深掘り記事
■ Netflix創業者は、なぜ“究極のマイナー路線”に行ったのか
動画の世界では「マス向けの王者」だったNetflix。
その共同創業者リード・ヘイスティングスが次に選んだのは、世界でも指折りの“超ニッチ高級スキー場”づくりです。
彼が買収したのは、ユタ州の山中にあるPowder Mountain。
2023年にNetflix CEOを退いた数カ月後にこの山を買い取り、
数億ドル規模の投資をして「世界で最も“仕立ての良い”スキー目的地」に変えようとしている、と記事は伝えています。
本人はこう語っています。
「これは排他性のための排他性ではない。
この山を本気で愛する人たちの“聖域”をつくりたいだけなんだ。」
このコメント自体はポジティブですが、
ビジネスモデルを冷静に見ると、かなり攻めた設計です。
■ 年会費2.5万ドル+最低2億円の土地──“静かな富裕層クラブ”の条件(事実)
Powder Mountainの仕組みはこうです。
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年会費 25,000ドル(+入会金)
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これで2,700エーカーのエリアを“会員専用”として滑れる
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残りの5,300エーカーは一般公開エリア
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会員になるには、リゾート内の住宅地「Powder Haven」で不動産を購入する必要がある
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土地価格は200万ドル(約2億円)〜
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会員は650ファミリーで上限
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不動産販売で得た資金は、公共側のリフト新設などにも使い、
「一般客エリアも混みすぎないようにする」設計
需要はかなり強いようで、
開発第1フェーズの39区画は、道路すらまだ通っていない段階のCGイメージだけで数カ月で完売したとRobb Reportは伝えています。
約6,800平方メートル(73,000平方フィート)のロッジも建設中で、
レストラン、ジム、プール、スパ、さらにはピックルボールコートまで備える予定です。
一言でいえば、
「山ごとプライベートサロン化」
という発想です。
■ ローカルから見れば「ジレンマの塊」(事実+解釈)
当然ながら、地元の全員が拍手しているわけではありません。
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一般向けリフト券の価格はすでに値上がりしている
-
これまでの“家族経営的なローカル感”が薄れ、
「町の山」から「億万長者の遊び場」になってしまう懸念
こうした不安の声も記事中で紹介されています。
フィナンシャル・タイムズは、このプロジェクトを
「ジェントリフィケーション(高級化)の綱渡り」
と評しています。
ここまでが記事にある事実で、
ここからは私の解釈ですが、
-
公共エリアも整備すると言いつつ、
「結局、ローカルはじわじわ押し出されるのでは?」 -
「山を愛する人の聖域」という理想と、
「2億円以上の土地を買える人だけの聖域」という現実
このギャップが、Powder Mountainの抱えるジレンマと言えそうです。
■ 業界全体を見ると、もっとハードな現実がある(事実)
ヘイスティングスの動きは、
実はスキー業界全体の変化の“先端にある極端例”です。
記事によると:
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北米のスキー場は、1960年代から2022年の間に約3分の2近くが閉鎖
-
残った多くが、
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プライベート・エクイティ(PE)系などの資本に買収され、
-
巨大スキー企業の傘下に入っている
-
-
具体的には:
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米国の**375の公共スキーエリアの37%**が、
コングロマリット(企業連合)によって運営 -
とくにVail Resortsと**Alterra Mountain Co.という2社は、
全公共スキー場の14%**を運営しているに過ぎないが、
全米のリフト輸送能力の約半分を握っている
-
要するに、
「スキーはローカルの商売」から
「巨大プラットフォームのビジネス」へ
と構造が大きく変わってきた、ということです。
■ Epic PassとIkon Pass──スキーの「サブスク経済」(事実)
この構造変化を象徴するのが、
VailとAlterraが販売しているシーズンパスです。
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VailのEpic Pass:2008年スタート
-
AlterraのIkon Pass:2018年スタート
これらは、
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固定価格で
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それぞれ数十カ所のスキー場を
-
“滑り放題”で利用できる
という、「Netflix型」のモデルです。
天候リスクが大きいスキー業界にとって、
シーズン前にパス収入が読めるのは非常に大きい。
2023年12月時点で、
Vailの元CEOは、
「リフト券収入の約**73%**がシーズンパスから来ている」
と語っています。
一方で、「1日券」はどうなったか。
-
Vail系のトップリゾートの週末1日リフト券の平均価格は261ドル
-
一方で、
42カ所に無制限アクセスできるシーズンパスは982ドル
つまり、「何度も滑る人」にとっては
1日券を数回買うよりシーズンパスの方が明らかにお得になるように、
価格設計がなされているわけです。
■ 「滑り放題」の副作用──混雑と“スキー人格化”(事実+意見)
