深掘り記事
アメリカ連邦政府の一部閉鎖(シャットダウン)が28日目に突入しました。アメリカ政治では珍しくありませんが、今回のは桁がひとつ違います。もはや「政府が止まってるから国立公園が閉まってるよ~」レベルではなく、生活インフラと雇用と産業がまとめて巻き込まれてきました。
そしてビジネス視点で面白いのは、同じアメリカの中で“誰が痛い目を見ているか”が完全に二極化していることです。
片方:一般家庭、低所得世帯、地方空港、保育現場。
もう片方:AI導入で効率化するメガバンク、数万人単位のオフィス人員を切りにいく巨大テック、そして税制をフル活用する超富裕層。
それを順に見ていきます。
1. シャットダウンが「生活直撃フェーズ」に入った
いま起きているのは、ワシントンDCの政争ではなく、全国レベルのキャッシュフロー停止です。
・政府はまだ動かない
連邦政府は28日間、十分な予算が承認されず一部止まっています。これは「職員がヒマで働いてない」という意味ではありません。約140万人以上の連邦職員が、いま、2パターンの状態に置かれています。
- furloughed(停職扱い):仕事そのものが止まって給与も止まる
- essential(必要不可欠扱い):働く義務はあるのに給料は後払いになる
つまり、“クビにはなっていないが給料が出ない”人が大量に発生している状態です。これ、住宅ローンやカード支払いを抱えているミドル層公務員にはめちゃくちゃ効きます。
報道では、多くの職員が副業的にペットシッターや配車アプリの運転など、サイドワークに走っているとされています。要するに「本業は無給、生活費はサイドジョブで補填」という、かなりブラック寄りの国営ギグワーク状態になっているわけです。
・空のインフラにもひび
さらに深刻なのが航空安全。航空管制官は「国の安全に不可欠」という扱いなので職務継続ですが、給料はストップ。結果として、一部では“病欠”が増え、管制塔の人手が足りずフライト遅延が急増していると報じられています。
これはビジネス渡航にも直撃します。成田→米国→乗り継ぎ、という出張の皆さんにはかなりイヤなパターンです。JALやANAの遅延ではなく、アメリカ国内線の都合で会議に間に合わない、のようなリスクが上がる。
・11月1日がデッドライン
今回のシャットダウンを「次元が違う」と言わせているのが、11月1日から複数の支援・補助が止まる予定だという点です。
(1)SNAPが止まる
SNAP(Supplemental Nutrition Assistance Program)は、米国の低所得世帯向けの食費補助です。利用者は4,000万人超。これまでの過去のシャットダウンでは、なんだかんだギリギリ持ちこたえてきましたが、今回は「11月1日以降はもう連邦として出せない」と政権側が示し、州によっては「自腹でつなぎます」というところもあれば、「フードバンクに頼って」と住民に警告するところも出てきました。
これは文字どおり“食べ物が買えない”に直結します。政治的なカードというより、生活防衛そのものです。しかもSNAPは小売にも波及します。生活者がスーパーで使う購買力そのものなので、止まれば地域スーパーの売上も落ちます。つまり「需要ショック」でもある。
(2)Head Startが止まる
Head Startというのは、就学前の子ども向けの早期教育・栄養支援プログラムです。日本でいうと公的保育・幼児教育+給食サポートに近いイメージです。これも一部の資金が11月1日時点で尽きる可能性があり、全米で5万9,000人以上の子どもに影響し得ると言われています。共働き世帯は「保育+食」が止まると、文字通り仕事に行けません。これは労働供給に飛び火します。
(3)地方空港に打撃
アメリカには「この路線、普通にやってたら赤字だけど、地域の足として必要なので政府の補助金で維持しましょう」という制度があります。地方の小さな空港〜主要都市をつなぐ生命線です。この補助も11月1日前後で止まる可能性があり、そうなると航空会社は「じゃあ割に合わないので値上げor撤退」となります。地方ビジネスの移動コストが一段上がる。
(4)医療保険が高くなる
オバマケア由来の医療保険補助(保険料を下げる補助金)が今年の共和党予算で削られ、その延長を民主党が求めて対立が先鋭化、結果として今のシャットダウンの一因になっています。つまり「医療費の負担が上がるから妥協できない」と民主党は主張していて、逆に共和党は「政府を再開させることを優先しろ」と迫っている構図。
この補助が切れると、多くの中間層が健康保険のプレミアム(保険料)の上昇を直撃します。アメリカでは医療費=家計クラッシャーなので、ここも票に直結します。
要は、11月1日は「子ども」「食費」「地方交通」「医療費」という、毎日の生活の根幹が同時多発的に揺れるタイミングです。これまでの「ワシントンはケンカしてるけどまあそのうち戻るでしょ」というシャットダウン観が、生活の臓器に届くところまで来た、というのが今回の一番のヤバさです。
