「データは霧の中、FRBはコイントス:“見えない景気”とバブルの言い訳」

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深掘り記事

◆ 今のFRBは「コイントス」で利下げを決めるレベル?

次回FOMC(12月9〜10日)で利下げがあるかどうか。
マーケットの見方は、もはや**「ほぼコイントス」**になっています。

CME FedWatchによると、つい最近まで

  • 1か月前:利下げ確率 96%

  • 昨日:63%

  • いま:54%

と、「ほぼ確実な利下げ」から「半々」へと一気に後退しました。
背景にあるのが、FRB内部の深い分裂です。


◆ ボストン連銀総裁の一言で空気が変わる

ボストン連銀のスーザン・コリンズ総裁は、
「向こうしばらくの追加緩和には、かなり高いハードルがある」と発言しました。

これは平たく言えば、

「そんなに簡単には利下げしませんよ」

という宣言に近いものです。

しかも、彼女はこれまで一度もFOMCで反対票を入れたことがない「慎重派・中立タイプ」
その彼女が「利下げ反対寄り」を匂わせたことで、

  • 「あ、これはFOMC内の反対がかなり根強いな」

  • 「12月利下げは思ったより全然固くないな」

と、市場が一気に織り込みを修正した形です。


◆ 「トランプ任命組」 vs 「インフレ警戒派」というねじれ構造

記事によると、今のFRBには久々に**「はっきりした路線対立」**があります。

  • トランプ政権下で任命された一部の理事は、追加利下げを積極主張

  • 一方で、インフレはまだ高すぎると見るメンバーは利下げに難色

通常、FOMCは「多少の意見の違いはあっても、最終的にはまとまる」ことが多いのですが、
今回は**“複数の理事による反対票”が現実味を帯びている**と指摘されています。

シナリオを整理すると:

  • 据え置きの場合
     トランプ任命組を中心に、ボウマン、ミラン、ウォーラーといった理事が反対票を投じる可能性。
     →「据え置き強行で、前代未聞の“理事3人同時反対”もあり」

  • 利下げに踏み切る場合
     今度は、コリンズ、カンザスシティ連銀のシュミット、セントルイス連銀のムサレムなどが反対に回る可能性。
     →「緩和派に寄りすぎても、大規模な反対票が出る」

まさに**「どっちを選んでも反対される」
パウエル議長にとっては
“踏み絵の二択”**です。


◆ そしてタイミング最悪:政府閉鎖で「データがない」

ここまでなら「よくある政策論争」です。
厄介なのは、このタイミングで“データの空白”が発生していることです。

政府閉鎖(シャットダウン)の影響で、

  • 10月分の雇用統計やCPI(消費者物価指数)などが出ない/大幅遅延の可能性

  • ホワイトハウスは「10月のCPI・雇用統計が永遠に発表されないかもしれない」と記者会見で発言

  • 統計局(BLS)はまだ最終判断を示しておらず、発表スケジュールを組み直している最中

特に問題視されているのが、

  • 企業調査ベースの「非農業部門雇用者数」(Payroll)は、後から集計・修正がしやすい

  • 一方、失業率を算出する“世帯調査”は10月に実施されていない

という点です。

ホワイトハウス経済顧問ケビン・ハセットは、
「10月の失業率は、永遠に“わからないまま”になるかもしれない」とまでコメントしています。


◆ 「片目で運転するFRB」と“恣意的な統計”への不信感

統計の世界では、

  • データがそもそも存在しない部分は「推計(インプット)」で補う

  • しかし、その推計があまりに多いと、統計の信頼性が損なわれる

という問題が常にあります。

今回の長期シャットダウンでは、
現地での価格調査などの「人間の足で集めるデータ」がごっそり抜け落ちてしまっているため、
CPIなどは推計に頼らざるを得ない部分が急増します。

