深掘り記事|ブラックフライデーと「お得の幻想」をめぐる4つの罠
ブラックフライデーといえば、
「夜明け前からテレビに並ぶアメリカ人」のイメージを持っている方も多いかもしれません。
ところが今や、その光景は**“昔話”扱いになりつつあります。
購買の主戦場はオンラインに移り、
かつて1日に集中していたセールは、感謝祭前の数週間、
いや11月ほぼ丸ごと**にまで引き延ばされました。
そして困ったことに——
「セール」と書いてあるからと言って、本当に安いとは限らない。
今回の記事は、その現実をかなり容赦なく見せてきます。
1. 「◯%OFF!」のウラで行われていること
まず、小売の現場から。
多くの商品は「定価」や「元値」と一緒に「セール価格」が表示されています。
どれだけ得したかを一目で分からせるための仕掛けですが、
記事はここに冷水を浴びせています。
小売側は「元値」を人為的に吊り上げたり、
何カ月も同じ“割引価格”で売り続けたりすることで、
「お得そうに見せているだけ」のケースがある。
ワシントン・ポストのGeoffrey A. Fowler氏は、
自分がAmazonで買った50商品の価格を、
-
プライムBig Deal Days(10月の大型セール)前の6カ月間と
-
セール当日(10月8日)
で比較しました。
その結果、
もし全部セールまで待っていたとしても、平均で0.6%しか安くならなかった。
むしろセール当日の方が高くなっていた商品もあった。
という、かなりガッカリな事実が判明します。
さらに消費者団体Consumers’ Checkbookが
25の大手小売の人気セール商品を追跡したところ、
-
そのうち12社(Bass Pro Shops、Gap、Michaels、Wayfairなど)は、
半分の商品を約25週間連続で「セール」と表示し続けていた
という結果も出ています。
「いつもセール」=「それ、定価では?」
というツッコミが成立してしまう構図です。
もちろん、すべての店・商品がそうだとは書かれていません。
記事は最後に、
中級クラスのテレビを買うなら、ブラックフライデーは今でもそこそこ良いタイミング
とも述べています。
ただしそれは「ちゃんと価格を追いかけた場合」の話。
“札だけ見て信じる”時代は終わっているということです。
2. クーポン狂騒曲の終わりと「静かな復活」
次に、食品スーパーの世界。
かつてアメリカでは、
クーポンを組み合わせまくってレジで75%OFF、
どころか「店からお金をもらって帰る」レベルのエクストリーム・クーポン生活が
テレビ番組になるほどのブームになりました(TLCの番組が象徴)。
しかしその後、クーポン利用は2022年に史上最低まで落ち込みます。
ところが、ポスト・パンデミック期の食品インフレで状況が一変します。
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2023〜2024年にかけて、クーポン利用は再び増加
-
その主役は、新聞折込ではなくデジタルクーポン
Inmar Intelligenceによると、
クーポンの引き換え(redemption)は2023〜2024年にかけて持ち直し、
全米小売業協会の2024年調査では、
「経済状況が厳しいのでクーポンを増やして使っている」
と答えた人が、2021年半ばの18% → 25%超に増加
したとされています。
さらに大手スーパーKrogerは、
紙のクーポンを再導入したところ、
販売数量に**“持ち上がり(lift)”が見られた**と報告。
Bed Bath & Beyond Home(新ブランド)も、
象徴的な20%クーポンを復活させています
(ただし今回は「他のオファーとの併用不可」という条件付き)。
一方で、かつてのような“やりすぎクーポン祭り”は終焉を迎えています。
-
Walmart、ShopRite、Targetなどは
同じ紙クーポンを1日に4枚以上使うことを禁止 -
商品価格を超える額のクーポンに対して、
差額を現金で返すことをやめる小売が増加 -
不正対策として、Coupons.comのプリントアウトや
店側のマスタリストにないクーポンは、
たとえ本物であっても拒否されるケースがある
つまり、
「クーポンは復活したが、昔のような“システムの穴を突くゲーム”はもうできない」
というのが現状です。
3. ロイヤリティプログラム──“無料のコーヒー”の裏の値札
次に、個人ファイナンスの話。
-
「あと6杯で1杯無料のコーヒー」
-
「あと4スタンプで無料サンドイッチ」
-
「あと500ポイントで…(さすがに機長にはなれない)」
といったロイヤリティプログラムは、
もはや見ない店を探す方が難しいレベルです。
Accentureによると、2016年の時点で既に企業の90%が、
何らかのロイヤリティプログラムを導入していたといいます。
しかし問題はここから。
「その“お得”は、本当にお得なのか?」
ワシントン・ポストが調査したところ、
