深掘り記事
スポーツビジネスの次の戦場は「ヨーロッパ」と「人工芝」
アメリカのスポーツビジネスが、次の成長ドライバーとして本気で見ているのがヨーロッパ市場です。
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NBAの収益:122億ドル(12.3 billion)
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NFLの収益:230億ドル(23 billion)
いずれも昨シーズン、過去最高 を更新しました。
そして「まだ伸びしろがある」と彼らが見ているのが、アメリカではなく 大西洋の向こう側。
NFLとNBAが、それぞれまったく違うアプローチでヨーロッパに攻め込もうとしているのが今回の記事のテーマです。
同時に、その足元では「人工芝 vs 天然芝」という、選手の健康とコストを巡る静かな戦争も進行中。
ビジネスとしての拡大路線と、労働者(選手)の安全という、資本主義の“お約束の対立構造”が、きれいに重なっています。
1. NFL:ヨーロッパ“第5ディビジョン”構想
まずは NFL(米プロアメフトリーグ) から。
NFLは2007年から、欧州での公式戦開催を始めました。
当初は「お試しイベント」のようなものだった国際試合が、今シーズンはついに
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国際試合:7試合(うち6試合がヨーロッパ)
まで増加。つい先日には スペインで初のNFL公式戦 が行われ、コミッショナーの Roger Goodell は
“We will be back, we are excited.”
とご満悦コメント。
「これは確実に第二ラウンドがあるな」という雰囲気を隠そうともしていません。
さらに一歩踏み込んだ構想として、ヨーロッパ4チームによる“欧州ディビジョン”構想 まで浮上しています。
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NFL Players Association(選手会)は、リーグが 4チームのヨーロッパディビジョン を提案してくることを想定して準備中
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既存チームの移転ではなく、新規フランチャイズで4チーム作る 案も検討されていると報じられている
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さらに近いテーマとしては、次の労使協約(collective bargaining agreement)で
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許可される国際試合数を「10試合 → 16試合」に増やしたい というのがNFL側の狙い
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要するに、
「年に16試合、ほぼ毎週どこかが“海外出張”」
という未来も視野に入っている、ということです。
ここから先は**私の見立て(意見)**ですが、これはほぼ「グローバル展開を前提にしたリーグ設計」へのアップデートです。
北米4ディビジョン+欧州1ディビジョン、あるいはプレーオフの枠組みも含めた再設計が議論されていく可能性が高いでしょう。
2. NBA:まさかの「欧州16チームリーグを丸ごと作る」構想
一方、NBA はもっとストレートです。
なんと「自前の16チーム欧州リーグ を立ち上げる」と公表しました。
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目標ローンチ:2027年10月
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投資家探しには JPMorgan Chase と The Raine Group を起用
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候補は
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ソブリン・ウエルス・ファンド(sovereign wealth fund:政府系ファンド)
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プライベート・エクイティ(PE)
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富裕ファミリー
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そして、NBA側が見ているマーケット規模はかなり大きい。
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欧州のスポーツ市場:500億ドル規模
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そのうち、バスケットボールリーグが占めるのは 0.5%未満
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ヨーロッパ最大の既存リーグである EuroLeague は25シーズン続き、着実に成長中
つまり、
「500億ドル市場の中で、バスケはまだ“端っこ”。ここを一気に取りに行く」
という発想です。
さらに、S&P Global の2023年の視聴データによれば、
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NBAファンはアメリカの方が数としては多い
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しかしヨーロッパの方が 若年層比率が高い
という、将来性のある構図が見えています。
フランチャイズ参加費も 最大10億ドル に達する可能性が示されており、「欧州版メガクラブ」を作る動きが現実味を帯びています。
3. ヨーロッパ進出は「単なる海外試合」ではない
ここからは事実を踏まえつつの 私の解釈・意見 です。
NFLとNBAの欧州戦略には、共通点が3つあります。
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成長余地のある“若い市場”に賭けている
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ドル建て収益の新しい柱を増やしたい
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ブランドの“グローバル化”で評価をさらに引き上げたい
特にNBAは、「欧州で“第二の本拠地”を持つテック企業」のような考え方に近い。
現地リーグ(EuroLeague)があるにもかかわらず、自前リーグを立ち上げるのは、かなり強気な一手です。
日本企業でいえば、
すでに現地メーカーがシェアを持っている市場に、
「日本本社直営のプレミアムブランド専門店を16店舗一気に出します」
という感じに近いでしょうか。
既存勢力との軋轢は避けられませんが、それでも踏み込むだけのリターンを見込んでいる、ということです。
4. その足元では「人工芝 vs 天然芝」という、より切実な戦い
ここで同じ記事内のもうひとつのテーマ、人工芝の安全性 に話を移します。
NFLでは今、選手・研究者・リーグ側の間で
人工芝(synthetic turf)は天然芝より危ないのか?
