深掘り記事
◆ 表向きは「悪くない経済」なのに、足元はじわじわ冷えている
今回の一連の記事は、アメリカ経済の2つの心臓を同時に見せてくれています。
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ひとつは「雇用(労働市場)」
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もうひとつは「消費(ホリデー商戦)」
どちらも「数字だけ見ればまだ持ちこたえている」ように見えますが、
中身をよく見ると、かなり気になる“ひび”が入ってきています。
この記事は、政府公式の雇用統計が「政府閉鎖の影響で12月16日発表に遅延」している中で、
民間給与データ大手ADPの統計が、11月の雇用の姿を最もよく映す鏡だと位置づけています。
◆ 「10月の持ち直しはやっぱり一瞬だった」労働市場の失速
まずは雇用から。
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ADPによると、2025年11月の民間雇用は▲32,000人の純減。
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3月には+147,000人まで増えていた雇用が、グラフ上ではアップダウンを繰り返しつつ、11月にはマイナスに沈んだと説明されています。
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7月は+104,000人、10月は+47,000人と一時的な増加もあったものの、11月は再び「減少」に戻った、と。
特に重いのが、小規模企業(従業員50人未満)の状況です。
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小規模企業だけで見ると、純減が12万人。
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これは2020年5月以来で最大の減少だと、LPLフィナンシャルの分析として紹介されています。
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一方で、
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中堅企業(従業員500人未満)は+51,000人
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大企業は+39,000人
の純増。
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ADPチーフエコノミストのネラ・リチャードソン氏は、
「小規模事業者を除けば、全体としては雇用は増えていたはずだ」
とコメントし、
「不確実なマクロ環境と慎重になった消費者の中で、一番打撃を受けているのが、いわゆる“Mom and Pop”“メインストリート”の店だ」
と語っています。
ここまでは事実の整理です。
ここからは私の見方ですが、この構図はかなり象徴的です。
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大企業・中堅企業はまだ雇用を増やせている
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一方で、地域に根ざした小規模事業者が、
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不安定な景気
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慎重になった消費
の直撃を受けて、人員削減に踏み切っている。
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「失業率」という一つの数字では見えない、“誰が削られているか”という中身の差がはっきりしてきています。
◆ Fedが見ている“数少ないデータ”のひとつでもある
記事はこのADPデータについて、
「これは、来週の利下げ判断をするFOMC(米連邦準備制度)の手元にある、数少ない労働指標のひとつだ」
とも指摘しています。
政府統計の雇用レポートは、先述の通り12月16日まで遅延。
つまり、FRBは不完全な情報の中で次の一手を決めなければならない状況です。
足元の雇用が、
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全体では横ばい〜わずかな悪化
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しかし小規模企業では相当きついマイナス
という姿だった場合、
「利下げを急ぐべきか、インフレを警戒して様子を見るべきか」という難しい判断が迫られます。
◆ ホリデー商戦の数字は「そこそこ好調」に見えるが…
次に、もう一つの心臓「消費」、特にホリデーシーズンのデータです。
記事が紹介する、ブラックフライデー〜サイバーマンデーの初期数字はこうなっています。
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ブラックフライデー(自動車除く)売上:前年比+4.1%
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Mastercard SpendingPulseによる推計(店舗+オンライン、支払手段問わず、インフレ調整はなし)。
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11月29日までの週のクレジットカード支出:+0.2%
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バンク・オブ・アメリカのデータ。
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そのうち、ホリデー関連の支出は+2.6%とやや強め。
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サイバーマンデー売上:前年比約+7%
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Adobe Analyticsによる推計で、過去最高を更新。
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全体として、全米小売業協会(NRF)は、
「史上初のホリデーシーズン売上1兆ドル超え」 を引き続き見込んでいる。
数字だけ見れば、
「え、普通に景気いいじゃん?」
となる内容です。
Mastercardのクレイグ・ヴォスバーグ氏も、UBSのカンファレンスで
「センチメント(意識調査)と実際の支出データの間に、ちょっとした乖離がある」
「消費者マインドに関するニュースはどんどん悲観的になっているが、
我々が見る“ハードデータ”は、安定した支出を示している」
と語っています。
◆ しかし「何を・どう買っているか」を見ると景色が変わる
表の数字は悪くない。
ですが記事は、**中身の“偏り”**にかなり焦点を当てています。
まず、ウォルマートのCFO、ジョン・デヴィッド・レイニー氏のコメント。
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賃金の伸びについて、
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低所得層
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中間層
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高所得層
の差が、この10年で最大レベルに開きつつあり、しかもその格差が広がっていると指摘。
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そのうえで、
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「私たちは、家計の財布が引き伸ばされた状態にあり、
以前よりも必需品に多くのお金が使われ、裁量支出が減っているのを見ている」
