深掘り記事:アメリカ人の財布の紐は、どこで締まり、どこで緩むのか
アメリカ経済の「消費の勢い」が、じわじわと変質してきています。
今回の英語記事が描いているのは、派手なクラッシュではなく、
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小売:数字はプラスだが、明らかに減速
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住宅:売り手が「やっぱやーめた」と市場から撤退
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ストリーミング:コンテンツは豪華だが、儲け方に工夫が必要
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文化:英国まで巻き込む「サンクスギビング輸出」
という、じわっと効いてくるタイプの冷え込みと、そこにビジネスがどう対応しているかの物語です。
1. 小売:「売れてはいる」けれど、その中身が変わってきた
まずはリテール(小売)の数字から。
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2025年9月の米小売売上高(名目・インフレ調整前)は 前月比+0.2%
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8月は +0.6% だったので、明らかに減速
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エコノミストが期待していたのは +0.3% 程度
つまり、「マイナスではないけれど、期待ほどでもない」という、なんとも評価しづらい結果です。
さらに中身を見ると、
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衣料品や自動車などの “ちょっと大きな買い物” は勢いが鈍化
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一方で、パーソナルケア商品や家具 への支出は続いている
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バーやレストランには、まだ人が出かけている
ということで、「完全に財布を閉じたわけではないが、“気分の上がる消費” に選別が入っている」状態です。
ディスカウンター(値頃感重視組)が強い
そんな中で元気なのが、バリューと割安感を売りにする企業群 です。
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Walmart:第3四半期の売上が予想を上回り、今年2回目の利益見通し上方修正
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TJX Companies(TJ Maxx や Marshallsを運営):通期の売上・利益見通しを引き上げ
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Best Buy:既存店売上 +2.7%(過去4年で最大)。ただしCEO曰く「お客様は大型商品には慎重になっている」
ここに、いまのアメリカ消費の本音が出ています。
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生活必需品 → それなりに買う
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ちょっといい物 → 「どうせ買うなら安く」「型落ちでもOK」
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高額・耐久財 → かなり慎重
記事の中でも、「K字型経済(K-shaped economy)」という言葉が出てきます。
これは、コロナ後の景気回復で、
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上のレッグ:高所得層は資産価格の上昇でむしろ潤っている
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下のレッグ:中間層以下はインフレと金利で苦しくなっている
という「格差を伴う回復」のことです。
記事に出てくるFed(FRB)のデータ分析では:
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所得トップ10%が、個人消費全体のほぼ半分 を占めている(2025年第2四半期)
という結果が示されています。
日本で言えば、「一部の富裕層とインバウンドが高級店や高価格帯を支えていて、そこだけは好調」という構図に近いです。
2. 住宅:売り手が「逃げる」マーケット
二つ目は、住宅です。こちらはもっと露骨に、空気が変わっています。
「売りに出したけど、やっぱりやめます」
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2025年9月、売り出しを取り下げる(delist)件数が前年比+28%
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その月に市場から消えた物件は、全体の5.5%(少なくとも2016年以降で最大)
背景はシンプルで、
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住宅ローン金利は高止まり
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景気への不安も強い
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コロナ期のように「出せば売れる」相場ではない
ということで、「この値段では買い手がつかないなら、一度引っ込めるか…」という動きが広がっています。
値下げしても売れない、買値割れも増加
記事の数字で見ると、
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2025年1〜10月に売れた物件の 57%が価格引き下げを経験
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2020〜2024年の平均は 47% なので、値下げ物件がかなり増えている
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Redfin上で9月に delist された物件のうち、約15%が「購入価格割れ」のリスク があった
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過去5年で最高
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特に、過去5年以内に購入した人たち が、こうした delisting のかなりの割合を占めていると記事は指摘しています。
