「豊かさの基準が壊れた国──アメリカで起きている“見えない貧困”」

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深掘り記事

■「貧困ライン=年収3.2万ドル」はもう時代遅れ?(事実)

まず事実から整理します。

  • 米・厚生省(HHS)が定める公式な貧困ラインは、
    4人家族で年収32,150ドル

  • この基準は1965年、ジョンソン大統領の「貧困との戦い」政策の中で導入されました。

  • 当時の算出方法はシンプルで、
    ①1年間の食費×3=生活費の目安
    ②それを世帯年収と比較して、下回っていれば貧困
    …というロジックです。

ところが、ここに異論を唱えた人物がいます。
Simplify Asset Managementのチーフストラテジスト、マイケル・グリーン氏です。

  • 彼は「今のアメリカで“普通に暮らす”ことを考えると、
    この貧困ラインは実態をまったく反映していない」と主張。

  • 食費は相対的に安くなった一方で、
    医療や住居といった必須コストが大きく跳ね上がっているからです。

  • グリーン氏の試算によれば、

    • 貧困ラインは3.2万ドルではなく、少なくとも13万6,500ドル程度

    • それを下回ると「経済活動への参加」が制限される
      とされています。

つまり彼の言い方を借りれば、
**「4人家族で年収14万ドル以下は“実質的には貧困層”」**という挑発的な問題提起です。


■「さすがにそれは盛りすぎでは?」という反論(事実)

もちろん、この数字は炎上も込みの主張です。
記事によれば、反応は大きく2つに分かれました。

  • ポジティブな声

    • 起業家のAnthony Pompliano氏は、
      グリーンのエッセイを「ビジネスや金融に関わる全ての人の必読」と評価。

    • 「貧困ラインの測り方が古すぎる」という問題提起自体には、
      多くの人が賛同しました。

  • 批判的な声

    • 経済学者Noah Smith氏はブログ“Noahpinion”で、
      この新しい貧困ラインを「very silly(かなりばかげている)」と酷評。

    • 理由はシンプルで、
      「アメリカ人の大部分は、実際には“貧困”と呼べる生活をしていない」からだと指摘しています。

つまり、
「指標として古いのは事実だが、14万ドル貧困ラインはさすがに極端」
というのが専門家コミュニティの大まかな反応です。


■ 一方で「六桁所得でもキツい」という感覚も現実(事実)

ここで、記事が紹介している別の数字を見てみます。

  • 公式統計では、アメリカ人の約10%が貧困ライン以下

  • しかし、Harris Pollの調査では、
    「6桁所得(=年収10万ドル以上)」の三分の一が「金銭的にきつい」と感じている

さらに、

  • 子ども2人以上の世帯に限ると、
    中央値の年収は10万9,300ドル(昨年時点)

という事実も示されています。

要するに、

公式には「貧困」ではないが、
「普通に暮らすのも結構ギリギリ」という層が、
中間層のど真ん中に広がっている

という絵が浮かび上がります。

ここまではすべて記事に出てくる事実です。


■ ここから先は、少しだけ意見:日本の「見えない貧困」との重なり

ここからは私の意見です。

グリーン氏の主張に数字としてどこまで妥当性があるかは別として、

「統計上の“貧困”と、
人々が感じる“かつかつ感”が大きくズレている」

という問題意識は、日本でもかなり共有できる感覚ではないでしょうか。

  • 指標上は中流でも、
    住宅、教育、医療、介護…と必要支出を積み上げると、
    「何かあったら一発アウト」という家計が多い。

  • しかし、公式の貧困ラインはあまり動かないので、
    政策や支援がなかなか届かない。

アメリカではこれが、
**「年収10万ドル以上なのにキツい」**という形で顕在化し、
グリーン氏のような過激な再定義に繋がっています。

日本ではおそらく同じ現象が、
もっと静かに、もっと我慢強く進行しているだけかもしれません。


■ 「K字クリスマス」と消費の分断(事実+意見)

