「量子バブルの息切れと“オルタナ資産の大行列”──いま市場で本当に起きていること」

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「今年いちばん沸いたテーマ株」が一斉に失速しています。核融合・次世代原子力、量子コンピューティング、データセンターREIT、そしてゴールド(金)まで。どれも“世界を変える”“安全資産だ”と語られ続けてきた領域ですが、ここにきて投資家が急に利確(利益確定売り)に走っているのが現状です。

これは単なる値動きの話ではありません。もっと大きなメッセージがあります。つまり、「期待=物語」が先行してきた領域に、現実のキャッシュフローとリスク管理の目線が戻りつつあるということです。

まずは事実から整理します。

  • 小型原子炉など“ニュークリア”系の期待を背負ったOkloは、10月中旬までに約+700%という異常な上昇を見せましたが、その後は約▲30%下落。なお、同社はまだ売上が立っていない段階です。

  • “量子計算機で世界を変える”といったストーリーの銘柄も同じ動きです。D-Wave Quantumは年初から+365%まで買われ、その後30%下げ、政府が量子企業への出資を検討しているという報道でまた買い戻されるという乱高下。

  • データセンターREITのFermiは新規上場直後に公募価格から+19%で始まりましたが、そこから急落し、早くも上場来安値を更新。AIインフラの「不動産版インデックス」として熱狂の対象だったにもかかわらずです。

  • そして“逃避先の王様”であるはずの**金(ゴールド)**ですら、年初来で約+60%という歴史的な上昇を記録していたにもかかわらず、ここ1週間で2013年以来のワーストデーを含む急落を経験しました。

これらは個別の事情というより、同じ空気を吸っています。つまり、「物語で買ったポジションを、一度草むしりする(=利確してポートフォリオを軽くする)」フェーズに入ったということです。

モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントのCIO、ジム・カロン氏は「今のバリュエーション(株価水準)は“完璧”を前提にしている。少しでも完璧からズレると皆が神経質になる」と説明しています。これはとても重要な指摘です。なぜなら、今の市場では「良い決算を出したのに下がる」という現象が普通に起きているからです。

たとえばJPMorgan(米最大級の銀行)は利益面で予想に勝ったにもかかわらず、ジェイミー・ダイモンCEOが「信用リスクが気になる」と口にしただけで株価が下落しました。IBMも利益・売上・フリーキャッシュフローなど主要指標で市場予想を上回りましたが、ソフトウェア部門の売上が“予想とほぼ同じ”だっただけで売りが出た。
つまり今の投資家心理は「サプライズをもっとくれ」「安全も保証しろ」「成長も鈍らせるな」という、正直わがままモードです。

背景には2つの構造があります。


構造①:「バブルと言われ続ける領域」に、実はお金が集中しすぎていた

AI、量子、次世代エネルギー、データセンター、国防テック、ゴールド。どれも“これから伸びる”と語られ、資金が一斉に流れ込んだ領域です。
投資家側から見ると、こうしたテーマは魅力的です。なぜなら

  • 「長期トレンドに乗っている感」がある

  • マクロ不安でも説明しやすい(AIは逆風でも成長、金は有事の逃避先)

  • 誰かが政府予算や補助金を入れてくれる期待がある(量子、半導体、エネルギー安全保障)

つまり、“語れる未来がある=買い材料”として扱いやすい。

でも、その裏側で起きていたのは極端な一極集中です。特に今年はAIとそれに直結すると信じられたハード/インフラ銘柄に資金が殺到しました。株価が年初来2倍、3倍、7倍…というのは、冷静に考えると事業のスピード(売上、利益)ではなく、期待のスピードです。

期待のスピードが速い領域は、同じ速さで疑心暗鬼にもなります。だから、ちょっとでも「ん?」という材料が出るだけで、逃げ足も速くなる。今回の売りは、そういう“過熱領域における定期的な酸欠”と言えます。

