深掘り記事
アメリカ連邦議会・下院がほぼ“ワシントンにいない状態”で国を回そうとしている、という驚きの状況になっています。これ、単なる「長めの夏休み」ではありません。明確な政治戦略です。
まず事実からいきます。
2025年(※アメリカの政治カレンダーでは「選挙の年ではない」=通常は比較的まじめに立法するはずの年)に、下院が本会議で投票した日は、10月24日時点で87日間しかありません。
これは過去20年のオフイヤー(中間選挙のない年)の中で、2021年を除けば最も少ない水準です。平均は同じ時期までで104日。つまり17日分、国会が開かれていない。
このまま感謝祭(11月末)を越えて12月まで休会モードが続くと、2025年末までの“投票日数”は99日にしかならない見込みです。99日というのは、この20年で最低レベル。
逆に「来週戻ってフル稼働します!」となっても、せいぜい111日程度。いずれにせよ、平年より明らかに少ないという試算が示されています。
では、なぜこんなことが起きているのか。
キーワードは下院議長マイク・ジョンソン(共和党)の「距離戦略」です。
ジョンソン議長は、シャットダウン(連邦政府の予算が通らず、一部閉鎖・停止状態が継続)という極めて政治的に燃えやすい局面で、議員たちをワシントンD.C.に集めず、地元に散らばらせることを選んでいます。ある意味で「国会メンバーを分散させることで、内部の爆発を防ぐ」という非常手段です。
本人いわく、物理的に同じ建物に置くとケンカになるので、「いったん離れて落ち着こう」というロジックです。実際、議場や委員会での罵り合いが目立ったタイミングで、彼はたびたび“議会カットオフ”ボタンを押しています。
・7月には、自分の望んだ法案が通らないとわかるやいなや、議事進行そのものを凍結し、行内をクールダウンさせた。
・4月には、議員たちが反発して「代理投票」(本人不在で投票できる仕組み)を使おうとした時点で、その週の下院日程ごとキャンセルして地元に帰した。
・8月の休会前には、議会内で別の火種(エプスタイン関連文書公開をめぐる対立など)が広がる前に、これまた早めにセッションを切り上げてクローズ。
つまり、「揉めそうなら一回解散」が常套手段になっているのです。
日本風に言えば、国会で与党内の路線対立やスキャンダルがヒートアップしそうになった瞬間に、「一旦みんな選挙区に戻ろっか。また来月ね」という感じで強制的に散らす。これを繰り返している、というイメージです。
“もめるくらいなら国会やらない”という統治スタイル。悪く言えば「政治の現場放棄」、よく言えば「内ゲバをテレビの前で晒さない統制術」です。
これ、当然ですが副作用があります。
政府はまだシャットダウンしており、予算は止まっていて、年金や医療保険など重要な制度の運営にも不安が出ています。特に民主党側からは「11月1日から始まるオバマケア(米国の医療保険制度、Affordable Care Act)の新年度の加入受付は大丈夫なのか?」「11月冒頭には低所得層向けの食品支援(フードスタンプ/SNAP)の支給停止が起こるのでは?」といった危機感が出ています。
にもかかわらず、下院は議論するために集まっていない。
民主党議員の一人、マージョリー・テイラー・グリーン(※彼女自身は共和党系の急進派として有名ですが、ここでは『議会は開くべき』と主張している点が面白い)も「我々は今、議場で話し合って解決策を作らなきゃいけない」とインタビューで強い不満を漏らしています。これは「現場にいないから決まらないんだよ」という素朴な批判です。
一方、ジョンソン議長とその周辺にいる多くの共和党議員は、地元に戻っている期間を「仕事してないわけじゃない」と言い張ります。
「公園の清掃を手伝い、食料支援の現場に顔を出し、困ってる家庭を支えている。あれを“バケーション”と呼ぶのは失礼だ」という声も出ています。
つまり“ワシントンで票を押す”ことだけが仕事ではない、という説明です。
ここに、2つの政治的な計算があります。
1つめは“絵づくり”。
ジョンソン議長は、自分自身が毎日(※シャットダウン後ほぼ連日)カメラの前でメッセージを発信し、主導権を取る構図をつくりたい。議員がDCにいなければ、記者団は代わりに彼の記者会見に集まり、結果的に党の“どの声を全国に流すか”を議長がコントロールできる。内部で言いたい放題の強硬派も、議場マイクがなければ全国放送に乗りにくい。メディア露出を中央集約できるのです。派閥が乱立しやすい今の共和党にとって、それは価値があります。
