政府再開のツケと、ねじれ続けるワシントンの現実
【深掘り記事】
「最長の政府閉鎖」が終わっても、後始末は山積み**
10月1日から続いた米史上最長の43日間の政府閉鎖がようやく終わりました。
深夜の混乱、党派対立、駆け引き、すれ違い。これまで何度も見てきた光景ですが、今回は一段と複雑でした。
今回の再開の決め手となったのは、8人の民主党上院議員が造反して共和党案に賛成したこと。
民主党が求めていた「医療保険補助(ACA tax credits)」の延長は通らず、共和党の提示した短期つなぎ予算が成立しました。
さらに、
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解雇された連邦職員の復職
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SNAP(米国版フードスタンプ)の来年9月までの資金確保
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一部共和党議員に、1月6日調査関連で政府を“訴える権利”を与える条項
など、政治的に荒れる要素もセットでパッケージになっています。
今回の特徴をひと言でまとめるなら、
「誰も勝っていないのに、誰も敗北を認めていない」
という、いつものワシントン流プロレスです。
■ 経済への影響:目に見える傷と、見えない傷
政府閉鎖の影響は徐々に可視化され始めています。
● 職員80万人の給与ストップ
彼らはようやく給与とバックペイ(未払い分)を受け取れますが、家賃・医療費・教育費は容赦なく積み上がっていました。
● SNAP受給者4,200万人
一部州では24時間以内に給付が再開。ただしシステム処理の遅れでタイムラグも。
● FAAが引き起こした“空の地獄”
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日曜だけで約3,000便が欠航
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11,000便が遅延
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ATC(航空管制官)の無給勤務によりマンパワーが枯渇
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一時10%まで削減予定だった離発着枠は「6%削減」で踏みとどまる
ただ、問題はここから。
2019年の閉鎖でも、ATCの人員回復に2カ月以上かかりました。
今回も同じ轍を踏む可能性が高い。
「政府は再開したが、正常化はまだ先」
――これは米国の交通インフラを象徴する言葉になりつつあります。
■ データの“ブラックアウト”という新たな問題
今回、最も厄介なのはここです。
● 10月のCPI(インフレ率)
→ データ未収集のため、消滅の可能性
● 10月の雇用統計
→ データはあったが、担当職員が不在でリリースできず。
● 11月の統計
→ 本来なら今週調査開始だが、閉鎖の影響で遅延確実。
つまり、
FRBは“暗闇の中で利下げ判断”を強いられる
という異常事態に突入します。
金利、株価、企業投資、消費者心理ーーすべてがデータで動く世界で、データがない。
米国の金融政策運営に「不透明感」という不純物が混入した瞬間です。
■ 政治:民主党の内紛と、共和党のしたたかさ
今回の再開劇で最も揺れたのは民主党側。
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医療補助の延長を守れなかった
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党内の造反者を抑えられなかった
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下院で6名の民主党議員が共和党に賛成した
この結果、内部では怒号に近い批判が飛び交いました。
一方、下院の共和党はというと、
ジョンソン下院議長が“意外な手腕”を見せ続けている
という評価が強まっています。
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2〜3票差で崩壊してもおかしくない勢力をまとめ上げ、
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222-209 という“まさかの大勝”で可決。
トランプが電話で猛プッシュする必要もなかったというのが、逆に注目点です。
■ 次の火種:エプスタインファイルと民主党の奇襲
政府再開の裏で静かに進んでいたのが、
“Epstein files”の公開を求める discharge petition(強制提出請求)。
共和党は「大統領のために阻止しろ」と圧力をかけましたが、
