「連邦政府が止まる日常」──シャットダウンの次の痛点はここから本番です

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アメリカ連邦政府がシャットダウン(予算不成立による業務停止・縮小)に入ってから、いよいよ「絵空事」ではなく「生活が止まる」フェーズに入りました。

ポイントは2つあります。
(1) 連邦職員への給与が実際に支払われなくなった。
(2) 低所得層向けの食料支援が来月から止まる可能性が高い。

まず(1)。
国防総省(ペンタゴン)、保健福祉省(HHS)、退役軍人省(VA)といった超・基幹省庁の職員、約658,000人が、きょう時点で「最初の満額給与」を丸ごと飛ばされました。つまりフルの支給日なのにゼロです。これに続いて、来週にはさらに70万人超が同じ目にあいます。
試算ベースでは、この調子で10月末までシャットダウンが続けば、約180万件規模の給与支払い(=連邦職員の給料)が差し止めになる見通しです(Bipartisan Policy Centerの推計より)。

ここで知っておきたいのは、全員が“休んでる”わけではない点です。
各省庁には「止めると国として危ない」業務(安全保障、医療、航空管制など)があって、そこで働く人たちは“無給で働き続けるよう命じられる”ケースがあります。今回の数字でいうと、約73万人は無給で勤務中、そして約67万人はそもそも一時帰休(furlough=休ませられている)状態に入っています。
つまり給与ストップは「遊んでるから給料なし」ではなく「働いてるけど給料が来ない」人たちも大量に含むわけです。

そしてこの「無給状態」は個人消費にすぐ響きます。住宅ローン、家賃、自動車ローン、医療費、教育費など、アメリカの家計は給与2回分止まるだけで一気に資金繰りが崩れる構造です。日本の感覚でいう“ボーナス飛んだ”ではなく、“月給そのものが来ない”。生活資金のキャッシュフローが止まるので、クレカ債務や延滞が一気に増える圧力になります。

では、連邦政府は「そのうちまとめて払うから大丈夫でしょ?」という話なのか。
アメリカではシャットダウン後に「遅配分の給与を後払いで補填する」ことはよくあります。ただしそれは“政治的に合意されれば”です。合意できないから今シャットダウンしている、という身もふたもない現実を考えると、彼らは当面は貯蓄を切り崩すか、カードを回すか、大家と交渉するしかない。そこに経済の冷えが走ります。

そして(2)。
これからさらに重いのは、**食料支援(SNAP、日本でいう生活困窮者向けの食費補助に近い制度、旧フードスタンプ)**です。

米農務省(USDA)は、「このシャットダウン下では、11月以降のSNAP給付を補うための予備費用(いわゆるcontingency funds)をもう使えない」「州が立て替えても、後で国がちゃんと払い戻す保証ができない」と明言しています。
そのため、このまま連邦予算が動かなければ、約4,200万人の低所得者が来月から食費の公的支援を受け取れない見通しになっています。

これは極めて深刻です。アメリカの低所得世帯は、日々の食卓にSNAPの存在が直に効いています。家賃と食費のうち、どちらを遅らせるか?という“究極の二択”に追い込まれやすい国なので、SNAPが停止するとすぐに地域のフードバンク(寄付で運営される食料配布)がパンクする。そうなると、治安・医療(栄養失調・持病悪化)・教育(子どものコンディション悪化)まで一気に連鎖します。

つまり、給与のストップは「公務員家庭(中間層〜中流下位層)の消費を冷やす」問題、SNAPのストップは「低所得層の生存ラインそのものを切る」問題です。両方が同時にきているのが今回のシャットダウンの怖さです。

ここから先は政治の話に戻ります。

いまのアメリカ議会は、与党・野党という単純な構図ではなく、「誰がシャットダウンの『犯人』に見えるよう演出するか」という責任押しつけゲームに入っています。
・ホワイトハウス(現政権側)は「議会(特に野党側)が予算案を通さないからだ」と主張。
・野党側は「政権が無駄遣いをやめず要求が過大だからだ」と主張。
・一方で、時間だけは確実に進み、給料は止まり、次にSNAPが止まる。