という議論が再燃しています。
きっかけのひとつが、MetLife Stadium(ニュージャイアンツとニューヨーク・ジェッツの本拠地)で続いた大怪我です。
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9月末:New York Giants の Malik Nabers が ACL断裂
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11月:San Francisco 49ers の新人 Mykel Williams も同じくACL断裂
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ESPNの集計では、2020年以降、MetLife で十数人が膝の靭帯やアキレス腱の重大な怪我 を負っている(多くは2023年の人工芝アップグレード前)
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過去に同スタジアムで足首を骨折した Odell Beckham Jr. も、リーグの“選手保護”姿勢を強く批判
一方で、NFL側のデータでは
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MetLife は30スタジアム中「下肢の怪我の少なさ」で9番目に良い
という数字も出ており、
「体感としては危ない」vs「公式データではそこまで悪くない」
という、いつもの構図になっています。
5. 選手の声と研究結果:数字と感覚は一致しない
ただ、選手と研究者が感じている空気は別です。
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NFL Players Association の調査では、プロ選手の90%超が天然芝を希望
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理由はシンプルで、
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人工芝は“たわみ”が少なく
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練習や試合の後に体がより痛む
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長期的な負荷が大きいと感じている
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さらに、これまでの多くの研究で
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人工芝の方が怪我率が高い という結果が多い
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環境面では、
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マイクロプラスチックが周辺環境・選手の体に広がる懸念も増大
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コスト面で見ると、
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人工芝の導入コスト:100万ドル超
→ ただし手入れが少なくて済むため「長期的には安い」と説明されることが多い
しかし批判派は、
「スター選手が1人シーズンアウトしたときの損失をどう評価するのか」
と問います。
実際、Nabers は 年俸約700万ドル の契約で今季絶望。
これは単に一選手のキャリアではなく、チーム・スポンサー・視聴率すべてに影響します。
6. ビジネス拡大と“足元のリスク”は常にセット
ここまでの話をまとめると、
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表:
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NFL、NBAはヨーロッパ展開で 収益とブランド価値の最大化 を狙う
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裏:
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同じフットボールの現場では、人工芝の安全性とコスト を巡って選手とリーグが対立
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という構図です。
ここからは完全に私の意見ですが、
グローバル展開や新リーグ構想は「株主向けストーリー」としては非常に分かりやすい一方で、
現場の安全問題は、どうしても後回しになりがちです。
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海外ディビジョン
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16チームの欧州リーグ
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フランチャイズフィー10億ドル
こうした“華やかな数字”の裏側で、
「じゃあ、その試合を誰が、どんな芝の上で、どんなリスクを背負って戦うのか?」
という、人間としては当たり前の問いが置き去りにされる。
これもまた、典型的なスポーツビジネスの構造と言えるかもしれません。
まとめ
今回の記事で浮かび上がったのは、アメリカンスポーツビジネスの二つの顔 です。
1つ目の顔は、「ヨーロッパ」という新市場への強烈な拡大志向です。
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NFLは2007年から欧州で公式戦を行い、今季は国際試合7試合(うち6試合がヨーロッパ)まで増加。
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新たに4チームの欧州ディビジョン構想が出ており、国際試合枠を10→16に増やす交渉も視野に入れています。
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スペインでの初試合も大成功とされ、リーグ側の手応えは大きい。
NBAはさらに踏み込み、16チームの欧州リーグを丸ごと作る という構想を発表しました。
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2027年10月のローンチを目標に、JPMorgan Chase や The Raine Group まで巻き込んで投資家を募集中。