Starbucksなど一部の企業は、ロイヤリティプログラムを通じて得た顧客データを使い、
**「監視価格(surveillance pricing)」**とも言えるやり方で
一部の顧客に高い価格を提示している可能性があると指摘されています。
元FTC(連邦取引委員会)幹部のSamuel Levine氏とStephanie Nguyen氏は、
-
企業はAIや個人データを使って、
特定顧客ごとに異なる価格を設定することができる -
ロイヤリティプログラムは、
表向きは「常連さんへのご褒美」だが、
実態としては企業側の利益を最大化するツールになり得る
とコメント。
Vanderbilt Policy Acceleratorと
UCバークレーのConsumer Law & Economic Justiceセンターによる研究でも、
ロイヤリティプログラムが「忠誠心のアイデアをひっくり返している」
——つまり、顧客より企業に有利な仕組みになっている、と指摘されています。
4. データは「無料コーヒー」の代金かもしれない
データの話もえぐいです。
ワシントン・ポストの記者が実際にStarbucksにデータ開示を請求したところ、
-
これまで買ったすべてのドリンク・スナック
-
受け取ったすべてのオファー
-
アプリ上でのすべてのタップ
といった情報が詳細に蓄積されていたことが分かったと記事は書いています。
こうしたデータは、価格設定に特化したテック企業など、
数十社規模の外部企業と共有されている可能性があるとも指摘されています。
たとえ「追跡しないで」とアプリにお願いしても、
他のシグナルから、
-
収入水準
-
どの程度まで支払う意欲があるか(price sensitivity)
などを推定できてしまう。
「あなたが払えるギリギリの価格」を、
あなたのデータから逆算される未来が、もう始まっているわけです。
FTCは2024年7月に監視価格についての調査を開始しましたが、
その後の政権交代で調査はストップしたとされています。
Levine氏らは調査再開を望むと発言しつつ、
こんな象徴的なコメントを残しています。
「食料品を買えるかどうかと、
プライバシーを守れるかどうかを天秤にかけさせるべきではない。」
割引のために、どこまで自分の情報を差し出すか。
ロイヤリティプログラムは、私たちにその問いを突きつけています。
5. 「ブラックフライデー」という“物語”の進化
最後に、「タイミング」の話。
記事は、ブラックフライデーという言葉のルーツを簡潔に整理しています。
-
1869年9月
金投機が引き金となった株式市場クラッシュの呼び名として誕生 -
1950年代のフィラデルフィア
感謝祭と陸軍対海軍のフットボール試合の間の日として、
人が押し寄せ、警察が大変な思いをした日を指すようになる
(まだショッピングイベントの意味は薄い) -
1980年代
小売業者がこの名前を“乗っ取り”、
「赤字(red)から黒字(black)に転じる日」としてプロモーションに活用
——今のブラックフライデーの元祖
さらに、ブラックフライデーはコピーを生みました。
-
Small Business Saturday
-
Cyber Monday
-
そして、AmazonのPrime Day(2015年スタート)
Prime Dayは今では年2回、数日間にわたって行われ、
WalmartやTargetも似たタイミングで独自セールをぶつけています。
そして極めつけは中国の独身の日(Singles Day)。
アリババを中心としたこのセールは、直近で約1,500億ドルの売上を記録し、
ブラックフライデーとPrime Dayを足した額を上回ったと記事は伝えています。
しかも、セール期間はほぼ1カ月にわたった年もあるとのことです。
「特別なセールの日」が、
気づけば“特別でもなんでもない日常”に変わりつつある
そんな時代に、私たちは生きています。
まとめ|「値札を見る前に、物語を見ろ」
ここまで見てきたように、今回の記事が描いているのは、
単なる「セール情報」ではありません。
キーワードは、
**「お得の物語」と「データの代償」**です。
● 事実で整理すると
-
オンラインセールやブラックフライデーの「◯%OFF」は、
実際には**長期間続いている“名ばかりセール”**のこともある -
アマゾンの大型セール前後を比較すると、
50商品で平均0.6%しか差がなかった、という検証がある -
クーポンは一度下火になったが、食品インフレを受けて復活中
-
デジタルクーポンが主役
-
紙クーポン再導入で売上が持ち上がったスーパーもある
-
-
ただし、かつてのような極端なクーポン活用は規制・ルール変更でほぼ不可能
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ロイヤリティプログラムは、企業の9割が導入する“標準装備”だが、
データ活用型の「監視価格」につながるリスクも指摘されている -
Black Friday という言葉は、
-
19世紀の株式市場クラッシュ