Robinhoodのチーフ・インベストメント・オフィサーであるステファニー・ギルド氏は、こうした利確行動を「芝刈り(cut your grass)」と呼んでいます。雑草を放置すると庭が荒れるのと同じで、儲かって膨らみすぎた場所を一回刈り込んで、全体のリスクバランスを整える。彼女いわく、これはむしろ「健全」。むしろ“草を刈らない方が危ない”。

要は、ここで売られていること自体が「崩壊のサイン」だと短絡的に決めつけるのは早い、ということです。上がりすぎたものは下がる、木は空に向かって無限に伸びない、という当たり前のプロセスがやっと始まっただけかもしれない、と。


構造②:国家が“テーマ株の共犯者”になっている

もうひとつ見逃せないのは、政府そのものが一部のテーマ株のストーリーを押し上げているという点です。

量子コンピューティング企業の株が一斉に急騰したのは、「米政府が量子企業に出資を検討中」という報道が出た直後でした。トランプ政権が、CHIPS法(半導体産業支援の柱となった法律)由来の資金をもとに、量子企業に対して1社あたり少なくとも1,000万ドル規模の資金を入れる可能性がある、という話が出たのです。実際には商務省は「出資というより融資を検討しているだけだ」と火消ししていますが、それでも株価は大きく反応しました。
IonQ、D-Wave、Quantum Computing、Rigettiなどが軒並み上昇し、D-Waveは一時+14%前後の上げ。この動きは、国家予算や産業政策がほぼ“株式市場のIR”として機能していることを示します。

ここにリスクがあります。国家が支援をチラ見せすると市場が「国策テーマだ!」と一斉に乗る。企業の売上や顧客ではなく、“地政学ストーリー”を買ってしまう。これは日本の「防衛関連株祭り」や「半導体国産化」テーマの過熱ぶりを想起させる方も多いと思います。

量子コンピュータの現状は、商用用途はまだ確立していませんが、

  • グーグルは「従来型コンピュータの13,000倍の速さで計算できる課題がある」とする研究成果を発表

  • マッキンゼーは、量子業界の売上・資金規模が2024年の約40億ドルから2030年に370億ドル規模へ成長し得ると試算

  • 米国と中国は量子技術を「安全保障・サイバー防衛・創薬インフラ」と位置づけ、熾烈な国家間レースになっている(中国は150億ドル規模の支援を投じていると推定されている)

つまり量子株のストーリーは「近未来のAIを超える知能計算+国家安全保障」という、いわば“最高に売れる物語”なんです。だからこそ熱狂しやすいし、同時に冷めやすい。


今どこに立っているのか(筆者の意見)

いま市場で起きているのは「総崩れ」ではありません。
もっと怖いのは、投資家心理が “いい話ですら足りない” モードに入っていることです。

・最高益を更新しても、CEOが「リスクはある」と一言いえば売られる
・国策テーマでも「支援は融資か?出資か?」のニュアンスだけで乱高下
・安全資産と言われてきた金すら、“60%上がったのだから一回落ちるのは当然”と切り捨てられる

このメンタルは、端的に言うと**「疲れている」**んです。
AIだ!量子だ!安全保障だ!グリーンエネルギーだ!という一大ストーリーを次々に信じ、資金を突っ込み続けることに、投資家が物理的・心理的に疲れてきている。

だから今後は、「テーマだけで上がる銘柄」と「ちゃんと収益モデルが見えている銘柄」がよりハッキリ分かれるはずです。日本企業に置き換えると、単に「AIやってます」「量子っぽいです」ではなく、“で、誰がいついくら払ってくれるの?”まで説明できる会社だけが資金を引き寄せるというフェーズに入っていく、ということです。


まとめ

最近の相場で起きていることを短く言うと、「テーマ株の息切れ」と「個人も機関もポジションの草刈りに入った」です。

Okloのようにまだ売上がない原子力系ベンチャーが一気に+700%まで暴騰して、そこから▲30%。D-Waveのような量子計算機企業は年初来+365%まで買われて、報道ひとつで30%下がってまた跳ねる。FermiのようなデータセンターREITは「AI需要インフラ」として上場直後に持ち上げられたものの、早くも上場来安値。金ですら、年初来+60%という歴史級ラリーの後に2013年以来の悪い下げ日を記録。

