深掘り記事
今回の英語記事が面白いのは、「景気が悪いからクビにします」ではなく、**「景気は悪くないけど、今のうちにスリムにしてAI時代の体制にしておきます」**という論理でレイオフが出ている点です。ここが2022〜23年のテックリストラとよく似ているようで、実は温度が違います。
1. 表面は安定、下では崩れはじめている
失業率は16カ月連続で4〜4.3%の狭いレンジ。パッと見は「ソフトランディング成功」みたいに見えます。ところが記事が指摘しているのは、
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求人倍率が0.98(失業者1人に求人が1件ない)まで落ちた
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2022年3月のピーク(2倍超)から大きく低下
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企業は「採用を絞っている」が「まだ本格的に解雇してない」
という構図です。つまり「表に出る失業はまだ増えていないが、労働需要そのものは細ってきた」。ここでAmazonの1.4万人、UPSの4.8万人、Paramount Skydanceの2,000人という“目立つレイオフ”がどんと乗ってくると、心理が一段落ちるわけです。
2. 企業心理が変わった3つの要因
記事ははっきり書いています。今回のレイオフは**「需要が落ちたからの守り」ではなく「AIで軽くできるからの攻め」**に近いと。
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2021年の人手不足が記憶から消えた
コロナ直後は「人が取れないから今いる人を絶対に手放すな」でした。今はそれがない。だから“ワーカー・ホーディング(人材囲い込み)”をやめつつある。 -
AI投資が“次の成長”として見えてきた
投資家も取締役会も「AIのためのコストならOK」と言いやすい。なので**“人件費→AIに付け替える”**口実ができた。 -
景気がそこそこ強いから、今なら出来る
面白い逆説ですが、景気が一応強いからこそ「いまスリムにすれば来年もっと儲かる」と経営陣が考えやすいのです。
Amazonの人事トップ、ベス・ガレッティが書いた「業績がいいのになぜ減らすのか」という問いへの答えが象徴的で、
「もっと薄い階層で、より所有権を持った構造で、もっと速く動けるようにするため」
と言っています。つまり**「今のうちに組織摩擦を減らしておきたい」**のです。
3. “少しのレイオフ”でも効きやすい局面
記事がもうひとつ言っている大事なことは、**「今は採用が鈍っているので、少しの解雇でも失業率が上がりやすい時期に入った」という点です。
採用が旺盛なら、1万人のレイオフが出ても吸収されます。ですが今の米雇用は「多くは雇わないけど、まだ大きくも切ってない」**という薄氷バランス。ここにAmazon・UPS・Paramountのような“名前のある企業”の人員削減が乗ると、人々の体感失業率だけが先に悪化します。
実際、消費者信頼感の指標では人々は「雇用は悪化している」と答えているのに、政府統計上はまだ4%台というねじれが起きています。人間は統計よりも「タイムラインに流れてくるレイオフ情報」で景気を感じるので、「景気はいいらしいのに職が不安」という心理不況が起きやすい。
4. 今回のレイオフが“質的に”怖い理由
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AI前提での人減らし
今回の削減は「一時的コストカット」ではなく「これからの仕事の作り方をAI前提で再設計するから人をいったん抜く」というタイプです。これは元に戻らない可能性が高い。 -
上位ホワイトカラーにまで来ている
Amazonの14,000人は“コーポレート”です。UPSも管理職が含まれます。現場・時給からではなく、中間管理・ホワイトカラーの“層”を削る動き。すると再就職は「同じ給料のまま横に移る」が難しくなり、ダウングレード転職が増える。 -
「実は前から減らしたかった」分も一緒に出す
こういうとき企業は“AIのせい+マクロ不透明”という二重の理由を一緒に出せるので、余分に削りがちです。
5. それでも「すぐにリセッション」とは限らない
記事も冷静で、「2022〜23年にももっと大きいレイオフがあったけど、0.5ポイント上がっておしまいだった」と書いています。今回も**“騒音レベル”で終わるシナリオ**はあります。実際、AIブーム・株高・減税で需要側はまだ支えられている。
ただし違うのは、企業が「もう人は抱えないモード」に入りかけていること。
2021年は「人を取ったら取っただけ成長する」でした。
2025年は「AIで伸ばすから、人は最小で」になりつつある。
この転換が、労働者にとっての本当のリスクです。
まとめ
今回のポイントを一言でいえば、
**「景気が悪くないのに首が飛ぶフェーズに入った」**です。
通常の景気後退は「売上が落ちる→人を減らす」という順番でした。ところが今は逆で、「AIで儲けるから先に人を減らす」「機敏に動きたいから階層を薄くする」という組織デザイン主導のリストラになっています。だから「なぜ?会社は黒字じゃないの?」という違和感が出る。
表面上の失業率は4%台で安定していても、
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求人倍率は1倍を割った
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企業は採用ペースを落とした
