「“不調じゃないけど好景気でもない”アメリカ」──安定という名の我慢モード

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いまの米国経済を一言でいうと何か?
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のCFOいわく、「Not great, but stable.(最高ではない、でも安定はしている)」だそうです。病院の回診コメントみたいですが、実はかなり本質を突いています。

このフレーズが刺さる理由は2つあります。

  1. 米国の消費者は、まだ買っている。ただし「必要最小限」だけ。

  2. 物価は思ったより暴れてはいない。でも生活コストの高さは全然下がっていない。

まず1つ目。
P&Gという会社は、紙おむつ(Pampers)、ティッシュ・ペーパータオル(Bounty)、洗剤(Tide/Gain)、シャンプー(Head & Shoulders)、制汗剤(Old Spice)という、ほぼ「日常の必需品カタログ」を持っています。つまり、彼らの売上はアメリカの冷蔵庫と洗面台と洗濯機の中身をそのまま映す鏡です。

そのP&Gが最新の四半期決算で明かしたのは、こういう姿です。

  • 美容・グルーミング系(Old SpiceやGilletteなど)は前年比で有機的売上数量ベース+4%。ヒゲは剃るし、ニオイケアにはお金を使う。ここはまだ攻めの消費ですね。

  • 一方でヘルスケア(Vicks、Pepto-Bismol=胃薬など)は▲2%、ファブリック&ホームケア(TideやGainなど洗濯・掃除系)も▲2%。
    「え、洗剤って必需品じゃないの?」と思うかもしれません。必需品なんです。ただ、CFOはこう言っています。アメリカ人は「とにかく今あるボトルを最後の一滴まで使い切る」「家にある在庫を完全に使い切るまで次を買わない」モードに入っている、と。つまり“まとめ買い&ストックで安心”から“買い替えを限界まで遅らせる”に行動が変わっているわけです。

これ、かなりリアルです。いま米国は「給料日から給料日までどうにか持たせる」いわゆる paycheck-to-paycheck 世帯(給与のたびにほぼ残高ゼロになる世帯)が多いと言われていて、その人たちが“シャンプーは最後の一滴まで延命”している。CFOいわく、彼らは「より慎重になっている」と。つまり、消費は止まってはいませんが、消費の中身はじわじわ縮んでいます。

この“じわじわ縮み”は、販促競争を呼びます。実際、P&Gは「ベビーケア(おむつなど)やファブリックケア(洗濯関連)でプロモーション合戦が加速している」と言っています。
ここでの示唆はシンプルです。アメリカの消費市場は「高価格を押し付けても買う」から「買わせるにはディスカウントしろ」に戻ってきている。つまりプライシング権(値上げしても売れる力)が弱まってきている、ということです。

次に2つ目。「物価はどうなの?」問題。
最新の米政府の消費者物価指数(CPI)によると、9月時点での年間物価上昇率は3.0%でした。市場予想は3.1%だったので、インフレは“思ったほどヤバくない”という評価になりました。前月比でも+0.3%と抑えめ。食料とエネルギーを除いたコアCPIは月次+0.2%と、こちらも落ち着いています。
この数字のおかげで、米連邦準備制度理事会(FRB=アメリカの中央銀行)は「利下げに進みやすくなった」という見方が一気に強まりました。市場では、次の会合で政策金利を引き下げる確率が“ほぼ確実”レベルまで織り込まれています。金利が下がれば、企業も個人も借金コストが下がる=景気の息継ぎになる、というロジックです。

ただし。
「インフレが3%だから、もう大丈夫でしょ?」という話ではまったくありません。P&GのCFOが“not great”と言っているのは、まさにここです。

CPI全体が3%でも、家計の肌感覚はもっと厳しい。

  • コーヒーは前年から+約19%。

  • 牛肉は+約15%。

  • バナナでさえ春から+5.4%。バナナって「値上げしない庶民の味方」として米国でも長年扱われてきたのですが、ついにその神話が崩れてきたと言われています。

  • 庭の手入れやガーデニングのサービスは+14%近く。

  • 自動車の修理費用は+12%近い伸び。

つまり「CPI 3%」というのは平均値であって、日常の“実感インフレ”はもっと高いポケットがたくさんある。しかも、これらの価格上昇には、天候不順による供給ショック(牛・農産品など)と、関税(輸入品にかける追加コスト)が効いていると言われています。エコノミストの中には「関税はこれからじわじわ家電や家具など耐久財の価格に転嫁される」と指摘する声もあります。つまり、これからさらに生活コストに効いてくる可能性はむしろ上向きなのです。

