深掘り記事
GLP-1万能説に初めて突き付けられた「現実」
ここ数年のヘルスケア市場を一言でまとめるなら、
**「GLP-1(ジーエルピーワン)一強」**でした。
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糖尿病
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肥満
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さらに依存症や認知症にも効くかもしれない——
そんな“夢の薬”の代表格が、
**semaglutide(セマグルチド)**です。
商品名で言えば、OzempicやWegovyの有効成分ですね。
ところが今回、
セマグルチドがアルツハイマー病を抑えられなかったというニュースが出ました。
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Novo Nordiskが実施した臨床試験で、
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バイオマーカー(血液や脳内の客観的指標)は多少改善
-
しかし病気そのものの進行は止められなかった
-
つまり、
「体の“数字”はいくらか良くなっても、
患者さんの時間の進み方までは変えられなかった」
という結果です。
この試験は、過去の観察研究——
「2型糖尿病患者の中で、セマグルチドを使っていた人は他の薬やプラセボに比べて認知症が少なかった」
——というデータに背中を押されて始まったものですが、
やはり**“相関”と“因果”は別物だった**、というわけですね。
Novo Nordisk自身も、
この試験を「宝くじ(lottery ticket)」と表現していたので、
会社としても“当たればラッキー”程度の期待値でした。
投資家もそこまで織り込んではいませんでしたが、
「semaglutide」と「fails」が同じ文に並ぶ
というインパクトは、やはり市場心理にとってショックでした。
実際、同社の株価は4年ぶりの安値まで売られ、
その後やや戻したとはいえ、
今年の株価はすでに半値近くまで落ちている状況です。
Novo Nordiskの“2025ラストチャンス”は不発
記事は、このアルツハイマー試験を
「2025年の残り少ない“株価テコ入れ材料”だった」と位置づけています。
事実として示されているのは:
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セマグルチド自体の人気は依然として高いが
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株価は年初からほぼ半減
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今年8月には、8年間続いたCEOが交代
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ここ数年でEli Lillyに市場シェアを奪われてきた
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2025年は利益見通しの下方修正を複数回
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理由の一つが**“セマグルチドのコピー品”の拡大**
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そこに追い打ちをかけるように、
-
肥満・糖尿病以外の大きな新ストーリー候補だった
アルツハイマー試験が**「進行抑制できず」**で終了
という流れです。
このニュースだけを見ると、
「GLP-1ブームの終わりの始まりか?」
といった連想をしてしまいがちですが、
記事はそこまでの結論は書いていません。
事実として書かれているのは、あくまで:
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期待値は“宝くじレベル”だった
-
それでも、“セマグルチド”の失敗は投資家心理に重い
-
Novo NordiskはEli Lillyなどとの競争で苦戦中
というところまでです。
「Skype vs Zoom」的な逆転劇
記事が面白いのは、
Novo Nordisk vs Eli Lillyを**「Skype vs Zoom」**にたとえている点です。
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先に世の中を変えたのはSkype
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しかし、最終的に“ビデオ会議の代名詞”の座を勝ち取ったのはZoom
これと同じ構図で、
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Ozempic(セマグルチド)は、肥満治療薬として4年のリードがあった
-