これは「終わり」ではなく「一息つき」。ロビンフッドのステファニー・ギルド氏が“芝刈り”と呼んだように、投資家が利確して、ポートフォリオからリスクを部分的にそぎ落とす動きです。むしろそれは、過熱分野がバブル崩壊前に“圧抜き”できるかどうかの健康診断にも見えます。

ただし同時に、マーケットの許容度は極端に低下しています。JPMorganやIBMのように決算自体は「良かった」のに少しでも不安材料が口にされると売られる。つまり今の市場は「最高の結果+不安ゼロ」を要求するご都合主義状態で、投資家心理が神経質に振れています。これは、資金が一部テーマ(AI、量子、次世代エネルギー、安全資産)に集中しすぎた後の典型的な“疲れ”のサインです。

そして忘れてはいけないのは、政府がテーマ株のストーリーに直接登場していること。米政権が量子企業に出資する可能性が報じられただけで関連銘柄が急騰したのは、もはや「国家プロジェクト=株価ネタ」になっている証拠です。裏を返せば、投資家は“成長期待”(技術や研究)だけでなく“政治の後ろ盾”を買っている。これは一見安心材料に見えて、実は「政策が手のひらを返した瞬間にストーリーごと壊れる」タイプのリスクを孕みます。

まとめると:

  • 今の売りは健全な調整でもある

  • ただし投資家の神経はささくれていて、小さな懸念でも大きく動く

  • 政治・地政・産業政策が株価ストーリーの一部になっており、ボラティリティ(振れ幅)は昔より制度的に高い

経営サイド・投資サイドの両方にとっての教訓は明快です。これからは「物語だけでは上がらない」。“誰が払うのか、どの契約で、いつキャッシュインするのか”を具体的に語れる企業だけが、刈り込み後の資金を拾えるステージに入ります。


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ロシア産原油への制裁で、原油市場はどう動いたか

米国財務省がロシアの大手石油企業ロスネフチとルクオイルに対して制裁を発動し、原油価格が急騰しました。
ここで押さえたいポイントは3つです。

  1. なぜ今?
    これまで米政権は、ロシア産供給を完全に止めることは避けてきました。理由は単純で、原油価格が跳ねると世界経済全体が痛むからです。ところが今回、アメリカは明確に“ロシア原油を締め上げる”方向に一歩踏み込みました。これは、対ロシア圧力をさらに高めるシグナルです。

  2. どこが痛む?
    ロスネフチとルクオイルはロシアの輸出の約半分を担うと言われています。制裁によって、特にインド向けの輸出量が落ちる懸念がマーケットを直撃しました。「供給が減るかも」という観測だけで価格は動きます。エネルギーは“期待と恐怖”で価格が決まる典型商品です。

  3. 本当に続くの?
    市場の冷静な声としては、「結局はどこまで本気で取り締まるか次第」というものもある、ということです。制裁は発表するだけでは意味がなく、実際にどう監視・摘発・罰則を行うかがすべて。そこにアメリカやEUがどれだけ執念を持つかによって、ロシア側の“交渉モード”が本気になるかが決まります。

要は、今回の原油高は単なる地政学イベントではなく、「もうロシアには甘くしない」という政治コストをアメリカがいよいよ払う覚悟を見せたサインです。日本企業にとっては、原材料・輸送コストの再上振れリスクとしてじわじわ効いてきます。


小ネタ2本

小ネタ①:オルタナティブ投資、もう“オルタナ”じゃない問題
いまウォール街のキーワードは「オルタナティブ投資」(=株・国債以外の資産)です。プライベート・エクイティ(未上場企業投資)、プライベート・クレジット(銀行の代わりに企業に貸すお金)、インフラ、不動産など。
ゴールドマン・サックスのCEOは「自分の子どもはリタイア口座の20%をオルタナに入れてる」と話し、JPMorganのストラテジストは「30%入れるとボラティリティ(値動きのブレ)を抑えつつリターンを上げられる」と主張。
ここでのポイントは、“富裕層だけの遊び場”だった非公開市場に、リテール(一般投資家)を呼び込もうとする力が一気に強まっていることです。トランプ大統領も、年金・退職口座でのこうした資産へのアクセスを広げる大統領令にサインしました。
良い話に聞こえますが、道が広がると車も増えます。JPMorganのデービッド・レボビッツ氏いわく「高速道路に出入口を増やせば、交通は必ず混む」。つまり、資金が入りすぎればリターンは(必然的に)薄まるという冷や水もセットです。