記事は後半で、
消費の世界における分断も描いています。

  • Gen Z(Z世代)は、

    • Black Fridayに向けて一番早くから並び、

    • AT&Tの調査によると、40%がブラックフライデーで買い物予定

    • しかしPwCのレポートでは、昨年より23%少なく使うつもりと回答

  • ミレニアルも32%がブラックフライデーでの買い物を計画

  • 一方でGen Xは、

    • 「大量のDMメールを受け取るが、どれも自分向けに感じない」と嘆きつつ

    • TD Bankの調査では、実はGen Zやミレニアルより“使いすぎる”傾向がある

記事はこれを、

「K型クリスマスだ、チャーリー・ブラウン」

と皮肉っています。
CNBCの調査では、

  • 富裕層は、今年もプレゼントにしっかりお金を使う一方、

  • 低所得層は支出を絞り込んでいる

という結果が出ているからです。

これは、
先ほどの「貧困ライン議論」と地続きの話でもあります。

「統計上は同じ1人の消費者」でも、
クリスマスの楽しみ方はK字型に割れている。

日本でも、
同じショッピングモールに行っていても
「ポイントを総動員して何とか回している層」と
「値札をあまり見ていない層」が同じ空間にいる──
そんな光景は珍しくありません。


■ 展望:ビジネスにとっての“本当のライン”はどこか(意見)

最後に少しだけ、ビジネスサイドの話をします。
ここからは完全に意見です。

  • 行政にとっての「貧困ライン」が古いままだとしても、
    企業にとっての「実質的な購買力ライン」は変化しています。

  • たとえば、

    • 「6桁所得なのにキツい層」向けの商品・サービス

    • 「クリスマスは楽しみたいけど、去年の8割しか使えない層」向けの提案
      …といった、より“微妙な層”への設計が重要になってくる。

ラフに言えば、

「貧困ラインは3.2万ドル」などと役所が言っている隣で、
クライアント企業は**“体感貧困ライン”**を独自に把握していないと詰む

という状況です。

数字としての正解は簡単には出ませんが、
「統計と体感のギャップ」をどう埋めにいくか。
そこに、これからのビジネスの勝敗ラインが引かれているような気がします。


まとめ

ここまでの内容を、日本のビジネスパーソン向けに改めて整理します。
(※ここでも、事実と意見を意識して分けます)


● この記事が示した主な「事実」

  1. 貧困ラインの再定義論争

    • 公式の米国貧困ラインは、4人家族で年収32,150ドル。

    • この基準は1965年に導入され、
      「食費×3」を基準にした歴史的な指標。

    • マイケル・グリーン氏は、
      家賃や医療費の高騰を踏まえると、
      実質的な貧困ラインは13万6,500ドル以上であるべきだと主張。

  2. 専門家からの賛否

    • ビジネス界の一部からは「必読」と高評価。

    • 一方で、経済学者Noah Smith氏は、
      「大多数のアメリカ人は実際には貧困とは言えない」として、
      このラインを「very silly」と批判。

  3. 統計上の貧困 vs 体感としての厳しさ

    • 公式には約10%のアメリカ人が貧困ライン以下。

    • しかし、Harris Pollの調査では、
      6桁所得(10万ドル以上)の3分の1が「金銭的にキツい」と感じている。

    • 子ども2人以上世帯の中央値年収は10万9,300ドル。

    • 「貧困ではない」が、「余裕があるとも言えない」ゾーンが厚く存在している。

  4. 消費行動のK字化

    • Gen Zやミレニアルは、
      ブラックフライデーで積極的に買い物を計画しているが、
      Gen Zは前年より23%支出を減らすつもり。

    • Gen Xはマーケティングで無視されがちだが、
      実は一番「使いすぎがち」という調査結果。

    • CNBCの分析では、
      富裕層は引き続きしっかり消費しているのに対し、
      低所得層は支出を削っている=K字型のクリスマス


● ここから導ける示唆(意見)

