「5ドルのマックと8兆ドルの関税──アメリカ分断の新しい顔」

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アメリカの政治と経済が、また別の軸で割れ始めています。
それは「金持ちと貧困層」ではなく、「高所得と低所得の消費構造」。
そして、その分岐点に並んでいるのが──最高裁とマクドナルドです。


■1. 最高裁が関税政策を覆すか

アメリカ最高裁は、トランプ前政権が導入した**大規模関税(いわゆる「解放記念日タリフ」など)**の合法性をめぐる公聴会を開きました。
争点は、「大統領が緊急経済法を使って、事実上どんな製品にも、どんな期間でも、どんな税率でも関税を課せる権限を持つのか?」というもの。

保守派の判事たち(特にジョン・ロバーツ長官とエイミー・コニー・バレット)が懐疑的な姿勢を見せ、

「あらゆる商品・国・期間に関税を課すというのは、かなり“重大な権限”のように見える」
と発言。

8月の連邦控訴裁判所では、すでにこの関税群を「主要問題の原則(major questions doctrine)」に違反すると判断しています。
この法理は、**「議会の明確な授権なしに、大統領が経済に重大な影響を与える決定を下すことはできない」**というもの。
同じ論理で最高裁は、バイデン政権の学生ローン減免策も無効としています。

関税の根拠となったのは、1977年制定の国際緊急経済権限法(IEEPA)
もともとはテロ資金凍結などの「制裁ツール」でしたが、トランプ政権はこれを使って、
中国・カナダ・メキシコなどに一律関税を課したのです。

市場はすぐ反応しました。
予測市場Polymarketでは、「関税が維持される確率」は
開廷前の40%→午後4時時点で27%に急落。
つまり投資家は、「最高裁が関税を覆す」シナリオを織り込み始めた
ということです。

関税が撤廃されれば、輸入価格の低下で短期的にはインフレ抑制効果があります。
ただし同時に、政府の関税収入が減り、財政赤字が悪化する可能性も。
ドル安・金利上昇を誘発すれば、株式市場に再び冷や水を浴びせかねません。

関税は経済政策であると同時に、政治的な象徴でもあります。
「中国に強硬姿勢を取ること」が国民的支持を得る一方で、
企業にとってはサプライチェーンの混乱を引き起こす。
アメリカの“政治ショー”の裏側で、世界中の価格構造が揺らいでいるのです。


■2. マクドナルドが「5ドル」で勝負に出た理由

同じ日に発表されたもう一つのニュースが、消費の現実を突きつけました。
マクドナルドが「5ドル・エクストラ・バリューミール」を投入。
そして驚くべきことに、その費用の一部を本社が負担
すると発表したのです。

「米国の低所得層の消費が、いま深刻に冷え込んでいる」

これはマクドナルド自らの決算報告で明言されました。
第3四半期、低所得層の来店数は前年比マイナス8%
一方で、高所得層の来店はプラス8%
まるで2つのマクドナルドが同時に存在しているようです。

この5ドルメニューの採算を取るために、
マクドナルドは2026年初頭までフランチャイズと共同負担で継続予定。
すでに米国同店売上は**+2.4%と回復傾向ですが、
裏では
「中間層の“ファストフード離れ”」**という危機感がくすぶっています。

一方、ライバルの**ファストカジュアル業態(ChipotleやPaneraなど)**は苦戦中。
つまり、「マックまで落とした消費者」を取り戻せる企業だけが生き残る時代。
**“5ドル経済圏”**は、いまアメリカで最もリアルな景気指標になりつつあります。


■3. 米国企業の再編とAIの浸透

同じ週、ニュースはさらに騒がしく。

  • **ウェスティングハウス(原子力大手)**のIPOに、
     米政府が最大8%出資する可能性(総額800億ドル規模)

  • スターバックスの労組が無期限ストライキを決議

  • アマゾンがロボティクス活用の「店中の店」モデルを実験

  • イケアがベストバイ店舗内にキッチン設計スタジオを併設

つまり、産業構造そのものが“再モジュール化”しているのです。
テクノロジー、流通、小売、エネルギー──すべてが垂直統合から再分解へ

「会社を1枚のピザとすれば、トッピングを他社で共有する」時代が来た、というわけです。


■4. メディア業界では“PG-13論争”

最後にもう一つ、やや滑稽なニュースを。
映画業界団体**MPA(Motion Picture Association)が、
インスタグラム(Meta社)に対して
「PG-13表記を勝手に使うな」**と抗議しました。

