深掘り記事
「誰もやりたくないリーダー」としてのシューマー問題
今回の記事の主役は、アメリカ上院民主党トップ、チャック・シューマーです。
そしてテーマはかなりシンプルです。
「シューマーを降ろしたい人は多いのに、代わりをやりたい人がいない」
これに尽きます。
プログレッシブ(左派寄りの急進的な進歩派)と呼ばれるグループは、トランプ大統領にもっと強く対峙しろ、とシューマーを強く批判しています。
ですが彼らには決定的に足りないものが2つあります。
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シューマーを本当に引きずり下ろすための「筋の通った手順」
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「じゃあ自分がやります」と手を挙げる上院議員
この2つがない限り、どれだけ怒っても“ただの不満”で終わってしまいます。
「次のリーダー候補」として名前が挙がるクリス・ヴァン・ホーレン
記事の中で、進歩派グループが名前を挙げているのが、メリーランド州選出のクリス・ヴァン・ホーレン上院議員です。
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進歩派団体が「次のリーダー候補」として名前を浮上させる
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民主党系の草の根運動組織「Indivisible」の集まりにも参加
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一部の進歩派からは「大統領候補になってほしい」とまで言われている
ただ、当人は「シューマーのイスを取りに行く」という姿勢ではなく、
「トランプにもっと効果的に闘いを挑む方法について、真剣な議論をしたい」
というスタンスにとどまっています。
つまり、
「シューマーを降ろせ!」と叫ぶ人はいても、
「じゃあ自分がやる」と名乗る人はまだいない。
このギャップが、今の民主党の“弱さ”を象徴しています。
「会話が始まった」こと自体が、進歩派の勝利
進歩派側のキーパーソンであるアダム・グリーン(Progressive Change Campaign Committee共同代表)は、こんな風に語っています。
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今すぐ民主党上院議員たちがシューマーのクビを取るとは誰も思っていない
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しかし「シューマーはこのままでいいのか?」という会話が正当な議題になり、動き出した
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最後まで認めたくないのは、シューマーの“仲良しグループ”だろう
つまり彼らは、今は「空気を変えるフェーズ」だと割り切っているわけです。
この構図、どこかで見たことはないでしょうか。
記事は、バイデン前大統領の再選適格性が問題になった時期を引き合いに出しています。
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ジャーナリストのエズラ・クライン
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コメディアンであり政治風刺の顔でもあるジョン・スチュワート
彼らが「本当にバイデンでいいのか?」という疑問を公にし、
それが時間をかけて民主党内の“空気”を変えていきました。
今回も同じで、
「シューマーのままでいいのか?」という会話が始まったこと自体が、進歩派にとっては前進なのです。
「怒りはある、仕組みはない」のが今の進歩派
では、なぜシューマー交代劇がすぐに起きないのか。
一言でいえば、
**「アメリカの政党リーダー交代は、怒りだけでは起きない」**からです。
日本で言うところの「クーデター」や「代表選」のような明確な手続きがあるわけではなく、
・議員同士の根回し
・献金ネットワーク
・メディアの空気
・草の根組織の動き
などが複雑に絡み合って動くのがアメリカ政治です。
しかも、記事がわざわざ名前を挙げている2人、
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ブライアン・シャッツ(ハワイ)
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クリス・マーフィー(コネチカット)
といった「次世代の有望株」たちは、あえてシューマー批判を避けています。
理由はシンプルで、
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まだタイミングじゃない
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敵を増やしたくない
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次世代リーダー枠から自ら脱落したくない
という政治的な計算が働いているからです。
つまり、進歩派は**「怒りのエネルギーはあるが、政局を動かすための“装置”がまだ足りない」**状態だと整理できます。
日本のビジネスパーソンにとってのポイント
ここまでの話を、あえて日本の企業組織に置き換えてみると、こんな図が浮かびます。
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社員や若手幹部:
「今の社長では時代に合わない」「もっと攻めた経営を」と不満を持っている -
一部の役員:
「◯◯専務なら次のトップにふさわしい」と噂をする -
当の◯◯専務:
「まあ、会社として変わらないといけないよね」と言いつつ、社長交代の先頭に立つ気はない
結果、
