深掘り記事:バフェット最終章と「現金38兆円」が語るもの
ウォーレン・バフェットが、感謝祭に合わせて出したレターでこう書きました。
「95歳でまだ元気にオフィスに通えていることに、驚きと感謝しかない」。
同じレターの中で、彼は今後の年次株主レターは後継者のグレッグ・エイベルに引き継ぐことを示唆しています。
つまり今回の感謝祭レターは、「バフェット節」を正面から読める、実質的に最後期のメッセージです。
1|バフェットは今、市場をどう見ているのか
レターの中で、バフェットが市場について触れたのは、たったひと言です。
「いい案件を持ち込まれることは今もあるが、バークシャーのサイズと、現在の市場水準を考えると、その数は“ゼロではないが多くはない”」
ここだけ読むと当たり前のことを言っているように見えますが、数字を見ると重みが変わります。
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バークシャーの手元現金:3,820億ドル(約38兆円)
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それでも「なかなか投資したくなる案件がない」
これは事実として、「今の株式市場は“安いとは言えない”」というバフェットの認識を匂わせています。
彼がもし本気で「バーゲンセールだ」と思っていれば、この現金はとっくにどこかの株やM&Aに突っ込まれているはずです。
日本で言えば、「村上世彰+孫正義+日本政府系ファンドのキャッシュを全部足したような人が、ずっと様子見している」くらいのインパクトです。
2|“運が良かっただけ”と言い続ける男
今回は市場コメントよりも、「運」についての言及が目立ちました。
「1930年に、健康で、そこそこ頭がよくて、白人の男として、しかもアメリカに生まれた。
これ以上の幸運があるだろうか」
バフェットは以前から「自分の成功は能力よりも“生まれ合わせの運”に負うところが大きい」と繰り返してきましたが、95歳になっても同じことを言っています。
これは事実としての自己紹介でもありつつ、「成功物語を能力論だけで語るな」という、かなり強いメッセージでもあります。
日本のビジネス界でありがちな、
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「努力すれば必ず報われる」
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「成功はすべて能力と根性の結果だ」
といった“自己責任物語”に対して、バフェットは一貫して「いや、運だよ」と言い続けている。
この視点を持っている投資家が、実は世界一の富豪クラスというのが、よくできた皮肉です。
3|死後の資産運用ルールが、超シンプル問題
今回のレターでもうひとつ重要なのは、「自分が死んだ後のお金の運用ルール」を改めて明示していることです。
「遺言では、信託財産の90%をS&P500インデックス・ファンド、10%を米国国債に投資するよう指示している」
これ、個人投資家へのメッセージとしては異常なほどシンプルです。
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個別銘柄の天才が
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自分の死後には「インデックス+国債だけでいい」と言い残す
このギャップがポイントで、バフェットがやっていることと、他人に勧めていることは明確に違います。
事実:
・バフェットは個別企業の徹底分析でリターンを上げてきた
・しかし普通の人には「低コストのインデックスで十分」と言う
ここから先は私の意見ですが、これは日本の投資家にもかなり刺さる話です。
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X(旧Twitter)やYouTubeで、毎日「次のテンバガー銘柄」が飛び交う
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けれども、実際に長期で資産を増やしている人は、淡々とインデックスを積み立てている
そんな光景を、私たちは日々眺めています。
バフェットの遺言は、その空気を「数字」と「実績」で裏打ちしているようなものです。
4|バフェットが「寄付」を加速させる理由
今回のレターでは、子どもたちの財団への生前寄付も“加速させている”と触れています。
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3人の子どもの財団への寄付ペースをアップ
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自分の資産の大部分は、最終的に慈善団体に渡す方針は変えず
ここでも一貫しているのは、
「金持ちの子どもに、使い切れないほどの資産を残す必要はない」
という彼の持論です。
これもまた、能力主義・世襲主義が混ざりやすい日本社会に対する、ある種のカウンターメッセージとして読めます。
5|“次のバフェット”グレッグ・エイベルは何者か
レターにも名前が出てくる後継者、グレッグ・エイベル。
彼は現在バークシャーの副会長で、エネルギー事業などを率いてきた実務派です。
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年次レターの執筆も、エイベルに引き継がれる予定
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バフェット自身は、依然としてオフィスに通い続けるが、表舞台は徐々に退く
投資家にとっては、
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「バフェットなきバークシャー」をどう評価するか
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3800億ドルの現金を、エイベルがどう使うか
という、2つの問いが突きつけられています。
私の見立てとしては、
・バークシャー株は短期的には「信仰で買う銘柄」から「決算で評価される銘柄」へ、少しずつ変わっていく
・エイベルが最初にどんな大型投資を決めるかが、その転換点になる
そんなフェーズに入ったのだと思います。
まとめ:バフェットが教えてくれる「欲張らない投資術」
今回のニュースを日本の投資家目線で整理すると、ポイントは3つです。
① 世界一の投資家が「妙味は少ない」と感じている相場
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バークシャーの手元現金:3,820億ドル