2つめは“責任回避と時間稼ぎ”。
いま最大のテーマは、連邦政府の閉鎖(シャットダウン)をどう解くか、そして医療保険や食料支援など「止めたら一気に国民生活が詰む」領域をどう継続するか、です。本来なら、そこは法案を磨いて、超党派で妥協点を探る場面。
しかし、下院は集まらない=“合意のための場”も物理的に存在しない。
つまり、責任のボールを上院やホワイトハウス側に押しつけたまま時間を引き延ばすことができる。「こっちはもう可決済みだ(※ジョンソンは『下院はもうきちんと予算案を通した』と主張)。あとは彼ら(=民主党と大統領)が悪い」という言い方ができるわけです。
このやり方は、短期的・メディア的にはかなり強いです。
“下院内の分裂”という一番見せたくない絵を隠しつつ、敵を(民主党/ホワイトハウス)に固定して「俺はやった。あっちが悪い」と言い続けられる。
ただし、長期的にはリスクが大きい。
まず、立法能力が痩せます。
「議会って要る?」という疑問が、じわじわ普通の有権者レベルまで降りてきかねません。
過去20年で最低クラスの“投票日数”で年を終えるとなれば、「本当にワシントンに集まって議論して法律をつくる」という古典的な民主主義プロセスが、いよいよ形骸化した、と言われるでしょう。
“首都に行かずに政権批判と地元パフォーマンスだけで再選する”モデルが成立してしまうと、国レベルの合意形成はますます難しくなります。
次に、政治の「時間軸」が壊れます。
アメリカの社会保障制度や医療保険制度は、期限と更新のサイクルがあります。例えばオバマケアの加入受付開始、食料支援の支払いスケジュールなど、カレンダーどおりに動かさないと生活に影響が出る仕組みが山ほどある。
普通なら「期限が迫ったから法案をまとめよう」というプレッシャーが議会を動かすはずですが、“期限が来る=議会に集まる”というリズム自体が崩れているのが今回の特徴です。
時計が鳴っても誰も会議室にいない。このズレは、行政の現場(実務の現場)を疲弊させます。
最後に、日本企業目線での一番のポイント。
アメリカの政治が「首都不在型」になっていくと、政策リスクが読みにくくなります。ある日突然、「○○の補助金はもう払えません」「△△の規制は延長できません」といったことが、合意形成のプロセスを踏まないまま起こる可能性が上がる。
これは、米国市場に依存する企業にとっては“制度はあると信じてたけど誰もメンテしてなかった”という怖さです。たとえば医療保険の補助がねじれれば、医療・保険系の売上に直撃しますし、低所得層向けの食料支援が止まれば、小売・食品企業の売れ筋も揺れます。購買力が急にしぼむからです。
つまり、下院が「集まらない」という戦術は、実はアメリカ国民の生活と企業の売上と国際サプライチェーンに普通に影響する。内輪の党派抗争では済まない話になりつつあります。
私の意見としては、これは“新しいタイプのガバナンス”ではなく“ガバナンスの放棄をPRで包んだもの”に近いと感じます。
遠隔からメディアコントロールしつつ、決定は先送りし、期限が来たものには「相手が悪い」と貼り付ける。短期的には勝てる戦略ですが、制度面の劣化はあとでまとめてツケになります。企業経営でいうと「会議やめてSlackでやろう」といいつつ、誰も最終決定サインをしない、みたいな状態。案件は進んだ気がするけど、契約は結べていない。それが今の米議会です。
まとめ
アメリカ下院は2025年、10月24日時点で本会議投票日数が87日にとどまり、過去20年のオフイヤー平均(104日)を大幅に下回る低稼働になっています。このまま感謝祭〜年末まで本格再開しなければ、年間でも99日程度という、20年で最低クラスの立法稼働日数になる見通しです。
背景にあるのは、マイク・ジョンソン下院議長(共和党)の「距離戦略」です。議員を首都ワシントンD.C.に集めず、むしろ地元に“帰宅”させることで、議場での派閥衝突やスキャンダル追及を回避し、党内の乱闘をテレビカメラから遠ざける。シャットダウン継続という緊張状態にもかかわらず、「物理的に近づけなければ対立は燃え広がりにくい」という、空間コントロール型のリスク管理を続けています。