つまり、「高値期に買ってしまったが、今売ると損が出る → だったら出し直しか、売るのを止める」という心理です。
一方で、
一部の売り手は、Redfinから一度物件を下げ、その後 “新着物件” のように見せ直すために再掲載している
という、プラットフォームとの “情報戦” も行われています。
「新着」「価格が下がりました」ラベルは、アメリカでも日本でも効きますね。
3. コンテンツは「引き延ばし」、お客の時間を取りに行く:NetflixとStranger Things
三つ目のテーマは、ストリーミングとNetflixです。
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大人気シリーズ 『Stranger Things』最終シーズン が、ついに配信開始
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2016年スタートなので、出演者は当時まだ10代前半、今や「IPAの味もわかる年齢」に
ファイナルシーズンの配信方式が、いかにも「サブスク時代」らしいです。
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初回:エピソード4本を一気に配信
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クリスマスに3本
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年末(大晦日)に最終話
一気見させず、3回に分けて話題と加入を引っ張る 戦略です。
記事の数字では:
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Netflixの加入者数は、2016年の約9,400万人から、現在は7億人超 に増加
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シリーズのシーズン1〜4は、直近の Netflix 週間トップ10の中に “全部ランクイン” という異例の盛り上がり
つまり、「最終シーズン前に、みんな見直している」状態です。
Netflixとしては、これを数週間〜数ヶ月に引き延ばすことで、
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解約防止
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話題化(SNS、メディア)
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ついでに他作品も視聴してもらう
という “時間の奪い合いゲーム” をしているわけですね。
さらに興味深いのが、「劇場との距離感」です。
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CEOのTed Sarandosは以前、映画の劇場公開を “時代遅れ” と評していた
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それでも、『Stranger Things』シリーズフィナーレは、2日間限定で全国350館の映画館で上映
しかも同時に、
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Netflixは、もしWarner Bros. Discovery(WBD)買収に成功した場合には、
WBD映画を映画館上映にある程度残す方向でも交渉していると報じられている
「劇場はオワコン」と言い切っていたプラットフォームが、
自分のコンテンツは映画館でイベント化し、他社の映画も劇場ウィンドウを尊重する方向 に揺り戻している。
コンテンツビジネスらしい “現実的な手のひら返し” です。
4. Thanksgivingの「輸出」:イギリス人までターキーを焼き始めた
最後は文化面の小ネタですが、これも立派なビジネスの話です。
イギリスで、アメリカの祝日である Thanksgiving(感謝祭) が、静かにブームになってきています。
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英オンライン小売 Ocadoによると、英国での 「Thanksgiving」の検索が前年比+440%
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「パンプキンスパイス」の検索は +550%以上
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ミレニアル〜Z世代の 約42%が、すでに感謝祭ディナーに参加したことがある
ターキー農家もそれを感じていて、
Devon の Pipers Farm では、前年の感謝祭前2週間と比べて ターキー販売が+38% だったとのこと。
Whole Foods Market UKのマーケティング責任者は、
「今やThanksgivingは、『どこの国出身か』ではなく、『温かさと寛大さを祝うイベント』として受け入れられている」
とコメントしています。
要するに、
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ハロウィン
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ブラックフライデー
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サンクスギビング
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クリスマス
と、アメリカ発の“イベント消費” が世界を回っている 状況です。
日本でもハロウィン → ブラックフライデーは定着しましたが、
次の輸入候補は「Friendsgiving(友だち同士でやる感謝祭)」あたりかもしれません。
まとめ
ここまで見てきた4つのトピックを、ビジネスパーソン視点で整理すると、ポイントは大きく3つです。
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「全体はプラス、内訳はシビア」な消費
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「高金利と不安定さ」が住宅と投資判断を変えている
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コンテンツと文化ビジネスは、“時間” と “儀式” を売るフェーズへ
まず小売。
数字だけ見れば、9月の小売売上高は+0.2%で「成長は続いている」。
ただし、8月の+0.6%からの減速であり、中身を見ると、
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衣料・自動車など高額や裁量的な支出は鈍化
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パーソナルケア・家具・飲食はまだ強い