Metaが若年層向けコンテンツの説明に
「PG-13に“準じた”ガイドライン」と記載したことに対し、
MPAは「“準じた”ではなく、“勝手に借りた”だろう」と激怒。

Metaは「公式な評価とは言っていない」と弁明しましたが、
要するに「AIが基準を自動生成している」点が問題視されています。
“AIの判断でレーティングをつける”──この構図、
映画界よりも先にメディアの倫理コードを揺さぶるかもしれません。


まとめ

今週のニュース群には、はっきりとした共通点があります。
それは、**「価格」と「信頼」が同時に崩れている」**ということです。

関税の最高裁審理では、
「大統領が経済を恣意的に動かしていいのか」という制度的信頼が問われ、
マクドナルドでは、「庶民がまだ外食できるか」という生活の信頼が試されています。

インフレの痛みは残り、低所得層はファストフードへ“ダウンシフト”。
企業はAIや自動化で人員を削減しつつ、
ボーナスだけは過去最高を更新。
それはつまり、「働く人より、働かせるシステム」が稼ぐ時代の到来です。

そして、その裏で政府も企業も同じジレンマを抱えています。
**「誰が代償を払うのか」**という問いです。

・関税を維持すれば、消費者が払う。
・撤廃すれば、財政が払う。
・5ドルメニューを出せば、フランチャイズが払う。
・AIでコストを削れば、雇用が払う。

“支払いの主体”が、静かにずれていく。
それがいまのアメリカ経済の本質です。


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🍟 マクドナルドの「5ドル経済」から見える構造変化

5ドルメニューは単なるキャンペーンではありません。
これは「生活防衛の最前線」。

かつてマクドナルドは“中間所得層の象徴”でした。
だが、2025年のアメリカでは違います。
客層は二極化し、
**「安いマック」「高級マックカフェ」**が共存。

中間層が減り、
「外食を諦める層」と「生活防衛でマックを選ぶ層」に割れています。
それを支えるのは、企業ではなく値引きの共犯関係
つまり、本社と加盟店が一緒に“痛みを分ける”構造。

この仕組み、どこかで聞いたことがありませんか?
──そう、日本の「値上げできない中小企業」と同じです。
円安・原材料高でも、小売は値上げできず、
結局「間に立つ卸や店舗」が利益を削る。
米マクドナルドの“5ドル構造”は、
日本の値上げできない社会のミラー像でもあるのです。


小ネタ2本

① 「PG-13」をAIが決める日。
もしAIが映画のレーティングを付けるようになったら──
「暴力:2.3」「皮肉:5.8」「愛情表現:曖昧」みたいな数値化が出る日も近いかも?
映画評論家がAIに代替される日、最初に困るのは評論家ではなく“映画館のPOP担当”かもしれません。

② 8兆ドルの原発投資。
ウェスティングハウスへの政府支援額は800億ドル=約12兆円規模
アメリカではこれを「クリーンエネルギーの逆襲」と呼んでいます。
一方で日本の再エネ補助金は依然「数兆円の壁」。
“脱炭素”というより、“財源勝負”の時代が始まっています。


編集後記

「5ドルのマック」がニュースになる──
それ自体が、2025年という時代の象徴だと思います。

かつてアメリカは「安く、早く、多く」を誇る国でした。
でも今は違う。安さは「苦肉の策」に、速さは「AIの代名詞」に、
多さは「格差の拡大」に変わってしまった。

経済ニュースを見ていると、
“回復”と“分断”が同じペースで進んでいることに気づきます。
株価は上がる、雇用は安定、企業利益も過去最高。
でも、家計は疲弊し、選挙は荒れ、政治は分裂する。
数字は整っても、心が整わない。

関税の審理を聞きながら思うのは、
アメリカという国が「自由貿易」と「国内保護」のはざまで
何十年も揺れ続けているということです。
それは、私たち日本が“円安と保護貿易”のはざまで
迷っている構図とも似ています。

結局のところ、
政治も経済も「誰を助け、誰に払わせるか」という分配設計。
関税を課すも、5ドルバーガーを出すも、
誰かがその差額を背負っている。

それでも、人は食べる。
安いマックを食べ、ニュースを読み、SNSで不満を吐く。
そしてまた、政治が動く。

人間の行動は合理的ではない。
だからこそ、マーケットは動き、ニュースは面白い。

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