と述べています。
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同じカンファレンスで、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)のCFO、アンドレ・シュルテン氏も、
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10〜11月の米国市場で「広範な弱さ」を感じていると発言。
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もっとも、それは同社の想定レンジ内ではある、という注釈も付けています。
さらに、実店舗の来店データを追っているPlacer.aiの分析。
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100ドル以下の商品を主力にする小売りの来店が堅調。
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一方で、「高所得者がラグジュアリー(高級品)を支え、低〜中所得者は家計をやりくりしながら“お買い得品”を追いかける」という二極化が続いていると指摘。
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同社リサーチ責任者のR.J.ホットヴィー氏は、
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「2025年のブラックフライデーも、ここ数ヶ月見られた“二極化トレンド”が続いた。
富裕層がラグジュアリーを動かし、
低・中所得層は家計を持たせるためのディール(値頃品)を求めていた」
とコメントしています。
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百貨店のMacy’sも、通期見通し自体は引き上げたものの、
CEOのトニー・スプリング氏はCNBCで、
「“アスピレーショナルな顧客”(憧れ消費をする層)が、このホリデーシーズンにどこまで戻ってくるか、まだ分からない」
と、不透明感を認めています。
◆ 「ソフトデータは悲観」「ハードデータはまだ大丈夫」のねじれ
Unlimited Fundsのボブ・エリオット氏は、
「これだけ消費者がさまざまなプレッシャーにさらされている状況では、
このホリデーシーズンの“ちょっとした追加データ”にも、目を凝らす価値がある」
と書いています。
ここまでの事実を踏まえると、今のアメリカはこんな状態だと整理できます(ここは私の整理=意見です)。
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雇用:
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全体としてはまだ大崩れではないが、
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小規模事業者はコロナ直後以来のペースで雇用を削っている。
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消費:
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売上数字(ハードデータ)は“そこそこ良い”。
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ただし、中身は「高所得者のラグジュアリー+低・中所得者の節約買い」という二極化。
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必需品にお金がシフトし、裁量的な支出は圧迫されている。
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マインド(ソフトデータ):
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景気・生活に対する感情的なセンチメントは悪化。
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一方で、カード決済などの実データは、まだ崖から落ちてはいない。
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この“ねじれ”のなかで、FRBは次の利下げタイミングを考え、
小売企業は「どの価格帯で、どの商品をどれだけ在庫するか」を決めなければなりません。
◆ 展望:日本のビジネスパーソンへの示唆
事実レベルで見れば、アメリカは
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「エンジンはまだ回っているが、回転音が少しおかしい」
そんな状態です。
ここから先は意見ですが、日本のビジネスパーソンにとってのポイントは3つほどあると感じます。
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平均値ではなく“どの層が動いているか”を見る癖
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売上が伸びていても、
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実は富裕層の高額品だけが伸びているのか、
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低〜中所得層のボリュームゾーンが削られているのか、
でゲームの難易度は大きく変わります。
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小規模事業者の痛みは、のちの“需要の谷”として効いてくる
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アメリカのメインストリート企業の雇用削減は、
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地域経済
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家計
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地元消費
をじわじわ冷やします。
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これは、数ヶ月〜1年後の「売れ行き」にじわっと効いてくるタイプのリスクです。
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“景気が良い/悪い”ではなく、“分布が歪んでいる”と考える
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日本でも同じですが、「平均」を見て安心・悲観するより、
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どの所得層
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どのカテゴリ
が動いているかを見た方が、商売の打ち手は見えます。
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米国のホリデー商戦は、表面的には「史上初の1兆ドルシーズン」かもしれません。
しかしその裏側では、雇用のゆがみと消費の二極化という、長期的に重いテーマが進行中です。
まとめ
今回の記事から見えてきたのは、「アメリカ経済の二重構造」です。
1つ目のレイヤーは、数字としての経済。
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民間雇用は11月に▲32,000人と減少したものの、
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中堅企業・大企業はまだ雇用を増やしている。
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ホリデーシーズンの売上は、