ここで一度まとめると、米国の消費はこんな状態です。

  • 収入は伸び悩み、雇用環境も力強いとは言えず、家計の余裕は薄い。

  • だから消費者は「いまあるものを使い切る」方向に行動を最適化している。

  • 企業側は、その慎重さをほぐすために値引きインセンティブを強化しつつ、なんとか売上をキープしている。

  • ただし、食品や生活サービスなど一部のカテゴリーの物価は依然として高止まり、もしくはまだ上がる圧力がある。

これを私は「安定しているけど、ぜんぜんラクじゃない経済」と呼びたいです。まさに“Not great, but stable.”

では、この状況が日本のビジネスに何を示すのか。

まず、アメリカ向けBtoC輸出・小売・ブランドビジネスに携わる方にとっては、「高くても売れる」はそろそろ卒業です。アメリカ消費者はいま“1滴まで使う”モードに入り、買い替えタイミングを極限まで遅らせています。これは高付加価値・高単価モデルにとって逆風です。一方、「長持ちします」「リフィルで安いです」「まとめ買いでお得です」といった“節約に役立つ合理性”は刺さりやすい。言い換えれば、値段そのものより「単価あたりの耐久性」や「最後の一滴までちゃんと使える設計」をどう伝えるかが、メッセージになる段階に来ています。

もうひとつ重要なのはFRBの金利です。利下げが現実味を帯びているということは、ドル需要や米国株式のバリュエーション、ひいては米企業の投資マインドに影響します。借入コストが下がれば企業は投資をしやすくなりますし、M&Aや在庫積み増しに動きやすくなる。これはサプライヤー側(つまり日本企業)にとっては受注の追い風にもなり得ます。ただし、その投資の中身が「高くても売れるブランド体験を作る」から「コスト効率を高める・サプライチェーンを安定させる」方向にずれていくなら、こちらの提案内容も変えなければいけなくなるでしょう。

最後に、政治リスク。いま米連邦政府はシャットダウン中で、いわゆる公式な経済統計を作る役所のスタッフが一時帰休になっています。今回のCPIは、ホワイトハウスが労働統計局(BLS)から約100人を呼び戻して作らせた“例外対応”です。つまり、FRBですら今後は十分な公的データを入手できず、民間データを頼りに政策を決める場面が増える可能性があります。
これは怖い話です。なぜなら、公共データが止まる国では、経済政策もマーケット期待も「ノイズ」に振られやすくなるからです。おおげさに言えば、“市場の雰囲気”が政策を動かすリスクが高まる。これも、安定とも不安とも言い切れない「not great, but stable」な不安定さの一部と言えます。


まとめ

P&GのCFOが米国の消費者を「最高ではないが安定している(Not great, but stable)」と表現しました。これは単なるポエムではありません。米国の消費はまだ生きています。ただし、その生き方が変わってきている、という話です。

どう変わっているかというと、アメリカの一般家庭は「とりあえず買い替える」から「最後の1滴まで使い切る」へと行動をシフトしています。P&Gによると、日用品やベビー用品などの分野では、買い控えと在庫の完全消化が目立っていて、売上数量は一部カテゴリーでマイナス。つまり、“とりあえずまとめ買い”みたいな余裕がなくなってきているということです。その裏側には、「給料日から給料日までで何とか回す」家計の逼迫がある、とCFOは説明しています。

とはいえ消費全体は崩壊していない。ヒゲは剃るし、体臭ケアはするし、美容・グルーミング系カテゴリーの売上はむしろ伸びている。つまり「自分の身だしなみ・気分を上げるもの」にはまだお金が流れている一方、「洗剤を新しく買うのはギリギリまで待つ」みたいな、きわめて実用的な取捨選択が進んでいる構図です。これが「安定」と「しんどさ」が同居している理由です。