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4人の共和党議員が造反
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アデルタ・グリハルバ議員(民主)が就任即サインで218票に到達
= 公開決定
MAGA勢(最強保守派)が沈黙し始めた背景には、
公開されたメールが「トランプ氏の名前も含んでいた」ことも影響しています。
この件は来週さらなる政治的爆発を生むでしょう。
■ ACA税額控除:デモ側の次の戦場
民主党は、
「3年間のACA税控除延長案」を discharge petition で提出する方針へ。
しかし、共和党は「DOA(Dead on Arrival:到着した瞬間に死亡)」と冷笑。
ただし、世論受けの良い政策だけに、
最終的には中間的な1年延長に落ち着く可能性もあります。
【まとめ】
今回の政府閉鎖の“終わり”は、同時に“混乱の始まり”でもあります。
第一に、行政機能の正常化には時間がかかります。
FAAの人員不足、旅行混乱、行政サービス遅延が続くことで、国民生活はしばらく不安定なまま。
米国のインフラは脆弱で、一度止まると再起動に膨大な時間とコストがかかることを改めて示しました。
第二に、経済データの欠落は極めて深刻です。
FRBはインフレ・雇用の最新データなしに12月の利下げ・据え置き判断をすることになります。
投資家、企業、住宅ローン金利ーー全てが“見えない未来”に対してリスクを上乗せする局面に入りました。
第三に、政治的な混乱はむしろ拡大しています。
民主党は医療補助の延長を守れず、党内対立が露骨化。
共和党はジョンソン議長の手腕が注目され、トランプの直接介入なしでまとめあげる奇妙な安定感を見せています。
さらにエプスタインファイル公開という爆弾が、新たな党派対立を生む火種として火を噴きました。
第四に、ACA税控除延長を巡る攻防。
民主党は3年延長で攻める一方、共和党は「到着と同時に死亡」と拒否。
ただし2026年問題(補助切れで価格上昇)が現実味を増すため、妥協の余地は残ります。
総じて、
「政府は再開したが、国は平常運転に戻っていない」
というのが今回の最大のポイントです。
市場も政治も国民生活も、ここからもう一段のボラティリティを覚悟すべき局面に入っています。
【気になった記事】
■ Waymo、ついに高速道路へ突入
Waymoが**“高速道路での完全自動運転(安全ドライバーなし)”**を開始。
対象はサンフランシスコ、フェニックス、LAの有料ユーザー。
注目ポイントは3つ。
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高速道路は事故リスクが高い
スピード、合流、急減速など自動運転の最難関区間。 -
データの蓄積が桁違いに重要
都市部とは別のAIモデルが必要になるため、Waymoは1年以上社員とその家族でテスト。 -
Uber型ライドシェアとのビジネス統合
高速道路まで走れるようになると、
**“長距離自動運転タクシー”**という新市場が開く。
つまりこれは、
自動運転の「最後の壁」突破に向けた最重要ステップです。
【小ネタ①】
■ タイガー・ウッズ、DCの歴史的ゴルフ場をリノベへ
アリ、ジョー・ルイスもプレーした歴史的コース「Langston Golf Course」。
ここにウッズがデザイン協力。
ワシントンの“公共ゴルフ場不足”問題の解消に貢献すると注目されています。
【小ネタ②】
■ Tesla株主、Muskの“ほぼ1兆ドル給与”を承認
ISSもGlass Lewisも「反対」推奨。
しかし株主は圧倒的賛成。
株主vsアドバイザーという現在のガバナンス議論を象徴する出来事に。
【編集後記】
ワシントンで起きる政治劇を見るたびに思うのですが、
“合理性”はアメリカ政治の主要構成要素ではないのだと再確認させられます。
今回の政府閉鎖も、国民の生活や経済への影響は十分予見されていたにもかかわらず、
党派の意地、SNS向けのポジショントーク、選挙区の空気……
そんな“目に見えない力学”が国政を左右してしまう。
日本でも似たようなことは起きますが、
アメリカの場合は規模が桁違い。
政府が止まる、データが止まる、空港が止まる。
そして政治家たちは「勝った」「負けた」と言いながら、
国民はただ疲弊していく。
今回の閉鎖明けの風景は、まさにその象徴でした。
一方で、Waymoの高速道路自動運転や、Tiger Woodsの公共ゴルフ場改善のように、
民間のイノベーションが国を前に進める力も同じ国に存在します。
アメリカのこの“ねじれ”こそが、成長の源でもあり、混乱の源でもある。
結局のところ、政治は止まっても、
テクノロジーと市場は止まらない。
その落差をどう埋めるかが、次の10年のテーマになるのでしょう。

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