深掘り記事
結論(要点)
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GoogleがPrivacy Sandbox(サードパーティCookie代替の業界標準づくり)を終了。理由は採用の低迷。
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10年で広告取引はオープンな場(Open Exchange)から私有地(Programmatic Direct/Private Marketplace)へ大転換。
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企業は自社の1stパーティデータと“囲い込み面”に広告投資をシフト。クレカ会社や小売が広告事業化する時代へ。
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広告主・媒体社・プラットフォームの力学が再配分。AI時代は“機械学習×閉じたデータ”の相性が最強に。
1) 何が起きたのか(事実)
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GoogleはPrivacy Sandboxの大半の技術をリタイア。2019年発表の“Cookie代替”計画は一貫した採用が得られず終息。
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英競争当局CMAは、かつてプラットフォーム支配の懸念からコミットメントを課していたが、今回それを解除。「競争上の懸念は生じない」旨。
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Cookie廃止自体は昨年に撤回済み。つまり「Cookie後」の標準化は座礁。
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取引の重心は**Open Exchange → Programmatic Direct/Private Marketplace(PMP)**へ。
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Open Exchange比率は**74.5% →(2025年)8.1% →(2027年予測)6.7%**まで低下。
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Programmatic Directは24% → 76%、PMPは**1.5% → 17.3%**に拡大(いずれもeMarketer)。
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1stパーティデータの活用が主戦場。American Expressが広告ビジネスを新展開。Chase/Mastercardなど金融、Amazon/Target/Krogerなど小売はすでに自社データ×面で広告を販売。
注釈:
・Open Exchange=誰でも入れる公開市場。入札の透明性と到達規模は大きいが、品質やプライバシーの課題が残る。
・Programmatic Direct=媒体社と広告主が直接締結するプログラマティック枠。価格・在庫・ブランドセーフティをコントロール。
・Private Marketplace(PMP)=招待制の半クローズド市場。品質と運用効率のバランス。
・1stパーティデータ=企業が自らの顧客接点で収集した同意済みデータ。AI最適化と相性が良い。
2) なぜ起きたのか(構造)
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プラットフォーム支配への警戒:業界は「最大の広告会社が“次の標準”を決める」ことに慎重。Sandboxは規制・産業両側から牽制され続けた。
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AI時代の要請:生成AI・推薦AIは大量で一貫性のある閉鎖データを好む。開放されたWebより**“私有地の行動ログ”**が学習・推定精度で優位。
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リスク管理の進化:ブランド毀損・アドフラウド・ビューアビリティ問題が重なり、広告主は安全で確度の高い面へ回帰。
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収益モデルの再設計:媒体も“アクセス数の外部依存”から会員・ID・コマース直結に切替。面とデータを抱える者が強い。
3) 誰が得をするか/損をするか(影響)
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勝者
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小売・金融などのID富裕層:購買・決済の確かなログを持ち、Retail Media/Card Mediaとして広告在庫を販売。
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大規模媒体の直販チーム:PMP/Directの値決め力・在庫設計力を取り戻す。
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1Pデータを束ねるCDP運用者:同意の設計(CMP)×AI配信の“土台”を売れる。
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劣勢
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リーチ特化の仲介層:匿名IDでの横断最適化だけに依存すると差別化困難。
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外部流入に依存する中小媒体:Open Exchangeの縮小でマネタイズ難が進む。
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同意設計が弱いブランド:法令対応×ユーザー体験の両立が未整備だと配信が先細り。
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4) 日本のビジネスパーソンへの示唆(意見)
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“公開の海”から“私有地”へ投資配分を移す:検索・外部DSP偏重を改め、自社アプリ/会員基盤/ECで滞在させる設計に。
