という空気自体が、信用を毀損するのです。

■ “プライベート・クレジット”の盲点──規制の外で膨張する新リスク

今回の事件が特に注目されるのは、「プライベート・クレジット市場」に起きているからです。

🔎【用語解説】
プライベート・クレジット（Private Credit）：銀行ではなく投資ファンドなどが企業向け融資を行う市場。規制が緩く、表に出にくいが、2023年時点で世界市場は**1.7兆ドル（約255兆円）**に達し、米国では銀行融資を凌駕しつつある。

この市場は「高利回り」と「迅速な資金調達」を武器に急拡大してきましたが、監視・規制がほぼ存在しないため、不正や過剰リスクが潜みやすいのです。
今回のような訴訟は氷山の一角に過ぎず、今後「第二・第三のFirst Brands」が出てくる可能性は十分あります。

■ 日本企業も“対岸の火事”ではない理由

「アメリカの話でしょ？」と思うかもしれませんが、これは日本企業にも直結します。理由は3つです：

1. ドル資金調達コストの急上昇：信用不安が広がると、ドル資金市場がタイト化し、企業の海外借入コストが上昇します。

2. 連鎖破綻リスクの波及：米地銀の信用収縮は、中堅企業向け融資を冷やし、世界サプライチェーンに影響します。

3. 為替・株価への波及：金融不安はドル売り圧力となり、円高・株安のリスクが高まります。

とくに商社・製造業・不動産セクターなど、海外資金に依存する企業は要注意です。

まとめ

今回の「融資不正」は、単なる1件の事件ではありません。それは、信用という見えない基盤の脆さを改めて思い知らせる出来事でした。

金融システムは、巨額のキャッシュや資産で動いているように見えますが、その本質は「信じる力」にあります。企業が返すと信じるから銀行は貸し、投資家が回収できると信じるから株を買う。信頼が一度でも崩れれば、数字は瞬く間に意味を失います。

今回、ZionsやWestern Allianceが抱える損失自体は米金融市場全体から見れば微々たるものです。けれど、それが“氷山の一角”だと思われた瞬間、市場は一気に恐怖へと傾く。それが「コックローチ理論」の恐ろしさです。

そしてこの不安は、プライベート・クレジット市場という新しい「影の銀行システム」が膨張する中で、ますます見えにくくなっています。そこには規制の目が届かず、統計にも出てこないリスクが潜んでいます。

投資家として重要なのは、「何が起きたか」ではなく「市場がどう感じたか」を読むことです。実際の損失額よりも、“不安が不安を呼ぶ構造”こそが、次のショックを生むトリガーになります。

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編集後記

「コックローチ理論」という言葉は、実は金融業界の“都市伝説”のように語り継がれています。1998年のロシア危機、2008年のリーマン・ショック、2023年の地域銀行破綻…。そのすべてに共通するのは、「最初の1件」は決して“最後”ではなかったということです。

私たちはしばしば、「問題は限定的」「今回は大丈夫」と言われると安心したくなります。しかし、歴史はいつもその言葉の直後に牙をむいてきました。市場が恐れるのは“事実”ではなく“見えない可能性”です。そして見えないものほど、想像は膨らみ、パニックは増幅します。

投資もビジネスも、同じです。重要なのは、**「今起きていること」ではなく、「次に起きうること」**を想像すること。