インフレも同じように二面性があります。最新の公式CPIでは、米国の年間インフレ率は約3.0%と予想より低めで、これは市場に「FRBは利下げしやすい」と安心感を与えました。FRBは雇用の弱さも意識しており、金利を下げることで景気を支えようとするはずだ、という見方がかなり強まっています。

しかし、これは“全体の平均”の話。中身をのぞくと、コーヒーは前年比約19%アップ、牛肉は15%アップ、ガーデニングサービスは14%アップ、車の修理費は12%アップと、日常生活・家庭維持コストは依然としてきつい。バナナでさえ5%以上上がった、と指摘されています。さらに、関税(輸入品にかかる追加コスト)の影響が今後さらに家電や家具に波及するという専門家の見方もある。つまり、“平均3%”の裏側で、生活の実感インフレはもっと鋭い。

そして、ここに政治リスクが重なるのが2025年のアメリカらしさです。政府はシャットダウン中で、経済統計をつくる役所の人員すら一部ストップしている状態です。今回のCPIは、ホワイトハウスが労働統計局の職員を呼び戻した「特例」によって辛うじて出たもの。次の月に同じように出る保証はありません。つまり、FRBは“公的な視界”が曇ったまま金利を決めるリスクが出てきます。

これは企業にとっても投資家にとってもイヤな話で、マクロの予測が荒れやすい=ボラティリティ(価格変動の大きさ)が上がる=在庫や為替のリスク管理が難しくなる、という現実的な面倒さを呼び込みます。

総じて言うと、今のアメリカ経済は「崩壊していないし、まだ回っている」。でも「余裕はなく、消費者は買い方を変えている」。そのうえ「公的データの透明度が下がり、政治がノイズを増やしている」。この3点セットが“Not great, but stable”です。ビジネス側としては、「まだ買うが、厳しい目で買う」消費者に向けて、価値訴求のやり方を最適化すること。そして、アメリカ政治を“遠い騒ぎ”ではなく“需給リスクそのもの”として扱うことが、かなり急務になってきています。


気になった記事

トランプ政権、カナダとの通商交渉を一時停止──「関税ディスり広告」が原因?

アメリカとカナダの間で続いていた通商協議が、トランプ大統領の一声でストップしました。理由は「カナダ側(正確にはオンタリオ州)が流した広告が、アメリカの高関税を批判しているから」。トランプ氏はその広告を“フェイクだ”と断じ、「そんな相手と交渉はしない」と宣言しました。

この広告は、もともとレーガン元大統領の演説音声を引用しながら、関税に批判的なスタンスを示す内容でした。ただしレーガン本人もかつては日本に関税をかけていたことがあり、音声引用の仕方は(アメリカ側から見ると)かなり挑発的に聞こえるわけです。これをホワイトハウスは「不正確な印象操作」と受け取った、と。

結果として、アメリカとカナダという最大級の貿易パートナー同士の協議が止まっただけでなく、「じゃあ関税の正当性を誰が決めるの?」という、ほぼ政治PR合戦の世界に話が引きずり込まれました。カナダの側は「こちらはいつでも再開したい」と言いつつ、オンタリオ州は広告を一旦止める方向。ただ、ワールドシリーズ中継などの高視聴率枠に広告が出続ける予定もあると言われ、要は“どっちが世論的に悪者に見えるか”のイメージ戦です。

ビジネス目線だと、これは輸入コストの問題に直結します。現政権は関税をインフレ要因だと軽く扱わず、むしろ国内産業保護と政治的な「強いアメリカ」アピールの道具としてフル活用しています。その代償は、家具・家電・食品などの価格上昇として米国消費者に転嫁されてきており、実際コーヒー・牛肉・バナナといった生活品目まで上がっている、という指摘があります。
要するに「通商は外交カードであり、同時に国内向けの広告素材でもある」。この2層構造が露骨になってきているのが今のアメリカです。正しさより絵になるか。これ、ビジネスとしてはなかなか安定供給計画が立てにくい世界ですよね。