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ディスカウンター(Walmart、TJX系)は好調
というように、「何でもかんでも売れる」局面ではなくなっています。
加えて、所得トップ10%が消費全体の約半分を占める、というK字型経済の構図。
これは日本にも通じる話で、「全体としての売上はそこまで悪くないのに、手応えがない」という現場感と重なります。
次に住宅。
高金利・先行き不安の中で、
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相場が合わないなら売りを引っ込める
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値下げしても売れない物件が増える
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直近で高値掴みした層が、損を嫌って市場から撤退する
という動きが顕著になっています。
Redfinのデータでは、delist(掲載取り下げ)が2025年9月時点で過去8年で最大、
そのうち約15%が「売ったら購入価格割れ」のリスクをはらんでいる。
これは、資産価格のボラティリティに対して、家計側がより敏感になっている ことの表れです。
日本でも、インフレ・金利・不動産価格がじわじわ動く中で、「売る・買う・借りる」の判断は以前よりも慎重になりつつあります。
そしてストリーミングとサンクスギビング。
NetflixのStranger Things最終シーズンの「分割配信+限定劇場公開」は、
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一気見の快感を、あえて小出しにする
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加入期間を引き延ばし
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プラットフォーム外(映画館)での体験価値も取りに行く
という、時間と体験を多層的にマネタイズする設計 です。
一方、イギリスでの感謝祭ブームは、
「イベントそのもの」よりも、「その周辺にある食、飲み物、習慣」を売るビジネスチャンスになっています。
検索数や購買データを見ながら、食品・小売各社がメニューや売り場を合わせてくるのは、
日本で言う「恵方巻」「土用の丑の日」「ハロウィンお菓子」と全く同じ構図です。
総じて言えば、今回の記事が示しているのは、
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景気は数字上そこまで悪くないが、消費者の心理は明らかに疲れている
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その中で、
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「安さ・お得さ」で勝負する組
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「体験・物語・イベント」で勝負する組
が、それぞれのポジションでもう一段ギアを上げている
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という状況です。
日本のビジネスパーソンにとっては、
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「自社はどちら側のポジションなのか(バリューなのか、体験なのか)」
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「今の顧客の“疲れ具合”に、価格・サービス・コミュニケーションが合っているか」
を改めて問い直すタイミングかもしれません。
気になった記事:Stranger Things最終章とNetflixの「時間ビジネス」
今回、個人的に一番「うまいな」と感じたのは、Netflixの配信&劇場戦略です。
ポイントを整理すると:
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シリーズ最終シーズンを、
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初回4話
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クリスマス3話
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年末に最終話
と段階的に解放
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同時に、最終回を 全国350館・2日間限定で劇場上映
ここから読み取れるのは、「視聴時間」と「イベント性」を最大化する設計思想 です。
1. サブスクビジネス最大の敵は「見るものがない」の一言
サブスクの解約理由トップはだいたい、
「最近あまり見ていない」「見たいものを見終わった」
です。
Stranger Things級のキラーコンテンツは、それ自体が解約防止の強力な楔になります。
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いきなり全話配信 → 1週間で見終わる → 翌月解約されるリスク
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3回に分けて配信 → 少なくとも「見終わるまで」は解約しにくい
さらに、過去シーズンも「おさらい視聴」が発生するので、
1本のシリーズが、何ヶ月分もの視聴時間を生み出す 設計です。
2. 「劇場はオワコン」からの現実路線
Ted Sarandosは、以前「映画を劇場公開するという発想は時代遅れ」とまで言っていました。
しかし、実際にやっていることは、
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フィナーレを2日間だけ劇場公開して、イベント化
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Warner Bros. Discoveryを買収できた場合も、
その映画を一定期間、劇場に残す方向で交渉していると報じられている
という、非常に現実的な路線です。
ストリーミングでの視聴は「日常」、
劇場での上映は「非日常」という位置づけで、
同じ作品を二度売りする構造 を作っているとも言えます。
日本のビジネスに置き換えれば、
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サブスク商品(定期購入)で日常を押さえつつ
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限定イベント・限定版・リアル会場などで、
「体験の山場」を別料金で売る