記事は、こうしたサブスク型スキーパスへの不満も拾っています。
-
無制限アクセスゆえに人が集中し、
ゲレンデが混雑し、リフト待ちがロッジまで伸びるケースが増えている -
「冬の間、人生をスキーに捧げる覚悟がある人には良いが、
そこまでではない層には割が合わない」という声もある
ここからは私の意見ですが、
これはまさにサブスク時代の典型的な現象です。
-
「元を取ろう」とする人が増える
-
利用が集中し、現場はオーバーフロー
-
一方で、ライトユーザーは「なんか混んでる割に高い」と感じて離れていく
サブスクの“入口の安さ”が、
体験の混雑と疲弊として跳ね返ってきているイメージです。
■ インディー連合「Indy Pass」という“第三の道”(事実)
こうした巨大プラットフォーム化に対し、
インディーなスキー場もただ飲み込まれているわけではありません。
記事によると:
-
2019年、ローカル色の強い中小スキー場が集まり、
Indy Passという共通パスを立ち上げた -
このパスの売上の**85%**は参加スキー場側に分配され、
各社がリフトや人工降雪設備のアップグレードに活用している -
ねらいは、
-
大手のEpic/Ikonの“対抗勢力”というより、
-
「安い日帰り券+素朴な雰囲気」を求めるスキーヤーの受け皿
-
このあたりは、
音楽で言えば「メジャーレーベル vs インディーズ」、
ITで言えば「巨大クラウド vs ローカルSaaS」の構図に近いものがあります。
■ 日本のビジネスパーソンへの示唆(ここから意見)
この記事はスキーの話ですが、
ビジネスの構造として読むと、次のように整理できます。
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マス向けサブスク・プラットフォーム型
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Epic / Ikon のように、
「数を集めて安定収入+規模の経済」を狙うモデル
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ウルトラ・ラグジュアリー型
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Powder Mountainのように、
「数を絞って、とことん深く・高く売る」モデル
-
-
インディー連合型
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Indy Passのように、
「小さなプレーヤーが“束”になることで生き残る」モデル
-
日本のどの業界でも、
この3つのどれか、あるいは組み合わせのような構造が
すでに見え始めているのではないでしょうか。
スキー産業の記事ですが、
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サブスク
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プラットフォーム寡占
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ラグジュアリー・ニッチ
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インディー連合
というキーワードで読むと、
かなり普遍的な“2020年代のビジネス図”が浮かび上がってきます。
まとめ
ここまでの内容を、日本のビジネスパーソン向けに整理し直します。
※ここでは事実と意見を意識的に分けて書きます。
● この記事が伝えている「事実」
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リード・ヘイスティングスの高級スキー開発
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Netflix共同創業者がユタ州のPowder Mountainを買収
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年会費2.5万ドル+高額な不動産購入が必要な会員制モデル
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会員専用エリアと一般公開エリアを分けつつ、
不動産販売収入で一般側の設備も改良する設計 -
開発第1フェーズの39区画は、道路もない段階で数カ月で完売
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スキー場の寡占化と巨大企業の台頭
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北米のスキー場は1960年代から2022年の間に約3分の2近くが閉鎖
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残った公共スキー場の37%が大手コンゴロマリットの傘下
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VailとAlterraの2社は公共スキー場の14%を運営しつつ、
全リフト輸送能力の約半分を握る
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Epic Pass / Ikon Passによる“サブスク化”
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複数スキー場に無制限アクセスできるシーズンパスが主役に
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Vailではリフト売上の約73%がパス由来
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一方で、1日券は週末平均261ドルと高騰し、
パスへの加入を促す価格設計になっている
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副作用としての混雑とインディー回帰
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無制限パスにより、
一部のリゾートは人が集中しリフトが大行列に -