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欧州スポーツ市場500億ドルの中で、バスケットボールはまだ0.5%未満という“伸びしろ”も見えています。
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若いNBAファンが多いヨーロッパで、最大10億ドル級のフランチャイズフィーを狙う動きは、テック企業的発想に近いものがあります。
2つ目の顔は、その足元で進行している 選手の安全とコストの葛藤 です。
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MetLife Stadium では複数の重大な膝・足首の怪我が発生し、選手やファンから人工芝への批判が再燃。
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NFLのデータでは「30スタジアム中9番目に下肢の怪我が少ない」という結果もあり、リーグ側は「問題なし」と言いたい構図。
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しかし現場の感覚としては、「人工芝は固く、疲労が残りやすく、怪我のリスクが高い」という声が支配的。
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調査ではプロ選手の90%以上が天然芝を支持し、研究の多くも「人工芝の方が怪我率が高い」と指摘しています。
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導入コスト100万ドル超の人工芝は、メンテナンス面では“安い”かもしれませんが、年俸700万ドル級のスター選手のシーズンアウトというリスクを考えると、本当に安いのかどうかは議論の余地がある。
ここには、ビジネスとしてはごく典型的な緊張関係があります。
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投資家・オーナーから見れば:
「欧州リーグ」「新ディビジョン」「新規フランチャイズ」は、魅力的な成長ストーリー -
選手から見れば:
「どの芝で」「どんなスケジュールで」「どれだけ怪我のリスクを背負うのか」という、ごく現場の問題
そしてファンから見れば:
「推し選手が長く健康でプレーしてくれるか」が、最終的には一番の関心事です。
スポーツビジネスは、数字で見るととてもクールですが、現場レベルではかなり“泥臭い”。
ヨーロッパという新市場に飛び出していくNFL・NBAの姿を見ながら、
グローバル展開の足元で、人工芝の粒ひとつまでコスト計算されている という現実も、同時に頭に置いておく必要がありそうです。
気になった記事
DNCが検討する「順位付き投票」は、民主党のゲームチェンジャーになるか?
政治パートでは、アメリカ民主党全国委員会(DNC) が次の大統領予備選で
ranked-choice voting(順位付き選好投票) を検討している、という話題が出てきました。
これは、ニューヨーク市長選で Zohran Mamdani 次期市長を勝利に導いた仕組みとして注目された制度で、
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有権者が候補者を「第1希望・第2希望…」と順位をつけて投票
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最下位候補を順次除外し、その票を次順位に振り替えていく
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最終的に「広い支持を集めた候補」が勝ちやすくなる
といった特徴があります。
今回の記事によれば、
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DNCの Ken Martin 議長らが、
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下院議員 Jamie Raskin
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世論調査の Celinda Lake
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非営利団体 FairVote Action
らと非公開で面談
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「2028年の民主党予備選で導入できないか」 を議論しているとのこと
支持派の主張はシンプルです。
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途中で候補者がドロップしても、「その候補に入れた票が完全に死票にならない」
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陣営同士が「〇〇候補を第2希望に」と呼びかけるなど、連携・連立を生みやすい
一方で、批判・懸念もはっきりとあります。
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開票手続きが複雑化し、投票所や開票作業の負担が増える
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結果確定まで時間がかかり、選挙期間が長引きやすい
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州ごとに選挙法改正が必要で、政治的ハードルが高い
制度導入には、
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DNC規則・細則委員会での承認
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450人のDNCメンバーによる多数決
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各州での選挙法改正
と、かなり長いプロセスが必要で、党内の反応も「賛否入り混じっている」とされています。
ここからは私の意見ですが、
順位付き投票は「分断が進んだ社会で、いかに“マイルドな勝者”を選ぶか」という、民主主義の実験の一つです。
日本のビジネスパーソン目線で見ると、「強烈なカリスマ社長」より「合意形成型の次期社長」 を選びやすい仕組みにも見えます。
小ネタ①:Green Wednesday ならぬ「Green Vote」?