それでも、最近のアメリカの体重減少市場では
Eli LillyのMounjaro/Zepboundのほうがリーダーになっている
という事実が示されています。
さらに、2025年の動きとして:
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Novo Nordiskは利益見通しを何度も下方修正
-
コピードラッグの拡大が一因
-
その一方で、
Eli Lillyは製薬会社として世界初の時価総額1兆ドルを達成 -
Novo側から見れば、
「本社の壁に穴が開いていても不思議ではない」状況——という、
かなり刺さる比喩まで添えられています。
そして追い打ちとして、
-
Pfizerが肥満領域での存在感を強めるべく
Metseraという肥満関連スタートアップの買収で、Novoを競り落とした
という事実も紹介されています。
つまり、今年のNovo Nordiskは、
株価:半値
という“フルコース状態”なわけです。
その裏でFedが悩む「アフォーダビリティ」という単語
同じ記事の中で、もう一つの大きな軸が
**「affordability(アフォーダビリティ=支払能力/生活のやり繰り可能性)」**です。
政治世論調査の世界で
“今年のキーワード”と言われるこの言葉を、
Fed(米連邦準備制度)の幹部たちも気にし始めている、と書かれています。
特に、ボストン連銀総裁のSusan Collins氏は、
-
物価水準の高さは、
日々の対話の中で必ず出てくるテーマ -
特に低・中所得層では、高い物価水準そのものが生活を直撃
-
そこにさらにインフレを上乗せするのは「極めて厳しい」
-
だからこそ、インフレを“合理的な期間”で下げることを重視している
と発言しています。
彼女は、12月に予定されている
**「3回連続の利下げ」**に反対する
“慎重派グループ”の一人とされています(ただし本人は「まだ決めていない」とコメント)。
その論拠として挙げているのが、
-
なお堅調な需要
→ 関税コストなどが価格転嫁されやすい土壌が残っている -
株高を含む金融環境の緩さが、インフレ抑制の“逆風”になり得る
という点です。
つまり、
「雇用が弱っているのは分かるが、
だからといって簡単に緩めると、
物価の“居座り”が長引き、
生活者のアフォーダビリティをさらに痛めるかもしれない」
という問題意識です。
生活者の「もう限界」と、トランプ政権の支持率
記事は続けて、生活者の心理を示すデータを紹介しています。
-
ミシガン大学の消費者調査によれば、
経済センチメントは依然として「底に近い」水準 -
インフレ期待自体は下がってきているものの、
「今の高い物価水準が家計を圧迫している」という声が根強い
ミシガン大のJoanne Hsu氏は、
-
消費者は依然として
**「高い物価と弱含む所得に押しつぶされている」**と感じている
とコメントしています。
この「しんどさ」は、
トランプ政権の経済評価にもはっきり表れており、
-
3月時点で**52%**だった
「トランプの経済運営を支持する」人の割合が -
11月中旬の調査では約3分の1まで低下
したと、CBS Newsの調査結果が紹介されています。
Fedの中でも、
-
まだ高いインフレを優先して引き締め寄りに構えるべきか
-
弱含む雇用を守るため、さらに利下げすべきか
で意見が割れている——
記事はこれを、
生活者の「高すぎる物価への不満」と
Fed内部の**「優先順位の分裂」**
が、鏡のように対応している、と描いています。
世界は普通に政局と地政学もフル回転
同じ記事の後半では、
地政学・司法・外交のニュースもコンパクトに並んでいます。
事実として書かれている範囲で整理すると:
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司法
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元FBI長官のJames Comey氏と、
ニューヨーク州司法長官Letitia James氏に対する刑事事件が
検事の任命が違法だったとして却下 -
トランプ大統領は、政敵の起訴を公然と求めており、
結果として経験のない弁護士Lindsey Halligan氏が暫定検事に -
ただし今回の棄却は**「without prejudice」**で、
将来的な再訴追の余地は残る
-
-
米中関係
-
習近平国家主席の電話により、
トランプ大統領は来年4月に中国訪問を受諾 -
その際、トランプ側からも
米国への国賓訪問を招待 -
先月、米中は関税問題で一定の“理解”に達しており、
その延長線上の動き -
会談では、台湾・ウクライナ・大豆などの貿易が議題に
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-
ウクライナ和平
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米国案をベースにした
ロシア・ウクライナ戦争の“終戦プラン”が
スイス・ジュネーブで協議され、ウクライナ側は修正に合意 -
もとのドラフトは、欧米各国から