  • 推計を駆使して「なんとか出す」

  • それとも「品質に問題あり」と判断して「丸ごと出さない」

統計当局は、この難しい二択を迫られています。

前職の統計局幹部らの団体「Friends of the Bureau of Labor Statistics」は、

「2025年10月は、アメリカ経済の公式記録における“永久の死角”として残る」

と、かなり強い言葉で警鐘を鳴らしています。


◆ マーケットにとっての本当のリスクは「わからないこと」

利上げか利下げか──
方向性が割れる局面自体は、経済の転換点ではよくあります。

しかし今回は、

  1. FRB内での意見対立が深い

  2. その判断のベースとなる公式データが“欠損”している

という、かなりレアな状況が重なっています。

政治的には「民主党のせいで統計が壊れた」という強い批判、
技術的には「推計の多用で統計の信頼性が揺らぐ」という懸念。

どこまでが事実で、どこからが政治的レトリックなのか。
そこを冷静に切り分けることが、投資家にとって非常に重要になってきます。


◆ 日本のビジネスパーソンへの示唆:数字は万能ではない

日本の投資家・ビジネスパーソンは、つい

「アメリカのデータは信頼できる」

と前提してしまいがちです。

しかし今回のように、

  • 政治的な対立

  • 行政機関の閉鎖

  • 統計作業の物理的な制約

によって、“世界最高水準の統計システム”ですら簡単に歪むことが露呈しました。

「数字は客観的だ」「データは真実を語る」とよく言われますが、
記事の筆者のメンターはこう言っています。

「データは、いじられない限りは嘘をつかない」

逆に言えば、人間の都合で“いじれば”いくらでも物語を変えられるということです。

FRBが“霧の中の操縦”を強いられている今、
私たちも「数字だから正しい」と鵜呑みにするのではなく、
**「その数字はどのような前提・作業のもとで作られたのか」**まで意識する必要があります。


まとめ

ここまでのポイントを整理します。


● ポイント1:FRBは「どちらに転んでも反対される」板挟み状態

  • 12月FOMCの利下げ確率は、96%→63%→54%と急低下

  • ボストン連銀コリンズ総裁の発言は、「そう簡単には利下げしない」シグナル

  • トランプ任命組の一部は「もっと利下げせよ」と主張

  • インフレ警戒派は「まだ緩めるのは早い」と反対

→ パウエル議長は、利下げしても据え置きしても“大量の反対票”に直面するリスク


● ポイント2:政府閉鎖で「10月の統計」が欠損、FRBは事実上“片目運転”

  • 政府シャットダウンにより、10月分の雇用統計・CPIなどの公表が危ぶまれる

  • 特に、失業率を出す「世帯調査」が実施されておらず、「10月の失業率は永遠の謎」になる可能性

  • 価格データも現地調査が出来ておらず、推計に頼らざるを得ない

  • 元統計局幹部たちは「2025年10月は経済記録の“死角”として残る」と警鐘

→ 金融政策の判断材料そのものが“欠けている”という異常事態


● ポイント3:「バリュエーションの魔術」で数字は簡単に“もっともらしく”なる

別のパートでは、マーケットの高い株価を説明するために、

「12ヶ月先EPSではなく、36ヶ月先EPSでバリュエーションを見れば良い」

というアイデアも紹介されています。

  • S&P500は「1年先利益ベース」でPER23倍(平均は18倍)

  • しかし、3年先までの成長を前提にすれば、「割高ではない」とも言える

これは、

  • 長期で企業を見るという意味では合理的なアプローチ

  • 一方で、「数字をいじって都合のいい物語をつくる」行為とも紙一重

筆者のメンターが言うように、

「データは、あなたがそれをいじるまでは嘘をつかない」

ですが、前提条件を変えれば、
同じ企業でも“割高”にも“割安”にも見えてしまうという皮肉な現実があります。


● 日本のビジネスパーソンへの示唆

  1. 「データがないと判断できない」状態もリスク
     → FRB級の組織ですら、情報不足で迷子になる。
      自社の経営判断でも「完璧なデータが揃うまで動かない」は危険。

  2. 数字の裏側にある“前提”を疑うクセを持つ
     → 統計の取り方、サンプルの偏り、政治的バイアス。
      数字そのものではなく「つくり方」を意識する。

  3. バリュエーションは“ものさし”であり、“真実”ではない
     → 1年先を見るか3年先を見るかで、同じ株が高くも安くも見える。
      投資もビジネスも、「どの時間軸で見るか」を自分で決める必要がある。

結論として、今回の記事が教えてくれるのは、

「数字が正しさを保証してくれる時代は、もう終わりつつある」

ということかもしれません。

統計の空白、FRB内の対立、バリュエーションの“延長トリック”。
これらはすべて、「数字はニュートラルではなく、人間の意図を映す鏡だ」という事実を見せてくれています。


気になった記事

「PER23倍でもOK? “3年先EPS”という新しい言い訳」

ウォール街が最近気にしているのは、
**「今の株価、さすがに高すぎない?」**という問題です。

記事によると、

  • S&P500は1年先利益ベースでPER23倍

  • 歴史平均は18倍前後

と聞くと、「さすがに割高では?」という感覚になります。

ここで登場するのが、
インタラクティブ・ブローカーズのエコノミスト、ホセ・トーレスの見方です。


◆ 12ヶ月先ではなく「36ヶ月先」を見るという発想

トーレス氏のポイントはシンプルです。

「どうせテック株は、時間をかけて利益が伸びていく。
なら、1年先ではなく3年先までの利益で評価しようじゃないか」

  • 1年先EPSをベースにするとPER23倍

  • 3年先までの成長を折り込めば、PERはもっと“まともな数字”に見える

時間軸を変えることで、同じ株価でも“妥当”に見えてしまうわけです。


◆ 「成長株は時間を味方にする」という現実

実際、ハイテク株やプラットフォーム企業は、

  • 黙っていてもユーザー数と単価が伸びる

  • 新しいサービス投入で収益源が増える

という構造を持っています。

このため、

  • 「今は高く見えるが、数年かけて利益が追いつく」

  • 「だからPERだけで“割高”と切り捨てるのは早い」

という主張には、一理あります。


◆ 一方で、それって“数字のマッサージ”では?

