利下げムードに冷水、でもAIは止まらない――「金融が緩まないままAIだけ先行する時代」の歩き方

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深掘り記事

FRBのパウエル議長が、めずらしく市場に向かって「そんなに12月利下げを確信しないで」と強めに言いました。これが今回の英語記事のコアです。

「年内の追加利下げは**“ほぼ決まり”ではない。むしろ遠い**」

とわざわざ釘を刺した。これが意味するのは、(1)FOMCの中がかなり割れていること、(2)市場の“利下げ前提の株高”がFRBの想定より進んでいること、(3)インフレの再燃を警戒する“タカ派サイド”がこのタイミングで声を上げたこと、の3点です。

1. 「両サイドからの反対」という異例の会合

今回おもしろいのは、同じ会合で「もっと下げろ」という人と「今回は下げるな」という人が同時に反対したことです。記事でも「今世紀でこういう両側ディセントは3回しかない」と書かれていました。つまり、足元の米国経済は

  • 失業率はじわじわ上がっている(だから下げたいチームがいる)

  • でも物価はまだ3%台で、そこにトランプ政権の関税(=物価押し上げ要因)が乗るかもしれない(だから下げたくないチームもいる)

という**“二つの現実が同時に存在する”**局面に入ったということです。

ふつうは「景気が悪いから下げる」か「物価が高いから据え置き」のどちらかに寄るのですが、今回は政府閉鎖でデータが出てこない。雇用統計もCPIも遅れている。つまり「どっちが本当か分からないまま決めなきゃいけない」ので、委員の価値観の違いが剥き出しになったわけです。

パウエルはここで、マーケットがほぼ「12月も下げ」と見ていた確率(約88%)を71%まで下げることに成功しています。これは中央銀行としては珍しく露骨な**“口先のブレーキ”**です。

2. その一方で、AIのほうは全力前進

ところが同じ紙面で出てくるもう1本のニュースは「OpenAIがAardvarkという“AIでバグを探してくれるエージェント”を出す」という話。ここが今回のセットのミソで、FRBが「ちょっと冷静に」と言っている横で、テクノロジーサイドは一切スピードを落としていないことがはっきりしました。

Aardvarkは、OpenAIのVPが説明している通り人間のセキュリティリサーチャーがやるようなバグ探索をAIが自動でやるものです。これがなぜ重要かというと、

  1. サイバー攻撃の入口の多くはコードの“ちょっとした抜け”で、そこをAIで事前に潰せると企業のリスクが一気に下がる

  2. これまでは“優秀な人が時間をかけてやる”領域だったのでスケールしなかった

  3. そこにAIを差し込めれば、セキュリティも“AIでやる前提”に変わっていく

つまり、金融は「次どうする?」で揉めているが、AIは「次を作った。どうせみんな使うでしょ?」で進んでいる。スピード感がまるで違うんです。

そしてここが本当に怖いところですが、サイバーの世界は“攻撃側が先にAIを入れてくる”んですよね。だから防御側もAI化せざるを得なくなる。つまりAardvarkのようなエージェントが出ると、「AIを入れていない企業」は防御力が相対的に低くなる。結果的に、投資を遅らせていた企業も、いやでもAI支出を増やすことになります。

3. 米中「またか」な合意が意味すること

もう一つの記事、トランプと習近平の“また似たような合意”の話。ここは「構図が変わってない」のがポイントです。

  • レアアースをめぐる小康状態

  • 大豆を買いますよ

  • 輸出規制は一部戻しますよ

といった要素が並んでいて、2019年や2025年のミニ合意とほぼ同じ。記事も「何度も約束したけど毎回どこかでほぐれてる」と書いています。つまり、この種の“1年有効な合意”は、米国企業にとって「投資を決められる時間を1年だけもらえた」ことにしかならない

1年後にまたひっくり返るかもしれないならどうするか。
→クラウドやAIインフラのような「米国内に立てる投資」を優先します。
→レアアースのトラブルに左右されない分野の研究を続けます。

結果として、地政学リスクがあるほどAI・サイバー・ソフトウェア投資が“国内にとどまるお金”として強くなる。これも今回の記事が示している“AIブームが続く理由”の一つになっています。

4. つまり今こうなっている

  • FRB:データ不足+インフレ3%台でかなり慎重。利下げ観測にはあえて冷水

  • 政治・通商:合意は出るが1年もの。企業は「長期で中国に賭けにくい」状態続く

  • テック:サイバーや開発者向けにAIをさらに押し込むフェーズに突入

  • →結果:金融はブレーキ気味なのに、実体のAI投資だけは止まらない“歪み”が生まれている

この“歪み”が長く続くと何が起きるか。
1つは**「金利がそんなに下がらないのに、AI関連株とインフラだけが高い」という、投資家にとってかなりやりにくい相場になります。もう1つは「AIは成長してるのに給料はそんなに上がらない」**という、読者の皆さんが一番イラッとするパターンです。


まとめ

今回のニュースをまとめると、次の3点に尽きます。

  1. FRBは市場ほど“楽観利下げモード”ではない
     12月利下げ確率をわざわざ下げたのは、「まだインフレは3%台で、そこに関税分がこれから乗るかもしれないのに、そんなに簡単に緩和できない」というメッセージです。加えて、政府閉鎖で統計が遅れているので「データがないなら動くな」という発想もあります。つまり、**「利下げは続けるけど、あなたが思ってるほど一方通行じゃないよ」**と中央銀行が言った。