「ロシア寄りすぎ」と批判されていた -
ホワイトハウス報道官は、
トランプ大統領が依然として**「希望と楽観」を持っている**とコメントし、
「残る対立点はごくわずか」と説明 -
一方で、ロシアが修正版を受け入れるかどうかは不透明
-
いずれも、記事が描いているのは
**「最終的な決着」ではなく「プロセスの途中経過」**です。
サンクスギビングは「人も天気もカオス」
最後は、アメリカ恒例の感謝祭(Thanksgiving)大移動の話です。
事実として書かれているのは:
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今年は8,180万人が、
11月末〜12月1日の間に50マイル以上の移動を行う見込み(AAA) -
FAA(米連邦航空局)は、
過去15年で最も混雑する感謝祭ウィークを想定-
期間中のフライト本数:約36万便
-
-
TSA(空港の保安検査)は、
1,780万人の乗客をスクリーニングする見込み -
車移動も、
-
7,320万人が運転(前年比+1.8%)
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午後の時間帯が渋滞ピークと予測
-
-
バス・鉄道・クルーズも前年比+8.5%
さらに悪いことに、
全米の広い範囲で荒天が予想されています。
-
南部:激しい嵐
-
北ロッキー:雪
→ 当然、道路事情も一段と悪化しそうだ、という話です。
要するに、
「今年もアメリカは、
物価と天気と渋滞にキレながら、
家族の元へ向かっている」
という、ある意味いつも通りの風景ですね。
まとめ
今回の英語記事は、
**「万能に見えたものの限界」**と
**「もう限界だと感じる生活者」**の話が
奇妙に重なっていました。
まずヘルスケアでは、
-
セマグルチド(Ozempic/Wegovyの成分)が
アルツハイマー病の進行を止められなかった -
バイオマーカーには多少の改善が見られたものの、
患者の病状の進行ペースは変わらなかった -
Novo Nordiskはこれを“宝くじ”と見ており、
投資家もそこまで期待していなかった -
それでも、今年株価を半値に減らし、
CEO交代・利益見通しの下方修正・競合に連敗してきた会社にとっては、
「2025年の最後の一発逆転」が消えた
という文脈でした。
同時に、
-
体重減少市場の主導権は
Eli Lillyに移りつつある -
Pfizerも肥満関連スタートアップMetseraの買収で
Novoを出し抜いた
という事実が並び、
**「先行者がそのまま勝者にはならない」**という
テック業界おなじみのパターンが、
ヘルスケアでも再現されつつある様子が描かれていました。
一方マクロでは、
-
Fedの議論のキーワードとして**「アフォーダビリティ」**が浮上
-
ボストン連銀総裁Collins氏は、
「高い物価水準そのもの」が
特に低・中所得者層を直撃している現実を強調 -
利下げを急ぎすぎれば、
インフレの“居座り”を長引かせ、
かえって生活を苦しくするリスクもある——という慎重論を展開
これに対して、
-
ミシガン大学の調査によると、
消費者心理は依然として「ほぼ底」 -
インフレ期待は下がってきたが、
家計は**「高い物価と弱い収入」に押されている**と感じている -
その不満は、トランプ政権の経済運営への支持率低下
(3月の52%→11月中旬は約3分の1)
という形で可視化されている
という“二重のストレス”が示されていました。
さらに、
-
トランプ政権による政敵の起訴が、
“検事の違法任命”という手続き論で差し戻される -
米中首脳の相互訪問の約束
-
ウクライナ和平案を巡る、米・欧・ウクライナ・ロシアのせめぎ合い
-
そして、8,000万人超が大移動する
サンクスギビングのカオス
といったニュースが続きます。
それらを一言でまとめると、
「万能薬もないし、万能な金融政策もない。
それでも、政治も市場も“何とかするしかない”と動き続けている」
という姿です。
セマグルチドも、利下げも、和平案も、
どれも“魔法の一手”ではなさそうです。
それでも、
**「不完全な手段を組み合わせながら、
なんとか生き延びる」**のが人間と経済の常。
万能薬を探すより、
自分の足元のアフォーダビリティ——
お金・時間・メンタルの持久力——をどう守るか。
そこが、今の局面で一番のポイントなのかもしれません。
気になった記事
「アフォーダビリティ」というFedの新しい“物差し”
個人的に一番引っかかったのは、
**「Why affordability matters for the Fed」**の部分です。
これまでFedの議論は、
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物価(Inflation)
-
雇用(Employment)
の二軸で語られることが多く、
そのバランスをどう取るかがテーマでした。
ところが今回の記事では、
**「アフォーダビリティ(生活のやり繰り可能性)」**という
生活者寄りの言葉が、
Fed高官の口から普通に出てきています。
Collins総裁が話しているのは、
-
物価水準がすでに高い中で、