2. 企業サイドの現実:コストカットとAIと“正義”
では民間側はどうか? こっちはこっちで別の修羅場です。
・Amazonは史上最大級のオフィス人員リストラを計画
Amazonが最大3万人のコーポレート従業員(本社・オフィス系のホワイトカラー)を削減する計画だと報じられました。これは同社史上最大規模の企業側レイオフになる可能性が高いとされています。Amazon全体の従業員は150万人超ですが、その多くは倉庫・物流オペレーションの現場で、純粋な“本社系”は約35万人程度。つまり、ホワイトカラー側の比率で見るとかなり大きい。
CEOのアンディ・ジャシーはコスト構造のスリム化を最重要課題としており、同時に「AIが企業組織をもっと効率化するだろう」との見通しも語っています。これは言い換えると「AIで仕事のやり方を変える=人も減らす」ということです。AIとリストラが同じ文脈で語られるのは、もはやタブーではなくなりました。
・NBAはガチで“中身”を見直し
スポーツ界も「きれいごとでは済まない」モードです。NBAでは、選手やコーチがインサイダー的なケガ情報をもとに違法ギャンブルに関与した疑いで逮捕・摘発が続いています。これを受け、リーグは「ケガ情報の公表プロセス」「プロップベット(特定選手が何点取るか等、個人の成績に賭ける市場)」「AIなどのモニタリングで不正検知できるか」まで見直すと言っています。
スポーツ賭博はアメリカの巨大ビジネスに育ち、各リーグも公式パートナー契約で収益を得ていますが、“中の人”が情報を利用すれば一気に信用崩壊します。NBAは今それに直面しています。彼らがやろうとしているのは、監視の高度化=半分はAI監査会社みたいなスタンスへのシフトです。
・金融はAIを「人員削減ツール」から「組織OS」へ
ウォール街でもAIは動いています。JPMorganは、社員の年次評価(パフォーマンスレビュー)の草案をAIで作成できるようにしており、社員はプロンプトを入れると評価コメント案が生成されると報じられています。マネージャーにとっては、時間の40%削減効果(コンサル試算)という、かなり魅力的な数字です。
表向きのメリットは「時間短縮」と「標準化での公平性」です。つまり“上司ガチャ”のばらつきを減らす、というきれいな説明がつく。
一方で、CEOのジェイミー・ダイモンは「AI投資はすでに何十億ドル規模で回収できていて、実際に人員も減らしてきた」と誇らしげに語っています。AIが既に人件費の圧縮に寄与しているという宣言です。
これに対して、別の大手CEO(ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモンなど)は「AIで採用がいらなくなる、という単純な話ではない」とは強調しているものの、ともかく“業務効率化のためにAIを入れる”のは既定路線になっています。評価コメントまでAIに作られる新人アナリストが、「これってそのうち評価者いらなくなる話では?」と感じるのも当然ですよね。
ざっくり言えば、いまのアメリカ企業は「AIで効率化→組織スリム化→株主にいい顔」というコースを平然と走っていて、それを隠そうともしない。それどころか「AIはみんなを公平に評価するし、みんなの時間も救うんだよ」と、正義っぽい言葉でラッピングする力までついてきている、ということです。上手い。いや、怖い。
3. そして超富裕層は税制で“キャッシュアウト”
政府が止まり、現場が無給で働き、AIで人事評価が自動生成されている一方で、アメリカの超富裕層は別のゲームを進めています。それが“ボーナス減価償却(bonus depreciation)”と呼ばれる税優遇の拡大です。
仕組みはこうです。
ある種の高額資産を「ビジネス目的で半分以上使う」ことを条件に、その購入費用を一気に経費計上(100%償却)できるルールが拡大されました。これはトランプ政権が推し進めた大型経済法案(One Big Beautiful Bill Act)での税優遇の目玉のひとつと報じられています。
対象がエグいんですよ。
・プライベートジェット
・ヨット
・高級車
・競走馬
・ガソリンスタンドや洗車ビジネスの買収
など、「いやそれビジネスなんですか?」と言いたくなるものまで、条件を満たせば経費扱いにできる。結果として、課税対象の利益をガツンと圧縮できる=つまり税金を劇的に減らせる。
実際、この制度を使って、プライベートジェットの販売件数は前年比11%アップ、米国最大級の競走馬オークションでは売上が前年比24%増、という勢いが報じられています。極端にいえば、「ビジネスに使うからこのジェット買うね。で、その分の利益はほぼ相殺ね」という世界観です。
この優遇措置は今後10年間で3,630億ドル(約数十兆円)規模の税収減になるとの試算も出ています。つまり、国の税金がその分入ってこない。
ここで、ふと我々は思うわけです。