記事の後半では、2028年大統領選をにらんだ民主党有力者たちの “プレキャンペーン” 動向も紹介されていました。
その中で、個人的にじわっと来たのがこのあたりです。
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元シカゴ市長 Rahm Emanuel:
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「2028年の民主党予備選は“31フレーバー”状態になる」
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アイスクリームチェーンの「31フレーバー」になぞらえて、
「候補者が多すぎて選べないよ」
というボヤキを、かなり上品に表現しています。
民主党内の分裂や路線対立を、あえてユーモラスにくるんだ一言ですが、
政治家の胃痛レベルは、たぶんそこまで軽くないはずです。
小ネタ②:ビールを持ってローマ法王の元へ
もうひとつ、絵的に強かったのがこちら。
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イリノイ州知事 JB Pritzker がローマ教皇に表敬訪問
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手土産は、シカゴの Burning Bush Brewery が作ったビール “Da Pope” の4本セット
ビールの銘柄が「Da Pope」という時点でかなり攻めたネーミングですが、
それを本物の法王に持っていくメンタルの強さもなかなかです。
こういう「ちょっと攻めた演出」がニュースになるあたり、
政治とマーケティングの境目がどんどん薄くなっているのを感じます。
編集後記
芝生の上の資本主義、コートの外の民主主義
今週のテーマはざっくり言うと、
「どこまで広がるんだ、アメリカ発のゲーム」
でした。
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NFL と NBA は、大西洋を越えてヨーロッパという新市場へ
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民主党は、予備選のルールそのものを変えようとしている
共通しているのは、
「ゲームのルールを変えた人間が、一番得をする」
という、極めてビジネスライクな真理です。
NFLが欧州ディビジョンを作れば、その放映権料とスポンサーシップはほぼリーグの思うがまま。
NBAが欧州16チームリーグを作れば、既存のバスケットボール勢力図を自分たちの都合の良いように塗り替えられる。
DNCが順位付き投票に切り替えれば、候補者選びの力学そのものを再設計できる。
一方で、そこに付き合わされる側——
選手、有権者、地方リーグ、そして選挙管理を担当する現場——は、
「新しいルールに適応できなければ、振り落とされる」
というプレッシャーを背負うことになります。
人工芝の議論は、その典型です。
コストと見栄えと運営のしやすさを優先して敷かれた人工芝の上で、
ACLやアキレス腱を切っているのは、オーナーではなく選手です。
ルール変更やフィールド変更の“負債”は、だいたい現場の人間が支払う。
これはビジネスでも組織でも、そして政治でもあまり変わらないパターンに見えます。
とはいえ、だから「ルールを変えるな」という話でもありません。
市場も組織も、同じルールのままで永遠にうまく回るほど単純ではないからです。
大事なのは、
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誰が得をし、
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誰がリスクを負い、
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誰がその決定に関与できたのか
を、一段冷静に見ておくこと。
NFLの欧州ディビジョンのニュースを見て、
「スペインでアメフトか、面白そうだな」とワクワクしつつ、
同時に「その試合のフィールドは天然芝か?」と気にしてみる。
DNCの順位付き投票のニュースを見て、
「制度としては合理的だな」と思いつつ、
「これで得をする候補は誰か?」と一歩引いて考えてみる。
そういう“二段階の読み方”ができると、
ニュースは単なる情報ではなく、自分の判断材料に変わっていきます。
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