■ 深掘り記事:世界が羨む「頭脳の墓場」になりつつある米国
アメリカは、いまや「才能の宝庫」というより、「才能の墓場」になりかけています。
──そう指摘するのが、Aspen経済戦略グループが今朝発表した報告書。
テーマはずばり、「高技能移民政策の欠陥」。
エンジニア、AI研究者、創業家といった“世界の頭脳”がアメリカを目指しても、
制度がそれを拒んでいるというのです。
1) 世界が羨む「チーム・アメリカ」、だが選び方がくじ引き
アメリカの高技能労働者向けビザ「H-1B」は、
年8万5,000件という枠を抽選で配る仕組み。
つまり、300,000人以上の応募者がいる中で、
誰が“当たるか”は完全にランダムです。
「チーム・アメリカのメンバーをくじ引きで決めるなんて、狂ってる」
と語るのは、報告書の著者であり、Institute for Progressのジェレミー・ニューフェルド氏。
彼の試算によれば、もし抽選を給与額ベースで配分すれば、
経済的便益は10年で88%増えるとのこと。
つまり「給料が高い=付加価値が高い」人材を優先すれば、
成長率が2倍近く高まる可能性があるということです。
2) なぜ「才能の宝庫」が「制度の牢獄」になったのか?
このビザ制度は、もともと冷戦後の人材流入を目的に作られました。
しかし、時代が進みAIやバイオ産業が主戦場になると、
「誰がどの分野で付加価値を生むか」の判断が制度に追いつかなくなった。
さらに、抽選を前提にした結果、
企業は**“とりあえず多めに応募する”数字ゲーム**を始め、
実際に必要な人より「当たりやすい層」を狙うようになったのです。
その結果、真に必要な人材が漏れ落ちる。
制度が「才能を評価する」どころか、「偶然を量産する」仕組みになっているわけです。
3) “100,000ドルの申請料”という「乱暴な是正」
現政権は、申請料を**1件10万ドル(約1,500万円)**に大幅引き上げる方針を打ち出しました。
狙いは、企業が“本当に必要な人”にしかビザを申請しないようにすること。
しかしニューフェルド氏はこれを「kludgy fix(場当たり的修正)」と呼び、
「構造改革を避けた“金でふるいにかけるだけ”の対応」と批判しています。
要するに、金持ち企業だけがビザを買える仕組みになってしまう。
“アメリカンドリーム”の入口が、入札制の関門に変わりつつあるのです。
4) 移民政策が“経済政策”であるという現実
報告書が最も強調するのは、
「移民政策=産業政策である」という視点。
AI、半導体、量子、再エネ──どれも国の競争力を決めるのは人材の密度。
日本が苦戦しているのも、米中が覇権を争うのも、結局そこに行き着きます。
ニューフェルド氏はこう述べています。
「アメリカのテクノロジー野心のスケールと、
それを支える移民制度とのあいだには深刻なギャップがある」
つまり、“頭脳の受け皿”を整備できる国が次の覇者になる。
いまや移民制度は、「国の知的インフラ」なのです。
5) 日本が学ぶべき「才能を選ぶ力」
日本でも高度外国人材ビザがありますが、
実際の採用数はOECD諸国でも下位。
官僚的な手続き、年収基準、家族帯同の壁──。
結果、AI人材の多くがシンガポールやカナダに流出しています。
もしアメリカが“抽選国家”で日本が“書類国家”なら、
どちらも**「選べない国」**という意味では同じ。
必要なのは、“人材を惹きつけるルール設計”です。
■ まとめ
アメリカの「H-1B抽選制度」は、
もはや経済のブレーキになりつつあります。
本来なら「最も生産性の高い人材」を呼び込むはずが、
制度がそれを逆に阻んでいる。
“人を選ぶ力”を失った国は、成長する力も失うのです。
ニューフェルド氏の試算が示す88%という数字は、
単なる統計ではなく、**「成長機会の喪失率」**でもあります。
AI・半導体・再生エネルギー──どの分野でも、
人材の“組み合わせ”が国家の競争力を決める時代。
それを抽選に委ねている国が、
「技術立国」を名乗るのは皮肉というほかありません。
そして、ここには日本への教訓もあります。
人材を「評価できない国」ではなく、「惹きつけられる国」になること。
そのためには、給与や肩書より、挑戦の余地と生活の安定を与える環境が必要です。
「優秀な人を選ぶ制度」と「優秀な人が残る社会」。
この二つを両輪で回せる国だけが、
AI時代の“知的超大国”として生き残るでしょう。
■ 気になった記事:FRBウォーラー理事、ついに「フィンテック歓迎宣言」
FRB(米連邦準備制度)のウォーラー理事が、
暗号資産やフィンテック企業を「排除しない」と公式に発言しました。
従来は「銀行だけが送金網に直接アクセスできる」原則でしたが、
ウォーラー氏は新提案「スキニー・マスターアカウント」を提示。
これは、
-
規模制限つきでフィンテックにもアクセス許可
-
オーバードラフト(貸越)禁止
-
緊急融資の対象外
という“安全付き”の新制度。
つまり「リスクを限定して門戸を開く」という中庸的モデルです。
数兆ドルが動く米国決済網に、
スタートアップが本格参入する日は近いかもしれません。
金融の世界にも、ようやく“イノベーションの通行証”が発行されつつあります。
■ 小ネタ①:「赤字企業ほど株が上がる」異常な市場
アポロのチーフエコノミスト、トーステン・スローク氏によると、
赤字企業(EPSマイナス)銘柄が黒字企業を上回るパフォーマンスを記録。
つまり、“稼げていない企業ほど株価が上がる”という逆転現象。
元PIMCOのエル=エリアン氏も「リスクプレミアムが極端に圧縮されている」と警告。
──投資家は、利益よりも“夢”に賭けている。
つまり、金融相場の熱狂フェーズに突入している可能性があります。
■ 小ネタ②:NBA、135人が“海外組”
NBA開幕ロスターで135人の外国籍選手(史上最多)。
MVPも7年連続で海外勢。
アメリカのスポーツでさえ、“グローバル人材流入”が止まらない。
移民制度が硬直している国とは、なんとも対照的な話です。
■ 編集後記
「アメリカのビザ制度はくじ引きだ」と聞くと、
思わず笑ってしまいます。
でも、笑えない。
なぜなら、くじ引きで国の未来を決めているからです。
“偶然”が入国を支配し、“手続き”が才能を締め出す。
まるで「努力ではなく運がすべて」という現代社会の縮図。
かつてのアメリカは、挑戦する人にチャンスを与える国でした。
今は、挑戦したい人が行列の外に立たされている。
皮肉なことに、**AIを生み出した国が“人間を選べない国”**になりつつあります。
日本も他人事ではありません。
海外人材を「管理する」「審査する」ことにばかり力を注ぎ、
「一緒に育てる」「残ってもらう」視点が抜け落ちている。
結局、人は制度ではなく“関係”で動く。
信頼され、歓迎され、安心できる場所に留まるのです。
国の競争力とは、GDPでも技術でもなく、
「誰がそこに住みたいと思うか」で決まる。
アメリカのくじ引きと日本の書類主義──
どちらも「人を選べない社会」という点では似ています。
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