-
1950年代フィラデルフィアの混雑
-
1980年代の“小売の黒字化キャンペーン”
を経て、今の意味になった
-
-
さらにPrime DayやSingles Dayなど、
「ショッピングそのものを祝う日」が世界中で増殖している
● そこから見える構図(ここから意見)
-
セール、クーポン、ポイント、ロイヤリティ、◯◯Day——
これらはすべて、-
「消費者に“物語”を提供しつつ、データと売上を回収する仕組み」
として連動しているように見えます。
-
-
私たちは「賢く得をしたい」と思っていますが、
その気持ちが強いほど、-
名ばかりセール
-
条件付きクーポン
-
監視価格型ロイヤリティ
に巻き込まれやすくなる。
-
-
一方で、完全に距離を置いて生活するのも現実的ではありません。
実際、記事の中でも、-
中級テレビはブラックフライデーで本当に安い傾向がある
-
復活した20%クーポンに喜ぶ消費者もいる
といった**“ちゃんと得できる場面”**も存在します。
-
だからこそ、
「すべてのセールを疑え」ではなく、
「セールの物語ごときには酔わない」
という態度が必要になってきます。
-
値札だけでなく、
「その割引はどれだけの期間続いているのか」 -
ポイントだけでなく、
「自分の行動データはどこまで渡しているのか」 -
特別なセールデイだけでなく、
「本当に必要なものか」
を一歩引いて見る。
安さを追いかけているつもりが、
実は自分が“データと売上”として追いかけられている——
そんな構図にハマらないための最低限の視点と言えそうです。
気になった記事
「ロイヤリティ」という名の“監視料金”?
個人的に一番ゾクッとしたのは、
ロイヤリティプログラムと**監視価格(surveillance pricing)**の話です。
● 事実パート
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2016年の時点で、企業の約90%が何らかのロイヤリティプログラムを持っていた(Accenture)
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ワシントン・ポストの記事によると、
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Starbucksなど一部企業は、ロイヤリティを通じて得た行動データを詳細に蓄積
-
記者がデータ開示請求を行ったところ、
買ったすべての飲食物・受け取ったオファー・アプリでのタップ履歴まで記録されていた
-
-
そのデータは、価格最適化などを行うテック企業など数十社と共有されている可能性があると記事は指摘
-
元FTC幹部のLevine氏とNguyen氏は、
一部の企業がAIと個人データを使って、
顧客ごとに異なる“個別価格”を設定し得るとコメント -
VanderbiltとUCバークレーの研究は、
ロイヤリティプログラムが「忠誠心のコンセプトを反転させ、企業の利益の方を優先させている」と指摘 -
FTCは2024年7月に監視価格の調査を始めたが、
トランプ政権発足後に調査は停止したとされる -
Levine氏は、
-
「食料品を買えるかどうかと、プライバシーを守るかどうかを選ばされるべきではない」
とコメント
-
ここまでが記事に書かれている事実です。
● ここから意見:
ロイヤリティプログラムの本当の“支払い手段”は何か
ロイヤリティという言葉には、本来
「長く付き合ってくれてありがとう」
という温かいニュアンスがあります。
しかし、データ活用が進むと、
「長く付き合ってくれているあなたなら、
これくらいの価格までは払ってくれますよね?」
と、逆手に取られるリスクが生まれます。
-
新規客には派手なクーポン
-
既存のロイヤル顧客には「少し高くても離れないだろう」と判断して控えめな割引
といった戦略は、
技術的にも心理的にも、十分成立し得ます。
無料のコーヒー、無料のサンドイッチ、会員限定価格。
それらは確かに“得”ですが、
同時に**「自分の行動履歴・嗜好・価格許容度」を企業に差し出す対価**でもあります。
ロイヤリティプログラムをやめるべきだ、という話ではありません。
ただ、
「自分が払っているのは本当に“お金だけ”か?」
という問いを、
たまに思い出しておく価値はありそうです。
小ネタ2本
🧾 小ネタ①:伝説の“クーポン戦士”たちの現在地
かつてアメリカには、
クーポンを駆使しすぎてテレビ番組に出演する人たちがいました。
2011〜2012年にTLCが放送した「Extreme Couponing」はその象徴です。
彼らは、
-
チラシや新聞からクーポンを切り抜き
-
店のプロモーションと組み合わせ
-
レジで**「75%OFFどころか店からお金をもらって帰る」**
という、半分バグのような世界を生きていました。
しかし小売各社のルール変更で、
そうした“極限プレイ”はほぼ封じられました。
では、彼らは今どこで戦っているのか?