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ブラックフライデー+4.1%、
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サイバーマンデー+7%、
と、過去最高更新・1兆ドルシーズンの見込みというヘッドラインが並ぶ。
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クレジットカードの支出データも、前年比でプラスを維持している。
このレイヤーだけを見ると、
「失速と言いつつ、まだ全然大丈夫では?」
という印象を持ちます。
しかし、2つ目のレイヤー、中身としての経済に目を移すと、話が変わります。
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雇用の減少は、ほぼ小規模事業者に集中している。
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小規模企業だけで▲12万人。
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2020年5月以来最大の削減ペース。
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「Mom and Pop」「Main Street」と呼ばれる地域の店が、不確実なマクロ環境と慎重な消費者に直撃されている。
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消費も、
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富裕層がラグジュアリーを支え、
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低〜中所得層は100ドル以下のアイテムや値ごろ品を求める二極化。
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ウォルマートのCFOが語るように、
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所得階層別の賃金の伸びの差は、この10年で最大規模に開きつつあり、
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しかも格差は広がり続けている。
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P&Gも10〜11月の米国市場に「広範な弱さ」を見ており、
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企業側は「予想レンジ内」としながらも、
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消費者の財布が確実に固くなっていることを意識している。
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そして、センチメントと実データの乖離も際立っています。
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消費者マインドの調査結果やニュースヘッドラインは悲観的。
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一方、カード決済や売上の“ハードデータ”は、
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「急ブレーキではなく、減速しながらも走り続けている」状態。
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この「二重構造」をどう読むかが、今のアメリカ経済を理解するうえでのカギになりそうです。
ここから先は意見ですが、日本のビジネスパーソンにとって重要なのは、
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「平均値」よりも「分布」を見ること。
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「今年のアメリカは良い/悪い」ではなく、
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どの所得層
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どの価格帯
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どのカテゴリ
にとって「良い/悪い」のかを見分けること。
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そのうえで、為替や金利にばかり目を奪われず、
**「実際に買っている人は誰か」**を粘り強く追いかけることが、
この先の戦略に効いてくるのではないか、と感じます。
気になった記事
トランプ政権 vs バイデン時代の燃費ルール
気になったのは、自動車燃費規制をめぐるトランプ政権の新提案です。
事実関係を整理すると、こうなります。
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トランプ政権の提案する新ルールでは、
2031年までに自動車メーカー全体の平均燃費を34.5マイル/ガロン(mpg)にすることを求めています。 -
これは、バイデン政権時代の50mpgという目標より大幅に低い水準です。
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50mpg達成には、相当な割合のEV(電気自動車)販売が前提とされていました。
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トランプ大統領はホワイトハウスのイベントで、
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「今日は“グリーン・ニュー・スキャム(Green New Scam)”を葬り去るための、もう一歩を踏み出す」
と述べ、
「これはガソリン車を終わらせようとする企てだ。
我々は世界で最も多くのガソリンを持っている国なのに、人々はガソリン車を望んでいるのに」
と主張しています。
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ホワイトハウス(トランプ政権側)は、
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この新ルールにより、新車価格の平均がバイデン時代ルールより1,000ドル安くなると説明。
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一方で、記事は
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燃費が良くなればガソリン代が減る、という側面もあることを指摘しています。
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自動車メーカー側は、この変更を概ね歓迎しています。
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とくにフォードのCEO、ジム・ファーレイ氏は、
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「市場の現実に即した燃費基準に合わせてくれたトランプ大統領のリーダーシップに感謝する」
と発言し、他の経営者とともにトランプの隣に並びました。
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一方で、環境・クリーンエネルギー側からの反発も強いです。
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環境ビジネス団体E2のボブ・キーフ氏は声明で、
