深掘り記事
結論(事実): 昨日、Amazon Web Services(AWS)が約15時間にわたり障害を起こし、世界の約3割を支えると言われるクラウド基盤の一角が止まりました。原因はDNS(ドメイン名システム)まわりの不具合で、AWSが内部データベースの技術更新を実施した後に波及的に発生。Venmo、Robinhood、HBO Max、Roblox、Fortnite、Snapchat、Wordleなど多数のサービス、航空(Delta/United)を含むリアルの運行にも影響が及び、ダウンディテクター上の報告は正午にかけてピーク。それでも当日夕方に「ほぼ復旧」とされました。Amazon自身のECやRing、Alexaも影響を受け、時間当たり最大約7,500万ドル(うちAmazon本体約7,200万ドル)の損失試算が飛び交いました(設計会社試算)。
結論(意見): これは「集中(centralization)リスク」の写し絵です。巨大クラウドはAWS・Microsoft Azure・Google Cloudのビッグ3寡占。どれか一社の小さな“綻び”が、インターネット全体の“断線”に見える——そんな構造的脆さを突きつけました。
1) 背景:なぜ“雲”が止まると現実が止まるのか
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DNSとは
ネットの「住所録(名前→実IPの変換)」です。ここが乱れると、**リンクを押しても“家が見つからない”**状態に。日本のオフィスで喩えるなら、社内内線表が壊れて誰にも電話がつながらない感じです。 -
単一障害点(SPOF)の現代版
物理データセンター時代は「自社サーバが落ちる」話でした。今は世界的に共有された大動脈を依存しているため、1回の誤配線で数千社が同時にしびれる。規模の経済の裏側に、規模の脆さが並走します。
2) 構造:マルチクラウドは“入れて終わり”ではない
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よくある誤解:「バックアップで別クラウドも契約しているから安心」
事実:アプリ層・データ層・ネットワーク層・監視運用の設計・運用が二重化されていなければ、**“請求書だけマルチ”**になりがちです。 -
実務ポイント
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RTO/RPOの定義:
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RTO(復旧時間目標)=どれだけ止めてよいか
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RPO(復旧時点目標)=どれだけデータを巻き戻せるか
まずここをビジネス側が確定し、技術側が達成可能な構成(DNS冗長、レプリケーション、フェイルオーバーRunbook)に落とす。
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DNSの冗長化:セカンダリDNS/Anycast/別ベンダの併用。
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依存の可視化:SaaS→PaaS→IaaSの鎖をSBOM(ソフトウェア部品表)的に棚卸し。日本のBCPで言う重要サプライヤーマップのクラウド版です。
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カオスエンジニアリング:本番環境で意図的に故障を起こす演習。Netflix由来の手法。机上の空論にしない“実戦”がポイント。
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日本事例に置き換え
ECの大型セール、自治体の申請ピーク、テレビ露出直後のトラフィックなど、**“いつ止まると致命的か”**は業態で違う。フェイルオーバー手順を“夜中の当番”が一人で回せるかまで落とし込むのが現実解です。
3) 影響:オンラインだけでなく“現場の時間”が止まる
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金融・決済:送金・残高照会の瞬断が信用リスクに直結。
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航空・小売・配達:運航・注文・在庫・配車が連鎖停止。1分の遅延が1時間の現場混乱に変換されます。
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Amazon自身:クラウド/EC/家電・生活デバイスまで縦横統合の強みが、同時に共倒れの弱さにも。
4) 展望:集中の時代は続く、だから“壊れ方”を設計する
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事実:巨大クラウドを自社で代替することは非現実。
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意見:ゆえに**「壊れない」ではなく「壊れてもビジネスを守る」**設計に切り替える。