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それでも「今の市場水準では、投資したい案件は多くない」
これは、
「“今すぐ全力でリスクを取りにいく相場ではないかもしれない」
という、かなり含みのあるサインです。
もちろん、これは「暴落が来る」と断言しているわけではありません。
事実として言えるのは、
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バフェットクラスですら、「安い」と言える案件がそう多くない
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だからこそ“現金を持つ”という選択をしている
ということです。
日本の個人投資家も、
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「いつもフルインベストメント」ではなく
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「あえて現金比率を高めておく時期もある」
という発想を持っておくのはアリだと思います。
② 凡人の最適解は「インデックス+国債」
バフェットの遺言ポートフォリオは、極めてシンプルです。
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90%:S&P500に連動する低コストインデックスファンド
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10%:米国債(安全資産)
これをそのまま日本人に当てはめるなら、
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つみたてNISA:全世界株 or S&P500連動のインデックス
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iDeCoや特定口座:一部を個人向け国債や高格付け債券ファンドで安定化
といった設計イメージが近いでしょう。
ここで重要なのは、
「バフェットですら、普通の人には“インデックスでいい”と言う」
という事実です。
「俺はバフェットを超える」と思う人は、もちろん個別株に突っ込んでもいいのですが、95歳のバフェットがわざわざ残した“凡人向けレシピ”は、一度冷静に眺めてみる価値があります。
③ 「運」と「寄付」の話は、資産形成の出口戦略でもある
バフェットは今回のレターで、
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自分の成功は“運”の要素が大きいこと
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その上で、子どもたちの財団への寄付を加速させていること
をかなり率直に書いています。
これは単なる美談ではなく、「お金の出口設計」の話です。
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どこまで自分のために使い
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どこから先を社会や次世代に回すのか
日本では「貯める」「殖やす」の話は増える一方で、
「どう使って終わるのか」という“エンディング”の話は、まだあまり語られていません。
バフェットはそこに対して、
「稼ぎすぎた分は、社会に戻していく」
という、ひとつのモデルケースを見せているとも言えます。
気になった記事:Bostic退任と「トランプ流FRB」のこれから
次に気になったのが、アトランタ連銀総裁ラファエル・ボスティックの退任です。
1|なぜこのタイミングで?
事実だけを整理すると:
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ボスティックは2017年からアトランタ連銀総裁
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59歳、健康上の問題が報じられているわけでもない
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任期満了(再任のタイミング)を前に、2025年2月で退任すると発表
通常、地方連銀総裁は任期更新のたびに総入れ替えになるわけではなく、前回(2021年)の更新時には誰も辞めていません。
それが今回はトランプ政権下で、
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FRBの大改革に前向きな新メンバーがボードに加わる
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そのタイミングで、ボスティックが身を引く
という流れになっています。
2|ボスティックの「色」とFRB内の多様性
ボスティックは、
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初の黒人かつゲイの地方連銀総裁
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住宅政策や格差是正に強い問題意識を持つ人物
としても知られていました。
パウエル議長も、
「彼の声は、分析に根ざし、経験に裏打ちされ、目的意識に導かれていた」
とコメントしています。
ここからは推測を含みますが、
・より「トランプカラーの濃いFRB」への転換の中で、ボスティックのようなスタンスは居心地が悪くなっていた可能性
・あるいは民間や政治の世界に活躍の場を移す布石
といった見立ても成り立ちます。
3|市場へのインプリケーション
投資家目線で大事なのは、
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FRBの地方連銀総裁人事は、金融政策の意思決定にジワジワ効いてくる
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特に、インフレ・雇用・格差是正といったテーマに対する“温度感”が変わる可能性
です。
今後数ヶ月で他の地方連銀総裁にも交代が出てくるとすれば、
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「利下げ・利上げ」そのものより
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FRBが何を“優先するか”
