深掘り記事
今週の米国ニュースを一言でまとめると「お金とカロリーに正直な週」でした。
SaaSでもAIでもなく、決算と肥満薬(GLP-1)です。しかもこの2つ、まったく別の話に見えて実は一本の線でつながっています。どうつながるかというと、こうです。
①GAFA+αはAIにお金を突っ込む → ②投資家は“それで本当に回収できるのか”とビビる → ③一方でGLP-1市場は実需で膨らみ続けている → ④だからヘルスケア側の成長は“説得不要の成長”として評価される
今回の記事で紹介されていた主な流れを、まずざっと並べます。
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決算ラッシュ:Apple・Amazonが市場予想を上回り、Metaは「AIにもっと突っ込む」と言って2,000億ドル級の株価蒸発、MicrosoftはAI投資を増やすといいつつ株価は小幅下落、Alphabetだけ上がった。
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リテール(消費)に差:Chipotleは来店減でガイダンス下げ、Hersheyは「ハロウィン弱かったけど通期は上げる」、Carvanaはむしろ関税の追い風で車が売れている。
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サプライ側の光と影:Caterpillarが「データセンター建てるから発電機が売れてる」と絶好調、Robloxは安全対策でコスト増。
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同じタイミングで出てきたGallup調査が、米国の肥満率が40%近辺から37%に下がったと報告。これは地味に大ニュース。背景にはGLP-1薬(オゼンピック、ウェゴビー、ゼップバウンドなど)の利用率がたった1年ちょっとで5.8%→12.4%に倍増していることがある、と。
これ、どこがポイントかというと、「米国人は今、体重を落とすことにはガチでお金を払っている」という需要サイドの現実が、企業決算という供給サイドの数字に重なり始めたということです。つまり「AIに投資します」は将来説明、「GLP-1を売ってます」は今日説明。投資家からすると後者のほうが説明が早い。
GLP-1が“本当のマス市場”に入りかかっている証拠
Gallupの数字が面白いのは、**使っているのが女性のほうが多い(15.2%)、50〜64歳が一番高い(17%)**という点です。これ、マーケター的に言うと「誰に広告を打てばいいかがもう見えている」ということです。そしてそれを、イーライ・リリーが一番早く“販売設計”に落とし始めている。記事にあったように、リリーはウォルマートと組んで、ゼップバウンドの1回使い切りバイアルを500ドル未満で薬局で出す。オンラインD2Cまではいかないけれど、かなりD2C寄せの導線です。
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価格を“500ドル未満”に落としてくる
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しかも販売面で全国チェーンを使う
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一方で売上ガイダンスは60〜62B→63〜63.5Bドルに上方修正
ここまでやると「これはまだ伸びるんだな」と投資家は理解しやすい。AIのように「将来の推論コストが安くなります」ではなく、「もうみんな痩せたいと言ってるから今年も売れます」ですからね。
そしてすぐにM&Aの奪い合いになる
当然、これを見た他社が黙っていません。記事ではNovo Nordisk(オゼンピック/ウェゴビーの本家)が、Pfizerが7.3BドルでまとめかけていたMetseraに、いきなり9Bドルの“上乗せ”を仕掛けたと書いていました。Pfizerは「reckless(向こう見ず)」とまで言っている。
なぜここまでやるか。理由は1つで、
「週1回・月1回で効くGLP-1」を手に入れたほうが、処方継続率が跳ね上がるから
です。今あるGLP-1は、効くけど「注射が面倒」「高い」「在庫が切れる」が悩みの3点セット。このうち“打つ回数を減らす”が一番わかりやすい解決策なので、そこを持っているMetseraに入札が重なる。つまりGLP-1領域はもう“薬を売るフェーズ”から“いかに打つ回数を減らしてシェアを固定するかのフェーズ”に入った、と読むべきです。
ここまでくると、もはやこれは医薬品の世界というよりSaaSの世界観です。
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最初にプロダクトを出す
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プロダクトを“使いやすい形”にして継続率を上げる
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同時に競合になりそうな会社はM&Aで押さえておく
ほぼ同じ。
ダイエットが株式市場の“救援投手”になる
ではこのGLP-1の盛り上がりが、今週の決算ラッシュとどう関係するか。ここが肝です。
今週のマグニフィセント・セブンは、ざっくりこうでした。
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Amazon:クラウド(AWS)が思ったより戻っているのでOK
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Apple:中国iPhoneは弱めだが全体としては予想beat
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Meta:売上は最高、でも「AIにもっと投資する」で2,000億ドル級の株価蒸発
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Microsoft / Alphabet:AI投資を積むが、アルファベットは市場にうまく飲み込ませた
つまり、「AIにお金を入れる」こと自体はもはや驚きではないけど、そのスピードが加速すると株価は嫌がるという段階に入ったわけです。そこで、AIじゃなくても“伸びると納得できる市場”がほしいという投資家の心理が出てくる。今それに一番しっくり来るのが、医薬の中でもこのGLP-1セグメントなんですね。Nvidiaやデータセンター投資が“将来の生産性”なら、GLP-1は“いまの消費者の身体”に直撃している。説得不要です。
まとめ
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①決算は総じて悪くないが、AI投資の「さらに行きます」が重たくなってきた。 Metaが象徴的で、売上は最高なのに「じゃあ来年もっとAIインフラやります」でドカンと評価が下がった。市場はもうAIを疑っているというより「いつ回収するの?」を聞き始めた段階です。