小ネタ②:ナイキ、スニーカーから“身体OS”企業へ?
ナイキが「売上の復活」を狙って未来ガジェット路線に全振りしています。
・歩くたびに軽く推進力を与える“足用Eバイク”スニーカー。足に取り付ける外骨格アシストのようなコンセプトで、10〜12分/1マイル(=ジョギングは遅め、早歩きはちょっとしんどい)くらいの一般ランナー向けを想定。発売は早くても2028年。
・足裏に22個のフォーム突起を配置した「神経科学ベース」シューズ&スリッパを2026年冬の国際大会/2026年のスポーツ現場に合わせて展開予定とし、“脳と足を刺激して回復を促す”とアピール。
・熱対策ウェアやリサイクル率の高い代表チーム用ユニフォームも投入し、「ライフスタイル」ではなく「パフォーマンスを科学する会社」に戻る姿勢を見せています。
スローガンは「Create Epic Shit, Make Athletes Better(とんでもないものを作れ、アスリートをもっと良くしろ)」。株価は2024年に大きく落ち込み、今年もまだマイナス圏。ナイキは“ファッション”ではなく“改善テック”への再定義で、投資家に「成長の次の物語」を届け直そうとしているわけです。


編集後記

マーケットって、時々すごく正直です。バズワードで走りすぎた分野には、必ず「深呼吸しようね」という顔で利確が入る。AIも量子も核融合も金も、“ストーリーが強いもの”から順にガス抜きされていくのは、ある意味とても健全です。人間だって、ずっと興奮していたら倒れますよね。相場も同じで、熱狂は一度冷やさないと中毒になる。

ただ、今回ちょっと怖いのは、相場全体が「完璧以外は失望」という、かなり過保護で身勝手な空気に入っていることです。JPMorganが決算を beat(市場予想より良い数字を出す)してもCEOが「信用リスクがある」と言えば売られ、IBMが“ほぼ満点”の決算を出しても一部門が期待どおりだっただけで「はい減点」。これはもはや投資というより、テストで100点を取って「でも君、字が汚いね」と叱る保護者モードです。息苦しい。

そしてもうひとつ、国が“テーマ株の営業担当”みたいになっている現実。量子コンピュータ企業の株価が「政府が出資を検討」との報道だけで跳ね上がる。これ、ある意味では国策産業の健全な育成だし、経済安全保障の観点でも合理的です。でも同時に、「政治の温度」で株価が左右されるほど、投資と産業の距離が近づきすぎているとも言えます。官製相場という言葉は日本でも耳が痛いほど聞きましたが、アメリカも全然人ごとではないんですよね。

最後に少しだけプレイヤー側の話を。ナイキが「未来の足」を売り込み、ウォール街が「オルタナティブ投資で年金も運用しましょう」と言い、エネルギーは地政学で跳ね、量子は国家安全保障で跳ねる。どれも“物語”としては最高に魅力的です。問題は、その物語を誰がどのタイミングで現金化するのかがまだ曖昧なままでも、資金が集まってしまうこと。そしてそれを買う我々も、「まあ今回は本物かも」と思ってしまうこと。

結局、いま必要なのは熱狂でも恐怖でもなく、“生活者としての計算”です。
・この会社は誰からお金をもらうのか?
・それはいつ始まるのか?
・一度きりなのか、積み上がるのか?
この3つに答えられる投資対象は、まだそんなに多くありません。だからこそ、そこにちゃんと目を向けている人だけが、芝を刈ったあとも庭に座っていられるのかな、と思います。

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