この対立が長期化するほど、政治は“象徴の取り合い”に走ります。たとえば、誰が軍人・軍属(国防総省の職員)や退役軍人省(VA)の職員=つまり「国のために働いた人」の給料を止めているのか、という道徳カードが切られます。これは選挙広告で非常に効くメッセージなので、お互いが「相手こそ愛国心がない」と言い張れる構図です。

企業側の視点では、ここで3つのリスクが走ります。

  1. 消費支出の鈍化
    給与が入らない/フードスタンプが止まる→とりあえず日用品・食料以外の買い物が止まる。つまりホリデーシーズン(年末商戦)に弱い売上が出る可能性がある。アメリカ頼みのB2Cビジネス、日本でいうと食品・日用品・低価格アパレル・ドラッグストア系の輸出企業/サプライヤーには直撃です。

  2. サービス稼働の低下
    無給で働く連邦職員の疲弊は、空港のセキュリティ、検疫、港湾、医療サービスなど、社会インフラのボトルネックとして表面化します。特に物流と保健衛生は輸出入に絡むので、日本企業にも波及します。「原因は政治なんだけど、現場が回らないから入荷が遅れる」というやつです。

  3. 社会不安の高まり
    SNAPのような安全網は、アメリカ国内の治安を“最低限のライン”で安定させる役割も持っています。これが停止すれば、ローカルでの盗難や小売店舗への圧力も増えやすい。米国内小売チェーンが「安全対策コストが上がるから撤退」と言い出すと、そのエリアの販路は縮む=つまりパートナー企業にとっては市場自体がしぼむ、という負のループが起きます。

冷たいようですが、これはすでに“経済リスク”そのものです。アメリカの政治が揉めれば、単に「米国株が一瞬下がる」ではなく、「購買力が目減りし、物流が詰まり、局地的な治安コストが上がる」という、かなり生々しい形で外資企業の収益に響く時代になっていると言えます。

将来への展望については、2つのシナリオが見えます。

シナリオA:痛みが政治的プレッシャーとして機能する
つまり、給与未払いの軍関係者や医療関係者、そしてSNAPの停止寸前という“絵になる危機”があまりにまずいので、議会がギリギリで暫定予算に合意する。この場合、短期的な傷は深いものの、シャットダウンは小康状態に入る。

シナリオB:痛みが意図的に長引かされる
つまり、「この混乱こそ相手の失点」と見なす勢力が、むしろ事態の悪化を政治宣伝に使おうとする場合。たとえば“庶民の苦しみは全部あいつのせいだ”という映像を延々と流し、交渉自体は先延ばし。これは長期戦になる代わりに、経済・社会インフラへのダメージは指数関数的に増えます。

日本企業にとってのいやな現実は、アメリカの国内政治が、もはや“ウォール街 vs. ワシントン”とか“民主党 vs. 共和党”といった従来の分かりやすい枠組みではなく、「痛みを最大化して相手に責任を着せる」という“対人マーケティング戦”になってきていることです。そしてその痛みが、いよいよ現金と食料という生活の根幹に達しようとしている。
これが、今回の「シャットダウンの次の痛点」です。


まとめ

アメリカの政府シャットダウンが、いよいよ「実害フェーズ」に入りました。まず、連邦政府の主要機関(国防総省・保健福祉省・退役軍人省など)の職員およそ658,000人が、最初の満額給与を受け取れない状態になっています。さらに来週には70万人超が続き、10月末までこの状態が続けば、累計で約180万件の給与支払いが止まる計算です。これは「公務員がサボっているから給料なし」ではなく、「業務は続行しているのに無給で働いている人も大量にいる」という点が本当にキツいところです。

