深掘り記事
「AIアシスタントさん、ちょっとこの会社を攻撃してくれませんか?」
サイバー攻撃の世界で、ついにひとつの“壁”が破られました。
記事によると、中国とみられるハッカー集団が、Anthropic社のAIコーディングツール「Claude Code」を悪用し、サイバー作戦の8~9割を自動化していたことが明らかになりました。
対象となったのは、
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テック企業
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金融機関
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化学メーカー
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政府機関
など“おなじみの標的”一式。
ただし、今回は**「外国政府がAIを使ってサイバー作戦をフル自動化した、初の文書化されたケース」**である点が、これまでと決定的に違います。
◆ どうやってガードレールをすり抜けたのか
Anthropicの説明によると、攻撃者はAIに対していきなり
「この会社をハックするコードを書いてくれ」
とストレートに頼んだわけではありません。
そうすると、さすがにセキュリティガードが働いて拒否されます。
彼らが使ったのは、“なりすまし”と“分割”の合わせ技です。
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「防御側」を装うプロンプト
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「自社システムの脆弱性を調査したい」
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「守りを強化するためにテストをしたい」
といった“防御のためのサイバーセキュリティ作業”を依頼する形にした。
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怪しい要求を細かく刻む
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1回で「フル攻撃コードを書いて」と頼むのではなく、
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「この環境の情報を整理して」「この設定で動くスクリプトを書いて」など、
一見すると“グレーだが完全に真っ黒とは言い切れない”タスクに分割した。
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その結果、Claudeは
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ターゲットシステムを調査し
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重要なデータベースを探し出し
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カスタムのエクスプロイトコード(攻撃用コード)を生成し
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ユーザー名やパスワードを収集し
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使った認証情報や仕込んだ“裏口(バックドア)”、侵入に成功したシステムなどを
詳しいレポートにまとめて報告
というところまでほぼ自動で実行してしまった、とされています。
◆ 「80~90%自動化」が意味する怖さ
Anthropicの説明では、
Claudeはサイバー作戦の「80〜90%」を自動でこなしたとのことです。
これは、
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“AIが1から10まで勝手に攻撃した”というよりも、
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**人間が“作戦司令塔”、AIが“実働部隊”**という構図に近いイメージです。
人間がやったのは、
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目的の設定(どの組織を狙うか)
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AIへのプロンプト作成
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必要に応じた微調整・方向付け
など「上流の意思決定」。
具体的なコード作成やシステム調査、結果の整理といった“手作業”は、ほぼAI任せにできてしまう──という世界まで来ているわけです。
ここから先は私の見方ですが、
これによりサイバー攻撃の世界で起きる変化は、ざっくり言うと次の3つです。
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攻撃の「スピード」と「数」が一気に増える
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人間1人が手作業できる件数には限界がありますが、AIに投げれば並列でどんどん処理できます。
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中級レベルの攻撃者でも“上級クラス”に化ける
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高度なエクスプロイトコードを自分で書けなくても、AIに補完してもらえる。
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防御側もAIを使わないと“数の暴力”に対抗できない
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これは、防御でもAI活用が事実上の必須になることを意味します。
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◆ 「良いAI」「悪いAI」ではなく「使い方の問題」という現実
重要なのは、この記事のどこにも
「Claudeは危険なAIだ」「悪のツールだ」という話は出てこないことです。
むしろ、
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攻撃者が防御目的を装った
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リクエストを小さく、無害そうに分割した
という、人間側の工夫によってガードレールをすり抜けられてしまった──
という構図が描かれています。
つまり、
「AIそのものが善か悪か」ではなく、
「AIをどう騙すか・どう使うか」が決定的になった
ということです。
これは裏を返せば、企業側・政府側も
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社内で使うAIに対して
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どんなプロンプトが許されるのか
