■ 深掘り記事:物流の主導権が、いま小売からメーカーに移りつつある
2025年のホリデー商戦を前に、アメリカの大手小売企業が**「静かなサプライチェーン革命」を進めています。
表向きは何も変わっていないように見えますが、裏側では“誰がリスクを負うか”**というルールが書き換えられました。
1) 小売の新たな手口:「直輸入」から「国内配送」へ
トイザらスを支える玩具メーカーの**マテル(Mattel)**によると、
近年、小売業者が「直輸入モデル(direct import)」から
「国内配送モデル(domestic shipping)」に切り替える動きが加速しています。
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直輸入モデル:小売側が海外メーカーから直接大量発注し、
独自の物流ルートで輸入(コストと在庫リスクは小売側が負担)。 -
国内配送モデル:メーカー側が輸入・倉庫管理を行い、
小売側は国内倉庫から“必要な分だけ”を仕入れる方式。
要するに、在庫・通関・輸送リスクをメーカーに押し付ける構造です。
マテルだけでなく、ライバルの**ハズブロ(Hasbro)やジャックス・パシフィック(Jakks Pacific)**も同様の傾向を確認しています。
2) 背景にある「関税と地政学のリスク」
この動きの最大の理由は、やはりトランプ政権下での関税再強化です。
特に玩具は中国依存率が高く、約8割が中国製。
貿易の摩擦が再燃すれば、即座に価格や納期に響きます。
GlobalDataのニール・サンダース氏はこう語ります。
「これは間違いなく関税と貿易不確実性に関連している。
小売は柔軟性を得る代わりに、メーカーに通関業務や書類対応の負担を押し付けている。」
この“見えないコストシフト”が、メーカーを圧迫し始めています。
3) サプライチェーンの分断がもたらす“二重構造”
もともと米小売は、ウォルマートを筆頭に「在庫の最適化」を徹底してきました。
需要予測をAIで行い、倉庫を持たない“軽い構造”を武器にしてきたのです。
しかし、関税リスクと輸送コストの変動がそれを揺さぶっています。
結果としていま、物流の主導権は小売からメーカー側の倉庫網に戻りつつある。
つまり「Just in Time(必要なときに必要なだけ)」から、
「Just in Case(念のため備える)」への逆流です。
これはコロナ禍以降、グローバル物流の潮流転換を象徴する現象でもあります。
4) 子どもたちのクリスマスにも波及?
玩具メーカーにとって、ホリデーシーズンは年間売上の4割以上を占める最繁忙期。
しかし、マテルやハズブロが輸送負担を背負う形では、
生産・通関・倉庫運用のスケジュールが逼迫し、品薄リスクが高まります。
4月にはトランプ大統領が冗談交じりにこう語りました。
「今年のクリスマス、子どもたちは“30個の人形じゃなくて2個”で我慢するかもね。」
笑えない話です。供給遅延が現実になれば、
小売の棚は“戦略的な空白”に変わるかもしれません。
5) 日本への示唆:「発注リスクの転嫁」はすでに始まっている
この流れは決して米国だけの話ではありません。
日本でも、アパレル・日用品・家電などで
**「仕入れリスクをメーカー側に押し戻す契約」**が増えています。
たとえばユニクロのようなSPA(製造小売)モデルは例外として、
多くの量販店やECプラットフォームでは、
「売れ残りはメーカー返品」「納期遅延もメーカー責任」といった契約が一般化しています。
つまり、「サプライチェーンの下流化」はグローバルな潮流。
小売が顧客体験(UX)に集中する一方、
メーカーは**“物流業者化”**を迫られているのです。
■ まとめ
いま世界の物流の舞台裏で起きているのは、
「リスクの静かな移転」です。
関税、燃料費、地政学リスク――どれもコントロール不能な要因。
だからこそ、小売はそれを自ら抱えず、**“在庫の外注化”**に踏み切りました。
しかしそれは、単なる商流の変更ではありません。
物流のリスクを誰が持つかは、最終的に価格と供給の安定性を左右します。
小売が軽くなるほど、メーカーは重くなる。
マテルやハズブロのようなグローバル企業でさえ、
通関・保管・保険の全負担を背負えば、利益率は確実に削られます。
結果、消費者は短期的には価格上昇を感じなくても、
中期的には**選択肢の減少(品切れ・ブランド撤退)**という形で影響を受けるでしょう。
ビジネスの本質は「価値の分配」です。
そしてその分配の最前線にあるのが物流。
今回の“サプライチェーンの静かな地殻変動”は、
企業間の信頼・契約構造・責任の所在を根本から問い直す事件です。
もはや「物流=裏方」ではなく、
「経営戦略の中核」へと再定義される時代に入ったのです。
■ 気になった記事:テスラの“成長と利益のジレンマ”
テスラは第3四半期、売上高281億ドル(前年比+12%)と過去最高を更新しました。
しかし利益は13.7億ドルにとどまり、市場予想を下回りました。
理由は明快です。
販売を伸ばすために値下げと低金利ローンを導入したから。
結果、1台あたりの利益率が落ち、“量の勝利”が“収益の痛み”を伴う構図になっています。
納税者向けのEV税控除の期限切れを前に需要が集中したこともあり、
四半期の納車台数は約**49.7万台(前年比+7.4%)**の記録。
とはいえ株価は下落。
ウォール街は“成長より利益”を求めるムードに変わりつつあります。
テスラは再び、「理想主義と現実経営のはざま」で舵を切る時期に差し掛かっています。
■ 小ネタ①:牛肉価格の“政治炎上”
トランプ大統領が真っ赤な投稿をしました。
「牧場主たちは、私が輸入牛に関税をかけたから儲かってる。感謝すべきだ!」
──これに牧場主たちが激怒。
大統領のアルゼンチン産肉輸入拡大案に猛反発しています。
しかし、実際の値上がり要因は干ばつによる牛頭数減少(75年ぶりの低水準)。
政治が自分の手柄にしたがるのは世界共通ですが、
牛たちは投票しません。
■ 小ネタ②:NHLが“予測市場”と契約
アイスホッケーのNHLが、
**予測市場プラットフォーム「Kalshi」「Polymarket」**と提携しました。
スポーツリーグが公式にベッティング型データ活用を認めるのは史上初。
“予測市場”とは、賭けを通じて未来の出来事の確率を数値化する仕組み。
試合結果だけでなく、観客動員や放映権収益まで分析対象に。
データ×ギャンブル=次世代のファンビジネスが始まりつつあります。
■ 編集後記
サプライチェーンの話というのは、
たいてい“地味で複雑で退屈”に見えます。
けれど、世界が本当に動くのは、いつもこの“裏側”からです。
華やかな経済ニュースの裏で、
契約書の文言ひとつが企業の命運を変える。
それが現代ビジネスの現実です。
今回の「直輸入→国内配送」転換も、
言ってしまえば「誰が最後に責任を取るか」の再定義。
これは働く私たちにも同じことが言えます。
プロジェクトが失敗したとき、責任を取るのは誰か。
その答えを曖昧にした組織から、信頼は消えていきます。
物流という言葉の中には、“信頼”という無形資産が詰まっています。
荷物を預ける、情報を共有する、支払いを待つ。
それはすべて、信用を前提にした人間的な営みです。
AIがどれだけ予測を最適化しても、
最終的に動かすのは「誰を信じるか」という感覚。
経済の心臓は、いまも“信頼”で鼓動しています。
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