金利下げたい市場 vs. 下げたくないFRBの“静かな綱引き”

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いまのアメリカで一番面倒くさいのは「トランプかバイデンか」ではなく、「市場が思っているFRB」と「実際のFRB」が微妙にズレていることです。
ここ2カ月、市場は「はいはい12月も利下げね」とほぼ決め打ちで株を買ってきました。ところがFRBの内部では、「いや、そんなに急いで下げる状況じゃない」と考えている人たち——いわゆるタカ派(hawks)——が、かなりはっきり声を上げ始めています。

今回の記事に出てくるのは、カンザスシティ連銀のジェフ・シュミット総裁、ダラス連銀のローリー・ローガン総裁、そしてこれから公開討論に出てくるクリーブランド連銀のベス・ハマック、アトランタ連銀のラファエル・ボスティック。全員が同じことを言っています。

「インフレはまだ高い。株は高すぎる。設備投資はAIで伸びてる。なのに、なぜ今さらに利下げるのか?」

つまり彼らの論点はこうです。

  1. 成長はそこそこ強い
     AIブーム+株高で企業の設備投資は増えている。そもそも「景気が死にそうだから金利を下げる」という状況ではない。

  2. インフレは“2%に戻った”とは言えない
     医療費・保険料・サービス価格にじわじわ広がっていて、4年以上もターゲット超え。ここで緩めるとぶり返すリスクがある。

  3. 労働市場の問題は金利で解決しない
     今回の雇用の弱さは「構造的な変化」(高齢化・AIによる職務の再設計)であって、0.25%下げたくらいでは何も起きない。

  4. 金融環境が緩すぎる
     株、社債、ジャンク債の発行がガンガン通る。つまり「お金は足りている」。ここでさらに金利を下げれば、ただの資産価格の押し上げになる。

こうして見ると、タカ派の主張はわりと筋が通っています。特にシュミット総裁は「25bp(0.25%)下げても雇用には効かない。むしろ需要を抑えてインフレが落ち着く余地を作るべきだ」と書いています。
要するに**「今は“効く”利下げじゃない。だからやるな」**ということです。


それでも“下げたい”人たちがいる理由

ここがややこしいところで、FRBは委員会組織です。理事(ワシントンにいる人たち)は常に投票権があり、地方連銀総裁は持ち回り。つまり、ワシントン組が「下げたい」と言えば通りやすい構造なんですね。

ワシントン組が下げたい最大の理由は2つです。

  1. 政府閉鎖でデータが出ない
     雇用統計・CPIなど、普段なら“それを見てから決めます”と言える指標が止まっている。データがないときは“予防的に緩めておく”のが教科書的。

  2. 景気の“層別”が進んでいる
     全体の数字は悪くないが、低所得・一部の業界・一部の地域だけ傷みが来ている。政治的にも「見て見ぬふり」はしづらい。

で、市場はそれを読んで「じゃあ12月も利下げだな」と先回りして買っていたわけです。
しかし今回タカ派が強めに反論したので、**「あれ、12月って確定じゃないの?」**という空気に変わった。これが今回のポイントです。


金利だけじゃない、もうひとつの“反乱”——関税

この記事で面白いのは、同じ週に“トランプの関税”にも逆風が吹いていたことです。
上院で、トランプ大統領の「リベレーション・デー(関税を広くかけるための非常事態宣言)」を取り消す決議に、なんと共和党のマコネル、コリンズ、ムルコウスキー、ランド・ポールが賛成しました。

  • ブラジル向け関税を外す

  • カナダ向け関税も外す

  • そもそも「非常事態」で貿易政策をねじ込むのは違うのでは?

……と、**「与党なのに大統領にノーを言う」という珍しい構図です。
もちろんこれは下院で止まるので、すぐに関税が消えるわけではありません。けれど、
「関税は政治的にコストが高くなっている」**というメッセージにはなります。

この動きが、来週の最高裁の“関税権限”をめぐる審理とつながっているのもポイントです。
もし最高裁が「大統領の権限濫用」と判断した場合、議会は関税を立法でやり直さなければなりませんが、今回の上院の投票を見る限り、議会が積極的に“また関税”をやるとは思えない
そうなるとホワイトハウスは、別の貿易権限を使って似たようなことをやる——つまり**“ルートを変えて同じことをする”**ことになります。政治っぽいですね。


そしてまた政府閉鎖(shutdown)

さらにややこしいのは、これらの金融・貿易の話が、政府閉鎖の“痛みの本番”と重なっていることです。

  • 4,200万人が受けているSNAP(低所得者向けの食料補助)が、11月頭で資金切れ

  • ACA(オバマケア)の保険料補助も切れるので、保険料が平均26%も上がる

  • 連邦職員は2カ月目の無給に入り、空港の遅延が増えている

連邦地裁のタルワニ判事は「非常用の55億ドルの基金を使え。これは緊急事態だ」と農務省にほぼ“命令”しています。
でも農務省は「それは本当に最後の手段で、11月を丸ごと賄える金額ではない」と言っている。
つまり、法的には“出せ”と言われ、財政的には“足りない”と言っている状態です。これもまた政治の綱引き。

