「AI解雇の裏返し──“ブーメラン採用”が示す企業の迷走」

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ここ数年、AI(人工知能)導入に伴って「何万人の人員が不要になる」という報道が散見されてきました。しかし、最新データはその物語に“穴”をあけつつあります。職場プラットフォーム Visier の調査によれば、**解雇された社員のうち約5.3%が元の雇用主に再雇用されている(“ブーメラン採用”)**というのです。この記事では、この「解雇再雇用」の実態を手がかりに、AI時代の人材戦略、経営の誤算、そして日本企業にとっての示唆を整理します。

背景:AI導入=人員削減という“神話”

典型的な語り口はこうです。「AIがやって来て、人間の仕事は一気になくなる」──確かに一部では自動化が進行しています。ところが、Visierのデータは “AIがすべての仕事を奪う” というストーリーを「未だ証明されていない」と指摘しています。

「The idea that now AI is coming and replacing absolutely every job is still really not proven」―Visier Principal Andrea Derler。

言い換えれば、AI導入を人材削減の“口実”とする企業もあるということです。実際、企業が人員整理に踏み切った後、同じポジションに“戻ってくる”人が少なくなく、“計画ミス”を露呈しているとも言えます。

構造:解雇→再雇用というループの実態

Visierは142社、240万人のデータを分析し、“解雇された社員のうち5.3%が同じ会社に再雇用”との結果を公表しました。これは2018年以降ほぼ横ばいだったものが、やや上昇傾向にあります。
では、なぜ再雇用が起きるのか。主なメカニズムを整理します。

  • 需要の誤見:AIを導入すれば一気に人手が要らなくなると想定したが、実際には「どの役割が消えるか」「どれだけコストがかかるか」が明確でなかった。

  • スキル・経験の反転価値:既存社員が持つ“暗黙知”や“現場ノウハウ”が、AIよりも早期・確実に価値を発揮する場面が再評価される。

  • コストの見落とし:組織再編・解雇には訴訟、退職金、保険料、再採用コストなど隠れた負担があり、Visierは「人員削減で1ドル節約しても、1.27ドルかかる」という試算を紹介しています。

  • 経営トップの“AI過信”:多数の企業で、経営層が「何でもAIで置き換えられる」と信じ過ぎ、実務とのギャップが露呈しています。MITの調査では、95%の組織がAI投資で“回収できていない”と報じられました。

この構造を踏まえれば、“解雇したけれど再び雇う”というのは、企業側の**“人・テクノロジー・コスト”の三位一体の調整が未完了である証拠**と言えます。

影響:人材市場・企業戦略・組織文化へ

この傾向は複数のレイヤーで影響を及ぼしています。

  • 人材市場:再雇用が進むと、“一旦離職→再就職”という流動が否応なく増えます。これは転職市場での“ブーメラン社員”(元社員が戻る)や“ギグ労働”の余地を広げる可能性があります。

  • 企業戦略:AI導入=削減というシンプルな戦略が通用しない以上、どの仕事が代替可能か、どの仕事が代替困難かを明らかにしたうえで、人材とテクノロジーを併用する戦略が求められます。

  • 組織文化:「解雇/再雇用」という反復が社員の離反や不信を生むリスクもあります。信頼・透明性が損なわれると、長期的な人材保持力が低下します。

  • 経営リスク:隠れコストの蓄積、AI投資回収の滞り、スキル供給のミスマッチが、収益率や株主期待に影を落とす可能性があります。

展望:企業はどう動くべきか?

では、日本を含めたビジネスパーソンには何が示唆されるのでしょうか。

  • 役割設計の見直し:AIで置き換えられそうな“定型反復業務”と、現場・顧客・暗黙知に根ざした“人間業務”を区別し、前者にテクノロジーを使い、後者を強化する。

  • コスト設計の透明化:人員削減・再雇用・AI導入・運用コスト・訓練/転換コストなど、関連費用をP/Lに織り込む。削減だけでは数字が合わないことを前提とする。

  • 信頼資本の再構築:解雇・再雇用の繰り返しは、社員・顧客・取引先の信頼を失う可能性があります。“勤続”以上に“持続可能なキャリア保障”の設計を進める時代です。

  • データと仮説の往復:AI導入・人員戦略・整理統合プランは「実証された未来」ではなく、仮説です。少額試験導入→検証→スケーリングというサイクルを回す。

  • 日本企業の地の利:日本の多くの企業は「長期雇用・職務転換・賃金構造」などに強みがあります。ここを活かしつつ、AI時代における“人間らしい価値”を明確に打ち出せば、むしろ逆張りで強みになりえます。


まとめ

本稿では、AI導入時代において企業が直面する“解雇/再雇用”という逆説的現象を、データと構造、そして戦略的含意から掘り下げました。主なポイントを整理します。

まず、AI=人員削減という単純な方程式は成り立っていないという現実です。Visierの調査によれば、解雇された社員の約5.3%が同社に戻る“ブーメラン採用”の傾向が上昇しており、これは企業が**“人+テクノロジー+コスト”の統合戦略に迷走している証拠です。AI導入がうまくいかない組織で共通するのは、経営トップが「人を減らせばコストが下がる」と信じ込み、実務で必要なAIインフラ整備・社員再配置・再教育・隠れコストの評価**を軽視していた点です。MITの調査が示すように、95%の組織がAI投資から回収できていないというデータは、まさにその証左です。