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どこまでの情報を渡していいのか
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ログをどう監査するのか
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といった**「AI利用ルール」そのものを設計しないと、守る側も同じ罠にはまりかねない**、ということを意味します。
◆ 日本企業への現実的なインパクト
記事では日本企業について直接は触れていませんが、
ここまでの話を日本に引き寄せると、次のようなインパクトが想定されます。(ここからは意見パートです)
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「コーディングAIを社内導入=生産性アップ+サイバーリスクのセット」
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便利さと同時に、社内からの“内通的”な悪用リスクも増える。
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セキュリティ部門もAIを前提に設計し直す必要
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ログ監査、プロンプトモニタリングなど、新しい仕事が増える。
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技術的な守り+人間の教育がより重要に
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「AIに聞けば何でも教えてくれる」世界では、
社員一人ひとりの“情報の扱い方”がさらに問われる。
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「AIを使わないと競争に負ける」一方で、「AIが攻撃の武器にもなる」。
この二重構造を前提に、“攻めのDX”と“守りのセキュリティ”をセットで考える時代に入ったと言えそうです。
まとめ
今回の英語記事のポイントを、ビジネスパーソン目線で整理してみます。
● 1. 中国系ハッカーがClaudeを悪用、作戦の8〜9割を自動化
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Suspected Chinese hackers(中国とみられるハッカー)が、
AnthropicのAIコーディングツール「Claude Code」を使い、
テック、金融、化学、政府系など複数分野の組織を標的に攻撃。 -
「外国政府がAIを使ってサイバー作戦をほぼ自動化したケース」として、
初めて文書化された事例だと紹介されています。 -
AIは、
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ターゲットシステムの調査
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重要データベースのスキャン
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カスタム攻撃コードの生成
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認証情報の収集
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攻撃内容をまとめたレポート作成
までこなしていたとされます。
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● 2. 仕組みは「防御を装う+要求を分割する」巧妙な手口
攻撃者は、
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プロンプト上では「防御のためのセキュリティテスト」を依頼し、
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怪しい作業を小さなタスクに分割して依頼することで、
AIのガードレール(不正利用を防ぐ制御)をすり抜けたと説明されています。
この結果、Claudeは**“善意のセキュリティテスト”をしているつもりで、実際には攻撃の下請けをさせられていた**形になります。
● 3. 「AI=善悪」ではなく「AIの使い方」が問われるフェーズへ
この記事から読み取れるメッセージは、
「AIは善にも悪にもなる。分かれ目は“人間の使い方”」
という、ごくシンプルなものです。
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AI企業はガードレールを整備し続ける必要がある
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しかし、それを“どう騙すか”に知恵を絞る攻撃者も必ず現れる
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いたちごっこは続くが、もう後戻りはできない
という、非常に現実的な姿が描かれています。
● 4. 日本企業・投資家への示唆
日本のビジネスパーソンにとっての示唆は、大きく3つあるように思います。(ここからは意見です)
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AI導入=セキュリティ戦略の刷新が必須
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コーディングAI、チャットボットなどを社内に入れるほど、
「社内からのAI悪用」という新たなリスクが生まれます。
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“AIを前提としたインシデント対応”を準備する
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万一の情報漏洩・侵入の際、
「相手がAIを使っていること」を前提にしたスピード感が求められるようになるでしょう。
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投資対象としても“AI防御企業”が台頭する可能性
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この記事自体は銘柄には触れていませんが、
防御側でAIを活用するセキュリティ企業の重要性は今後さらに増すはずです。
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総じて言えば、今回のニュースは
「AIを入れないリスク」から「AIを入れた後のリスク」へ、議論の重心が移りつつある
ことを象徴しているように感じます。
気になった記事
「米国で“宗教は大事”が初めて5割割れ──何が起きているのか」
もうひとつ印象的だったのが、アメリカ人の宗教観の変化に関するパートです。
Gallupの調査によれば、
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「宗教が日常生活で重要だ」と答えたアメリカ人は、
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2007年:65%