社内では「今の経営はどうなの?」という会話が増えるものの、
実際のトップ交代には結びつかない──。
そう考えると、アメリカ政治は外国の話というより、
「巨大な上場企業のガバナンス問題」を見ているようなものです。
まとめ
「反トランプ野党」の弱点は、リーダーより“後継者の不在”
今回の英語記事が描いていたのは、トランプ大統領が再び台頭するアメリカ政治の中で、野党・民主党のリーダーシップが揺らいでいる姿です。
・シューマーを批判する進歩派
・名前だけ挙がるヴァン・ホーレン
・口をつぐむシャッツ、マーフィー
・「会話は始まった」と自己評価する進歩派グループ
構図だけ見ると、
「不満は多いが、組織としての意思決定ができていないチーム」
という印象を受けます。
ここで大事なのは、
「シューマーが優れているかどうか」よりも、
「では、誰が代わりを務めるのか」という問いに答えられないことです。
リーダー交代には、少なくとも3つの要素が必要です。
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現状への明確な不満・危機感
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それを組織として処理する仕組み(プロセス)
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「自分がやる」と言える、ある程度の覚悟と実力を持った人物
今回の記事から読み取れるのは、
(1) は十分すぎるほどあるが、(2) と (3) がまだ弱いという現実です。
そして、それはアメリカ政治だけの話ではありません。
日本企業でも、政治でも、NPOでも、スタートアップでも同じです。
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「今のやり方では勝てない」
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「もっと攻めるべきだ」
という声は簡単に出てきます。
しかし、そこから先へ進める組織は多くありません。
今回の進歩派グループがやっていることは、まず**「会話を正当化する」**ところまで。
これは組織変革の文脈で言えば、
**「空気を変えるフェーズ」**です。
ここから先、彼らに必要なのは、
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実際に上院議員の中で「新しいリーダー候補」となれる人物に、
具体的な支持・資金・メディア露出を集中的に乗せていくこと -
そして、党内の力学を壊しすぎずに、
“世代交代”を現実の選択肢として見せていくこと
このあたりは、まさに日本企業の「社長交代」「次期経営陣選び」にも通じる話です。
要するに、
「人の問題」と「仕組みの問題」はセットで動かさないと変わらない。
シューマーをめぐるドラマは、
アメリカ政治版の“経営トップ交代の難しさ”を見せてくれている、とも言えます。
気になった記事
「トランプに絡め取られた下院議長ジョンソン」という悲しい構図
サブ記事として触れられていたのが、下院でくすぶり続けてきたジェフリー・エプスタイン関連文書の公開問題です。
この争点をめぐり、
本来なら主導権を握っているはずのマイク・ジョンソン下院議長が、結果として“トランプに振り回される形”になっています。
ポイントを整理すると:
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マッシー議員(共和)とロ・カンナ議員(民主)が、文書公開を迫る「ディスチャージ・ペティション」(強制審議請求)を提出
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ジョンソン議長は、夏からこの問題を避けるように日程を調整し、採決を先送りしてきた
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ところが、トランプ側の姿勢転換も絡み、ついに「圧倒的多数で可決されそう」という情勢に
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ジョンソン自身も「条件付き支持」にまで後退
つまり、
「ずっと反対してきた法案について、最後は“乗るしかない”ところまで追い詰められた」
という構図です。
彼はこう主張してきました。
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被害者保護が十分ではない
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下院監視委員会の調査のほうが、より多くの情報を引き出せる
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よって、この法案は“無意味(moot)”だ
しかし現実には、
超党派で400票近い賛成が見込まれるとまで言われており、
政治的には「反対し続けることのほうがリスク」という状況です。
これもまた、
リーダーの“主体性のなさ”が露呈した事例と言えます。
表向きは「被害者保護」を理由にしていますが、
本音ベースでは、「党内の極端な支持層」「トランプの機嫌」「透明性を求める世論」という三方向の板挟みです。
結果として、
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夏の時点で短期休会を決め、採決を遅らせ
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2カ月以上も本会議を開かない時期まで生まれ
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最後は「条件付き賛成」という中途半端な立場へ
“時間で問題が消えることを期待したが、逆に大きくなって戻ってきた”典型パターンです。