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②その一方で、GLP-1という“もう今買ってる”市場がスピードを上げている。 Gallupの調査で、米国成人の肥満率がほぼ40%→37%に落ちたというのは数字として小さく見えますが、国民規模で見ると相当インパクトがあります。しかも1年で投与率が倍になったとなると、これは構造変化です。
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③イーライ・リリーはこの波を販売チャネルまで落とし込んだ。 ウォルマート薬局と組んで500ドル未満で置く、ガイダンスも上げる。つまり“成長の絵”を市場に丁寧に渡した。
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④だから他社がM&Aで追いかける。 NovoがPfizer案件に9Bドルをかぶせたのは、「服用間隔を減らせる技術を持っているかどうか」で残り10年のシェアが決まるから。
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⑤同じタイミングでSNAP(低所得者向けの食料支援)をめぐる裁判で連邦判事が「これは緊急だ」と言ったのも示唆的。 要はアメリカはいま「太ってる人の薬にはお金が動くけど、食べられない人のほうは法律をひねらないとお金が落ちない」という、極端に二極化した消費構造になっている。
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⑥その中で、Palantirは“技術そのものが資産”であることを再確認するような訴訟に出た。 エンジニア2人がSlackで持ち出したとされる機密が、まんまライバル企業のコアになる可能性がある、という話です。つまり「AIで作った価値は、こぼれた瞬間に他人のものになる」という2025年らしいリスクがここにある。
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⑦エンタメでは軍と映画がケンカしてましたが、こちらは“現実のほうが高くつく”のが結論。 1発防ぐのに何十億ドルもかかる世界で、「映画の中の成功率が61%はおかしい」と言っても誰も得をしない。むしろ「じゃあ現実のほうが怖いね」で終わる。
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結論としては、“AIにこれからいくら入れるか”の話にわずかな疲れが見え始めたちょうどその週に、“いまもうお金が回っている”GLP-1が存在感を増した——このズレをどう埋めるかが、これからの投資家・経営者の腕の見せどころ、ということになります。
気になった記事
「SNAPは非常時じゃないんですか?」と連邦判事が政府に言った件
政府閉鎖でSNAPの資金が止まりかけている問題で、連邦判事インディラ・タルワニが「非常用に5.5Bドルの基金あるでしょ? これが非常時じゃなかったら何が非常時なの」と言っていて、これはかなりまっとうでした。
行政側は「いや、その基金では1カ月は持たないので、出すとすぐ尽きるから…」と“法律上のきれいな言い訳”をしていたのですが、判事が「私は言い訳じゃなくて、行動がほしい」とバッサリ。アメリカらしさがよく出ています。金はある。出したがらないだけだ。
ここが面白いのは、同じアメリカで、肥満治療薬には月500ドルを払う人がこれだけいるのに、隣のレーンの極貧層は裁判所が動かないと食費が止まるという極端さです。これこそが“二重のアメリカ”。
日本のビジネスとしては、こういうときに“どっちのレイヤー向けの商品なのか”をはっきりさせておかないと、現地パートナーに「それは今週、政治が揉めてるんで…」と一瞬で凍らされます。特に食品・ヘルスケア・福祉寄りの商品は、連邦と州で資金のノリ方が変わるので、こうした判決の動きは地味に効いてきます。
小ネタ2本
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パランティアの“指輪物語ネタ”が現実に寄ってきた件
社名のもとになった“見通せる石”よろしく、社員がSlackで自社の“秘術”を持ち出してコピー企業を作ったと訴えたのは、なんというか「お前らが一番それやったらダメな会社だろ」という話で、ちょっと笑ってしまいました。機械学習の時代は、盗まれるのは箱じゃなくて“重みと手順”です。 -
軍 vs キャスリン・ビグロー
米軍がNetflix映画の設定に「それは古い数字だ」と突っ込むの、めちゃくちゃアメリカっぽいですね。日本で言えば防衛省が「そのアニメのイージス艦の描写は実情と違う」と言い出すようなものです。しかも「最近のテストは100%成功してるから!」とアピールしていたけど、費用のほうは5,300億円+追加で1兆円レベル、どう見ても映画より予算のほうがSFでした。
編集後記
今週のニュースを並べていると、「人は痩せるためには本気を出すが、他人を食べさせるためには本気を出しにくい」という、あまりきれいじゃない人間観が浮き上がってきます。
GLP-1は高いです。保険が効いたとしても、ゼロ円で手に入るものではない。それでも米国人は飲む・打つ。しかも1年で利用率が倍になるスピードで。これはもう“ヘルスケア”というより“ライフスタイル投資”です。自分の身体に投資することは、ローンを組んででもやる。
一方で、SNAPのように「自分じゃなく、知らない誰かが今日食べるためのお金」になると、とたんに財布のひもが固くなる。しかも今回は行政が“お金はあるけどまだ開けたくない”と渋り、裁判所が「いや開けなさい」と言う。国家が親で、裁判所が塾の先生みたいになっています。
ここで笑ってしまうのは、同じ国で同じ週に、
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「肥満率下がりました! GLP-1が効いてます!」
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「でも食費の支給は裁判所が怒らないと出ません」
が並んでいることです。どちらが“豊かな社会”なのか、一瞬わからなくなる。けれど、こうやって分断が可視化されるときのほうが、むしろビジネスチャンスは見つけやすい。だってレイヤーがはっきりしているから。払える層は500ドルでも払うし、払えない層はクーポンが来なければ何も買わない。価格を真ん中に置いても誰も拾えない、というのが2025年のアメリカです。
そしてもう一つ。
AIインフラに何十億、何百億と入れている会社が、同じ四半期に「うちのAI投資を怖がった投資家に時価総額を2,000億ドル飛ばされました」とレポートしているのは、なかなか味わい深いです。人類は「痩せた結果」は好きでも、「将来速くなるかもしれないGPUクラスタ」にはまだ慎重ということです。つまり、我々がやるべきはシンプルで、“いますぐ効く・いますぐ使える・いますぐ数字が出る”を一段とわかりやすくすることです。
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