🎄ホリデー雇用の冷え込み、AIの“副業”、そして関税の余波──2025冬のアメリカ景気の読み方

深掘り記事

1) ホリデー雇用のリアル：求人は増えず、応募だけ増える

アメリカのホリデーシーズンは毎年、人手不足ネタの宝庫です。ところが今年は逆。Indeedのデータで季節雇用の検索が前年比+27%（2023年比+50%）と“働きたい人”は増えた一方、求人掲載は+2.7%にとどまりました。さらに求人水準は2023年やコロナ前を下回るといいます。
加えてADPの推計で民間部門の雇用は前月比▲3.2万人。求職者が早めに動くのも納得です。

事実：求職者は増、求人は伸び悩み。
私見：今年の年末商戦は「在庫・人手を絞る慎重運営」に傾きます。日本の小売が繁忙期に“短期派遣で一気に厚み”を作るのと対照的で、米小売は既存スタッフの活用や自動化で凌ぐ流れです。

補足：**NRF（全米小売連盟）は一人あたりのホリデー支出が前年比▲1.3%**と弱気見通し。UPS・FedExは採用計画未公表、Targetは既存人員で対応、Amazonは25万人採用（前年並み）。総じて「重くは踏み込まない」姿勢が透けます。

2) AI×ギグワーク：Uberの「デジタル作業」で運転の“合間稼ぎ”

Uberが米国のドライバー向けに、AI学習データ作りの「デジタル作業」を導入。音声収録（言語・訛り）、多言語ドキュメント入力、指定写真の提出など、作業の難度に応じて報酬が支払われます（例：スペイン語メニューのアップロードは最大1ドル＝The Verge報）。
背景には、Uberのデータアノテーション（ラベリング）事業拡大があります。関連してSegments.aiの買収も公表済み。Uberは「ドライバーレス開発には使わない」と明言していますが、データ収集でAI事業の競争力を高める狙いです。

事実：ギグワーカーが**“走る＋ラベル付け”で稼ぐ新モデル。
私見：日本でも物流・小売の現場で“タスク合間のAIデータ作業”**は広がり得ます。コストの壁は低く、多言語資産のある人材が優位。BPO発想から一歩進めて、店舗・配達の“待機時間”を価値化する仕組みづくりが鍵です。

3) 貿易戦争の生活インフレ：IKEAが値上げ、家具関税が直撃

関税の波が最終消費価格にまで届いてきました。IKEAは米地域で15%しか域内調達しておらず、**木製家具・キャビネット等への関税（直近25%）**の影響を受け、一部価格を引き上げへ。同社の小売売上は2年連続減。インフレが大型家具の買い控えを招いています。

事実：関税コストの一部は最終価格へ転嫁。
私見：日本の住設・家具の米市場向けは、組み立て工程の現地寄せや**SKUの軽量化（素材・サイズ）がいっそう重要に。“輸送容積×関税×為替”**の三重苦を前提に、**サプライチェーンの“米州分散”**を検討する段階です。

4) 企業の構造転換：ネスレは16,000人削減へ

世界最大の食品企業ネスレが1.6万人の人員削減（うちホワイトカラー1.2万人）を発表。狙いは組織の簡素化とプロセスの自動化。中国での需要軟化や**前CEOの社内不祥事（報道）**など投資家の懸念も背景にあり、発表後に株価は+9%超と好感されました。

事実：「選択と集中」＋「オートメーション」での再成長策。
私見：日本の食品・日用品でも、グローバル・SKUの整理、販路別“価格×容量”最適、間接部門のデジタル化は避けて通れません。GLP-1（体重管理薬）普及で加工食品需要が読みにくい中、“利益の出る棚”だけに資源を張る意思決定が問われます。

5) 国際移動の“ソフトインフラ”低下：米国パスポートが12位へ

ヘンリー・パスポート・インデックスで、米国は初のトップ10落ち（12位）。ビザなし渡航国数で劣後し、シンガポール（193）が首位、韓国・日本が続く構図。2014年は1位だった米国の下落要因として、**移民政策の影響やブラジルの“ビザ免除取りやめ”**などが挙げられています。

事実：ビザフリーの利便が相対低下。
私見：米国発着の出張・採用・イベント運営は、**ビザ・在留にかかる“時間コスト”が増大する前提で。日本企業の米国拠点の人材計画（H1-B等）**は、不確実性コストを織り込んだ採用ポートフォリオ（現地採用×ニアショア×リモート）へ。

③ まとめ

今年のアメリカの年末商戦は、「強い消費」と「弱い雇用」が奇妙に同居する、ねじれた景色です。Indeedの検索増と求人鈍化、ADPの雇用減少、NRFの支出鈍化見通し──これらは、**“売上は欲しいが、固定費は増やしたくない”**という企業心理の鏡です。配送・店舗の現場は、既存人員の活用と自動化で凌ぐ方針が主流。ターゲットは内製で、アマゾンは前年並みに厚みを足す。つまり、雇用よりオペレーション最適化の冬です。