同時に、これはメディア戦略でもあります。議員たちがD.C.にいなければ、記者会見の主役は議長自身になり、党としてどのメッセージを押し出すかをジョンソン側が握りやすくなる。いわば「下院共和党=ジョンソンの声」という図を作りたいわけです。
一方で、この“国会に来ない統治”には深刻な副作用があります。
まず、実際の政策決定が止まる。政府はシャットダウン中で、医療保険(オバマケア)の新年度加入受付開始、低所得層向けの食料支援(SNAP)の支給維持といった超現実的な課題が目の前に迫っていますが、肝心の下院が議論と採決の場を開いていない。「11月1日から必要な制度対応どうするの?」という声は議会内部からも出ています。
次に、政治の責任所在がどんどんボヤけます。ジョンソン議長は「下院はもうやるべきことをやった。悪いのはホワイトハウスと民主党」と主張します。一方で民主党は「議場で交渉の場を開かせてくれ」と言う。つまり国民から見ると、「どっちが仕事サボってるの?」が分かりにくい。これは政治不信を強化します。
さらに、これはアメリカの政策リスクを読みづらくします。ふつうなら、期限前に法案交渉が集中的に進むはずの分野(社会保障、医療、食料支援など)で、そもそも議論の場が開かれない。つまり、ある制度が“気づいたら切れてた”という事態が起こりやすい。日本企業から見れば、アメリカ市場での消費力や制度的支え(低所得者向けの購買力など)が突然変動するリスクが高まっているということです。
要するに「国会を開かない」というのは、単にサボっているわけではなく、短期的には党内統制とメディア支配を強化する手法です。ただし中長期的には、連邦政府のオペレーションを不安定化させ、議会そのものの機能価値を下げ、結果的に“制度としてのアメリカ”をじわじわ削っていくリスクでもあります。
火を消すためにガソリンスタンドを閉めたら、最初の火事は広がらなかった。ただし地域全体の燃料供給が止まった――そんな感じの状況です。
気になった記事
「11th-hour Jeffries endorsement」──なぜ民主党リーダーは土壇場まで黙っていたのか
アメリカ下院・民主党トップであるハキーム・ジェフリーズ院内総務(民主党リーダー)が、ニューヨーク市長選でゾーラン・マムダニを正式に支持すると表明しました。タイミングは“期日前投票(early voting)開始の直前”。本当にギリギリです。
これ、実は党内の微妙な綱引きが露骨に出ています。
まず事実関係。
・マムダニは左派的な政策スタンスで知られ、ニューヨーク民主党内でもかなり進歩派寄りの存在です。
・一方、ニューヨークの一部民主党議員は、彼の政策は過激すぎるとみて、わざと支持を表明していませんでした。
・ジェフリーズは民主党全体の顔として、あまりに早く彼を全面支持すると、“民主党=NY左派の要求まるごと承認”という絵になるリスクがある。
・しかし支持を渋り続けると、今度は左派側から「あなたは我々を切り捨てるエスタブリッシュメント(既得権益側)か」と責められる。
つまり、早すぎても遅すぎても恨まれる案件。
結果として、ジェフリーズは“投票開始の直前”という、最大限後ろ倒しのタイミングで「支持する」と明言しました。「われわれには意見の相違もあるが、彼が民主党候補として正当に選ばれた以上、支えるべき」という、非常に制度的・手続き的な言い方をしています。内容というより、正当性プロセスを持ち出したのがミソです。
要は、「個人的には全部賛成じゃないけれど、党の民主的プロセスは尊重する」と。
これ、リーダーとしては合理的な防御線です。極端な政策の一部に距離を置きつつ、“民主党が分裂している”という印象を最小化できるからです。
裏返すと、いまの民主党は“都市部の急進派”と“中道路線〜穏健派”の橋渡しを、すべてジェフリーズ個人の政治技術に載せていると言ってもいい。
彼は同時に、ニューヨーク市議のチー・オセ(こちらも進歩派色が強い)からの潜在的な党内挑戦についても「走るって本気で言うなら真面目に答えるけど、そうじゃないならスルーね」とかわしており、火種を最小限に抑える姿勢が徹底しています。
日本で言えば、都市部の人気インフルエンサー系政治家を全面的に抱きしめると地方票が逃げるが、切り捨てるとSNSで炎上し党の若い支持層が冷える──その間で党首が綱渡りしている、みたいな状態です。ジェフリーズはそのロールモデルとして評価も批判も浴び続けることになるはずです。
小ネタ2本
小ネタ①:空母ジェラルド・R・フォード、南米へ。え、南米?