という二段構えに近いでしょう。
小ネタ1:イギリス人、ついにパンプキンパイに手を出す
サンクスギビングといえば、アメリカが本場…のはずですが、
UKではすでに、
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Thanksgiving検索数:前年比+440%
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Pumpkin spice検索数:+550%以上
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ミレニアル&Z世代の約42%が、感謝祭ディナー経験あり
という、なかなかの定着ぶりです。
面白いのは、Whole Foods UKのマーケティング責任者が言うように、
「どこの国出身か」ではなく、
「温かさと寛大さを祝う機会」として受け入れられている
という点。
日本でも、もはやハロウィンは「宗教的な何か」ではなく、
「コスプレ+お菓子+経済イベント」になりました。
イベントが持つ宗教性よりも、
「みんなで口実を作って食べて飲んで散財する理由」 の方が重要になっているという意味では、
英国も日本もアメリカ化が着々と進んでいるのかもしれません。
小ネタ2:ディスカウンターと“慎重な贅沢”
小売の話に戻りますが、今回の数字には、
「不景気ではないが、みんなちょっと疲れている」空気感がよく出ています。
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Walmart、TJX、Best Buy などは、値頃感と実利で支持を集める
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ただし、Best Buy CEOは「お客様は大型商品に慎重」とコメント
つまり、
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「必要なもの+少しの楽しみ」は買う
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でも、人生を変えるような大型出費は、もう一拍置きたい
というムードです。
日本でも、「プチ贅沢」は好調でも、
自動車や不動産といった大物は決断までに時間がかかる傾向が強まっています。
その意味では、
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単価がそこまで高くない「ごほうび消費」
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月額や分割で心理的ハードルを下げるサブスク・分割モデル
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「体験付き」「ストーリー付き」で単価をほんの少しだけ上げる
といった設計が、今の空気を読んだビジネスの方向性と言えそうです。
編集後記
「数字は悪くないのに、みんな機嫌が悪い」という時代
この記事を読んでいて、一番モヤっとしたのは、
どのセクターも「数字だけ見ればそこそこ悪くない」のに、
当事者の気分はあまり晴れていない、というギャップでした。
小売売上はプラス、ディスカウンターは好調、
Netflixは世界7000万人どころか7億人規模で加入者を抱え、
イギリス人までターキーを焼いている。
客観的に見れば、「景気いいじゃん」と言われてもおかしくない。
なのに、消費者信頼感は落ちている。
住宅売り手は「この値段では売れないなら、もういいや」と市場を去っていく。
若者は高い家賃とローンに怯えながら、
ブラックフライデーで1ドルでも安いテレビを探している。
日本でも、「雇用統計は悪くない」「企業業績も過去最高水準」
というニュースの横で、
X(旧Twitter)には常に「給料上がらない」「税金高すぎ」の嘆きが流れ続けています。
結局のところ、
人はマクロ指標ではなく、自分の月末口座残高で景気を判断する
という、当たり前の話に尽きるのかもしれません。
そして、ビジネスの側から見ると、
この「数字と気分のズレ」が、かなりやっかいです。
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売上はそこそこ伸びているのに、値引き要求だけが強まる
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高所得層だけが元気で、マス市場がじわじわ痩せていく
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「インフレだから値上げ」が当たり前になりつつあるが、
消費者の気分はむしろデフレ期並みにシビア
その中で、生き残る企業は、
どこかで「人間のしょぼさ」に寄り添っている気がします。
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Walmartのように、「安くてちゃんとした生活」を支える
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Netflixのように、「せめて週末くらいは物語に逃避させる」
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サンクスギビングをイギリスに輸出して、
「よくわからないけどみんなで集まって食べる理由」を提供する
壮大なビジョンやDXやAIも大事ですが、
結局、人間が欲しいのは、
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ちょっとの安心
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ちょっとのごほうび
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ちょっとの物語
くらいなのかもしれません。
だからこそ、数字が悪くなくても、
その「ちょっと」が削られていくと、一気に世界がグレーに見える。
もし、あなたが何かの事業をやっているなら、
この「ちょっと」をどこに仕込めるか、
今日の記事をネタに、少しだけ考えてみると面白いかもしれません。
たとえば——
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同じ価格なら「笑える一言」を商品説明に添えてみる
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同じ値引きでも、「理由のある値引き」にストーリーを足してみる
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同じサービスでも、「人の顔」が見える形にしてみる
景気がどうであれ、人間はそんなに高級な存在ではない。
でも、その「しょぼさ」に寄り添える企業やメディアだけが、
長く付き合ってもらえるのかな、と思います。
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