価格と混雑に嫌気がさしたスキーヤーが、
安い日帰り券と素朴な雰囲気を求めてインディー系スキー場へ流れる動き -
Indy Passというインディー連合パスが2019年に誕生し、
収入の85%を参加スキー場に分配して設備投資を支えている
-
● ここから読み取れる構造(意見)
私の解釈としては、この記事はスキー場の話をしながら、
次の3つの構造を描いているように見えます。
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マス向けプラットフォームの論理
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Epic / Ikon は、
「ユーザーを束ねて固定収入を取る」プラットフォームモデルの典型 -
規模の経済とデータの蓄積で、
さらに強くなる“勝者総取り”の構造
-
-
ラグジュアリー・ニッチの論理
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Powder Mountainは、
「一部の超富裕層に極端に高付加価値な体験を売る」モデル -
顧客数は少ないが、
単価とロイヤリティが圧倒的に高い
-
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インディー連合の論理
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小さなスキー場単体では資本でもブランドでも勝てないが、
連合して共通パスを作ることで
「選択肢としての魅力」と「投資余力」を確保するモデル
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これはスキーだけの話ではなく、
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SaaS
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ECモール
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コーヒーチェーン
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フィットネスジム
など、さまざまな業界にもそのまま当てはまる図式です。
● 日本のビジネスにどう応用するか(意見)
日本のビジネスパーソンとしてこの記事を読むなら、
次のような問いを自分に投げかけると、かなり“実務に落ちる”読み方になると思います。
-
自分の事業は、
「マス向けプラットフォーム・サブスク型」
「ラグジュアリー・ニッチ型」
「インディー連合型」
のどこを目指しているのか? -
顧客に提供しているのは、
「安さ」なのか、「希少性」なのか、「コミュニティ」なのか? -
価格と体験(混雑・サポート・雰囲気)は、
ちゃんとバランスが取れているか?
スキー産業の話を、自分の事業やキャリアのメタファーとして読むと、
思いのほか鋭い問いを返してくれる記事だと感じました。
気になった記事
「雪を守るためにCO2を出す」というジレンマ:スノーマシンの光と影
CLIMATE TECHのパートでは、
気候変動と人工降雪技術(スノーマシン)の関係が語られています。
● 事実パート:雪が足りないから機械で降らせる
記事が指摘しているポイントは大きく3つです。
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冬が短く・暖かくなっている
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多くのスキー場で、
シーズン初めと終わりに天然雪が足りなくなりつつある -
その穴を埋めるために、スノーマシンへの投資が増加
-
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スノーマシンにも限界がある
-
典型的なスノーマシンは、
高圧の水と圧縮空気を吹き出し、
外気温の低さを利用して雪を作る仕組み -
そのため、十分に寒くないと動かせない
-
実際、コロラドの一部スキー場では、
気温が華氏60度台(摂氏15〜20度近辺)になったため
スノーマシンを停止せざるを得なかった事例が紹介されている -
大規模な人工雪の例として、
2022年の北京オリンピックでは-
約400台のスノーマシン
-
約2カ月
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およそ6,000万ドル
をかけて“雪のない山”にコースを作ったと記事は伝えています
-
-
-
最新マシンは“暖かくても動くが、高い&重い”
-
新世代のスノーマシンは、
気温が華氏80度(摂氏26〜27度)でも稼働可能 -
しかし価格は1台あたり最大50万ドル
(従来型は1.5万〜3万ドル程度) -
エネルギー消費も大きく、
CO2排出の観点からはマイナス -
大手スノーマシン企業TechnoAlpinの担当者は、
「気候変動を引き起こしている“原因”を使って、
その“結果”に対処しているようなものだ」と語っている
-
さらに記事は、
現在の温室効果ガス排出の予測トレンドに基づくと、
低標高のスキー場では2100年までに降雪量が80%減る可能性がある
としています。
● ここからの示唆(意見)
ここから先は私の意見ですが、
このパートはまさに、
「問題の原因を燃料にして、その問題を延命している」
という構図を描いています。
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雪が減る
-
スノーマシンで雪を補う
-
その電力消費と設備投資が、
さらにCO2排出やコスト増を招く -
結果として、
「お金持ちしか滑れない高度な“冷却レジャー”」になっていく
スキー場にとっては、
「今シーズンを乗り切る」ために必要な投資である一方で、
長期的には「誰のための雪なのか?」という問いを避けられません。
ビジネスとしては、
-
短期:
スノーマシンで“雪を盛る”ことで、
宿泊・飲食・レンタルといった地域経済全体を守る -
長期:
気候変動リスクをどう織り込むか、
そもそも雪頼みのビジネスモデルをどう見直すか
という二段構えが必要になります。
「雪をつくる機械」の話ですが、
エネルギー、観光、地域経済、気候変動が