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労働者の景況感は悪化している
という“下の3点セット”がそろうと、ちょっとした追加レイオフでも数字に跳ねやすい。いまがまさにその入口です。
もうひとつの特徴は、AIが今回初めて「本格的に人を削る口実」として前面に出たことです。Amazonは「より薄い組織でより速く」と述べ、UPSもスリム化を進め、Paramountも統合を理由に削減を始めています。どれも“AI+統合+スピード”を掲げていますが、裏を返せば「人がいると遅い」という話です。
このパターンが広がると、労働市場の“底”が変わります。
2021年までは「人が取れないから賃金が上がる」でした。
2025年は「AIがあるから賃金は上がらないし、人もそんなに取らない」になりやすい。
すると、働く側は**“会社の成長に自分の人数が含まれていない”リスク**を常に意識せざるを得ません。
それでも、現時点では「大量解雇→景気急落→株暴落」という典型的リセッションシナリオではありません。需要側はまだ息をしていて、トランプ政権の貿易緩和ムードもあって企業のマインドはむしろ前向きです。だからこそ怖いのです。**「景気はそこそこ、でも人は減らす」**という状態は、働く側の交渉力を静かに削っていきます。
言い換えると、これから数年は“失業率のわりにしんどい労働市場”になる可能性が高い、ということです。
気になった記事
「トランプ×習近平、今回は“壊さないための会談”」
今回のトランプ大統領と習近平国家主席による会談は、成果うんぬんよりも**「壊れかけた停戦を補修する」**性格が強そうです。記事では、
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レアアースをめぐる緊張が再燃していた
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米国は韓国・日本と組んでレアアースの精製設備を米国内に持ってこようとしている
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中国は中国で、米国産大豆をまた買い始めている
とあり、要するに**「お互い本気でぶつかるとめんどくさいので、とりあえず材料を交換して落ち着こう」**という雰囲気です。
ポイントは、財務長官ベッセントが「今週末に100%関税はたぶんやらない」と言っているところ。これは裏を返せば、“関税カードはまだ持ってるからね”という政治的メッセージでもあります。レアアースも大豆も、両方とも国内支持に直接効く品目です。そこを事前に動かすことで、首脳会談を“失敗にしない”土台を先に作っているわけです。
日本としては、米中がこういう“取りあえずの緩和”をやるときにサプライチェーン投資の話が必ず出てくるので、ここで日本企業がどれだけ「米国内でやるよ」と言えるかが差になります。今回トランプが日本の新首相と締結したのもまさにそこ。米中のケンカは、見方を変えれば**「どちらの陣営の国内に設備を作るかのセールス合戦」**なのです。
小ネタ2本
① オーストラリアの高校生、まさかの「違うシーザー」問題
ローマ史のテストで、教科書がジュリアスじゃなくてオクタビアヌス(アウグストゥス)を教えていたという事件。日本で言えば「織田信長のテストだったのに全員豊臣秀吉を勉強してきた」みたいなやつです。教育委員会は「減点しません」と言いましたが、受験生にしてみれば「それ最初に言って…」です。
② 韓国大統領の“黄金の冠”外交
韓国の李在明大統領がトランプ大統領に古代の王冠レプリカを贈呈したとのこと。これ、日本でやるなら絶対「正倉院レプリカ」か「三種の神器っぽいやつ」をどこまでオマージュしていいかで外務省が揉める案件ですね。贈り物の“重さ”で、相手がどこまで本気かだいたいバレるので、外交ウォッチにはこういう細部が最高に楽しい。
編集後記
「会社がうまくいってるのにクビになる」というのは、人間の納得感が一番得にくいパターンです。赤字だから仕方ない、ならまだ人は腹をくくれます。ところが今回は、株価は高い、AI投資は伸びてる、トップは視察で世界を飛び回ってる、その一方で「階層を薄くしたいので今月で…」と言われる。これでモチベーションを保てと言うのは、ちょっとした宗教です。
でも企業からすると、いまが一番やりやすいんですよね。景気がそこそこ、株主はご機嫌、AIという大義名分もある。つまり「痛みを飲ませるなら今」が一番説明しやすい。だからやる。合理的です。合理的なんですが、それを3年も5年も続けると、組織の中から“会社の成功を自分ごとにする人”が減っていきます。いわゆる「私はプロジェクトだけやります人間」ばかりになって、会社に血が通わなくなる。
日本の90年代もこれをやりました。成果主義を入れて、子会社化して、コストセンターを絞って、「今のうちに一気にスリムにしよう」とやった結果、失われたのは人件費だけじゃなくて**「会社を良くしようと思ってる中堅」**でした。トヨタのような層の厚いメーカーは耐えられましたが、層が薄い会社はごっそり人が抜けたあとの再成長で苦しんだ。いまアメリカのコーポレートで起きているのは、その高速版です。
そして一番の皮肉は、これらのレイオフ情報を最初にキャッチするのがLinkedInに張りついている同じホワイトカラー仲間であること。タイムラインが「サポート」「ハグ」「次のチャプターへ」で埋まり、でも次のチャプターがAI統合されたさらに薄い組織だとしたら、どこに逃げるのか。SNSによって情報の“伝播スピード”が上がったぶん、体感不況も加速する。まさに「レイオフは広報イベントになった」と言ってもいい。
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