  2. しかしテック側はギアを上げた
     OpenAIのAardvarkは、セキュリティという“落ちるとシャレにならない領域”にAIを入れようとしています。これは生成AIやチャットボットよりも企業側の意思決定を動かす力が強いです。なぜなら「これを入れないとサイバー攻撃に弱い」と説明しやすいから。つまり、**「AIは景気敏感ではなく、リスク敏感で導入されるフェーズ」**に入ったということです。景気が少し鈍っても、セキュリティ強化名目なら予算は下がらない。ここが重要です。

  3. 米中は“時間を買っただけ”
     トランプと習が発表した内容は、これまでの合意の“やり直し+1年延命”に近い。関税は完全には戻らないし、レアアースは1年だけ様子を見る。つまり、企業が「じゃあ中国で長期のサプライチェーンを…」と安心して言える状況にはなっていません。結果、**「とりあえず米国内・同盟国内で回るAI・半導体・サイバーにお金が寄る」**という構図が固定されます。

この3つを合わせると、

「金融はややブレーキ、通商は不安定、でもAI投資だけは止まらない」

という、かなりいびつなマクロの絵ができます。日本のビジネスパーソンにとってのポイントは2つです。

  • 12月の米利下げを前提に円高・株高を描きすぎないこと(FRB自身が水をかけたので)

  • 企業内でのAI・セキュリティ投資は「足元がやや不安でも止まらない」ので、ここだけは予算を細らせないほうがいいということ

特に2つ目は、来年以降の差になります。いま動く会社と、「来年度にしましょう」と言う会社で、セキュリティ水準と開発スピードが1年ずれます。AIは、1年遅れが本当に1年遅れになります。取り戻しが効きません。


気になった記事

「何度も同じ米中合意をしているのに、なぜ市場は毎回見るのか」

記事では「今回の合意はここ6年ぐらいで何回目だ?」というトーンでした。2019年のPhase One、2025年5月のレアアース小休止、そして今回。構成要素はほぼ同じです。

  • 米:関税をちょっと下げる

  • 中:大豆買うよ、レアアースは少し緩めるよ

  • 両方:とりあえず今月はケンカをやめる

でも、根本のパワーバランスは変わっていません。レアアースの精製はまだ中国が握っているし、米国はそれを短期には代替できない。だからアメリカは「1年あればサプライヤーを増やせる」と言いながら、実際にはまた1年後に交渉している。記事が言う「1年の猶予を米国にくれた」という表現はその通りで、要するに

「脱中国をしたいアメリカが、脱中国のための時間を中国から買っている」

という逆説的な状態です。

この構図がある限り、米国の企業は**“中国で作るより、米国内でAI・半導体・サイバーに投資したほうが政治リスクが低い”**と判断しやすくなります。だからAI投資が減速しにくい。つまり米中関係の不安定さが、回り回ってOpenAIやNvidiaやマイクロソフトの「国内で回るAI経済」を後押ししている、というのが今回の面白い点です。


小ネタ2本

  1. 「Aardvark」って名前が地味にいい
     アリクイの仲間を指すんですが、英語圏で「A」で始まる名前をつけると、古いハッカーチャットでソートしたときに上に来るんですよね。OpenAI、こういうところまで考えてそうでちょっと怖い。

  2. FRBの“口だけ介入”は健康的
     データがそろってないのにサクサク利下げされるより、今回はっきり「遠い」と言ったのは、むしろ政策の質が上がった証拠です。市場が先走りすぎると、あとで「やっぱりやめるわ」でショックが大きくなるので、今のうちに冷やしておくのは大人の対応。


編集後記

「AIは景気循環と別の時間を歩き始めたな」と今回あらためて思いました。

ふつう、テクノロジーってマクロと一緒に上下します。景気が悪くなればIT投資が削られて、「今年はリプレース見送りです」となる。ところが今回のAIは、削ると“防御が落ちる”タイプの投資になりつつあります。サイバー、コード検査、運用自動化、生成AIでの社内検索――どれも「入れておけばリスクが下がる」「入れないと遅れる」方向に設計されています。つまりAIは“攻めのIT”から“守りのIT”にも足を突っ込んだ。守りのITは、景気が悪くてもあまり削られません。そこがポイントです。

一方で、金融はどうかというと、こちらはより人間くさくなっています。データがないと決められない、委員の意見が割れている、しかも政治日程や通商が重なっている。要するに「AIに比べて人間のほうが進むのが遅い」。でもマーケットは、足の速いほう(AI)に値付けをしてしまう。遅いほう(金融・政治)の事情はあとからぶつかってくる。これが今の歪みです。

こういうときに個人投資家がやりがちなのは、「AIがこんなに伸びるなら、FRBもそれに合わせて緩めるだろう」という“願望連立方程式”を作ることなんですが、FRBは今回それをはっきり否定しました。AIが伸びるからといって、インフレの3%台がきれいに2%になるわけではない。しかも関税が上に乗る。だから「AIがあるから利下げしやすい」は、実は逆方向なんですよね。**「AIがあるから、多少締め気味でも景気は死なない」**と見られてしまう可能性すらある。

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