一つのゲレンデの上に重なっている、非常に示唆的なトピックだと感じました。
小ネタ2本
❄ 小ネタ①:一日券が“家賃級”の山と“ランチ代”の山
PERSONAL FINANCEのパートは、
世界のスキー場価格差をサラッと教えてくれます。これがなかなか衝撃です。
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コロラド州の高級リゾートAspen
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ピークシーズンの1日リフト券:最大279ドル
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周辺ホテルの平均宿泊費:1泊960ドル(ピークシーズン)
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4つの山にアクセスでき、標高1万1,212フィート(約3,400m)級のエリアも
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フランスアルプスのCourchevel 1850
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「アルプスで最もリッチなスキーリゾート」とされる
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グッチ・ブランドのゴンドラ、ミシュラン星つきレストランが並ぶ
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それでも1日リフト券は86ドル前後(ハイシーズン)
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一方、モンタナ州のTurner Mountain
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日帰りリフト券は45ドル
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さらに「世界の激安スキー場」として、
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モンテネグロのKolašin 1450:1日29ドル
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トルコのDenizliスキー場:なんと7ドル
が紹介されています。
事実だけ並べると、
「1日リフト券が都内家賃クラス」の山から、
「そこらのランチより安い」山まで、
雪の値段はほぼカオス
という状態です。
日本から行くとなると航空券がネックですが、
「世界には7ドルで滑れるゲレンデがある」という事実だけでも、
物価感覚をリセットしてくれる小ネタでした。
🛷 小ネタ②:最強のコスパはダンボールかもしれない
同じPERSONAL FINANCEのパートで、
さらっと書かれている一文が妙に味わい深いです。
「雪山でスリルを味わう最も安い方法は、
近所の丘でダンボールソリをすることだ。」
スキー板も、ブーツも、リフト券もいらない。
必要なのは、
-
それなりの斜面と
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濡れてもいい服と
-
捨てられる前のダンボール
だけです。
これも立派な「雪体験」なのに、
私たちはなぜか「ちゃんとしたスキー」「ちゃんとしたギア」に
お金とプライドを乗せがちです。
もちろん、大人の趣味として
高級スキーや最新ギアを楽しむのも素敵ですが、
「スリルに払っているのか、
それとも“ちゃんとした趣味人である自分”に払っているのか。
たまに立ち止まって考えてみると、
財布にもメンタルにも効く小ネタかもしれません。
編集後記
今号はひたすら「雪とお金」の話でした。
-
Netflix創業者は、
マス向けから一転“超富裕層向けの聖域”づくりに余念がなく -
大手スキー企業は、
パス収入でリフトビジネスをサブスク化し -
インディーなスキー場は、
ささやかに連合してなんとか生き残りを図り -
気候変動は、
そんな人間たちの都合とは無関係に雪を減らしていく
なかなかにパンチの効いた構図です。
読んでいて一番感じたのは、
「雪山は、経済と気候と格差の“展望台”になっているな」
ということでした。
上の方では、
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年会費2.5万ドル
-
土地2百万ドル
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ロッジにレストランとスパとピックルボール
という、**“人生全部まとめて高級リゾート化”**みたいな世界が広がり、
真ん中あたりでは、
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サブスクパスを買って
-
行列に耐えながら
-
「元を取りに行く」人たちが押し寄せ、
そのさらに下で、
-
安い日帰り券とローカル感を守ろうとするインディーな山が
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なんとか自分たちの居場所を死守している。
そして極端な下の方では、
-
ダンボールソリでキャッキャ言っている子どもたちがいる。
どこも同じ雪の上なのに、
そこに乗っている“意味”と“お金”がまったく違うのが、
なんともおかしくて、なんともこわいところです。
ビジネスパーソンとしてはつい、
-
「このモデルはマス向けかニッチか」
-
「サブスクのARPUはいくらで…」
と考えがちですが、
たまにはシンプルに、
「自分は今、どの斜面を滑ろうとしているのか?」
を問い直すのも悪くないかもしれません。
-
仕事はEpic Pass的な「とにかく滑り倒すモード」なのか
-
それともPowder Mountain的な「少数の相手と深く向き合うモード」なのか
-
あるいは、ただ近所の丘でダンボールを滑っているだけなのか
どれが正解という話ではなく、
自分で選んだつもりが、気づけば誰かに選ばされている、
それが一番もったいないなと感じます。
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