深掘り記事
ここに来て、ウォール街がざわついています。テーマはAIそのものではなく、“AIに使われているお金の出どころ”。
Metaの決算が象徴的でした。業績は絶好調なのに、「AI投資をさらに加速する」と言った瞬間に株価が11%も吹き飛んだ。
理由は単純で、そのAI投資が“借金”で賄われているからです。
AIの建設ブームは、いまやデータセンターを量産するだけでなく、電力・水・土地を含めた巨大インフラプロジェクトになっています。問題は、企業がそれをどう資金調達しているか。
記事によれば、今や“Big TechのAI投資=AI債務(AI debt)”という構図が見えてきており、ウォール街ではこれを「AI debt dilemma(AI債務ジレンマ)」と呼び始めています。
1. 「借金でAI」はいつから始まったのか?
AI投資の初期段階では、GoogleやMicrosoftのような超優良企業が内部留保やキャッシュフローで賄っていました。ところが2024年後半以降、AIの波に乗り遅れまいとする企業が増え、“借金してでもGPUを積む”動きが加速。
たとえばOracleは、2028年度までに債務が倍増し、2,900億ドル(約44兆円)を超えるとモルガン・スタンレーが試算しています。これはもはや通信会社か国家規模。
リスクは単純明快です。
需要が想定通りに来なければ、「借金で建てたAI工場」だけが残る。
投資銀行D.A. Davidsonのギル・ルリア氏は、「AIに対する需要がまだ不明確な企業が、借金で先回りしている」と警告しています。つまり、本来はエクイティ(株式)でやるべきリスクを、負債で取っているということです。
2. “AI負債”の構造と罠
ここで重要なのは、すべてのAI債務が悪いわけではないという点です。
Microsoftのように「キャッシュが潤沢で、借りても返せる企業」は、むしろAI投資が強気のサインになります。
しかし、OracleやCoreWeaveのような二線級プレイヤーが同じように借金を膨らませると、事情はまるで違う。
AIハードウェアの世界では、Nvidiaの新チップが出るたびに設備投資がリセットされます。つまり**「新型GPUを買わないと生き残れない」=常に借金を継ぎ足す**。
このスパイラルが止まらない限り、キャッシュフローが黒字でもバランスシート上の借金は膨張を続ける。
AI投資のリターンは「将来の生産性向上」ですが、その“将来”がいつ来るのかが誰にも読めない。
だから企業はオフバランス(表に出ない借入)を使い始めています。データセンターをリース扱いにして帳簿から外すなど、リーマンショック前に住宅ローンを「証券化」して外に出したのとよく似ています。
3. 「AIは金利に強い」は本当か?
Fed(米連邦準備制度)のパウエル議長は最近、「AI関連支出は金利にあまり左右されない」と発言しました。
つまり、**“借金してでもAIをやる”**動きは止まらないという見立てです。
これ、聞こえは強気ですが、裏を返せば「金利を下げてもAI以外の業界は動かない」という意味でもある。
事実、パウエルの会見直後、株式市場では小型株や景気敏感株(cyclicals)が軒並み下落しました。
一方で、“マグニフィセント・セブン”ETF(AI中心の7社)はむしろ上昇。
つまり、AIと経済がほぼ一体化してしまった。
AIが倒れれば景気も冷え込む。
Fedは株価の集中を問題視していませんが、「AI銘柄の崩壊=金融引き締めと同じ効果」が出るため、間接的には見張っている。
4. 「借金AI」が招く“もう一つのリーマン”
ルリア氏は、「もしAI需要が鈍化した場合、このAI債務バブルが金融危機級のシステミックリスクになる」とまで警告しています。
理由は3つ。
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データセンター投資は担保価値が読みにくい:工場や土地と違い、AIサーバーは陳腐化が早い。中古市場での換金性が低い。
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サプライチェーンが狭すぎる:GPU・電力・不動産・冷却設備など、限られた数社が独占。連鎖リスクが高い。
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オフバランス取引が多く、全体像がつかめない:投資家も監査法人も、どこまで借りているか正確に把握できない。
この構造はまるで2008年の住宅ローンバブルと似ています。あの時も「住宅価格は下がらない」という信念があった。今は「AI投資は必ず回収できる」という信念がある。
しかし、“信念で借金”ほど怖いものはない。
5. それでも借りる理由
それでも、企業はAI投資を止めません。なぜか?