さらにインフレを許容することの“しんどさ” -
特に低・中所得世帯では、
それが**「生活の成り立つ/成り立たない」の境目**になっていること
です。
これは、単純な数式としてのインフレ率ではなく、
「今の水準から、
どこまでなら人々は“耐えられる”のか」
という、かなり感情と実感に近い軸です。
ミシガン大学の調査結果とも合わせると、
-
名目賃金や株価の数字だけを見れば
ある程度“説明”できるかもしれないが -
生活者が感じているのは
**「とにかく高くなった物価が、もう下がらない」**という疲労感
であることが、はっきりしてきます。
Fed内部の利下げ慎重派 vs 積極派の対立は、
数字の見方の違いというだけでなく、
「アフォーダビリティを、
どこまで金融政策の中心に据えるのか」
という価値観の差でもあるのかもしれません。
小ネタ2本
小ネタ①:「違法任命」でチャラになる“政敵起訴”
元FBI長官Comey氏と、
NY州司法長官Letitia James氏の起訴が、
検事の任命手続きの不備でまとめて却下、というニュース。
-
トランプ大統領は、
公然と政敵の起訴を求めてきた -
しかし、実際に起訴を担当したのは、
検察経験のない元保険弁護士で、
トランプ氏の元個人弁護士でもあるLindsey Halligan氏
…という構図は、
日本で例えると「元顧問弁護士がいきなり特捜部長になる」くらいの違和感です。
しかも判決は**「without prejudice」、
つまり「やり方を整えれば、もう一度やり直せる」**というオチつき。
政治的には派手ですが、
やっていることは「書類の出し直し」で止まっている、
というのが何ともアメリカらしいプロレスです。
小ネタ②:感謝祭は「人類vs天気vsTSA」の三つ巴バトル
今年のサンクスギビングは、
-
旅行者:8,180万人
-
フライト:36万便
-
TSAの検査対象:1,780万人
と、数字だけ見れば**「国民総移動」**です。
そこに、
-
南部の嵐
-
北ロッキーの雪
-
年1回だけ飛行機に乗る人々と、
パジャマ姿をやたら嫌がる運輸長官
が入り乱れるわけですから、
ある意味、**「アメリカという国の縮図」**が
空港に集合する一週間とも言えます。
日本のお盆・年末帰省もなかなかですが、
さすがに「TSAと気象レーダーと家族LINEが同時フル稼働」状態には負けますね。
編集後記
セマグルチドのアルツハイマー試験失敗のニュースを読みながら、
少し不謹慎かもしれませんが、
「ああ、人類はまだ“チートコード”を持っていないんだな」
という妙な安心感も覚えました。
糖尿病、肥満、もしかしたら依存症も——
そんな“何でも効きそう”な期待が膨らむときほど、
どこかで**「これはさすがに出来すぎでは?」**という疑いも湧きます。
そして、今回のように
バイオマーカーは改善しても、
病気そのものの進行は止められない、という現実に直面すると、
「ああ、やっぱり世界はそんなに甘くない」
と同時に、
「でも少しは進歩しているのかもしれない」
という、複雑な感情になるわけです。
経済のほうも似たようなもので、
利下げを何度か打てば
景気も株価もきれいに回復して、
物価も都合よく落ち着く——
そんな**“万能な金融政策”**は存在しません。
Fedの中で、
-
物価を優先する人
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雇用を守りたい人
がきれいに割れている様子は、
まさに今の社会そのものです。
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物価がつらい人
-
仕事が不安な人
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両方つらい人
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「どっちもしんどいけど、もう考えるのも疲れた」人
本当は全員が同じ船に乗っているのに、
それぞれ違う窓から海を見ていて、
「お前の見ている景色は間違っている」と
言い合っている感じにも見えます。
その一方で、
ホワイトハウスはいつものようにツリーを飾り、
アメリカ中が渋滞と遅延に文句を言いながら、
それでも家族のところへ向かっていく。
万能薬も、完璧な経済政策も、
完璧なリーダーもいませんが、
人はとりあえず**「今年もなんとか年末までたどり着く」**ことだけは
毎年達成しているわけです。
投資家としては、
つい「次のセマグルチド」を探したくなります。
-
次のマジックワードはAIなのか
-
ヘルスケアなのか
-
それとも全然関係ないところなのか
ただ、今回のニュースを眺めていて思うのは、
「万能な一発逆転を探すより、
不完全な現実を前提に、
自分の“アフォーダビリティ”をどう守るか」
を考えるほうが、
長い目で見るとリターンが大きいのかもしれない、ということです。
薬も、金利も、和平案も、
どれも“ちょっとずつマシにする”ための道具であって、
人生を丸ごと救ってはくれません。
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