ここから先は私の意見です。

  1. 「公式のライン」をそのまま信じると顧客像を見誤る

    • 行政統計が示す“貧困ライン”は、
      あくまで政策運営上の目安であり、
      「マーケティング上のリアル」ではない。

    • 6桁所得でも「かなりしんどい」層が増えていれば、
      そこに合わせた価格・サービス設計が必要になります。

  2. 「K字型消費」は日本でも起こっているはず

    • 表面的には同じキャンペーン、同じセールを打っていても、

      • 富裕層:体験や時間を重視しつつ普通に消費

      • しんどい層:ポイント駆使+買うものを厳選

    • という構図は、すでに日本の年末商戦でも見えているはずです。

    • 重要なのは、どちらか一方だけを相手にしないこと

  3. 「体感家計データ」をどうやって集めるかが勝負

    • もはや「年収いくらだからこの層」という雑なくくりは通用しません。

    • 実際に、

      • 何にお金を使い

      • 何を我慢し

      • 何にだけは“投資”するのか

    • を、購買データやアンケートから地道に拾っていく企業が強くなると思います。

「貧困ライン14万ドル」という刺激的な数字の裏には、

「統計と実感のギャップを、誰もちゃんと扱ってこなかった」

という、もっと地味で本質的な問題があります。
そこで目をそらさずに考えた企業・個人だけが、
K字経済の上側でも下側でもなく、
**「自分の立ち位置を自分で決められる側」**に回れるのかもしれません。


気になった記事

「ブラックフライデーを守るのは誰か?──Gen Zと“かまってほしい”Gen X」

この記事のRETAILパートも、なかなか味わい深いです。

まず事実から。

  • Bloombergによると、
    今年のブラックフライデーで一番行列ができた店は、

    • Kendra Scott(ジュエリー)

    • Bath & Body Works(ボディケア)

    • Edikted(アパレル)
      といったGen Zに人気のブランドだったとのこと。

  • AT&Tのホリデー調査によれば、

    • Gen Zの40%

    • ミレニアルの32%
      が「ブラックフライデーに買い物をする予定だった」と回答。

  • 一方で、PwCのレポートでは、
    Gen Zは「今年のホリデー支出を昨年より23%減らす予定」とも答えています。

つまり、彼らは

「ちゃんと列には並ぶけれど、財布のヒモは去年より固い」

という、なかなか器用な動きをしているわけです。

対照的なのがGen X(日本で言うとだいたい氷河期〜その前後世代)。

  • あるGen Xはニューヨーク・タイムズに対し、
    「自分のメールボックスには山ほど販促メールが来るが、
    どれも『あなたに来てほしい』とは感じない」と語っています。

  • つまり、マーケティング的には“空気”扱いされがち。

  • しかしTD Bankの調査によれば、
    ホリデーで一番“使いすぎる”リスクが高いのはGen Xだとか。

ここからは私の意見ですが、
この構図はかなり象徴的です。

  • 情報発信は若い世代に全振り

  • 実際にお金を落としがちなのは中年層

  • その中年層は「誰も自分を見ていない」と感じている

記事はこれを、

「K字型クリスマスだよ、チャーリー・ブラウン」

と、ピーナッツ風にまとめています。

日本でも、

  • Z世代向けのSNSキャンペーンは山ほどあるのに、

  • 40〜50代向けに「ちゃんとあなたに来てほしい」と言ってくれるブランドは案外少ない

という状況は、かなり身に覚えがあるのではないでしょうか。

**「誰にどれだけ買ってほしいのか」**だけでなく、
**「誰に“見ていてほしい”と思ってもらいたいのか」**まで設計できるか。

それが、これからのホリデーマーケティングの、
ちょっとした差別化ポイントになるのかもしれません。


小ネタ2本

🛒 小ネタ①:サイバーマンデーは「家計の健康診断」

CALENDARパートから。
記事によると、今年もブラックフライデーは記録的な売上になったようですが、
本当の“本試験”は**サイバーマンデー(今日)**だ、としています。

  • サイバーマンデーは年間で最大のオンラインショッピングデー

  • ここでの売上が、
    **「アメリカの消費者が本当にどれだけ元気か」**を映す鏡になる、という位置付けです。

さらに今週は、

  • American Eagle

  • Dollar Tree

  • Five Below

  • Macy’s

  • Kroger

  • Ulta

  • Dollar General

  • Victoria’s Secret

といった、小売企業の決算発表がぎゅっと詰まっています。

加えて、

  • ミシガン大学の消費者マインド指数

  • PCEコアデフレーター(FRBが好むインフレ指標)