記事の筆者は、
「データは、あなたがいじるまでは嘘をつかない」という言葉を引用したうえで、
この“時間軸変更”にやや皮肉を込めています。

  • 見たい現実に合わせて、指標の前提を変えていく

  • 12ヶ月が都合悪くなったら、36ヶ月を見る

  • それでも説明できなくなったら、今度は「ディスカウントレート」や「ターミナルバリュー」をいじるかもしれない


◆ 日本の投資家としてどう捉えるか

ここから先は意見パートですが、
日本の投資家にとって、この発想は「諸刃の剣」だと感じます。

  • 長期目線で企業を評価するのは、むしろ健全

  • しかし、「時間軸を変えれば何でも正当化できる」危険もある

**重要なのは、「自分で時間軸を選んでいるかどうか」**です。

  • 「市場が3年先を見るモードだから自分も3年先で見る」のか

  • 「自分は景気循環が読みにくいから、1年先にこだわる」のか

時間軸の選択を“マーケット任せ”にしてしまうと、
いつのまにか数字に振り回される側に回ってしまいます。


小ネタ2本

★ 小ネタ①:「利下げ確率96%→54%」というジェットコースター

1か月前は「ほぼ利下げ確定!」とまで言われていた12月FOMC。
市場の織り込みは**96% → 63% → 54%**と、
遊園地のジェットコースター並みの落差を見せています。

会議はまだ開かれていないのに、
マーケットの気分だけでここまで確率が動くあたり、

「FedWatchって、実は“市場の気分指数”なのでは?」

というツッコミを入れたくなります。


★ 小ネタ②:「10月の失業率は永遠のミステリー」に?

統計局の事情に詳しい人たちいわく、
10月は世帯調査が実施されていないため、

「10月の失業率は、たぶん永遠にわからない」

という状態になりそうです。

「アメリカ経済の公式記録の中に、まるごと1ヶ月分の“空白”が生まれる」

というのは、歴史の教科書にそのまま載りそうな出来事です。


編集後記

FRBが「コイントス状態」と聞くと、
なんだかすごくいい意味で聞こえませんが、
よく考えると、なかなか恐ろしい話です。

私たちはつい、

「プロたちが膨大なデータを分析して、
綿密にシミュレーションして、
最適な答えを出してくれている」

と信じたくなります。

ところが現実は、

  • そのデータ自体が“シャットダウン”で欠けていたり

  • 統計の出し方に政治が口を出していたり

  • 都合の悪い数字は“推計”で埋められたり

と、なかなか人間くさい世界です。

一方で、マーケットの方も負けていません。

PERが高すぎると言われれば、

「いやいや、1年先じゃなくて3年先を見ましょうよ」

と時間軸をずらし、
それでもダメなら、今度は割引率をいじり、
最終的には

「ニューエコノミーだから従来の指標では測れない」

と言い出す──どこかで見たパターンです。

こうして見ると、

  • FRB:データ不足で霧の中を飛ぶパイロット

  • ウォール街:メーターの目盛りを都合よく書き換える整備士

という、なかなかスリリングな組み合わせで世界は動いています。

もちろん、だからといって

「数字なんて全部信用できない」

と投げ出すわけにもいきません。
ビジネスでも投資でも、数字は必要です。
問題は、「数字をどのくらい“話半分”で聞けるか」です。

  • データが欠けているときに、どう慎重になれるか

  • データが揃いすぎているときに、どこまで疑えるか

  • 誰かが巧妙にまとめた“それっぽいグラフ”を見たときに、一歩引けるか

このあたりが、これからの「データ社会のリテラシー」なのだろうと思います。

FRBが迷っているのを見ると、
「結局、どれだけ賢くても未来はわからない」という当たり前の事実を突きつけられます。

ならば私たち個人にできるのは、

  • 完璧な予測を目指すよりも、

  • 間違えたときに致命傷にならない設計をすること

なのかもしれません。

利下げになるにせよ、据え置きになるにせよ、
10月の失業率がわかるにせよ、わからないにせよ──

「世界はいつも不完全な情報で動いている」

という前提さえ忘れなければ、
ニュースに振り回される回数は、少しだけ減るはずです。

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