深掘り記事
「AIで世界が変わる」と言われるたびに、だいたい話題の中心にいるのはNVIDIAです。今回もそうでした。ついに時価総額が5兆ドル超え、アメリカ経済の約15%に相当する規模に到達し、「え、これもう国家では?」というところまで来ています。
でも、今回の英語記事が面白いポイントはそこじゃありません。
**“NVIDIAが上がると、キャタピラーも上がる”**というところです。
「なんで半導体とブルドーザーがセットなの?」と思うかもしれませんが、これはまさに記事のタイトルにある “picks-and-shovels economy(つるはしとスコップ経済)” の話です。
1. AIバブル=データセンターバブル
いま世界中で起きているのは「AIを使いたい」ではなくて「AIを回す場所をつくりたい」という競争です。
AIを回すには、GPUが要る → GPUを何万枚も置くデータセンターが要る → 電力インフラが要る → その土地を造成して、基礎を打って、巨大な空調と発電設備を据え付ける必要がある。
ここで出てくるのが**キャタピラー(Caterpillar)**です。
CEOのジョー・クリードは決算でこう言いました。
「データセンター用途の発電設備の需要で、電力関連セグメントは33%伸びた」
つまり、AIが伸びる → データセンターを建てる → 建設機械と発電装置が売れる。
半導体だけが儲かるのではなく、土を掘るところから儲かるのです。
これが「picks and shovels」──ゴールドラッシュのときに一番儲かったのは金を掘った人ではなく、掘るためのつるはしとスコップを売った人だった、というあの話の現代版です。
2. “見えないサプライチェーン”が太る
NVIDIAが1日で1兆ドル分のバリューを足しました、というのは数字として派手ですが、もっと重要なのは**「その1兆ドル分のGPUを置く物理的な場所が必要」**という点です。
GPUはクラウドだから場所がいらない、ではありません。
AIはむしろ“場所が要る”テクノロジーです。だから建機が動く。
すると何が起きるか。
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建設需要の前倒し
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発電機・変電設備の需要増
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産業用空調・冷却の需要増
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運搬・物流(あの巨大なラックを運ぶやつ)
これらが**「AIに連動して動く産業」**になります。
つまり、AI投資に乗りたいからといって必ずしもAI銘柄を買わなくてもいい。
AIの“後ろ”と“下”を買うという発想が、いよいよ米国ではっきりしてきたということです。
3. 政治まで“つるはしモード”
今回の記事では、議会の話も出てきます。
連邦議会(特に共和党)は、政府閉鎖を年明けまで引っ張れるように**1月までのつなぎ予算(CR)**に傾きつつある。
これ、経済的には「しばらく連邦の大きな支出は出にくい」という意味になります。
でもその一方で、AIデータセンター需要や民間の設備投資はバンバン出ている。
つまり、政府は閉じているのに、AIバブル由来の民間設備投資が景気を持ち上げているという、ややいびつな構図ができています。
議会では民主党のシューマーが「SNAP(低所得者向けの食料支援)を今すぐ出せるのに出さないのは嘘だ」と共和党のジョンソン議長を名指しで“liar”呼ばわりするほどヒートアップ。
でも共和党側は「全部開けるなら賛成するけど、気に入ったところだけ開けるのはダメ」というスタンス。
要は、政治は詰んでるのに、AIマネーは突っ走っているわけです。
政治が遅く、民間が速い。
このときに強いのが、**「なにがあってもモノを作る側」**です。
道路を掘るとき、与党が誰かはあまり関係がない。
これも“picks and shovels”の強さです。
4. 「AIなのに猫トイレ」現象
今回の英語記事で一番味わい深かったのは、AI搭載の猫トイレが899ドルで売られるというくだりです。
カメラ2台付きで、猫を顔認識して、体重と排泄の異常を検知する。
CEOは「猫の顔認識は世界一です」と豪語。
いよいよAIが「本当にいるのかどうか分からない用途」に入りはじめました。
でもこれ、笑い話ではなくて、「AIの裾野需要」が本格的に来ているサインです。
上は5兆ドルのNVIDIA、下は猫トイレ。
この“振れ幅の大きさ”が、バブルの終盤に入りつつあることも匂わせます。
まとめ
今回のニュースを一言でまとめると、
**「AIの中心で儲かるのはNVIDIAだが、AIの周辺で長く儲かるのは“穴を掘る人たち”だ」**です。
NVIDIAは5兆ドルになりました。
でもその影で、キャタピラーは「データセンター向け発電設備が爆増」と言っている。
これは単なる建設需要ではなく、“常時・高負荷・高信頼”というAI特有のインフラ需要です。
普通の工場よりも、AIデータセンターのほうがはるかに電力を食い、冷却を食い、設備を厚くしないといけない。
つまり「同じ1件の建設でも単価が高い」。このタイプの投資は、ちょっと景気が悪くなったくらいでは止まりません。
一方で、ワシントンは相変わらずです。
共和党は「年内はやらん、1月でいい」とCRを先延ばしにしたい。
民主党は「それならせめてSNAP(食料補助)だけでも出そう」と分割可決を狙う。
そしてお互いに「お前が嘘をついている」とメディアに向かって叫ぶ。
この“プロレス”が長引けば長引くほど、連邦からの景気刺激は見込みにくくなります。
にもかかわらず、株式市場はAI関連で上がる。
なぜか?