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段階復旧:全復旧を待たず重要業務→次点の順に戻す。
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顧客コミュニケーション:ステータスページ、遅延予告、代替手段の定型文を先に用意。
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KPIの置き換え:*稼働率99.9%*だけでなく、SLA違反時のCS解約率・返金コストを追う。
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投資判断:平時ROIは見えにくいが、一発の障害で黒字が吹き飛ぶ。保険に近い投資は経営の意思でしか進みません。
まとめ
今回のAWS障害は、「便利さ」の裏にある“集中の脆さ”を可視化しました。原因はDNS絡みの不具合で、内部の技術更新がトリガー。影響は数千サービス・実世界の運行まで拡大し、推計の損失は時間当たり7,500万ドル級に。ビッグ3クラウド寡占の中で、一社の不調が世界の不調に直結する構造が露呈しました。
私たち企業側が学ぶべきは、「止めない」から「止まっても折れない」への発想転換です。RTO/RPOの明文化、DNSの多重化、依存の見える化(SaaS/ベンダ鎖)、フェイルオーバーRunbook、そしてカオス演習の習慣化。これらは“ITの話”に見えて、売上・信用・コストの守りそのものです。日本のBCPと同じで、平時の準備が有事の損失極小化を決めます。
同じ日に、アップルの株価が史上高値を更新しました。iPhone 17が米中で発売10日間の販売が前機種比+14%とのリサーチ報告、投資銀行の相次ぐ格上げが追い風。16世代はAI機能の遅れや関税不安で伸び悩みましたが、今回は買い替えサイクルの波も手伝い、心理のスイッチが入った格好です。もっとも一部アナリストは初速の持続性に慎重で、「パンデミック期購入組の買い替え」の反動が先行した可能性を指摘。ここにも**“集中リスク”の別の顔**があります。少数メガブランドへの過度な売上依存は、初速→踊り場でボラティリティを高めます。
地政学では、**米豪が希土類で協力枠組み(最大85億ドル規模)に合意。中国が採掘70%・精製90%を握るサプライチェーンの「一点突破の脆さ」**に対し、同盟で分散を試みる動きです。また、連邦控訴裁が大統領の州兵派遣権限を支持する判断(別命令で即時派遣はなお停止)も。**制度の“壊れ方”**をどう解釈し、企業活動の前提に織り込むかが問われます。さらに、**ディズニー+/フールーの解約急増(月間解約率倍増)**という“消費者の気分”の揺れも同日に観測。世論・規制・感情は、インフラ障害と同じくらい収益を動かすのです。
総じて2026年のキーワードは、冗長化(テック)×分散(供給)×分解(KPI)。止まる前提での設計、特定市場・特定ブランド依存の軽減、「稼働率」以外の防御KPIを置く。AWSの一件は、単なる「クラウドの話」ではなく、経営の話でした。
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希土類で米豪が“枠組み合意”——サプライチェーン分散は“時間との勝負”
事実:米国とオーストラリアが、最大85億ドル規模のプロジェクトを想定した希土類協力の枠組みに署名。今後6カ月で両国それぞれ10億ドル投資を目指す一方、中国は採掘70%・精製90%を握る現状。
意見:AI・EV・防衛の戦略素材ゆえ、**“値段より確実に手に入るか”**がKPIになります。日本企業は、豪州調達の与信枠・前払(オフテイク)・精製能力のボトルネックを、トレードファイナンス+技術提携で埋める設計を。一社・一国依存を減らす「時間の買い方」が勝負です。
小ネタ2本
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裁判所の“ニュアンス”って難しい
連邦控訴裁は大統領の州兵派遣権限に“合法の蓋然性”ありと判断。一方、別の下級審命令で当面の派遣は差し止め。つまり「理屈はOK、今はNO」。会議で上司に言われがちなやつです。 -
ディズニー、数字は正直
Kimmel休止の余波で**Disney+解約8%(前月4%)/Hulu10%(同5%)**に跳ね上がり、数百万人規模が離脱。推しがいない箱は、ただの箱。コンテンツは王様、とはよく言ったものです。
編集後記
「クラウドは止まらない」は、きれいな理想でした。昨日のAWSは、むしろ**「止まる前提で設計しなさい」という現実的なメッセージ。インフラの強靭化は、社内稟議で最も通りにくい投資の一つですが、一回の全面停止コストを正しく積み上げると、たいてい“やっておけばよかった”に化けます。
そしてもう一つ。アップルの史上高値に私たちは歓喜しつつも、初速の持続性という冷や水を片手に持つべきです。BtoCでもBtoBでも、「初動の花火」と「反復の炭火」は別物。iPhone 17の伸びを定常売上に変換できるのは、供給・販路・下取り・AI機能の見える化といった地味な裏方の仕事です。
結局、クラウドもスマホも希土類も、派手な見出しの裏に、地味だが替えの利かない基盤がいます。
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