連邦公務員はウーバーの副業に出て、食費補助は止まり、保育支援も止まりかけ。
一方で“経費でジェット買って節税”が合法的に加速している。
このコントラストが、アメリカの「いま」を最も端的に示しています。
まとめ
アメリカの連邦政府シャットダウンは28日目に入り、ついに「国立公園が閉まる」どころか、「食べ物が買えない」「子どもの保育・給食プログラムが止まる」「地方空港の便が高くなる・消える」「健康保険料が跳ねる」という、生活のど真ん中に波及しています。11月1日から、低所得層4,000万人超を支える食費補助(SNAP)が止まる可能性があり、これは過去のシャットダウンでも起きなかった“レッドゾーン”です。Head Startという早期教育・栄養支援プログラムの一部資金も枯渇予定で、全米5万9,000人以上の幼児ケアに影響します。地域航空の補助金も切れる見込みで、地方出張・物流コストも跳ねる恐れがあります。さらに医療保険料の補助(オバマケアの補助的な仕組み)が縮小・失効することで、中間層のヘルスケア負担も増えると見込まれています。
公務員側も限界に近づいています。約140万人超が、停職か、もしくは「働くけど無給で後払い待ち」という状態に追い込まれ、家計のキャッシュフローが止まった人が副業でつなぐ状況になっています。必須インフラの最前線にいる航空管制官までが無給稼働で、欠勤が出始め空港に遅延が広がるなど、経済活動・ビジネス渡航にも波及しはじめています。最大の連邦職員労組も「もう政治的駆け引きはいいからとにかく資金を通してくれ」と議会に圧をかけており、与野党ともに「どっちが国民を人質にしてるんだ」という非難合戦の真っ最中です。
その一方で、企業は企業でドライに動いています。Amazonは最大3万人規模のホワイトカラー部隊のレイオフを準備しているとされ、AI活用による効率化を前提に企業構造をよりスリムにしようとしています。NBAは違法ギャンブル問題を受け、ケガ情報やプロップベット(選手ごとの成績に賭ける市場)の扱いを全面的に見直し、AIによる監視や検知の導入まで視野に入れています。JPMorganのようなメガバンクは、従業員の人事評価コメントの下書きまでAIにさせるなど、ホワイトカラーの「時間とコスト」を丸ごと数字化・最適化しにいっています。
さらにその上、超富裕層は税制を使って“節税としての大型買い物”を合法的に加速させています。トランプ政権の大型経済法の一部として拡大された優遇措置(ボーナス減価償却)により、プライベートジェットやヨット、競走馬といった高額資産でも「ビジネス用途だよ」と申告できれば、ほぼ全額を一気に経費計上し課税所得から差し引けるようになりました。結果、プライベートジェットの販売が2桁%伸び、競走馬の売買も活況という“富裕層向け景気刺激策”が走っている一方で、同じアメリカ国内では連邦職員がウーバーで副業に出て食費にあてる、という極端な二層構造がむき出しになっています。
これらをまとめると、今のアメリカは「国家機能が止まることで、最も生活に近い層から実害が出る」「企業はAIとリストラでさらなる効率を追う」「富裕層は制度をフル活用して“税引き後キャッシュ”を最大化する」という3本柱が同時進行している状態です。これは単なる“アメリカ大変だね”という話ではなく、日本のビジネスにも示唆があります。すなわち、生活インフラ(保育・保険・食費)は政治カードになる、AIは人件費の議論から逃げられない、税優遇は格差を一気に押し広げる。この3点です。これが、今アメリカという市場で起きている現実の「事業環境」です。
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「AIが人事評価を書き始めた」という静かな革命
JPMorgan Chaseは従業員に対し、社内のAIチャットボットを使って年末のパフォーマンスレビュー(評価コメント)を下書きさせることを許可しました。経営コンサルの試算では、評価コメント作成の工数は40%程度削減できると言われています。1時間かけていた評価が36分浮く、と。
いちいち「目標達成に向け主体的に取り組んでいた」みたいなテンプレを書くのは、どこの会社でもマネージャーの嫌われタスクです。AIにやらせるのは合理的です。さらに“標準化された表現”が増えれば、上司の主観(好き嫌い)がにじみにくくなる=公平性が上がる、という説明もできます。
ただ、ここで押さえておきたいのは、これが「ホワイトカラーの仕事の中身」の線引きを根本的に変える一歩だということです。いままで「マネージャーがチームメンバーをどう評価するか」は、ある意味で管理職としての存在意義そのものでした。そこにAIが入るということは、管理職が“人を見る人”から、“AIから出たドラフトに最終ハンコを押す人”になる方向へのシフトです。
JPMorganは「AIの出力をそのまま給与決定には使わない」と言っていますが、逆に言えば、給与や昇進の判断に入る前段階レイヤーまでは、もうAIがしゃべっていいところまで来ているということです。