の軸が少しずつ動いていくかもしれません。
小ネタ①:95歳が“キャッシュ38兆円+S&P500”と言う時代
バフェットは、自分の死後の資産運用方針として、
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90%:S&P500インデックス
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10%:米国債
を指定していますが、同じレターの中で、彼自身はこうも書いています。
「まだ週5日、オフィスに通っている」
95歳でまだ現役、しかも現金38兆円を抱えながら、です。
日本の感覚で言うと「老後2000万円問題って何でしたっけ?」レベルの遠い世界ですが、同時にこうも思います。
——老後、やりたい仕事がちゃんとある人は強い。
投資本の「FIREして南の島で…」的な夢とは真逆で、
「一生働き続ける前提で、でもお金は社会に返す」
という価値観が、静かにアップデートを迫ってきている気がします。
小ネタ②:Waymoの高速道路デビューと「人間のほうが怖い」問題
キャッチアップ欄では、Waymo(ウェイモ)の自動運転タクシーが、
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サンフランシスコ
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フェニックス
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ロサンゼルス
で、ついに高速道路走行(フリウェイ)にも対応する、というニュースが紹介されていました。
これまでは街中の低速道路に限られていたのが、よりスピード域の高いところに踏み込んでいくわけです。
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事故時のインパクトが大きい
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合流や車線変更の難易度も高い
という意味で、高速道路は自動運転にとって“ラスボスの一人”です。
とはいえ、日本でも最近は、
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あおり運転
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居眠り運転
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スマホ見ながら運転
がニュースになるたびに、「それAIのほうがマシでは…?」という気持ちにもなります。
たぶん今後しばらく続くのは、
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「AIは完璧じゃないから怖い」という感情と
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「人間もだいぶ危ない」という現実
の、微妙な綱引きです。
編集後記:バフェットの“運”の話を、日本のビジネスパーソンに雑に適用してみる
今回のバフェット・レターを読んでいて、いちばん刺さったのはやっぱりここでした。
「1930年、健康で、そこそこ頭がよくて、白人の男として、アメリカに生まれた。
それは“運”だ」
日本だと、こういう「運がよかっただけです」という言葉は、ただの謙遜として処理されがちです。
「いやいや、ご謙遜を」「努力されたからですよ」と返すのがお約束のやり取り。
でもバフェットの場合は、95歳になってなお、何度も何度も同じことを言うので、さすがに「ガチなんだな」と思わざるを得ません。
個人的に、これは日本のビジネスパーソンにとっても、けっこう重要な視点だと感じています。
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自分がある程度健康で
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それなりの教育を受けられて
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日本という比較的安定した国に生まれた
この時点で、世界全体から見れば相当“ガチャ運”がいい側にいます。
そのうえで、年収や役職や資産額だけで「勝ち負け」を測り始めると、だいたい不幸になる仕組みです。
一方で、バフェットは「運が良かった」と言いつつ、その運にただ甘えるのではなく、
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自分の資産を社会に戻す設計をし
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“凡人向けの投資レシピ”を公開し
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自分の後継者にバトンを渡す準備を着々と進めている
この動き方が、なんというか、すごく“かっこ悪くてかっこいい”感じがします。
日本社会は、
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「俺はここまで努力した」
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「自分のポジションは自分の実力だ」
と主張したくなる空気が強いですが、本当はみんな心のどこかで、「いや、かなり運だよな……」と薄々わかっている。
バフェットの“運”の話は、そのモヤモヤを一度きれいに可視化してくれているような気がします。
そしてもうひとつ。
彼が遺言で指定している運用方針が「S&P500インデックス90%+米国債10%」という超シンプルな構成であることも、静かに効いてきます。
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世界一のストックピッカーが
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自分がいなくなった後は、“市場平均でいい”と言い残す
これはある意味、「自分の才能を過信するな」というメッセージでもあります。
私たちも、Xで回ってくる“次のテンバガー銘柄”に心を揺らしながら、
口座のどこか一角には、バフェット式の“地味なポートフォリオ”を置いておく。
たぶんそれくらいが、人間らしくてちょうどいいのかもしれません。
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