記事によると、多くの「元・極端クーポナー」は今、
-
401(k)やIRA(アメリカの年金・個人退職勘定)への拠出をMAXまで増やし
-
ホテルのロイヤリティポイントをためて、安く旅行をする
という方向にシフトしたそうです。
(ウォール・ストリート・ジャーナルにそう答えている、と記事は紹介しています)
彼ら曰く、
「クーポンを延々と切るよりも、
はるかに低い時間コストで高い“リターン”が得られる」
とのこと。
紙を切りまくって手を傷だらけにすることもない。
**インフレ時代の裏テーマは、
「節約から“運用”への意識転換」**なのかもしれません。
📅 小ネタ②:世界が“セール記念日カレンダー”になりつつある件
ブラックフライデーの歴史をたどると、
資本主義の「名付けセンス」がよく分かります。
-
1869年:金投機による株暴落 → 「ブラックフライデー」
-
1950年代フィラデルフィア:
感謝祭とフットボールの間の日で街が大混雑 → 警察が「ブラック」 -
1980年代:
小売がこの名前を再利用し、
「赤字から黒字に転じる日」としてプロモーション
そこから一気に増殖します。
-
Small Business Saturday
-
Cyber Monday
-
Prime Day(しかも今は年2回・複数日)
-
そして、中国のSingles Day(11月11日)
記事によれば、
このSingles Dayは約1,500億ドルの売上を叩き出し、
ブラックフライデー+Prime Dayを足した額より多いとのこと。
しかも、今年はセール期間が約1カ月にわたったとも書かれています。
ここまで来ると、
「特別なセール日」ではなく
「特別な“ラベルを貼った普通の日”」
という感じすらしてきます。
日本でも「〇〇Pay祭」「ポイント還元○○デイ」など、
ミニ版ブラックフライデーが増えていますが、
世界はもっと先を行っているようです。
編集後記|“お得”を追いかけるほど、人はよく捕まる
今回のテーマは、
ブラックフライデー、クーポン、ロイヤリティ、ショッピング祝日…。
書いていて、ずっと頭にあったのは、
「人間は“お得”が好きすぎる生き物だな」
という、ごく当たり前の感想でした。
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0.6%しか安くなっていないセールに飛びつき
-
25週間連続で「セール中」の札に安心し
-
ポイントのために、別に飲みたくもないドリンクをもう1杯頼み
-
データを差し出してまで「会員限定価格」を取りにいく
よく考えると、
そこまで頑張るほどの差額でもないことが多いのに、です。
もちろん、インフレや賃金停滞のなかで、
少しでも節約したい気持ちはよく分かります。
実際、クーポンやセールに助けられている人はたくさんいます。
ただ、今回の記事を読んで改めて思ったのは、
「お得かどうか」より前に、
「自分はどういうゲームに参加しているのか」を
たまに思い出した方がいい
ということです。
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「安く買えた!」と喜んでいる裏で、
自分の購買データが丁寧に保存されているかもしれない -
「ポイントがたまった!」と達成感を味わう一方で、
その達成感自体が“設計された体験”かもしれない -
「特別セールの日だから」と財布がゆるむように、
カレンダーが組み立てられているかもしれない
…と書くと、ちょっと陰謀論っぽく聞こえますが、
記事が示しているのは、もっと淡々とした現実です。
企業は、データとテクノロジーを使って、
私たちの“行動パターン”と“払える金額”を学習している。
それに対して私たちにできるのは、
すべてを拒否することではなく、
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ときどきセール価格の履歴をチェックしてみる
-
ポイントのためだけの消費を一度やめてみる
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「今日買わなくても困らないか?」を一瞬だけ考える
といった、小さなブレーキをかけることくらいかもしれません。
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