次に、構造的な要因を整理しました。解雇→再雇用という流れには、①AIで代替しづらい“暗黙知”や“顧客接点スキル”の価値を見誤った企業判断、②解雇コストや再雇用コストを過小評価した財務設計、③経営がAI導入の時間・コスト・効果を短期で期待してしまったという点、などがあります。これらが組み合わさると、削減しても「結局戻す=コストがかかる」構図に陥ります。

この流れがもたらす影響は広範です。人材市場では“再雇用”という選択肢を含む転職・リスキルの動きが増え、企業戦略では“人+テクノロジー併走型”が選ばれつつあります。組織文化においては、「解雇⇒戻る」が繰り返されることで社員の信頼が揺らぎ、モチベーション低下や技能流失というリスクも現実化します。そして、経営リスクとしては、AI導入・統合失敗・人材流出などが収益性に影を落とす可能性があります。

では、どう動くべきか。まず、日本企業を含むすべての組織にとって優先すべきは、役割設計の見直しです。AIで代替可能な業務と人間しかできない業務を分け、後者を強みとして育てる構えを持つこと。次に、コスト設計の透明化。人員削減だけに目を向けず、再雇用・教育・AI運用なども含めた総合コストで判断する。さらに、信頼資本の再構築を忘れてはいけません。特に日本では“雇用の安全”が価値として認知されてきたので、“再雇用は救済ではなく戦略”というメッセージを組織内で共有する必要があります。そして、データと仮説の往復運動。AI導入や人材戦略は未知の試みであり、小規模実証→評価→本格導入というステップを守ることが近道です。最後に、日本企業の地の利を活用すること。長期雇用や組織的な人材育成の仕組みがあるなら、それを“AI時代の人間らしい価値設計”に転換すれば、むしろ競争優位になり得ます。

要するに、AI導入時代の人材・組織戦略とは「削る」ではなく「再設計すること」。人を減らして終わり、ではなく、“人とテクノロジーの共創”を前提に“どこを残し、どこを変えるか”を見極める。解雇して戻す“ブーメラン”が増えてきた今こそ、動かないことが最大のリスクであると理解すべきです。企業が本気で“人とAIの協働”をつくるとき、日本のビジネスパーソンが問われるのは、テクノロジーに向き合う“設計力”、そして“信頼を繋ぐ覚悟”です。


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記事によると、米国株式市場では「マグニフィセント7(大手テック7銘柄)」が猛烈な勢いで上昇しており、1ヶ月で約5%の上昇を記録。これら銘柄は依然として市場の中心でありながら、同時に**“AIバブル懸念”**の象徴ともなっています。
この動きが示すのは、市場が“成長ストーリー”をまだ手放していないという事実です。ビジネスパーソンにとっての示唆は、技術トレンドに乗ることは重要だが、集中リスクにも注意すべきという二面性。日本企業の資本政策・成長戦略を描く上で、有力テック銘柄の動きは“自社の未来地図”を描くヒントになります。


小ネタ2本

① “ブーメラン社員”時代?
聞いたことありますか、「一度辞めた社員を再雇用」=“ブーメラン社員”という言葉。今回のVisierデータでは“解雇後再雇用5.3%”という数字が出てまして。「あれだけ人を減らしたのに、戻ってくるなら最初から減らす意味ある?」という皮肉も。人と組織の“距離”って、意外と縮まりやすいものなんですよね。

② “解雇の節約”は本当に節約?
解雇で1ドル節約したつもりが、実は1.27ドルかかる…なんて話。退職金、失業保険、再採用コスト、教育費…。節約つもりが、帳簿上ではむしろ“上積み”になっているケースが少なくない。経営会議では「人を減らせば安心」ではなく「何を残すか」が本番です。


編集後記

AIの導入で「人がいらなくなる」という未来図、それは確かに刺激的です。SF映画のように、冷たい機械がヒューマンリソースを一掃する。けれど、現場に降りてみると、そんな絵には“漏れ”があります。考えてみてください。機械を入れるには電力、冷却、設置、人の監視、システム障害時の対応が必要です。つまり、**“人を減らす”は、同時に“人を変える”ことを意味するのです。**それが難しいのです。

今回の記事にあった“再雇用”という現象は、企業が“変える”べき人を変えきれず、“残す”べき人を誤り、“コスト”を見誤った結果です。そしてその“見誤り”が、社員の信頼、企業文化、ブランドとしての信頼性に波及します。日本では「解雇」に慎重な文化がありますから、こうしたリスクはなおさら。技術導入・人材整理・組織再編のいずれにおいても、“人”が最初に軽視されると、最後に重く跳ね返ってきます。

皮肉に言えば、「AIが人を代替する」というショーは、実は「人がAIを代替できないという現実を映す鏡」なのかもしれません。企業は“自由に使える人材”を切り捨てることが理にかなっていると錯覚しますが、実は“信用される人材”を育ててきたところが、AI時代にこそ武器になります。日本企業がグローバル競争で遅れをとらないためには、「何を削るか」ではなく「何を残し、何を発展させるか」を描く力が問われています。

眠る前にひとつ。私自身、未来予測を書き続けてきて思うのは、“静かな仕込み”が後に“爆発的な展開”を呼ぶということ。AIもM&Aも、華やかな見出しを飾るのは一瞬ですが、その後に残るのは“運用”“文化”“信頼”です。棚を拡げることも、技術を投入することも大事ですが、**「そこに人が残って、意思を持って動けるか」**が、結局のところ成果を左右します。

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