その一方で、Uberの「デジタル作業」は働き方の地殻変動を示します。移動の“隙間時間”がAI学習データの収益源になる。データ収集のエコシステムはScale AIなどが先行するものの、Uberはドライバー網という実地の“分散センサー”を持つ。これをデータ事業に折り畳むのは合理的で、“配車×データ”の周辺で新しい収益曲線を描き始めています。

マクロでは、関税が生活インフレに波及。IKEAの値上げは“象徴的な一歩”で、供給網が細るほど最終価格に跳ね返る実例です。サプライチェーンは“安さの最適化”から“総合回収率（税・為替・輸送・在庫）”の最適化へ。パーツ現地化、SKUの軽量化、内陸拠点の見直しといった地味で効く処方が、最終利益を左右します。

企業サイドの構造転換も加速。ネスレの1.6万人削減は、「複雑化した多国籍企業」を再び“走れる体”に戻す荒療治です。自動化で間接費を削り、“勝ち筋”に資源を集める。需要が揺れる食品セクターでは、**製品群の“選択と集中”**を先送りできません。日本企業にもそのまま刺さる教訓です。

最後に、パスポートの順位低下は、“人・モノ・カネ”のうち人の流動性が政治要因で摩擦増しているサイン。米国発の出張・採用・イベントは、ビザ・在留のリードタイムと費用を余分に見込む運用が標準化します。加えて、H1-Bの費用引き上げを巡る訴訟の動きなど、制度リスクは経営計画の不確実性を高めます。

総括すれば、2025年の冬は「稼働率は上げたい、固定費は増やさない」という企業心理が、雇用・投資・価格に連鎖。AIは“省力化の武器”、関税は“コストの現実”、パスポートは“人流の制約”を可視化しています。日本企業の対米ビジネスは、①在庫と配送のKPI再設計、②現地・ニアショアのSCM強化、③**人材計画の分散（ビザ依存度の低減）**の3点で“守備力”を固めるときです。

④ 気になった記事：Uber「デジタル作業」は“合間時間の金融化”

事実：Uberは米国のドライバーに、音声・画像・文書の収集/入力などをタスク単価で発注。Segments.ai買収でデータアノテーション機能を取り込み、AIソリューション事業を拡張。自動運転開発への不使用を明言。

なぜ重要か：移動ビジネスは乗降の“ピークと谷”が避けられません。待機時間の価値化は長年の課題で、従来はクーポン配布や広告視聴に還元する発想が主流でした。今回は**“AI学習データ”という普遍的需要に接続できるため、地理・時刻に依存しないマネタイズが可能。
競争優位は「分散・多言語・実環境」でのデータ取得。これは合成データやラボ録音だけでは埋めにくい**品質差につながります。

日本の打ち手：

• 店舗・配送スタッフの“滞留時間”にデータ作業を設計（例：棚画像の撮影・タグ付け、方言音声の収録など）。

• **インセンティブ設計は“業務負荷の総量を増やさない”**ことが鍵（UI内に自然に差し込む）。

• 個人情報・著作権・労務管理のガバナンスを先回り整備（撮るもの・書くもの・録るものの“線引き”）。

⑤ 小ネタ2本

小ネタ①｜サンタの応募は早い者勝ち？
米小売のホリデー求人は**+2.7%しか増えず。一方で応募検索は+27%。今年のサンタは「ヘルプ、私こそが正真正銘のサンタです」**と、面接で笑いを取りに行く必要がありそうです（※事実は応募過熱、オチは冗談です）。

小ネタ②｜IKEAの“関税アレンキー”
関税が上がる→最終価格にじわり→DIYのやる気が試される。日本勢も**“輸送容積×関税×為替”**の魔法陣に、フラットパック＋現地調達という解呪を重ねがけしたいところです。

⑥ 編集後記

この数年、「安く、早く、うまく」を支えてきた骨格が静かに軋んでいます。安さは関税に、早さはビザと港湾に、うまさ（価値づくり）は人手不足とコストに、少しずつ削られていく。だからこそ企業は**“どこをあきらめ、どこを死守するか”**の設計に追い込まれます。

今回の材料を一言でまとめると、**「固定費を増やさずに、サービスレベルを落とさず、しかもデータで稼ぐ」**という無茶ぶりを、米企業は本気でやりに来ているということ。Uberは待機時間をデータに替え、IKEAは価格に現実を織り込み、ネスレは業務そのものを“軽くする”。アメリカは「割り切り」と「実行」が早いのです。

一方で、日本の強みは“現場の整流・継続的改善（カイゼン）”。関税も人手も為替も天気も、まとめて“工程設計”で吸収しようとする。無駄を減らし、ムラをならす。グローバルで勝つには、この強みをデータとガバナンスで増幅する段階に来たのだと思います。例えば“在庫配置の可視化”にAIを足し、“配送遅延の手当て”に現場裁量を残す。アルゴリズム×現場力。この二刀流で、コストの荒波を“静かな黒字”に変えるのが、これからの良い経営ではないでしょうか。

最後に、ホリデーの米求人が冷えるという話題。サンタも応募する時代なら、私たちは何で勝つのか。個人的には、**「待ち時間を設計できる会社」**が強くなると見ています。人が待つ、荷物が待つ、データが待つ──“待つ”はコストです。そこに価値を埋め込める企業が、来年も静かに、そして確実に勝ち残るはずです。