答えは単純です。「競合も借りてるから」です。
AI競争はゼロサム。遅れた瞬間に負ける。だから借金をしてでも先にGPUを積む。
まるで戦時中の軍拡競争のようなものです。
投資家の心理もそれを後押ししています。株主は「借金してでも成長を見せろ」と言い、CFOは「借金を表に出すな」と言う。
そしてAIハードウェアの納期は伸びる一方。需要を読む前に契約しなければならない。
**「リスクを取らないとGPUが回ってこない」**という現実が、AI債務を増やす最大のトリガーになっています。
6. いま何を見ればいいのか
投資家や経営者がチェックすべきは、「AI設備投資が何によって支えられているか」です。
キャッシュフローか、借入か、リースか。
たとえばMicrosoftのAI支出は現金収益で回っているが、OracleやCoreWeaveの拡張はほぼ債務。
「AIを作る会社」と「AIを借金で作る会社」では、見た目は同じでもリスクの質が違う。
ルリア氏が言うように、「もしAIが実際に生産性と売上を押し上げるなら、借金でもいい」。
問題は、“AIで儲ける”企業がまだ極端に少ないことです。
まとめ
今回の記事が伝えている本質は、AI経済の第2章が「資金調達の章」に入ったということです。
これまでのAIは“語りの経済”でした。NvidiaのGPUが不足している、AIが人間を超える、生成AIが仕事を奪う——。
でも今は、「そのサーバー代、誰が払ってるの?」というリアルな世界になった。
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Metaは強気にAI投資→株価−11%。
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Oracleは債務倍増見込み。
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Microsoftだけが“借金しても返せる会社”として好感。
投資家はこの差を見ています。
Fedは金利をどうするか悩んでいますが、AIの支出は金利に鈍感です。つまり、AIが勝手に景気を押し上げている(ように見える)ため、「AIバブルが景気の指標化」してしまった。
だからPowellが「12月利下げは確定ではない」と言った瞬間も、市場は冷静でした。S&P500の下落はわずか0.5%。
AI関連ETFはむしろ上がった。AIが金利を超えたのです。
ただし、金利より怖いのが「借金の中身」です。
AIの世界では、毎年リセットされるGPUの世代交代が続き、投資回収のタイミングが見えません。
リターンが曖昧なまま債務だけが積み上がると、**「AI版サブプライム問題」**になる。
まだ誰も破綻していないのは、AI需要が途切れていないから。でも一度ブレーキがかかれば、データセンター、半導体、電力、不動産、すべてが一気にしぼむ。
AIは確かに未来を作りますが、未来を借金で作っている以上、「未来の分割払い」には利子がつく。
そしてその利子を払うのは、結局は市場全体です。
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「Nopetober」:ビットコインの“10月伝説”が終わった
ビットコイン界隈には、これまで「Uptober」という言葉がありました。10月は毎年上がる、というジンクスです。
ところが2025年はマイナス7.2%。CoinGeckoでの価格は10月1日の11.85万ドルから、月末には11万ドル割れ。
記事は「Nopetober(ノープトーバー)」と揶揄しています。
背景は2つ。
1つは、スポットETF解禁で機関投資家が入った結果、値動きが“株式的”になった。
つまり、かつてのような「オタクの祭り」ではなく、「金利・リスク資産の一部」として機械的に売られるようになった。
もう1つは、トランプの対中関税発言。ビットコインは「政治的緊張で上がる資産」から「政策リスクで売られる資産」に変わりつつある。
2024年までは祭り、2025年からは金融商品。成熟とはつまらなくなることでもあります。
小ネタ2本
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上院の“ハロウィン会議”がカオスすぎた
Joni Ernst議員が議場で「ハロウィンの空きビルに看板出そう」と“Spirit Halloween”のパロディを掲げ、John Kennedy議員は「フクロウのDEI(多様性施策)反対!」と熱弁。最後は「Bat Week(コウモリ週間)」を全会一致で可決。アメリカ議会の“演出力”には勝てません。 -
CoreWeaveが“借金AI”の代名詞に
GPUリース企業のCoreWeaveがNvidiaに次ぐ注目株になっていますが、その資金源の多くがデット(負債)。「AIのAWSになる」と豪語していますが、AWSが黒字化までに10年かかったことを思い出すべきかもしれません。
編集後記
AI投資というのは、ある意味で人類の「集団的ギャンブル」だと思います。
まだ誰も確信していない未来に、みんなでお金を投げ続けている。しかもその資金の多くは、借り物です。
AIが本当に社会を変えるなら、これは「未来への前払い」。でも、もしAIが“思ったほど儲からなかった”ら、それは「未来へのローン破産」になる。
Metaのマーク・ザッカーバーグが、広告で稼いだキャッシュをAI研究に突っ込み、そのせいで株価が2,000億ドルも消えた。それを見ているウォール街は、もうAIを信じていないのではなく、「AIに耐えられる財務を持っているか」を見ている。
結局、未来を信じるにもクレジットスコアが必要な時代です。
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