なども出てくる週。

要するに今週は、
「米消費の表情アップ写真」が一気に現像される週です。

私たち個人にとっても、

  • 自分のクレカ明細

  • 家計簿アプリのグラフ

を見直して、

「うちの家計はK字のどっち側に落ちつつあるのか」

を確認する“ミニ健康診断ウィーク”にしてもいいかもしれません。


🌪 小ネタ②:ハリケーンは当たらなかったが、サイはこっちに突進中

STATパートは、「2025年の北大西洋ハリケーンシーズン」のまとめです。
ここは完全に事実紹介だけしておきます。

  • 今年のハリケーンシーズンは、
    2015年以来初めて「米本土への上陸ゼロ」

  • とはいえ、

    • 6月1日〜11月30日の間に13の命名嵐(トロピカルストーム以上)

    • そのうち5つがハリケーン化

    • さらに3つがカテゴリー5に到達し、
      これは観測史上2位タイの多さ

  • 米国はたまたま直撃を免れただけで、
    ジャマイカとキューバは、
    カテゴリー5で上陸したハリケーンMelissaの直撃を受け、
    壊滅的被害に見舞われています。

つまり、

「今年はアメリカがたまたま運よくサイドステップしただけ」

というのが数字の意味するところです。

ハリケーンだけでなく、
為替も金利も地政学も、
**「こっちに来るかもしれないけど、たまたま逸れてくれたもの」**が増えている感覚は、日本でも共通です。

「当たらなかったからOK」ではなく、
**「何が当たっていたらアウトだったか」**を一度洗い出しておく。

それは投資でもビジネスでも、
地味ですが重要な年末タスクかもしれません。


編集後記

今号を書きながら、ふとこんなことを考えました。

「もしかして“貧困ライン”って、
人間の不安を測る物差しではなく、
政策の都合を測る物差しなんじゃないか?」

公式には「4人家族で3.2万ドル」。
マイケル・グリーンは「いや14万ドルだ」とテーブルをひっくり返し、
経済学者は「さすがにそれはない」とツッコミを入れる。

その横で、
6桁所得の3人に1人は「それでもキツい」と感じている。

これを見ていると、
“ライン”というものが、やたらと軽く見えてきます。

  • 貧困ライン

  • ボーダーライン

  • 合格ライン

  • 幸せのライン

どれも人間が後から勝手に引いた線で、
現実の暮らしや気持ちとは、
たいして同期していないのかもしれません。

日本でも、
「中流」だとか「勝ち組/負け組」だとか、
よくわからないラベルがたくさんあります。

でも実際の感覚としては、

  • 通帳を見るとため息が出る

  • でもなんとか子どもの進学だけは諦めたくない

  • 老後の医療費を考えるとゾッとする

  • それでもたまに推しのチケットだけは全力で取りに行く

そんな、統計には載らない揺れている中間層が一番多いのではないでしょうか。

記事の中で、
Gen Xのおじさん(たぶん)はこう言っていました。

「毎日迷惑メールは山ほど来るけど、
一通たりとも『本当にあなたに来てほしい』とは感じない」

これはホリデーマーケティングの話ですが、
同じことを、
政治にも、企業にも、自分の人生設計にも感じている人は多そうです。

  • 政府は「貧困ライン」の人を助けますと言う

  • 企業は「Z世代」をターゲットにしますと言う

  • でも自分はそのどちらにも属していない気がする

そんな「ラベルに取りこぼされた人たち」が、
世界のどこにもカウントされないまま増えていく。
そこに、今の時代の一番不穏な空気が漂っているような気がします。

だからこそ、せめて自分の中だけでも、

「私はどのラインの内側/外側なのか?」

ではなく、

「私は何を守りたいから、いくら必要なのか?」

という聞き方に変えてみるのはどうでしょう。

それはもしかすると、
行政統計にも、マーケティングセグメントにも登場しない、
自分だけの“貧困ライン”と“豊かさライン”を引き直す作業かもしれません。

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