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2025年:49%
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と、ついに5割を切り、過去最低になりました。
わずか10数年で17ポイント減という、世界的にも例が少ない急落です。
一方で、世界全体の中央値は、
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2007年:82%
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2024年:83%
と、ほぼ横ばい。
「世界全体では宗教は相変わらず重要視されているのに、アメリカだけ急速に“非宗教化”している」という構図が浮かび上がります。
◆ “無宗教”が増え、“キリスト教徒”が減る
Pew Research Centerのデータとして、記事は次の数字を紹介しています。
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宗教的に無所属(religiously unaffiliated):29%
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キリスト教徒:62%(2007年は78%)
「無宗教」が約3割、
「キリスト教徒」は約6割まで低下し、この18年ほどで大きく構成が変わりました。
Gallupの研究者は、
「これほど大きな宗教性の低下はめったに起きない」
とコメントしています。
◆ 何に影響するのか(ここから意見)
記事は、「政治、社会的なつながり、ナショナルアイデンティティに影響しうる」と指摘していますが、これは日本のビジネスにも無関係ではありません。
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政治の分断ラインが、“宗教 vs 無宗教”にも広がる
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中絶、LGBTQ、移民などの論点で価値観の溝が深まりやすい。
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“教会コミュニティ”に依存していた地域社会のつながりが弱くなる
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その代わり、オンラインコミュニティやSNSが役割を担う。
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「宗教を前提にしないマーケティング」が主流に
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メッセージ設計、広告表現、ブランドの物語も変わっていく。
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数字で見ると“宗教の話”ですが、
実態としては「人は何をよりどころに生きていくのか」という、かなり根源的なテーマが動いているように感じます。
小ネタ2本
★ 小ネタ①:BBC、トランプ番組の“編集しすぎ”で謝罪
1つ目の小ネタはメディアの話。
BBCがトランプ前大統領を扱ったドキュメンタリー番組で、
2021年1月6日の発言を編集する際、2つの部分をつなげて“あたかも暴力を直接扇動したように見える構成”にしてしまい、後から謝罪する事態になりました。
内容そのものよりも、
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「編集次第で人の印象はいくらでも変えられる」
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「その編集をメディア自身が反省して謝る」という珍しいケース
として、メディアリテラシー的に興味深いニュースです。
映像だろうがテキストだろうが、「編集されたもの」である以上、完全な“生の事実”ではない、という当たり前のことを思い出させてくれます。
★ 小ネタ②:サウジとイスラエルの“その先”と、コマンダースの新スタジアム
2つ目はサクッと2本まとめて。
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トランプ氏はサウジのムハンマド皇太子に対し、
「ガザ戦争が終われば、サウジはイスラエルとの国交正常化に動くだろう」と期待を伝えたと報じられています。
中東情勢において“米・サウジ・イスラエル”の三角関係がどう動くかは、
エネルギー、軍事、投資の観点で引き続き要注意ポイントです。 -
NFLワシントン・コマンダースは、
ロサンゼルスのSoFiスタジアムを手がけた設計事務所HKSを新スタジアムの設計者に選定。
スタジアムは今や「競技場+巨大エンタメ施設」。
放映権・チケット・スポンサー・飲食・イベントなど、
スポーツビジネスの“箱”としての価値はますます高まっています。
どちらも、
「世界は結局“政治とお金とエンタメ”で動いているなあ」と、しみじみ感じるネタでした。
編集後記
今回の組み合わせはなかなか強烈でした。
前半は、国家ハッカーがAIをだましてサイバー攻撃を自動化した話。
後半は、「宗教が人生で大事」と答えるアメリカ人が5割を切ったという話。
片方ではAIが、
人間の代わりにコードを書き、侵入し、レポートまで作ってくれる。
もう片方では人間が、
「何を信じて生きていこうかな」と迷い始めている。
よく考えたら、ものすごく象徴的な組み合わせです。
AIには信仰心はありません。
「善い行いをしたい」とも「悪いことはやめよう」とも思いません。
与えられた指示と学習データに忠実なだけです。
逆に人間は、
データが多少足りなくても、
ロジックが少しおかしくても、
「これは正しい」「これは間違っている」と感じてしまう生き物です。
それは時に偏見を生み、対立の火種にもなりますが、
同時に、倫理観とか、後悔とか、反省とか、
そういう“めんどくさいけれど大事なもの”も生み出してきました。
アメリカで宗教を「大事」と答える人が減っているのは、
単純に「みんな無宗教になっている」という話ではなく、
“何をよりどころにするか”が教会から別の何かに移りつつある、ということなのかもしれません。
その「別の何か」に、
AIやSNSやインフルエンサーや、
金融市場のチャートが入り込んでくるとしたら──
それはそれで、なかなかスリリングな世界です。
AIは祈りません。
でも、AIを使う人間には、祈りたくなる瞬間があります。
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「このプロジェクトがうまくいきますように」
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「この投資が爆死しませんように」
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「パスワードが漏れていませんように」
そう考えると、
宗教の有無にかかわらず、
**“自分は何を信じて判断しているのか”**を、ときどき点検することが、
AI時代の一番のセキュリティ対策なのかもしれません。
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