これ、採用の現場・評価の現場・昇進の現場のどこまでAIが入るかは、日本企業にとっても超現実的な論点です。なぜなら「評価コメントを整える」「人事に提出する説明文を揃える」というのは、大企業の管理職が毎年ヘトヘトになる“隠れ残業”そのものだからです。そこが機械化されると、管理職の役割は「部下を守る人」から「AIの文面をレビューして法的リスクがないか確認する人」へシフトします。それって、メンタル的にはどうなんでしょう? 「人間の上司に評価された」から「AIと上司の連名で評価された」になった瞬間、職場の信頼関係って強くなるのか、逆に希薄化するのか。
効率化という言葉は聞こえがいいですが、“人を観察して、言語化して、評価する”という、人間くさいマネジメントのコア部分にAIが入り込んできたという点で、これは働き方の空気を大きく変える出来事です。日本企業も「あ、それアリなんだ」と一気に追随する可能性が高い領域です。
小ネタ2本
① ハリケーンMelissa、まさに“気候×インフラ”のストレステスト
カリブ海の異常に高い海水温で急成長したハリケーンMelissaが、ジャマイカにカテゴリー5級(最強クラス)として上陸する見通しです。大規模な高潮や洪水が想定され、インフラ破壊レベルの被害が予測されています。ジャマイカの首相は「ひざまずいて祈っている」とまで言っています。
これって「遠い南国の天災」ではなく、サプライチェーンの話でもあります。中南米・カリブには米企業やグローバル企業の製造・調達拠点もある。港が止まる、道路が寸断される、となれば物流や保険コストが跳ね上がる。気候リスクはCSRじゃなくてPL(損益計算書)だ、とあらためて突きつけてくる出来事です。
② スーパースター経営者の“AIは仕事を奪わない”宣言は信じていいのか問題
AmazonはAIで組織をスリム化する方向、JPMorganはAIで業務を高速化しつつ「すでに人員も減らした」と言い、ゴールドマン・サックスのCEOは「AIは単純に人を減らす話ではない」と言う。どっちやねん、ですね。
正直に言うと、これは両方とも本音です。AIは「同じアウトプットをより少人数で」実現できるので、組織全体の人員はじわじわ減ります。一方で、AI時代の新サービスをつくるための“超ハイレベル人材”にはむしろ投資したいので、そこには厚く張る。つまり“中間層”が一番リスクにさらされるという構図です。ミドル職・中堅層のキャリアが一番揺れるのは、多分これから。
編集後記
アメリカって、同じ国の中でこんなに違う人生が同時進行できるのか、というくらいコントラストが極端になってきました。連邦政府の職員が「本業は無給、サイドで配車アプリやって家賃払ってます」と言っている横で、民間の巨大企業はAIで人事評価コメントを自動生成し、そのAI導入の成果として「人員も削れたし効率も上がったよ」と胸を張る。さらにその上では、プライベートジェットや競走馬の購入が“節税スキーム”として機能し、文字どおり「ヨットで経費落とす」ことが可能になっている。
この三層を同じタイムラインで見せられると、「格差」とか「分断」っていう言葉がすごく抽象的に感じられますよね。もっと直球でいうと“ゲームのルールが違う”。下層・中層は毎月のキャッシュフローゲーム。上層は税務設計ゲーム。ミドルホワイトカラーはAI適応ゲーム。これ、どのゲームに参加しているかで、リスクの種類も、見ているニュースの種類も、怒りの向きも全然違うんです。怒りが揃わないと一斉に政治が動きづらいので、逆に制度は変わりにくくなる。これは支配する側から見ればありがたい構造でもあるわけです。
しかも今回はシャットダウンが長引きすぎて、いままで政治の「駆け引き用カード」だった領域──たとえば“公務員の給料”とか“福祉予算”──が、そのまま家庭の冷蔵庫、子どもの昼食、地方の足にまで食い込んでいます。ここまで来ると、もはや「アメリカは市場が大きいから」「米国消費が強いから」といったマクロ経済の常套句では片付けられません。かなり生々しい「社会インフラの質のばらつき」と「誰が守られるか」が前に出ている。
そして一方では、巨大企業も、金融も、スポーツリーグも、「自分で自分を守る」ための再設計に入っています。Amazonはスリム化+AI化、JPMorganは人事プロセスの自動化、NBAはガバナンスのAI監視化。国の機能が止まっても、自分のシステムは回す。これは、“国家が最後の砦”という発想ではなく、“会社とリーグがそれぞれ自分の法律を持つ”方向に寄っているように見えます。これって良くも悪くもアメリカ的です。国が止まったら民間が動く、というと聞こえはいいですが、裏を返すと「民間が耐えられない領域(初等教育、低所得の食費、安全な空の運用など)は普通に壊れる」ということでもあります。
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