加えて、いよいよ低所得層向けの食料支援(SNAP)が次の山場になります。今のままでは、来月から約4,200万人が食料補助を受け取れない可能性がある、と農務省は警告しています。州が自腹で立て替えても、後で国が返してくれる保証がない。つまり、現場の行政と住民が丸腰で放り出されるかもしれない状態です。

シャットダウンとは、単に「官庁が一時停止してるよね」という事務的トラブルではありません。給与が止まる=家賃が払えない、ローンがこぼれる。SNAPが止まる=今日の食事に影響が出る。この2つのラインが同時に切れはじめているのが現在地です。これはアメリカの内需を一気に冷やしますし、年末商戦の個人消費にも影響します。

当然ながら、政治的には「どっちが悪いのか」の押し付け合いに突入します。ホワイトハウスは議会を責め、議会側はホワイトハウスの要求水準を責める。特に軍関係者や退役軍人省の職員など、「国のために働いている人たちの給料が止まっている」という構図は、どちらの陣営にとっても“相手を殴れる道具”として魅力的です。だからこそ、痛みが深いほど宣伝効果がある、という悪いインセンティブまで生まれてしまいかねません。

ビジネスサイドから見ると、この状況はすでにマクロリスクではなくオペレーションリスクです。まず、給与未払いは連邦職員世帯の消費支出を即時に縮めるので、食品・日用消費財・低価格アパレルなどの売上が落ちやすい。次に、SNAPの停止は最も価格感応度の高い層の購買力をそぐので、ボリュームゾーン向けの商品が一気に回らなくなります。さらに、無給で働く空港や物流現場の職員が疲弊すれば、検査・輸送の遅延リスクが高まり、サプライチェーンにも波紋が出ます。

つまり「アメリカの政治が揉めてるから株が揺れるね」では済まない時代に入っています。「アメリカの政治が揉める=うちの年末の売上に穴が空く」が普通に起こる。そこまで来ているということです。これは日米ビジネスにとって、“アメリカ国内政治は自社の短期PLに直結する”と考え直すべきシグナルだと思います。


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バーニー・サンダース vs. MLBチケット価格:「スポーツは誰のものか?」問題

サンダース上院議員(無所属・バーモント州、民主系リベラルの象徴的人物)が、メジャーリーグのチケット価格について噛みついています。きっかけは「ドジャースどう思います?」と聞かれたこと。ドジャースはワールドシリーズに出るレベルの強豪で、オーナーグループの中心は億万長者クラス。チケット価格はMLBの中でも高い水準です。

サンダースいわく、「いまやアメリカのほぼすべての主要スポーツチームは大富豪がオーナーだ。にもかかわらず、彼らは法外な価格を課し、VIPボックスで金持ちの友人をもてなし、一般のファンを締め出している」。事務所として「この件には関わるつもりだ」とまで言っています。

これは単なる“高いねー”の話ではありません。サンダースは長年、「公共財っぽいものが私有化・高級化されて庶民が排除される」構図を批判の軸にしてきました。医療、大学教育、住宅、そしていまはプロスポーツ。スポーツ観戦はアメリカでは地域コミュニティの誇りであり、疑似的な公共インフラに近い位置づけでした。そこにプライベート・エクイティ的なマインド(企業価値を最大化=高価格化)が入り込んだことに、彼は公然とNOを突きつけているわけです。

経営的には「需要があるから値上げする」は正しいですし、VIPエクスペリエンスは高単価顧客を囲い込む常套手段です。日本のスタジアムやコンサート会場も同じ方向に向かっていますよね。ただ、政治的には“国民の娯楽”まで富裕層モデルに完全移行していいのか、という問いにされると、防御が難しいテーマになります。

サンダースがここを本格的に政策論争に持ち込むと、「スポーツビジネスは独占的な興行権と公共インフラ(球場建設の公的補助など)の恩恵を受けながら、誰のための価格設定をしているのか」という構図に光が当たります。
スポーツはファンのものか、投資家のものか。ドジャースのチケットは、アメリカ版「子ども連れて普通に行ける価格帯ってもう無理なの?」という問いそのものになっています。