このあたりも、
日本の組織で起きる「やるかやらないか決めないまま、時間だけが過ぎる案件」とよく似ています。
小ネタ①
「ジェフリーズに挑む27歳・BLM活動家」という、世代間ギャップの象徴
下院民主党のリーダー、ハキーム・ジェフリーズの地元選挙区に、27歳の市議会議員チ・オセが予備選で挑戦する動きも出ています。
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Black Lives Matter運動のオーガナイザー出身
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民主社会主義者(DSA)に参加
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「民主党幹部はトランプに十分に立ち向かっていない」と批判
本人は、
「トランプと戦うだけでなく、みんなが信じられるビジョンを示せていない」と上層部を批判しています。
それに対してジェフリーズは、
かつての質問に「それは真面目な質問じゃないね」と軽く流し、
今回の立候補には「ウェルカムだよ、水はちょうどいい温度だ」とコメント。
要は、
「挑戦者?いいじゃない、相手してあげるよ」
という余裕の構えです。
ただし、
この一連のやり取り自体が、
「若者の怒り」と「既存リーダーの余裕(あるいは鈍感)」のギャップを象徴しているようにも見えます。
小ネタ②
ラーム・エマニュエル、なぜか“音響スタッフ”の心をわしづかみにする
最後は少し和む話。
中道派の民主党を支援するModSquad PACの資金集めイベントで、
元シカゴ市長ラーム・エマニュエルがスピーチをしたところ──
会場後ろでマイクを担当していた若い音響スタッフが、1人だけ拍手を始めた、というエピソードが紹介されています。
当初、ラームは
「マイクに何かトラブルが起きたのかと思った」とコメント。
実際には彼が話していた内容──
「アメリカンドリームは壊れた」「大人たちは自分たちだけ助かって、若者にはハシゴを外した」
というメッセージに、その若者が共感したようです。
300人近いドナーやロビイストがいる部屋で、
一番強く反応したのが「音響スタッフ」だった、というのが何とも象徴的です。
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既存の政治の中心にいる人たち
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システムの外側にいる若い世代
の間の温度差が、そのまま切り取られたワンシーンと言えます。
編集後記
「リーダーの不在」は突然起きるのではなく、ゆっくりと露呈する
今回の記事を読みながら、ずっと頭にあったのは、
**「リーダー不信って、ある日突然爆発するわけじゃないんだよな」**という感覚でした。
最初は小さな違和感です。
「なんか、あの人あまり戦ってくれていない気がする」
「状況の割にぬるいコメントしか出てこない」
でも、その違和感を口に出す人は少ない。
一方で、当のリーダーは好意的に解釈してしまいます。
「大きな反乱が起きていないということは、まだ自分の求心力はある」
しかし現実には、水面下でじわじわと“別の会話”が始まっています。
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「誰か他にいないのか?」
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「◯◯さんなら今よりマシでは?」
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「いきなり交代は現実的じゃないにしても、次の世代を準備したほうがよくない?」
今回のシューマーを巡る一連の動きは、まさにそのフェーズです。
まだ「決起」には遠い。
でも、「もうこのままではいけないよね」という空気は、確実に広がり始めている。
日本の会社でも、政党でも、チームでも似たような局面はあります。
見て見ぬふりをするか、
あるいは「会話を正当化する」ところから始めるか。
この記事に登場した進歩派グループは、少なくとも後者を選びました。
それが良いか悪いかは別として、
**「変わらないように見える組織でも、裏側ではずっと会議が進行中」**だということを、改めて感じます。
そして、
リーダー本人がその「別の会話」に気づくのは、たいてい最後です。
気づいたときには、すでに
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別の候補の名前が出回っており
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支持と不満が整理され
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「もうそろそろだよね」という空気が固まっている
リーダーの座というのは、思っている以上に、“静かに”脆い。
一方で、挑戦する側も覚悟を問われます。
文句や批評だけなら誰でも言える。
でも、「自分がやる」と言った瞬間から、責任と攻撃を一身に引き受ける必要がある。
今回名前が挙がったヴァン・ホーレンも、
ジェフリーズに挑戦するチ・オセも、
きっとその重さをよくわかっているのでしょう。
だからこそ、私たちビジネスパーソンにとっての問いはこうです。
「自分は、今いる組織で“別の会話”にだけ参加している側なのか?」
「それとも、どこかのタイミングで“自分がやる”と言う覚悟を持てるのか?」
アメリカ政治のニュースは、
遠い国のドラマのようでいて、
実は私たち自身の働き方やキャリアの問題を、そのまま映しているのかもしれません。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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