「“インフレは終わった”と言われても、コーヒーが高い──アメリカ人が怒っている本当の理由」

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アメリカの空気が、再びピリついています。
民主党が各地の選挙で快勝した直後、**政府閉鎖(シャットダウン)**をめぐる交渉で、「もう妥協するな」という圧力が一気に高まったのです。

上院民主党幹部の一人はAxiosにこう語りました。

「ここで弱い合意を結べば、“自爆行為”になる」

さらに、左派グループも「中途半端な医療補助案で妥協するな」と主張。
バーニー・サンダース議員はなんとシューマー院内総務の会見を乱入し、「確実な医療保障の担保がなければ無意味だ」と強硬発言。
“勝利の夜”の翌朝に、党内は早くも戦線拡大モードです。

一方、経済の現場では、政治家たちが想像する以上に人々の財布の痛みが続いています。


■「インフレは収束」でも、生活は高止まり

経済指標上、インフレ率はすでに落ち着きを見せています。
前年比+3%台──2022年のピーク(9%)を思えば立派な成果です。

しかし問題は「率ではなく水準」。
2020年2月から2025年9月までに、

  • 家庭用エネルギー:+41.6%

  • 食料品:+29.2%

  • 家賃:+29%前後

  • 医療:+14.1%

  • 自動車:+29.4%
    全体でも物価+25%

つまり、物価上昇の速度は落ちても、価格は下がっていないのです。

トランプ政権とFRBの幹部が「インフレとの戦いは終わった」と語る一方、
人々の実感はこうです。

「終わった? じゃあコーヒーを前の値段に戻してくれ」

コーヒーは昨年比**+20%、牛ひき肉も+15%
つまり、経済学者が「物価安定」と呼ぶ状態と、
有権者が「生活が楽になった」と感じる状態は
別の次元**にあるのです。


■「経済好調」でも“vibes(雰囲気)”は最悪

民主党は長らく「経済運営の評価」で共和党に劣ってきました。
しかし今回の選挙では、経済を重視する有権者が民主党に投票するという逆転現象が起きました。

ニュージャージー州知事選では、元検察官のミッキー・シェリル(民主党)が、
実業家のジャック・チアタレッリ(共和党)を破りました。
ABCの出口調査でも、バージニア州で「経済が最重要」と答えた有権者の6割が民主党候補に投票

理由は簡単です。
トランプ氏が「インフレは解決した」と言っても、“安くなったもの”が何一つないから。
人々はグラフではなく、レシートを見て判断するのです。

経済成長も堅調、雇用も安定。
それでも「雰囲気が悪い(bad vibes)」──
この言葉こそ、2025年のアメリカ経済を象徴しています。


■Wall Streetは“別のバブル”

そんな中、ウォール街は別の熱気に包まれています。
金融報酬コンサルのJohnson Associatesによれば、
ウォール街の年末ボーナスは2年連続で増加

特に株式セールス&トレーディング部門は+15〜25%
経営・アドバイザリー部門は+10〜15%。
唯一、不動産部門だけが横ばい(0%)

しかし、「雇用は鈍い」。
報告書では「AIやテクノロジー導入による業界全体の10〜20%削減が3〜5年で起きる」と指摘されています。

つまり、「稼ぐ人はさらに稼ぐが、人員は減る」。
マクロで見れば“所得の偏在バブル”です。


■関税のゆらぎとPapa John’sの撤退

さらに波紋を広げているのが、トランプ前政権の関税措置の合法性を問う最高裁審理。
保守派判事の中にも「権限逸脱ではないか」という疑義が出始めています。
もし違法判決が出れば、輸入価格・ドル・財政収支に影響。
一方で「関税維持」なら短期的には市場安心、というジレンマ構造。

同じ日に、Apollo Global Management(投資会社)が
ピザチェーン「Papa John’s」への21億ドル買収案を撤回

外食需要の弱さが露呈し、「アメリカ人の財布の冷え」を象徴する出来事でした。


まとめ

今回のニュース群は、ひとつのテーマでつながっています。
それは「経済の数字は回復しても、人の実感は冷えたまま」。

インフレ率は沈静化し、株価も好調、雇用も悪化していない。
それでもアメリカ人の多くが「生活が苦しい」と感じている。
その理由は、「物価水準」と「心理の温度」のギャップです。

2020年以降、物価は平均25%上昇。
その中で給与上昇率はせいぜい15%前後。
つまり「10%分の実質的な“見えない税金”」を支払っているのと同じ。

そして、この“心理的課税”が政治の耐性を削っている
民主党が「経済好調」を訴えても、
有権者は「財布の中身」を見て評価する。
逆に共和党が「減税・関税」でアピールしても、
生活費が下がらない限り支持は伸びない。

経済学的には「ディスインフレーション(減速)」でも、
生活者にとっては「インフレが止まっても、高いまま」。
このギャップを埋めない限り、
アメリカの“経済好調”は政治的リスクの火種になり続けます。


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「民主党、勝利の翌日に“妥協するな”」

選挙で勝った直後の政党は、たいてい“調子に乗る”か、“慎重になる”かに分かれます。
今回の民主党は完全に前者。
特に医療補助(ACA補助金)をめぐる合意案をめぐり、
左派グループが「条件なき妥協は裏切り」と反発。

興味深いのは、サンダース氏のような老練な理想主義者が、
現実政治の中心で再び声を強めている
点です。
“再分配の議論”が再び盛り上がる兆しであり、
それはアメリカの分断を「左右対立」ではなく「階層対立」へと進化させています。


小ネタ2本

① コーヒー20%アップ問題。
ニューヨークのスタバでは、2024年初頭に4.75ドルだったラテが、
いまや5.69ドル。
「量は同じで、値段だけSサイズ上がった」という皮肉なジョークが流行中。

② “AIのせいでボーナスが上がる”現象。
AI導入による人件費削減で、残った人にボーナスが回る。
「AIが働いて、俺がボーナスもらう」──
ウォール街ではそれを“シリコン・サラリーシフト”と呼ぶそうです。


編集後記

インフレの記事を読んでいて、ふと思いました。
値段が上がっても慣れるのが人間。下がっても不安になるのも人間。

日本でも似たような現象が起きています。
コーヒーが500円になっても、最初は高いと思いながら、
気づけば“普通の価格”として受け入れてしまう。
でも、もし明日400円に戻ったら──
なぜか「何か裏がある」と疑う。
私たちは「高すぎる」よりも「変わること」に恐怖を感じる生き物なのかもしれません。

アメリカの“インフレ戦争”は、数字上は勝利しているのに、
なぜか国民は「負けた気分」になっている。
この「勝っても幸せになれない構造」こそ、現代経済の病です。

日本も他人事ではありません。
物価が上がり、賃金が上がり、それでも生活満足度が上がらない。
なぜかというと、“上がる”ことに社会が慣れていないからです。
低成長が長すぎて、値段が上がる=悪という記憶が染みついている。

アメリカでは、民主党が「経済は強い」と叫び、
共和党が「物価が高い」と責める。
どちらも正しい。どちらも届かない。
結局、人が信じるのは自分のレシートと冷蔵庫の中身だけです。

ニュースはいつも、「経済」ではなく「感情」の側を見逃します。
でも市場も政治も、最後に動かすのはいつも“感情”です。
インフレも、AIも、政治も、結局は「人の気分の物語」。

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