答えはシンプルで、
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政府は止まってもAI投資は止まらない
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AI投資が止まらなければ建設も止まらない
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建設が止まらなければ、関連する産業の売上は読める
からです。
そうなると、投資家は「政治で止まる支出」ではなく「AIで増える支出」に寄せていきます。
NVIDIAに直接乗る、あるいはその周辺(電力・建機・冷却・光ファイバー・データセンターREIT)に乗る、という動きが強まります。
まさにゴールドラッシュ構図の再来です。
ただし注意が1つ。
NVIDIAが100日で1兆ドル増やすスピードは、どう見ても“人間の経済”の速度を超えています。
実体の設備投資が、そのスピードに最後までついてこられるかどうか。
ここがズレたときに調整がきます。
だからこそ、私たちが見るべきはNVIDIAの株価そのものよりも、キャタピラーが「まだ増産」と言うか、「来期は様子見」と言うかなのです。
気になった記事
「1月までのCRで、年末の“人質合戦”が消えるかも」
今回、共和党が「クリスマス前のドタバタ採決はやらない。1月か2月にする」と言い出したのは地味ですが重要です。
なぜなら、アメリカの予算政治は**「年末に政府を止めると相手が折れる」**というゲームで回ってきたからです。
年末に連邦職員の給与が止まる → 与党が悪者に見える → どこかで妥協する。
この“季節性の人質”をずらすと、民主党側が持っている「クリスマス直前プレス攻撃」のカードが弱まります。
一方で、民主党のシューマーはSNAPだけでも通したい。
理由はシンプルで、11月〜1月にかけて低所得者向けの食料支援が止まると、物価は落ちてるのに**“体感インフレ”が跳ね上がる**からです。
貧困層向けの補助が政治の都合で止まるとき、必ず強く批判されるのは政権側。
だからここだけでも切り出したい。
でも共和党は「部分開けはレバレッジを失う」として拒否。
はい、いつもの構図です。
この政治の足踏みを横目に、AIだけが前に進んでいる。
今回のニュースの本質は、ここにあります。
小ネタ2本
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「お前が嘘つきだ」合戦、またも勃発
シューマーが「ジョンソンは嘘をついている」と言ったら、ジョンソンも「いやシューマーこそ真実を語れない」と即返し。
日本でこれをやると「品がない」と言われがちですが、アメリカ議会ではもはや通常運転。
中身より“どっちが感情を乗せられるか”の勝負になっています。 -
AI猫トイレの顔認識が世界一になってしまう問題
Whisker社の899ドルトイレは、猫の顔をAIで見分けて健康管理をします。
人間の入退室管理より、猫の排泄管理のほうが高精度になる日が先に来るとは…。
「AIの民主化」とは、だいたいこういうところから現実になります。
編集後記
今回の原稿を書きながら一番おもしろかったのは、「AIが世界を変える」と同じ熱量で「だからショベルカーが売れる」と言っているアメリカのしたたかさです。
日本だと、AIの話はどうしてもクラウドとか、生成AIとか、“画面の中の話”で終わりがちです。
でも本当にお金が動くのは、最後にコンクリを流すとき、ケーブルを這わせるとき、電源を二重化するときです。
アメリカはここを絶対に逃さない。
もう1つ感じたのは、“AIの速度”と“民主主義の速度”の差です。
NVIDIAは100日で1兆ドル増えました。
議会は28日たっても政府を開けられません。
この差が大きくなりすぎると、政治が「テックに課税せよ」「テックに規制を」と言い出すのは時間の問題です。
なぜなら、政治は“遅いほうの代表”だからです。
遅いほうの人たちの不満を拾うのが政治の仕事なので、格差が広がりすぎると、どうしてもAI・半導体・巨大ITに向けた“見せしめ”が必要になる。
だから、今の5兆ドルNVIDIAは、単なる成功ではなくて、「規制当局に狙われるに十分な大きさになった」というサインでもあるんですね。
株価チャートが右肩上がりになればなるほど、議会での“名前の出され方”は険しくなります。
そして最後に。
私たちが自分のビジネスでマネできるのは、NVIDIAじゃなくてキャタピラーのほうです。
つまり、
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流行りものに“道具”を提供する
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本体がこけても、周辺で残るポジションをとる
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政治が止まっても、現場が止まらない領域にいる
この3つをやっておけば、AIが次に“ブームから常識”に変わるときも立っていられます。
AIで盛り上がるのはいいですが、
「で、つるはしは誰が売るの?」
この問いを先に考えた人が、最後に笑います。
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