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「この措置がすることはただ一つ。
メーカーが燃費の悪い車を売りやすくし、
その結果としてもっとガソリンが必要になり、給油にももっとお金がかかるようにするだけだ」
と批判しています。
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ここまでが事実部分です。
ここからは意見ですが、この争点は
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家計にとっての「目先の車両価格」
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社会全体にとっての「長期的な燃料費+環境コスト」
のどこに重心を置くか、という論争でもあります。
記事自体はどちらの側にも肩入れしていませんが、
政策が変わることで自動車メーカーの投資配分も大きく変わること、
そして、クリーンエネルギーをめぐる国際競争(特に中国の台頭)とも絡んでくることを示唆しています。
小ネタ2本
小ネタ①:中国のクリーンエネルギーリードは「加速中」
エネルギーのパートでは、マッキンゼーの新しいデータにもとづいて、
中国がクリーンエネルギーで世界を大きくリードしていることが強調されています。
記事によると、
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2022年から2025年上期にかけて、
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世界のクリーンエネルギー設備容量、
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EV販売シェア
において、中国の存在感はさらに拡大。
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一方で、他地域はペースが鈍化しているといいます。
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著者は、
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「エネルギー転換は、地政学の同盟関係やパワーセンターを変えつつある。
その中で、中国はリードを固める一方、アメリカは後退している」
と書いています。
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グローバルなエネルギー転換のスピード自体は、
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トランプ政権下でのビジネス向けインセンティブ終了などもあり、鈍化傾向。
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そのうえで記事は、かなり現実的な一文で締めています。
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化石燃料は今後数十年にわたり、世界のエネルギーシステムで主役であり続ける見込み
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その結果、
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世界最大の石油・ガス生産国であるアメリカの地政学的な影響力は、
むしろ強まっていく可能性が高いとしています。
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クリーンエネルギーの世界では中国が加速し、
化石燃料の世界ではアメリカが引き続き“覇権”を握る——
という「二重構造」が、ここでも顔を出しています。
小ネタ②:「データを眺めて目を細める」という贅沢
ホリデー商戦について、Unlimited Fundsのボブ・エリオット氏は、
「このホリデーシーズンは、
消費者が直面しているプレッシャーを踏まえると、
小さな追加データにも目を細めて見る価値がある」
と書いていました。
これはある意味、とても贅沢な言葉です。
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データが豊富にあって、
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日次・週次でカード決済やフットトラフィックが見られて、
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それを見ながら「ふむ、足元の消費はどうか」と議論できる——
そんな環境があるからこそ、「目を細めて見よう」という余裕が生まれます。
日本でも、ECのダッシュボードやPOSデータを眺めながら、
「この週末は雨だったから」「給料日前だから」などと分析する場面は増えました。
でも、アメリカのようにマクロとミクロが、ほぼリアルタイムで可視化される環境が整ってくると、
「データを見る力」と「データに振り回されない胆力」の両方が求められます。
データが増えるほど、「数字を読まない言い訳」は減ります。
同時に、「数字だけを見て勘を失うリスク」も増える。
そんなことを感じさせる一文でした。
編集後記
アメリカのホリデー商戦のニュースを読んでいると、
毎回ちょっと不思議な気分になります。
ブラックフライデーは過去最高売上。
サイバーマンデーも記録更新。
1兆ドルのホリデーシーズンがどうとか。
見出しだけ追っていると、
「なんだ、みんな普通に買い物してるじゃないか」と思ってしまいます。
でも、その裏で同じ紙面に、
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小規模事業者の雇用削減がコロナ直後以来の水準
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低所得層と高所得層の賃金格差がこの10年で最大
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必需品への支出が増え、裁量消費が削られている
といった話が静かに並んでいる。
つまり、
「買い物のニュース」と「生活のニュース」が、同じ国の話に見えないのです。
よく考えると、日本でも似たような違和感を感じることがあります。
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インバウンドは過去最高です、というニュースと、
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実質賃金マイナスが続いています、というニュースが、
隣り合って流れてくるあの感じです。
どちらも嘘ではない。
でも、それを同じトーンで受け取ってしまうと、
自分がどの立場で、どちらの世界にいるのかが、だんだん分からなくなります。
今回のアメリカの記事で面白かったのは、
Mastercardの役員が
「センチメント(気分)はどんどん暗くなっているのに、
ハードデータ(実際の支出)はまだ安定している」
と言い、
投資家は
「だからこそ、今年のホリデーは“小さな追加データ”にも目を凝らすべきだ」
と言っていることでした。
結局のところ、
数字の世界に生きる人たちは、
「気分」ではなく「データ」を信じたい。
でも、買い物をする人たちは、
「データ」ではなく「今の気持ち」と「目の前の財布の厚さ」で動いている。
このギャップは、AIがどれだけ発達しても、
おそらく完全には埋まらないのだろうな、と感じます。
私たちにできることは、
せめて「どちらか片方だけ」を見ないようにすることかもしれません。
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ヘッドラインの強い数字を見る
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その裏で、小さな企業や家庭がどう動いているのかも少し想像してみる
その両方をやってみると、
同じ統計でも、少し違う景色が見えてきます。
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