アメリカが最新鋭の空母USS Gerald R. Fordを南米近海に派遣します。これは「南米近辺での米軍プレゼンスを一段引き上げる」というシグナルで、かなり強めの動きです。
通常、空母打撃群といえば中東やインド太平洋の話題になりがちですが、今回の行き先は南米側。つまり、アメリカは「南の海」でも本格的に力を見せるぞ、と。
地政学リスク=アジアだけ、という発想はもう古いよ、というメッセージでもあります。サプライチェーンのリスク管理で「南北アメリカ」を視野に入れている企業には、これは聞き捨てならないサインです。
小ネタ②:冬の始まり、後ろ倒し中(=花粉が長い)
米国では「初霜・初氷点下」(最低気温が0℃以下になるタイミング)が、1970年比でどんどん遅くなっています。西海岸〜内陸西部では顕著で、ネバダ州リノではなんと“約41日遅い”というデータもあります。
気温が下がるのが遅い=農家は作物サイクルや害虫対策を調整しなきゃいけない、花粉やアレルギーの季節も引き伸ばされる、雑草も長く元気、ということで、地味にコストと健康負荷が積み上がるやつです。
寒くならない冬なんて最高じゃん、と思うのは最初の5秒までで、その後は「虫・花粉・水不足・異常気象コスト」という、経営者にとっての現実がやってきます。気候はもう“CSRの話題”ではなく、平常運転コストの項目です。
編集後記
「国会、集まらなくてよくない?」という発想が、ここまで本気で制度運営に入り込んでくるとは、というのが正直な感想です。
もちろん、昔から政治には“逃げの時間稼ぎ”はありました。日本でも、不都合な国会追及のタイミングで外遊が増える、といった話はよくネタになります。ただ、アメリカ下院はいま、延命テクニックを「正面から戦略化」しているように見えます。
ポイントは、これは単に「サボっているのをうまくごまかしてる」ではなく、むしろ積極的に「サボってる状態こそ正しい統治」と再定義しようとしていることです。議長サイドは、地元に戻った議員たちがボランティアや地域支援に動いている様子をアピールし、「これが本当の政治だ」と語る。つまり、“議会(国レベル)よりコミュニティ(ローカルレベル)が正義”という物語をつくろうとしている。
これは一見すると美談です。「地元に根ざした政治こそ尊い」という主張は、日本でもウケやすいメッセージですよね。国会より地域、霞が関より現場、という語り口はいつの時代も拍手をもらいやすい。
でも、これを国レベルでやりすぎると、「全国で同じルールを決める」「期限前に社会保障制度の穴をふさぐ」といった、中央集権型の調整機能が死にます。連邦政府のシャットダウンが長引いても、低所得者向けの食料支援や医療保険の更新が滞っても、「俺は地元で公園掃除してるから責任は果たしてる」ということになってしまう。いや、公園はきれいでも、全国1億人規模の制度は回らないんですよね。
企業でいえば、「現場で顧客対応してるから本社会議はいらない」と言って経営会議を無期限延期する状態に近いです。確かに顧客は喜ぶ。でもサプライヤー契約や法務リスクの最終決裁がストップして、後から一気に大事故になる。いまの米国議会のやり方は、その“後から来る大事故”のにおいがします。
さらに、ジェフリーズ(下院民主党トップ)のような“調停役”にすべての火消しが集中していく構図も危ない。彼は進歩派を怒らせず、中道派を逃がさず、党を分裂させないギリギリのラインで endorsements(支持表明)を遅らせたり、言い回しを調整したりしている。「その候補の主張すべてに賛同するわけじゃないが、プロセスは尊重する」という、極めて弁護士的なロジックで党をまとめる。これは短期的には有能なエグゼクティブの動きですが、長期的には“仕組みとしての合意形成力”が落ちて、個人芸に依存するリスクが高まります。もしその個人が倒れたら?と思うと、組織としてはちょっと怖いですよね。
そして最後に、気候の話。初霜が1カ月以上遅れる都市が普通に出てきて、農業・花粉・害虫・水リスクが積み上がる。これって、派手さはないんですが「コスト構造のゆっくりした地殻変動」です。気候変動はもう“CSRで語られる道徳の問題”ではなく、PL(損益計算書)とサプライチェーン管理の話です、とアメリカは現実で教えてくれているわけです。
まとめると、今回のアメリカは「見た目は静か、基盤は揺れてる」状態です。
議会は開いていない、でもそれを「新しい政治のカタチ」と言い始めている。
党内の路線対立は収まっていない、でもそれを「民主的プロセスの尊重」という言葉でラッピングして先送りしている。
季節は普通に来てるように見える、でも冬の入り口そのものが遅れている。
コメント