■ 深掘り記事:政治が食卓で解けない国、アメリカ
ワシントンの政治に“食事で話せば分かる”という幻想がまだ残っているようです。
だが、いまのアメリカではフライドチキンとバーボンでは政府は動かない。
Axiosによれば、政府閉鎖(シャットダウン)が4週目に突入する中、
上院議員たちは**「超党派ランチ会」を開くことにしました。
開催場所は格式高いケネディ・コーカスルーム。
メニューはケンタッキー風フライドチキン、焼きオクラ、ミシガン・チェリーサラダ──
そしてお土産にはバーボン入りグッディバッグ**。
本来なら、少しは和む場のはず。
しかし、蓋を開ける前から“主役不在”でした。
1) リーダーは出席拒否、「ランチは下々の者たちで」
ホストは共和党のランド・ポール上院議員(ケンタッキー州)と、
民主党のゲイリー・ピーターズ上院議員(ミシガン州)。
目的は「超党派の精神を祝う」──と招待状には書かれていました。
しかし、記者が上院共和党トップのジョン・スーン議員に出欠を尋ねると、返答は冷ややか。
「私は行かない。むしろその方がいいだろう。
解決は“下っ端(rank-and-file)”のレベルで起きるものだ。」
つまり、**トップは参加しないが、下が勝手にやれば?**という構図。
皮肉なことに、この言葉がまさにいまのワシントン政治を象徴しています。
2) 「誰も来ないランチ」のリアル
招待状には「共和・民主半々で50〜60人が参加予定」とありましたが、
実際は“当日判断”が多く、欠席も続出。
リサ・マーカウスキー議員(アラスカ州)はこう言い放ちます。
「ランチ? そんなのあったの? 私は内務省に行く予定よ。」
つまり、「食事で和解」どころか、誰も腹を割る気がない。
シャットダウンは政府機能だけでなく、
政治家たちの“胃袋の連帯感”すら凍らせてしまったようです。
3) 背景:シャットダウン4週目、“無交渉の膠着”
現在、政府閉鎖はすでに4週目。
にもかかわらず、与野党のトップ会談はゼロ。
民主党は「軍人と一部連邦職員への給与支払い法案」を拒否。
一方トランプ大統領は、野党指導者との会談要請を一蹴。
「話し合い」そのものが成立していません。
それでも記者の前では、両党とも「対話を模索している」と言い張る。
このギャップが、いまのアメリカ政治の**形式疲労(institutional fatigue)**を物語っています。
4) “バーボン”に頼る政治文化の限界
ランド・ポールは、会の魅力づけにバーボンをお土産に入れるという粋な演出をしました。
「酒の席でこそ本音が出る」と言わんばかりですが、
もはやその“アナログな人間関係の幻想”は通じません。
ワシントンでは今や、交渉の場はテーブルではなくX(旧Twitter)。
相手の目を見るより先に、スマホの画面を見て発言を測る。
SNS時代の政治家にとって、本音を言うのはカメラの前だけなのです。
5) 「日常を回す政治」が機能不全に陥るとき
この昼食会は、笑えるニュースのようでいて、
実はガバナンスの根幹が揺らいでいるサインです。
なぜなら、アメリカの“政府閉鎖”とは、
日本で言えば「国家予算が通らず、官僚も自衛隊も給与ストップ」状態。
それが一ヶ月続いている。
しかも、誰も“恥”を感じていない。
リーダーたちは「支持率」だけを指標に動き、
国民生活は「副作用」として扱われている。
もはやこれは、政治ではなくポリティカル・パフォーマンスです。
■ まとめ
今回の「ランチ外交」は、
アメリカ政治の“コミュニケーション不全”を象徴しています。
与野党のリーダーが対話を避け、
代わりに部下同士がフライドチキンを囲んで「解決を語る」。
本来、政治は調整の技術であるはずが、
今や演出の技術に堕してしまいました。
かつてアメリカでは、酒や食事を通じた“裏の交渉”が機能していました。
レーガンとティプ・オニール(民主党下院議長)は、
政策で対立しても夜には共に酒を酌み交わした。
その文化があったからこそ、議会はかろうじて動いていたのです。
しかしいま、政治は「演出」と「敵対」のシステムに完全に置き換わった。
SNSが分断を可視化し、
妥協することが「弱さ」に見える時代。
結果として、国家の統治能力は失われつつあります。
「政策の違い」ではなく「人間関係の断絶」こそが危機の本質。
そしてそれは、アメリカだけでなく日本にも共通する課題です。
“忖度”や“根回し”を笑う文化は、
裏を返せば「調整力の喪失」でもある。
人が人と向き合う力が衰えれば、
どんな制度も、結局は食卓のように冷えていくのです。
■ 気になった記事:サンダース、「タトゥー問題」にも“労働の文脈”を持ち込む
メイン州上院選の民主党候補グラハム・プラトナー氏(元海兵隊員)が、
過去のナチス風タトゥーや不適切発言で批判を浴びています。
しかし、バーニー・サンダース上院議員はこう擁護しました。
「国としてタトゥーではなく、崩壊しつつあるシステムに目を向けるべきだ。」
プラトナーはすでにタトゥーを覆う施術を行い、謝罪も済ませています。
サンダースは「彼は“暗黒の時期”を過ごしたが、
多くのアメリカ人も同じ経験をしている」と語りました。
一方で民主党リーダーのシューマー氏は、
現職メイン州知事ジャネット・ミルズを正式に支持。
党内分裂の構図が明確になりつつあります。
“過去の過ち vs 政治的立場”。
SNS時代の政治家にとって、
「赦し」と「断罪」の境界線はますます曖昧になっています。
■ 小ネタ①:ミシガン、民主党プライマリが大混戦
ミシガン州では、
民主党のマロリー・マクモロー候補が**「反シューマー派」**を掲げて出馬。
党執行部はライバルのヘイリー・スティーブンス下院議員を支援。
一方、共和党は前議員マイク・ロジャースを擁立。
さらに、現職デトロイト市長マイク・ダガンが無所属出馬を検討中。
世論調査では民主30%、共和29%、無所属26%。
まさに“三つ巴の州知事戦”。
ミシガンは2026年選挙の「縮図」になるかもしれません。
■ 小ネタ②:映画界の“ゴッドファーザー”、今度はドキュメンタリーに
Apple TV+の新作『Mr. Scorsese』では、
巨匠マーティン・スコセッシの半生が5時間にわたり描かれます。
監督は作家アーサー・ミラーの娘、レベッカ・ミラー。
インタビュー素材は20時間超、
デ・ニーロ、ディカプリオ、スピルバーグも出演。
スコセッシ本人いわく、
「人生を編集しようとすると、カットしきれない。」
──監督人生そのものが映画のようです。
■ 編集後記
「政治家たちがフライドチキンを食べながら和解を模索」──
記事だけ見れば笑える話です。
でも、笑っているうちに気づくのです。
この国は、もう“食卓で話せる段階”にない。
会食で打ち解ける政治は、
ある意味で人間的すぎるやり方でした。
しかし、それが失われたとき、
政治は合理的になるどころか、冷たく無意味になってしまった。
いまのアメリカでは、
「誰が正しいか」よりも「誰を攻撃するか」が報道の中心です。
日本でも同じ傾向が強まっています。
炎上が議論を上書きし、
政策よりも“敵を作る力”が票を動かす。
けれど、思うのです。
社会を前に進めるのは、怒りではなく会話の持続力だと。
それがいま、最も欠けている資質。
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