小ネタ2本

小ネタ①:アメリカさん、空母で“麻薬戦争”って本気ですか

米国防総省は、巨艦「ジェラルド・R・フォード」空母打撃群をカリブ海方面に展開させています。きっかけは、麻薬密輸とされる船舶に対して致死性の空爆を行ってきた最近の“対策”を、さらにエスカレートさせる狙いです。
ポイントは、麻薬密輸容疑者を「犯罪者」ではなく「敵戦闘員」に近い扱いで叩くという、非常に強いロジックを政権が採っていることです。つまり“ドラッグと戦争を文字どおり結びつけつつある”。
ここまで来ると、地政学リスクというより、海の上の治安維持がほぼ軍事作戦化しているわけで、物流・エネルギー輸送にも影響しかねないカードに育っています。麻薬対策がサプライチェーンリスクに転化するって、もはや2025年って感じしますよね(いい意味ではない)。

小ネタ②:ハロウィン商戦、勝者は「KPop Demon Hunters」だが、衣装がない問題

Netflixのアニメ映画「KPop Demon Hunters」が米国の子どもたちにド直撃し、キャラクター(HUNTR/X)のコスプレが今年のハロウィンで激しく検索されているそうです。ところが、Netflix自身はこのヒットを“ここまでとは思ってなかった”らしく、公式コスチュームのライセンス商品が間に合っていないという事態に。
つまり、子どもは「これが着たい」と泣き叫ぶが、親は「売ってない」と途方に暮れる。これはグッズ企画担当者にとっては冷や汗どころではないですが、来年にはHasbroやMattelといったトイ大手との大型ライセンスで“一気に全国展開”される予定とのこと。
なんというか、アメリカはトレンドの初速がいまも桁違いです。そして子ども向けコンテンツは、IP(知的財産)と物販が連動してナンボの世界。人気に供給体制がついていかないと「親の財布的にはむしろ助かったのでは?」という、ちょっと複雑な安堵も生まれます。いや、子どもは納得しないけど。


編集後記

「Not great, but stable」というフレーズ、正直ちょっとズルいなと思いました。なぜなら、これってものすごく“経営サイドに優しい言い方”だからです。

「景気は悪化して暴落しているわけじゃないです、だから心配しないでください投資家のみなさん」
「でも消費者は相当しんどいので、プロモーションコストはもっとかかりますし、単価も思い通りには上げられません。なので現場への期待はほどほどにお願いします」
──これを一気に言えてしまう魔法の言葉。それがNot great, but stable。

ただ、生活者サイドから見ると、この言い方はかなりブラックジョークに聞こえます。コーヒーも牛肉も高い。バナナまで上がった。車が壊れたら修理代は去年より2ケタ%上乗せ。庭の手入れを外注すればさらに上がる。これを「安定」と呼ばれると、「どの口が言うんだ」となるわけです。日本でも「インフレ率は落ち着きつつある」と言われながら、スーパーのレジで全然落ち着いてないじゃん…というあの感覚にかなり近いです。

さらに気になるのは、いまのアメリカでは公的な経済データすら十分に更新されない恐れがあることです。政府機能の一部停止のせいで、公式統計をつくる人たちが職場から離れている。今回はCPIだけは特例で作られましたが、来月以降はどうなるかわからない。つまり、国の金利政策(FRBの利下げ判断)が、“国の公式データではなく、民間データと市場の空気”に依存していくかもしれない。

これは、経済を「科学的に管理しましょう」という20世紀後半〜21世紀前半のきれいな話から、「まあ、今月はだいたいこうっぽいから動くわ」みたいなノリに寄っていく危険を含みます。中央銀行が相場観で動きやすくなるって、投資家には夢があるように見えるかもしれませんが、実務サイド(在庫管理・コスト計画・為替ヘッジ)にとってはホラーです。指標がぶれると、サプライチェーンは必要以上にビビって減産したり、逆に在庫を抱えすぎたりしてしまう。結果、それがまた価格の不安定さに跳ね返る。これ、安定どころか“じわじわ不安定”なんですよね。

そして国際交渉です。カナダとの通商交渉が、テレビCMみたいな広告バトルで一時停止した件。これは、貿易政策が経済合理性だけでなく“誰が国内世論を握るか”というPR戦の武器になっていることを示しています。こうなると、輸入側・輸出側の企業は「政治日程」と「広告炎上リスク」まで読まないと、自社の価格転嫁計画やサプライ契約が立てにくくなる。要は、サプライチェーン担当者がメディア分析もやらされる時代です。地味に地獄です。

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