そこにきて上院は「じゃ、週末帰るわ」とさっさとワシントンを出た。
ネバダ州のジャッキー・ローゼン上院議員がぶち切れて

「子どもたちが食べられない時に、孫とトリック・オア・トリートするの?」

と怒っていたのは、完全に正論です。共和のムルコウスキーでさえ「機会を逃した」と言っている。
つまり、“金利を下げるかどうか”を議論している一方で、“ご飯を食べられるかどうか”で揉めているわけです。これが今の米国政治の二重構造。


まとめ

今回の英語記事が面白いのは、「FRBがハト派とタカ派で割れている」という表層の話ではなく、**“市場が描くきれいなシナリオを、現実が次々と崩している”**点です。

市場のシナリオはこうでした。

  1. 政府閉鎖でデータが出ない

  2. データが出なければ、FRBは慎重になって“予防的利下げ”

  3. 金利が下がるので株はさらに上がる

  4. AI投資ブームも続き、設備投資が支えになる

  5. その間に政治は何だかんだでつないでくれる

ところが実際には——

  • FRB内に「いや、今下げるな」派が可視化された

  • 上院共和党がトランプ関税に異を唱え始め、貿易の先行きが見えにくくなった

  • そのうえ議会はSNAPや保険料のタイムリミット前に帰宅した

つまり、金融は緩めたいが、財政と政治がそれを台無しにしているのです。
しかもインフレは“気になるほど”には下がっていない。医療、保険、サービスでじわっと高い。
FRBのタカ派が言う通り、こういう時に金利をさらに下げると「需要だけがまた膨らむ」リスクがあります。
にもかかわらず株式市場は「いや、最終的には下げるでしょ」と楽観をやめない。
この**“市場の楽観 vs. 政治の現実 vs. FRBの慎重さ”**の三つ巴が、年末にかけて続きます。

日本のビジネスパーソンにとって重要なのは、「米金利がスムーズに下がる」前提で為替や資金調達を組まないことです。12月利下げがズレるだけで、ドル円は簡単に数円振れ、ドル建て仕入れも見積もりをやり直す羽目になる。
また、AI関連の米株が上がるからといって、それが“全リスク資産OK”の合図ではないことも今回の記事は教えてくれます。タカ派ははっきり「金融環境が緩すぎる」と言っている。つまり、**“AIだけは買っていいけど、それ以外はまだ様子見”**という極端なマーケットになる可能性があるわけです。


気になった記事

「共和党がトランプのフィリバスター廃止要求を拒否した」意味

トランプ大統領(2期目)が「上院はさっさと60票ルール(フィリバスター)をやめて、予算も対中も一気に通せ」と圧をかけたのに、上院共和党のジョン・スーン(実質トップ)も、ジョン・バラッソも、軒並み「ノー」と言いました。
これは何を意味するか。

  1. 上院共和党は“制度そのもの”は守りたい
     政権が共和党でも、いつ野党に回るかわからない。だからルールは残す。

  2. “政府閉鎖の解決”と“手続き論”は分けたい
     フィリバスターを壊してまでシャットダウンを解くつもりはない。つまり、閉鎖は“交渉材料”のまま置く。

  3. 共和党が完全にトランプのワンマンではないと示した
     これは来週の最高裁の関税案件にも効いてきます。「議会は何でもOKと言っているわけじゃない」と見せられるからです。

つまり、外交・関税・財政・政府閉鎖、この4つを一気に“トランプ流”で通すのは無理ということが、同じ週に可視化されたわけです。政治の天井が見えたという意味で、これは投資家には重要なサインです。


小ネタ2本

  1. 「今週も帰ります」上院編
     SNAPが止まりそうで、連邦職員は無給2カ月目で、ACAの保険料が26%上がろうとしているのに、「今週は帰るね」と議会が退庁。これを日本でやったらワイドショーが1週間やります。

  2. “関税をやめろ”と“関税を別ルートでやれ”が同時進行
     上院が3回も関税をひっくり返したのに、ホワイトハウスは「じゃあ他の権限でやりますね」と言っている。小学生の「お母さんがダメって言ったからお父さんに聞く」方式です。


編集後記

アメリカを見ていると、「経済が強いときにしかできない無茶を、今まとめてやっている」ように見えます。政府閉鎖を長引かせ、関税で同盟国を小突き、AIに何十兆円も突っ込み、しかも同時に利下げもしようとしている。普通の国なら1個やっただけで財務省か中銀が全力で止めます。

でもアメリカは「今は景気が持ってるからまぁいいや」で続けている。
ただし、その余裕を一番冷静に見ているのはFRBのタカ派です。彼らは、「株が上がってるから大丈夫」とは一言も言っていない。むしろ「株が上がりすぎてるから下げるな」と言っている。金融政策としては、これが正道です。

日本でもたまにある話ですが、市場が“いい話だけを集めて先に祝ってしまう”ときほど、政策当局は冷たく見えるのです。今回のパウエルの「12月は確定じゃない」は、その典型。市場は「ケーキください」と言っているのに、「歯医者に行ってからね」と言われている感じです。

面白いのは、こういう時に限って政治が“子ども部屋モード”に入ること。SNAPの期限が見えてるのに帰る。フィリバスターを壊せと言われてるのに「それは無理」とだけ言って具体案は出さない。
結局、一番大人なのが、いちばん嫌われ役のFRBなんですよね。

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