小ネタ2本

小ネタ①:サンダース、AIも殴る

サンダース議員は「OpenAI(ChatGPTの会社)は政府が分割すべきだ」と番組で語っています。要するに「AI企業が巨大化しすぎて、国民の生活や労働条件を握るのは危ない」という、GAFAM解体論に近いムードをAIにも適用しようとしているわけです。
サンダースの頭の中では、スポーツの高額チケットもAIの寡占も「超リッチな少数がみんなの暮らし・楽しみを支配してる」という同じ図式に見えている。ある意味わかりやすい世界観です。
……ただ、AI企業を分割する前に、まず政府を止めないでくれという声もあるわけで、順番よ、順番、と言いたくなるのは私だけではないはずです。

小ネタ②:バゲルがアメリカを埋める日

ニューヨーク界隈でSNSバズしたベーグル店「PopUp Bagels」が、今後4年で全米300店舗展開を狙っています。特徴は“ちょい小さめ・ふわもち系・スライスなし”スタイルと、低コスト&小区画(700〜1,200平方フィート=ざっくり20〜35坪くらい)で回せる持ち帰り特化オペレーション。
投資会社もすでに大株主になっていて、つまり「ベーグルはローカル飯」から「スケーラブルな投資パッケージ」になりつつあるわけです。
ニューヨークの食文化がまたしても「資本とバイラル」で全米展開されるのを見ながら、塩ベーグルが好きだけど塩分が気になるという告白までセットで語られるあたり、アメリカって本当にエンタメ上手だなと思います。健康リスクまでキャラ付けに使うのやめてほしい(でもちょっとわかる)。


編集後記

いま起きていることを、あえて乱暴にまとめるとこうです。

「連邦政府は止まってるけど、政治は止まってない。むしろ“誰のせいで止まってるか”という広報合戦はフル稼働中。」

シャットダウンと聞くと、日本の感覚では「役所が一時的に閉まってる」「ちょっと不便」くらいのイメージで済ませがちです。でも今回アメリカで進んでいるのは、「数十万人がいきなり無給」「来月から4,000万人規模の食費サポートが飛ぶかも」という、生活インフラの断線に近いレベルです。これって、もはや“政治ショーの副作用”ではなく、政治そのものがインフラ破壊のスイッチを握っている状態ですよね。

そして皮肉なのは、その痛みが深いほど、政治的には「相手のせいにできる」カードとして価値が上がってしまうことです。国防総省の職員や退役軍人省のスタッフ(つまり「国のために尽くしてきた人たち」)が給料をもらえない絵は、広告として最強クラスです。お互いに「ほら見ろ、あいつは国を愛していない」と言える。SNAPで困る4,200万人分の家庭も同じ。困っている人の映像は、テレビCMにもSNSにもよく映える。

つまり、痛みが政治宣伝の燃料化してしまっている。これが一番イヤなところです。
普通は「痛み=早く止めよう」なのに、「痛み=これ、向こうを殴れる強い素材だからもうちょいキープしよう」になりかねない。この倒錯が長期化すると、制度は消耗し、現場は疲弊し、国としての信頼性は削れていきます。

もうひとつ感じるのは、アメリカ政治って本当に“どれだけ物語を握るか”の勝負になってきたな、ということです。議会を開かない/開けないことも「地元のために働いている」とストーリー化される。スポーツ観戦のチケット高騰も「富裕層の私物化」として物語化される。AI企業の寡占も「国民生活を支配するエリート構造」として物語化される。
そしてその物語は、経済や制度よりも先に流通します。事実関係は後からついてくる。

経営の立場でいうと、これは非常にめんど……いえ、非常に難しい環境です。数字や制度の安定性より、政治ストーリーの瞬発力で現実が動くので、リスクシナリオを描く時に「この政策案が議会を通るか?」ではなく「この映像が選挙広告に使われるか?」から逆算しないといけないのです。もはやIR資料というより、炎上予測マップが必要になってきます。

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