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データは“量”より“同意と品質”:オプトイン設計(分かりやすい許諾UI)、データ最小化、消去・開示の運用を製品の一部として作る。
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広告KPIの再定義:CVだけでなくLTV/解約率/NPSに連なる“顧客の次の行動”で評価。
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AI運用の現実化:生成AIでクリエイティブ実験→PMPで安全にA/B、Directで勝ちパターンをスケール。
5) これからの“勝ち筋”(展望・意見)
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Retail/Card/Telco Media連合が拡大。購買・決済・位置など行動の文脈×広告が主流。
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PMPの第二幕:在庫は“面”から“オーディエンス+コンテクスト+モーメント”へ。価格は時間帯・在庫逼迫度でダイナミック化。
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クリエイティブは“会話体験”へ:縦動画・会話UI・生成アシスタントに広告を自然合流させる設計が鍵。
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法令順守が差別化要素:プライバシー・景表法・薬機法・著作権。法務×運用の速度がブランドの競争力に直結。
まとめ
Cookie後の世界は、壮大な“標準化”より、静かな“私有化”で決着しました。GoogleがPrivacy Sandboxを畳んだことは、オープンWebの普遍的トラッキングという夢の終わりを意味します。
事実、プログラマティック市場の重心はOpen Exchange→Direct/PMPへ大移動。**74.5%あった公開取引は一桁%**台へ沈み、**Programmatic Directは76%**まで膨張。**PMPも17.3%**に伸びました。公開の海で“誰に当たるか分からない”配信より、合意の取れた私有地で、確度高く当てにいく時代です。
この流れを押すのがAIです。生成AI/推薦AIは連続的で漏れの少ない1Pデータを欲します。だから小売・金融・配達・通信が強くなる。購買や決済と近い面は、推定だけでなく結果(売上)で学習できる。広告は**“届ける”から“起こす(行動)”へ。
一方で、中小媒体や仲介層は難局です。外部トラフィックと匿名IDに依存するほど、在庫価値の説得力が下がる。答えは、会員化・文脈化・体験化。ニュースでもECでも、“戻ってくる場”を作れた者だけが、PMPや直販で価格決定力**を持てます。
日本企業にとっての実務は明快です。
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自社の私有地を増やす:アプリ・会員・EC/POS・サポート接点。顧客IDの生涯設計をCXの核に。
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同意設計を磨く:読みやすい許諾文、粒度可変のオプトイン、“メリットの見える化”。
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KPIをLTVに接続:解約率・リピート率・紹介率を含む収益式で広告を評価。
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AI×PMP運用の内製:生成AIで仮説量産→限定在庫で高速検証→勝ち筋を直販で拡大。
“公開から私有へ”。地味ですが、勝つための道筋はシンプルです。面とデータを自社に寄せること。そこからすべてが始まります。
気になった記事
トランプ氏、司法省に最大2.3億ドルの“損害補償”を要求していた件(事実と所感)
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事実:在任前に提出した行政手続ベースの請求(司法省・FBI捜査に関連)が、政権移行期に内部で話題になったが、就任後は動きがなかったと高官談。本人が先週の発言で再び触れ、話題が再燃。請求総額は報道で最大2.3億ドル。
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所感(意見):政治的含意は大きい一方、政策・市場への即時の実務影響は限定的。ただし、規制・法執行をめぐる行政の自律性が議論化すると、テック・メディア規制の将来不確実性は増す。投資・広報はシナリオ管理を。
小ネタ2本
① OpenAIが次世代Webブラウザ「Atlas」発表
名前からして“地図”。生成AI×ブラウズの本命は、検索でもSNSでもなく**“目的達成”のUIかも。広告は「クリック」より“完了”課金の設計**が似合います。
② NBA開幕、あのNBCテーマが帰ってきた
“パパパン、パパパン♪”。ノスタルジーで視聴者の感情LTVが上がる好例。音の資産(サウンド・ロゴ)、あなたのブランドにもありますか?
編集後記
インターネットは広場だと信じていました。誰でも来られて、誰でも語れる。広告はその屋台代。ところが、気づけば広場の真ん中に高い塀ができて、入場は招待制、屋台は家賃が上がり、出店のコツは**“オーナーに気に入られること”になっていました。
GoogleのSandbox撤退は、理想の広場が自然消滅した瞬間かもしれません。けれど、悲しいだけではない。塀の内側では、掃除が行き届き、治安が良く、迷子が減る。広告主にとっては悪くない話です。ユーザーにとっても、同意が明確で、変な追尾広告が減るなら歓迎でしょう。
問題は、塀の外にいる人たちです。小さな媒体、小さな商売、小さな物語。オープンな風に乗って届いていた声は、今後どこで響けばいいのか。AIは賢いけれど、知らない歌は口ずさまない。データがない場所に、推薦は生まれません。
だから、私たちがやるべきことは二つ。自分の私有地を耕すこと。そして、隣の庭と繋がる門を作ること。会員とコミュニティ、コンテンツとコマース、広告と体験。全部をひとつの“帰ってくる場所”に束ねる。そこにAIを住まわせる。
オープンは消えません。ただ、“努力しないオープン”が終わるだけです。砂浜に文字を書くのではなく、庭に看板を立てる。そんな時代の到来です。
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