トピック
「雇用なき安定」アメリカ労働市場の冷え込み
米労働市場は一見「安定」しているように見えますが、その中身はかなり冷え込んでいます。
米労働統計局の最新データによると、2025年8月の新規採用数は513万人と前月から11.4万人減少。**採用率3.2%**は過去5年以上で最低水準に沈みました。
さらに、自発的な退職者(いわゆる「クイットレート」)も**1.9%**に低下し、パンデミック後の最低値を記録。これは「転職したいけどチャンスがない」「今の職を失うのが怖い」という心理を反映しています。
一方で、解雇やレイオフは減少傾向にあり、雇用保険の新規申請件数も低水準。つまり「失業は広がっていないが、チャンスもない」という凍結状態に陥っているのです。
専門家の声
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Indeedのエコノミスト、アリソン・シュリヴァスタヴァ氏:
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「解雇が限定的であることは安心材料だが、採用の停滞は新しいアイデアや成長の余地を奪っている」
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「外から入ろうとする人々にとっても、市場の動きが鈍いのは大きな制約」
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日本との比較
日本も「メンバーシップ型雇用」が根強く、外部人材の流動性が低いのは似た構図です。ただし、日本では中途採用市場がじわじわ広がっている一方、米国はむしろ停滞に。**「解雇が少ない=安心」**とは限らず、成長機会の欠如という副作用もあるのです。
まとめ
今回の雇用統計が示すのは「雇用なき安定」という皮肉な現実です。
失業率が急上昇しているわけでもないのに、企業は新しい人材を取らず、従業員も動かない。まるで冷凍庫の中で経済が眠っているような状態が続いています。
なぜこうなるか。ひとつは企業側の慎重さ。金利高、関税不安、AI導入といった構造変化の中で「今は人を増やすより様子を見たい」という姿勢が強い。もうひとつは労働者の心理。「今の職場を手放したら次は見つからないかもしれない」という不安が、動きを止めています。
しかし、このままでは新しいイノベーションや成長の芽が出にくい。社内に新しい視点が入らず、挑戦のエネルギーも薄まります。安定の裏側に潜む停滞リスクが浮き彫りになっているのです。
日本でも「転職が当たり前」になりつつある一方で、依然として雇用の流動性は限定的です。つまり米国の凍結状態は、実は日本がこれから直面し得る「逆輸入リスク」でもあります。
結局のところ、雇用市場の「温度」を決めるのは、企業の投資意欲と人材の挑戦意欲。この二つの火が同時に弱まれば、市場全体が冷え込むのは当然です。経済においても個人においても、動く勇気と守る知恵の両立が鍵。今後の米国市場は、どのタイミングで再び「解凍」されるのか。投資家もビジネスパーソンも、その温度計から目を離せません。
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トランプの「新関税の壁」戦略
トランプ政権は再び関税カードを強めています。
10月14日からは木材に10%、家具に25%の関税を課し、2026年には最大50%へ引き上げ予定。さらに「外国映画に100%の関税を」と脅すなど、強硬姿勢を隠しません。
特に注目は、これらの関税が法的に崩れにくい形で設計されていること。最高裁がIEEPA(国際緊急経済権限法)を無効にしても、別の条項(セクション232や301)を根拠に続行可能。つまり「壊れても次の壁がある」仕組みです。
企業にとってはコスト増が避けられず、輸入材を使う家具や住宅業界への打撃は大きい。インフレ圧力も強まりそうです。
小ネタ2本
① Bad Bunny、スーパーボウル出演でMAGA層が猛反発
プエルトリコ出身の人気アーティストBad Bunnyが2026年スーパーボウルのハーフタイムに登場予定。これに対し保守派が「政治的」と猛反発。
Spotifyで最も再生されたアルバムの保持者でもある彼の出演は、NFLがエンタメと政治の狭間に再び足を踏み入れた瞬間といえそうです。
② 米雇用データの裏にある「安心と停滞」
今回のデータで見えたのは、クビにはなりにくいけれど昇進もしにくいという現実。まさに「安定」と「閉塞」が同居している状態です。経済全体にとってはプラスかマイナスか、まだ判断が難しい局面です。
編集後記
今回のメルマガでは、米雇用市場の冷え込み、トランプ政権の関税戦略、そしてBad Bunnyをめぐる文化的な議論を取り上げました。数字や政策は派手に動きますが、その根底にあるのはやはり「人の心理」だと感じます。
雇用の世界では「安定」が安心感をもたらす一方で、新しい挑戦を遠ざける側面もありました。関税政策も、最終的には「守る心」と「攻める心」のバランスの上に成り立ちます。そしてエンタメの現場でも、アーティストの選択や政治的空気に、人々の反応が左右されます。
つまり経済も文化も、突き詰めれば「心の動き」で決まっていく。私たちの日常でも同じかもしれません。走れる日には走り、疲れたら立ち止まる。
米国のニュースを追いながら、自分自身の働き方や日々の選択にも重ねてみました。焦らず、でも止まらず。小さな一歩が未来を形づくると信じて、今週も前に進んでいきましょう。
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